26:一度だけ。この幸運で♧
「あの、よろしいですか?」
!!
私の右隣りに座っていた、真紅のドレスを着た女性が、通路に出ようとしています。
「あ、お邪魔してすみませんでした!」
答えながら私は通路へ出て、そのまま彼女が先へ行けるよう、道を譲ります。
トークハットのベールで、顔を隠すようにした女性は……。今にも泣きそうな顔をしていました。
どうしたのでしょう?
もしや応援していた騎士様が負け、かつ投げ入れたブーケが、選ばれなかったのでしょうか。
トリコロール剣術祭は、このブーケにより、ドラマがいくつも生まれると聞いています。この女性はベールで顔を隠すようにしていました。きっと許されない恋を、騎士様としている方なのでしょう。
思わず気持ちがしんみりしていましたが。
ひとまず掲示板の方へ向かうことにして、歩き出します。
夢キスでの知識を生かした結果、私のブーケが選ばれてしまったわけですが……。私がズルをしたと申告しても、どうズルをしたのかと問われた際、説明するのは無理です。それに今さら選び直すことも、難しいでしょう……。
これは言い訳ですね。
どのような経緯であれ、選んでいただけたことは、嬉しく思ってしまいます。だから神様、許してください。一度だけで構いません。この幸運でクロード様と会わせてください。そう祈りながら、掲示板のところへ向かいました。
掲示板のところへ着くと、沢山の美しい女性の皆さんがいらっしゃいます。皆、手にブーケを持っていらっしゃいます。
「あなたはいずれかのブーケの贈り主ですか?」
掲示板のそばに立つ騎士様から、声をかけられました。
「はい」と返事をすると、どのブーケであるかと聞かれます。
「 です」
「も、申し訳ございません。もう一度よろしいですか?」
「 ド様です」
「? その、耳が遠いのか、よく聞こえなくて、もう一度よろしいですか?」
「ク……」
「そこの騎士くん。君は人間だね。残念なことだ。我々のように、鋭い聴覚を有する耳があれば、このご令嬢の声も、問題なく聞き取ることができただろうに」
!!
知っている声に振り向くと、そこには夢キスの攻略対象の一人、獣人族のジョフリー・デ・コロ! 獣人族は、いろいろな種類がいますが、ジョフリーさんは、狼族です。ホワイトシルバーのおかっぱの髪からは、ぴょこんと獣耳が見えていました。さらにシルバーのセットアップを着ていますが、その背後には……。ホワイトシルバーの、ふさふさの尻尾も見えています。
狼族は、一年の間に2歳、年をとると言われていました。年齢はとりますが、見た目に変化はほとんどありません。一応同学年のジョフリーさんですが、年齢ではかなり上のはず。敬語で接するようにしています。
ということでジョフリーさんは、陶器のようにすべすべの手を伸ばすと、私の作ったブーケを手に取りました。
「高貴、恋の訪れ、幸福な愛、希望。無難な花言葉の中に、鮮烈なメッセージ。一目惚れ――か。とてつもないインパクトだ。こんなブーケを贈られたら、ボクだったらイチコロだね」
ジョフリーさんは金色の瞳を細め、優美な笑顔を浮かべます。
すべての花言葉を一発で言い当てるなんて……。でもジョフリーさんは、学園一の秀才で知られています。ジョフリーさんなら、大概の花言葉を覚えていそうです。さらにこの美貌なので、女生徒からも大人気。しかもジョフリーさんのお兄様は、槍の騎士団の副団長なのです。
「あ、もしやあなたは、槍の騎士団のコロ副団長の、弟君ですか?」
私の小声のせいで迷惑をかけてしまった騎士様が、目を輝かせ、ジョフリーさんのことを見ています。獣人族の狼族もまた、エルフ程ではないのですが、数が少ないのです。しかもこの美しいホワイトシルバーの毛並みは、コロ一族の特徴。その容姿ですぐ誰であるか、分かるぐらいなのです。
「はい、その通りです。そしてこちらの彼女とは、クラスメイトです」
……!
さすがジョフリーさんです。ロマン以外は気づいていないと思っていたのですが! 私が誰であるか、分かっていました。
「なるほど。こちらのご令嬢は……ではまだ学生さんなのですね。とても大人っぽいので、驚きました」
騎士様は、ポリポリと頭を掻きます。
まだお若い騎士様は、フレンドリーな方でした。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は明日、8時頃に「穴があれば入りたいです」を公開します♪