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第8話 皇太子の夢

 十日後、イシアは再びクレントン侯爵家に呼ばれた。

 どうやらイシアのほかに来客があるらしく、馬車止めに馬車が止まっている。家紋などはわからないが豪奢なつくりだ。

「どなたかお客さまが?」

 迎えに出てきたオークランドにイシアは尋ねた。

「はい。詳細は旦那さまがお話になると思いますので」

「そう」

 ここで話すことではない、ということなのだろう。

 イシアは頷き、オークランドの後に続く。

 イシアがクレントン侯爵に呼ばれた理由と関係があるのかもしれない。レイク・クレントンの悪夢の件は既に前回、決着済みで、報酬も受け取っている。正直なところ、もう一度ここに来ることになるとは思っていなかった。

 ローザの件が気になるとは伝えてあったが、その後の経過を教えてほしいとまでイシアは望まなかった。侯爵家との縁がそこで切れてしまうのは、もったいないことではあったが、正直、術者を特定できずに、ぶっ倒れた立場では、その後のアフターケアをすると、言える立場ではないと思ったからだ。

 クレントン侯爵家ならば、イシアのような無名の夢解き師ではなく、もっと著名な人間を雇うことができる。父、ライナーならばともかく、失態を犯したイシアにこだわる必要はない。

「旦那さま、イシア・ローナンさまをお連れいたしました」

 オークランドが声をかけ、扉を開く。

 先日と同じ応接室だ。

 中にはレイク・クレントンと向かいあわせになるように、男性がソファに腰かけていた。

 豪奢な金の髪に、蒼い優し気な瞳。整いすぎているせいか、少し中性的な印象のある男性だ。上着は着ていないカジュアルスタイルだが、白のシャツの袖口にさりげなく刺繍が入っている。かなりモノがいい。年齢は二十歳くらいだろうか。おそらく高位の貴族だ。

「ローナンさん、よく来てくれた」

 レイクはイシアと目が合うと、柔らかい笑みを浮かべる。不意打ちの笑顔にイシアはどきりとした。

 慌てて頭をぺこりと下げ、自分の感情をごまかす。顧客にときめくのは、よろしくない。

「こちら、エドワード皇太子殿下だ」

「こ、皇太子殿下?!」

 イシアはさすがに目を丸くする。

「座ってくれ。ローザの件を含めて、君の力を借りたい」

 エドワードに言われて、イシアはおそるおそる、エドワードの対面の席に座る。

 エドワードの対面ということは、レイクの隣だ。二人掛けのソファに並んで座れと言われたことになり、イシアは気が気ではない。

「実は、この前のことがあってから、私はバーバラ・リュシュカという宮廷魔術師に相談をした」

 レイクがゆっくりと話始める。

 女性の宮廷魔術師を選んで相談したのは、レイク・クレントン以外の男性にも魅了がかけられている可能性を恐れたからだ。

「結論から言うと、皇太子殿下にも魔術がかけられていた。それも、かなり強力に」

 かけられた魔術は本人の許可のない状態で、簡単に解除できるものではない。

 解除のため、エドワードに説明をしたが、なかなか信じてもらえなかったようだ。

「それで、解除は」

「まあ、できたから、ここに来ていただいているわけだが」

 レイクは苦笑した。

「ただ、術をかけた人間をたどることと、術の解析はしていない。術者は私が術の影響下から脱したことを知っている。当然、用心をしているだろうと、リュシュカが言うのでな。ちなみに、殿下は術者に心当たりはないそうだ」

「それで──私が呼ばれたのは?」

 イシアは首をかしげる。

 もちろん、イシア自身が気になっていたのは事実だが、イシアに説明するために呼んだとは思えない。

「実は、殿下の夢を解いてもらおうと思って、君を呼んだ」

「夢解きですか?」

 イシアは驚いた。

「夢解き師は宮廷にいらっしゃいますよね?」

「一応は解いてもらってはいる」

 エドワードは肩をすくめた。

「ただ、魅了の魔術がかかっていたことを、知らずに解いてもらったものだ」

 術がかかっていたとなると、夢解きが変わるものなのかということに興味があるのだろう。

「どのような夢にございますか?」

「ローザが誰かに何かを言っている。内容はわからないけれど、ひどい言葉を相手に投げているように見える。そして階段から誰かが落ちてくる」

「それだけですか?」

「ああ」

 エドワードが頷く。

「階段の場所に心当たりは?」

「宮殿の太陽の間に通じる階段だ」

 エドワードの答えに迷いはない。

「夢を見たのはいつですか?」

「最初に見たのは、ひと月ほど前からだろうか」

 エドワードは顎に手を当てる。

「似たような夢を何度も見た」

 少しずつ状況は違うようだが、最後は必ず階段から人が転落してくるらしい。

 イシアはじっとエドワードの顔を見つめる。

「ちなみに、皇太子殿下から見て、ローザさまは誰かに罵詈雑言をぶつけるような方でしょうか?」

「よく──わからない」

 エドワードは不安げに首を振る。

「オレとローザは政略結婚で、幼いころから婚約者だ。彼女は完璧であることを望まれて、そうあろうとしていることは知っている」

 あいまいな言い方だ。

「つまりは、殿下の見ている前では絶対にそのようなことをなさらないけれど、そうではない場所ではわからない──そうお考えですね?」

「殿下!」

 レイクが怒りの表情になるのを、イシアは目で制した。

「いつからそのようにお考えになるようになられましたか? ひょっとして夢をみるようになってからではありませんか?」

「え?」

 エドワードが目を見開く。

「そんな……ことは」

 エドワードの表情が変わる。

「殿下の夢に、夢解きは不要です。殿下の夢は、『洗脳夢』。夢によって、ローザさまへの不信感をうえつけようとしているのです」

 イシアは大きく息を吸って、静かに告げた。


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