9:フラグ回避の件
「リラ」
突然名前を呼ばれ、体を震わせ、慌てて返事をします。
「は、はいっ」
「もしや、この封筒の中身が、君は分かったのだろうか?」
「そ、そうですね。この中にはトリコロール剣術祭の、貴賓席の招待状が入っていると思います」
クロード様は大きく息をはくと、あの少年のような笑みを漏らします。
「リラは鋭いね。その封筒は、僕が用意したもので、正規の貴賓席の招待状の封筒ではない。その封筒は、剣の騎士団の団長が、特別な書簡を送る時に使うものだ。それはまあ、いい。それでも先ほどの会話から、推理したわけだね」
「そんな貴重な封筒を……」
「僕からしたら、その価値があると思っているから」
まあ、貴賓席ですものね。大切な女性に渡す。
封筒も特別なものにしたい。それは理解できます。
「リラ、僕は貴賓席に座る君から、応援を受けたいと思っている。なぜそんなことを君に求めてしまうのか。それは……僕にも分からない。でも君は、僕の優勝を予言してくれた。ならば君は、僕の勝利のミューズなのだろう。だから頼む。他の女性にこの席を譲るなどとは、言わないでほしい」
なるほど……!
理解しました。
私が先走った情報を口にしてしまったので、クロード様は、それが予言に思えてしまったのですね。その予言者である私は、クロード様の中で、勝利の女神へと昇華されてしまったと。確かに、そうなりますと……。私がいなくては、優勝できないのではと、不安になるのも理解できます。クロード様なら、私の有無に関わらず、実力で優勝できるのですが。
本当はヒロインさんが座る席だったのでは……という思いもありました。でもそうであるならば。きっとヒロインさんがこの三日以内に、私からこの招待状を取り上げるでしょう。ゲームの世界の抑止力が働く――そう思いました。ですから……。
「分かりました。予言をした者としての責任もありますから、お引き受けいたします」
「ありがとう、リラ」
驚いてしまいました!
クロード様が片膝を地面につき、ひざまずいて私の手をとり、甲へとキスをなさったのです。こんなこと、私などにする必要はないのに。
慌てて声をかけようとしましたが、素早く立ち上がってしまいます。そして何事もなかったかのように、クロード様は、再び私をエスコートして歩き出しました。もう本当にビックリです。
その後はクロード様が、トリコロール剣術祭にまつわる、いろいろな裏話をしてくださりました。その話が、楽しくて、楽しくて。あっという間でエントランスに、着いてしまいました。
私が乗る馬車がやってくると、クロード様は……。
「三日後、リラの応援を楽しみにしている」
そう言ってまた、あの笑顔をみせてくださいます。
私が馬車に乗り込んでも、そのままそこにいてくださって。馬車が走り出すと、見えなくなるまで見送ってくださいました。
クロード様は、本当に素晴らしい方です。
馬車の中で封筒を開けてみると。
真っ白の上質な紙に、トリコロール剣術祭の貴賓席へ招待をする旨が書かれています。席の番号も記載されていました。夢キスをプレイしている時には、当たり前のように貴賓席に座っていましたが……。現実で貴賓席に座れるなんて、本当に夢のようです。
舞踏会、行ってみて良かったですね。
幸せな気持ちに満たされながら、屋敷へと戻ることになりました。
◇
屋敷が近づいて来ると。
心臓がドキドキしてきました。
火元は私の部屋で、火事の原因を作ったのは、私であると分かっています。その私がいなければ、屋敷は燃え落ちることがない――そう判断していたのですが、もし違っていたら……。
でも、野次馬がいる気配もなく、馬車の外は静かです。
窓から外の様子を眺めますが、夜空を染めるように燃え上がる赤い炎は、見えません。大丈夫。火事は起きていません。
それでも完全に安心することは、できずにいましたが……。
「おかえり、リラ。舞踏会は楽しめたかい?」
「おかえりなさい、リラ。疲れていませんか?」
二人の弟は、とっくに寝ている時間です。
両親が、笑顔で迎えてくれました。
お父様とお母様が、元気な姿でそこにいます。
それを見て、初めて私は、火事を乗り越えたことを実感できました。
このあともう1話公開します!
13時までに公開します。