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20話 武器を成す



「うう、くそ……くそくそ! 何なんだよ……っ!!」


 性悪貴族は結局、どうやっても運転席に座れなかった。


「みゅーっ!」

「みゃーっ!」


 ワットちゃんとボルトちゃんが、けして場所を譲らなかったからだ。

 私はというと、性悪貴族が彼らをどかそうと格闘している間に、並んでいた客を捌き終わっていた。

 最後に、アルヴァさんに頼まれたダブルクリームチョコバナナを作り終わると、唇を噛み締める性悪貴族を横目にオーナーに進言する。


「何だか、かわいそうになってきましたねー、オーナー。キッチンカーで査察に連れて行ってあげてくださいよ」

「そうだな……そうしないと、収拾がつきそうにないか」

「――そういうわけなので、特別に助手席に乗ってもいいですよ、坊ちゃん」

「だからっ! 坊ちゃんって言うなって!!」


 とたん、性悪貴族がキッと私を睨んだ。

 すっかり涙目である。


「なんでお前が仕切るんだよ! なんでお前がミランドラ公を顎で使うんだよ!」

「人聞き悪いですね。オーナーを顎で使うなんて、そんなこと……」

「――なんで! お前は公の目を見られるんだよ! お前、一体何なんだよっ!!」

「えっ……何って、私は、ええっと……」


 いかになめた態度を取ろうとも、性悪貴族にはオーナーの目を見ることができない。

 彼だけではなく、この世界に生きる人間とオーナーの魔力の大きさには、もはや比べるのも烏滸がましいほどの差があるためだ。

 にもかかわらず、私がオーナーの目を見ることができるのは、この世界の理から外れているからなのだが、異世界から来たなんて話を往来の真ん中で堂々としていいものか分からない。

 そのせいで答えに窮した私に、すかさず助け舟を出してくれたのはオーナーだった。


「ココは、クレープ・ド・ココの店長、だろう?」

「あっ……そう、そうです! そうでした! そして、オーナーがオーナーです!!」


 私の渾身のドヤ顔に、性悪貴族は呆気に取られたみたいにポカンとした。






 査察とは言っても領内の様子を見回るだけで、ほぼドライブと変わりない。

 東部にあるミランドラ公爵邸から反時計回りに、北部のヨルム班管轄地、領事館を含む西部のドット班管轄地、そうして南部のエッダ班管轄地の順に訪ねた。

 あいにくヨルムさんは古物商の仕入れで留守だったし、ドットさんの所も今日は平和なものだったが……


「うわわわわ! な、なんだあれー!? うわうわうわっ……」

「うわうわうるせーですよ、坊ちゃん!」


 最終経由地であるエッダさんの農園のうち、ウェスリー侯爵のために採れたてのフルーツを土産にしようと果樹園に赴いたところ、それはいきなり現れた。

 たわわに生ったマンゴーの実を捥ごうとした私の足下から、魔物が飛び出してきたのだ。

 オーナーがとっさに腕を引いてくれたため事なきを得たが、そうでなければあの鋭い牙で齧られていたかもしれない。

 カブトムシの幼虫のような白くてムチムチっとした、とんでもなく大きいイモムシに似た魔物だ。

 しかもそれが、合計十匹。


「大人になれば花の蜜を啜るだけだが、あやつら幼体の時代は雑食なんだよ」


 そう言って、エッダさんが私の腕の中で肩を竦める。

 オーナーに逃がされて避難する途中、とっさに抱えてきてしまったのだ。

 彼女が見た目通りの幼女でないことを思えば失礼だったかもしれないが、幸い気を悪くした様子はない。

 ちなみに、私の頭の上にはワットちゃんが、背中にはボルトちゃんがしがみついている。


「新月の翌朝だったかな。あいつらの親――蝶なんだが、そいつが花の蜜を吸いにきてね。とっ捕まえてミランドラ邸の地下牢に放り込んだんだが……いやはや、いつの間にか土に卵を生んでいたんだねぇ」


 私達が果樹園の出口まで避難したのに対し、オーナーは五人の隊員とともにイモムシ型魔物の捕獲に当たっていた。

 隊員達はエッダさんの直属の部下で、全員妙齢の女性である。

 普段は果樹園の仕事もしつつ、ひとたび管轄地区に魔物が現れると武器を担いで我先にと飛び出していくというのだから頼もしいことだ。

 五人とも、ベルセルクと呼ばれる戦に特化した人型の魔物の末裔らしい。

 そしてそのベルセルクこそが、三百年前の世界大戦の折にアンドラ女王からカルサレス帝国に派遣された援軍の主軸だったそうだ。

 ベルセルクの末裔達がそれぞれ一対一で魔物に対処する中、オーナーは残りの五匹を一手に引き受けていた。

 とはいえ、図体が大きいばかりで動きの鈍いイモムシなど、彼の敵ではない。

 そんなオーナーの手には、先日領事館前でボルトちゃんを制圧した時にも使っていた、槍の先に斧が付いたような武器が握られていた。


「またあの武器……キッチンカーに積んでこなかったと思うんですけど、オーナーってばどこから取り出したんでしょう?」

「あれはね、ココ。ハルバードというんだよ。ノヴェルにしか扱えない特別製さ。なにしろ、あの子の魔力で作り出したものだからね」


 代々ミランドラ公爵は、自らの魔力を織り上げて魔物に対抗する武器を成すことができるらしい。

 とはいえ大体は剣くらいが精一杯で、ハルバードのような大きな武器を生成したのはオーナーが初めてだという。

 それにしても、魔力で作り出した武器とは……つくづくファンタジーである。

 エッダさんの答えに私が遠い目をする一方、性悪貴族は瞬きも忘れて目の前の光景に見入っていた。

 大きなハルバードをオーナーが軽々と振るえば、イモムシ型魔物達は次々に薙ぎ払われていく。

 そしてついに、一際大きかった最後の一匹がズウンッと地響きを上げて昏倒するのを見届けると、性悪貴族は堪りかねたように叫んだ。



「――すごい! すごいなぁ、ミランドラ公、強いなぁ――かっこいい!」



 キラキラと目を輝かせたその表情たるや、戦隊ヒーローに憧れる少年のようだ。


「えっ……」


 彼のあまりの変わりように面食らう私の耳に、エッダさんが囁いた。


「帝国の人間達は、よほどのことでもない限り魔物に遭遇する機会などないからな。自分たちがミランドラ公国という盾に守られている実感がないんだよ。そのため、ミランドラ公国の存在意義を疑う輩までいるようだが……」


 あの坊主はもうそんなことはしまいな、と性悪貴族改め坊ちゃんを見て笑う。

 そうこうしているうちに、怪獣をやっつけたレッド……ではなく、魔物を制圧したオーナーが颯爽と農園から出てきた。

 背中に女性隊員達の熱のこもった視線を浴びながらも、相変わらずその表情は涼しげだ。

 イモムシ型魔物達はというと、彼に魔力をごっそり吸い取られて手乗りサイズになった。

 ちょっと可愛いかもしれない、などと思ったのがバレたのだろうか。

 

「ココ、念のために言っておくが……あれは飼わないからな?」

「……はーい」


 顔を見るなり釘を刺されてしまった。

 一方、坊ちゃんはそんなオーナーに駆け寄って口を開く。


「ミ、ミランドラ公! ――握手してください!!」

「ん? うん……」


 その豹変っぷりに、さしものオーナーも引いた。




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