29:恐怖で悪寒が走ります
「なんなんだ、この女は?」
二人の男に、左右からそれぞれの腕を掴まれ、血の気が引きます。
男達は、遠慮なく私のことをジロジロ眺めました。
「こいつは……あれだ、ブーケを投げ入れようとして、落ちそうになっていた女だ!」
私の正面に立つ男の一言で、左右に立つ髭面の男二人が「ああ、あの女か」と大きく頷きます。
「つまり、ロイヤルボックスにいたわけか」
右側に立つ男の言葉に、正面の男がニヤリと笑います。
恐怖で悪寒が走りました。
「つまり、とんでもなく金持ちだ。いや、金持ちなんかじゃすまないな。王族の一人かもしれんからな」
「あ、あの! お金が目当てなら、き、金貨を持っています。すべて差し出すので、あの男の子と私を解放してください。解放してくださっても、誰にも言いませんから」
すると、三人の男達は一瞬沈黙しました。
でもその沈黙を破るように、三人同時で大爆笑を始めます。
「これは傑作だ! 随分と威勢のいいお嬢さんだ」
「さすが観覧席から落下しそうになっただけある。肝っ玉が据わっている!」
「ああ、貴族のお嬢さんなんて、ビービー泣くぐらいしかできねえと思ったら、俺達に交渉をもちかけてやがる!」
そう口々に言うと、再び笑いだしました。
散々笑った後、正面の男が私を見ます。
「お嬢ちゃん。残念だったな。俺達の雇い主は、金が目当てではないのだよ。さらうことが、大事なのさ。だからなぁ、逃がすわけにはいかない」
「な……、あんな幼い少年をさらって、どうするつもりなのですか!?」
「さあな、それは俺達が知ることではない。それよかお嬢ちゃん、金貨を持っているのだろう。金貨は俺達がもらってやるから、出しな」
なんて人達でしょう。
こちらの要求は無視で、金貨だけせしめようとするとは。
「……分かりました。金貨は渡します。でも、こう、腕を掴まれていては、金貨を取り出すことができません!」
「なんだ? どこにしまっている? 俺が取り出してやるよ」
正面の男が、私の胸元へと手を伸ばします。
その瞬間、悪役令嬢さんの顔が浮かびました。
「おやめなさい!」
自分でも驚きです。
悪役令嬢さんのように、凛とした声を出せました。
そして私のこの一喝に、正面の男が動きを止めています。
「金貨を渡すと言っているのです。手をはなしなさいっ!」
これまた悪役令嬢さんのように、お腹から声を出すことができています。
悪役令嬢さんのように、力強くなりたいと思ったことで、声に力が入りました。
左右の手を掴んでいた男の手が、私から離れます。
ゆっくりドレスのポケットに手を入れ、ポケットの中で巾着をあけ、手で金貨を何枚か掴みました。同時に、ハイヒールを脱ぎます。
「さあ、金貨よ」
金貨を掴んだ手をポケットから出し、男達に見せるや否や、私は金貨を森の奥の方へ向け、投げました。
「おい、お前!」
男達は、私に怒鳴りながらも、金貨の方へ群がります。
ハイヒールを脱いだ私は、ダッシュしました。
「おい!」
男の声は聞こえますが、金貨が優先。
まだ追ってきてはいません。
私は木々の間から見える、幌馬車の方へ向かって走ります。
でも。
すぐに追いつかれ、しかも急に肩をつかまれ、そのまま地面に転がりました。
「この女、ふざけやがって!」
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次回は明日、8時頃に「恐怖で目をつむり……」を公開します♪