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21話 無関心を反省する



 カーンカーンカーンと三つ、鐘の音が響く。

 エッダさんの農園からフルーツを提供してもらった私は、彼女やその部下達にクレープを振る舞うことにした。

 手乗りサイズまで縮んだイモムシ型魔物達も、完熟したマンゴーを与えられてご満悦の様子。

 彼らは親と一緒にミランドラ公爵邸の地下に収容されるらしい。

 戦闘に特化したベルセルクの末裔だという女性隊員達だが、クレープには興味津々だった。

 せっかくの貸切状態なので、トッピングはそれぞれ好きに楽しんでもらうことにする。

 私は彼女達が盛り上がっている横で、ブルーベリー、ラズベリー、クランベリー、それからイチゴをふんだんにトッピングしたクレープをこしらえると、何やら熱心にオーナーに話しかけていた人に差し出した。


「これは……?」

「ベリー尽くしのクレープです。作るってお約束したでしょう?」


 まるで人が変わったみたいにオーナーに対する態度を改善させた坊ちゃんが、戸惑った顔をして私とクレープを見比べる。

 大人しくしていれば、ちゃんと良家のお坊ちゃんらしく見えた。

 私から受け取ったクレープをしばしじっと見つめていた彼は、それを一口齧ってからおずおずと口を開く。


「子供の頃、実は少しだけ母の実家があるイスターに住んでいたんですが……」

「イスター……帝国北部の火山帯付近に位置する地域だったろうか?」

「はい。寒冷な気候の上、火山灰に覆われた痩せ地なんですけど……そんな中でも育つ穀物の粉で作った郷土料理に、このクレープとそっくりなのがあったのを思い出しました」


 クレープの元であるガレットはソバ粉で作られており、ソバは痩せた土地でも栽培できることで知られている。

 元の世界と似た事情に、私がふむふむと頷く中、坊ちゃんは苦笑いを浮かべて続けた。


「あんな不毛の土地なんて大嫌いだと思っていたのに……変ですね。クレープを食べたら、急に恋しいような気持ちになりました」






 カーンカーンと五つ続いた鐘の音の余韻が残る中、ミランドラ公爵邸正門前には馬首をカルサレス帝国に向けた馬車が出立の時を迎えていた。


「数々のご無礼、どうかお許しください。いや、本日お会いできて本当によかった! この機会を作ってくれた祖父のギックリ腰に感謝したいくらいです!」


 オーナーの手を握り締めていまだ興奮冷めやらぬ様子なのは、ウェスリー侯爵家の坊ちゃんである。

 あまりの変わりように、頭でも打ったんですかい? と馴染みの御者まで戸惑っていた。

 しかし、当の本人は満面の笑みを浮かべて続ける。


「ミランドラ公がいらっしゃれば、アンドラなど恐るるに足らない! 常々陛下がそう豪語していらっしゃっるのも、ようやく納得がいきました!」


 坊ちゃんはひとしきりオーナーを褒め称えると、ようやく馬車に乗り込んで帰途に就く。

 ちなみに、クレープを殊更気に入った彼に、私は『Crepe de Coco』のスタッフTシャツを進呈しておいた。

 彼がそれを帝国で着てくれるかどうかは、分からないが……

 ともあれ、本日のキッチンカーの営業も終わり。

 私はキッチンを片付けたり明日の仕込みのことを考えながら、バックドアの向こうに立つオーナーに話しかけた。


「何だか分かんないですけど、ご機嫌さんで帰ってくれてよかったですね」

「そうだな。しかし、今回のことに関しては、私も反省しなければいけない」


 反省? と首を傾げる私に、彼が両手を差し出してくる。

 この後ミランドラ公爵邸の厨房で仕込みに使う、生地用の密閉容器を持ってくれるらしい。

 しかし、この国の一番偉い人に店じまいを手伝わせていいものか。

 迷う私の手からさっさと容器を取り上げたオーナーが、赤い目を細めて続けた。


「ココも感じていただろう。彼の最初の態度や言動は明らかに礼を欠いたものだった。彼の祖父であるウェスリー侯爵もそれを危惧したらしく、手紙で先に謝られてしまったよ。だが……ああいう客は、ミランドラ公国では珍しいことではない」

「はい、エッダさんに少し聞きました。帝国の方々は実際に魔物に会う機会がなくて、オーナー達に守られている実感がなさすぎるんですね?」

「私も、歴代のミランドラ公爵もそれでいいと思っていた。帝国の人々に恩を売るつもりで魔物と対峙しているわけではないし、カルサレス皇帝家が我々の存在を認めてくださっているからな」


 だが、とオーナーは続ける。


「面倒ごとを嫌うあまり、悪意に無関心になり過ぎていたように思う。ミランドラ公爵家を貶すということは、すなわちこの国の民を貶すのと同意であることを失念していた。ココが、彼に毅然と対応していたのを見て、それに気づいたんだ」

「いえ……でも、あの、私も……ちょっと無責任に煽ってしまったのはよくなかったかなーとか、思ってるんですけど……」


 坊ちゃんは曲がりなりにも賓客で、代行とはいえカルサレス帝国の査察官だったのだ。

 彼が存外素直な人物だったからよかったものの、私の言動はやはり短絡的だったのではなかろうか。

 そんなことを、私はおずおずと口にする。

 すると、今度は開け放した右ドアの向こうから声が返ってきた。


「でも、ココちゃんは間違えたことは何も言ってないわ。ミランドラの民も、あのお坊ちゃんも、ちゃんとお客様として平等に扱っただけだもの」

「そうですね。あの場では、彼の無作法を腹に据えかねた者も少なくはなかったでしょうが、ココさんが言うべきことを言ってくれたからこそ、彼らは静観するに止まったのだと思います。結果的に、我々は面倒ごとを避けることができました」


 アルヴァさんとロドリゲスさんが、にこやかに言う。

 私は慌てて、バックドアの向こうのオーナーに向き直った。


「オ、オーナー? あの、私……もしかして今、褒められてたりします!?」

「もちろん。それに、感謝もしているよ――ありがとう、ココ」

「ひいっ……どういたしまして!」

「うん……なぜ、悲鳴を上げた?」


 とたんに熱くなった頬を両手で覆う。

 キッチンカーに全財産を注ぎ込んだことからも分かるように、これまでの人生で短絡的な行動をして呆れられたり叱られたことなら数知れないが――まさか、感謝をされることがあるなんて思ってもみなかったのだ。

 何だかとたんに恥ずかしくなって、私はオーナーもアルヴァさんもロドリゲスさんもいない、カウンターの方にくるりと顔を向ける。

 だから、偶然だったのだ。

 キッチンカーから少し離れた場所にいるマノンさんに気づいたのは。

 ミランドラ公爵邸の正門脇に立った彼は、静かに大通りを――カルサレス王国に帰っていくウェスリー侯爵家の馬車を見つめていたが……


「マノンさん……?」


 その赤い瞳がいつになく鋭いのに気づき、小さく胸が騒ぐ。

 五日月が、ちょうどミランドラ公爵邸の向こう――魔物の国アンドラとの境界がある森の向こうから上り始めていた。




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