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18話 大人の対応をする



 私がミランドラ公国へ来て五日目となった。

 本日はオーナーに来客の予定があるため、ミランドラ公爵邸の正門前でキッチンカーを営業している。

 ミランドラ公爵邸で働く人々や、正門前から始まる大通りから客が流れてきて、『Crepe de Coco』は朝から大盛況。

 接客と調理で、私が一人てんてこ舞いしていたところ、思わぬ助っ人が現れた。


「ココ、チョコバナナとバターシュガーを二つずつだよ」

「はい!」

「あと、キャラメルクリームとブルーベリークリームとアップルシナモンね。キャラメルクリームはクリーム増し増しにして? 僕のだから」

「はい……って、注文の合間にさらっと自分の入れるのやめてもらっていいですか!? ――マノンさん!!」


 ミランドラ公国に侵入してオーナーに捕らえられた魔物、マノンさんだ。

 午前十時を知らせる鐘の音が聞こえ始めた頃、ふらりと現れたマノンさんは、キッチンカーのカウンター前に立って注文の受付や列の整理、さらには会計まで始めた。

 猫の手も借りたい状態だった私としては、ありがたいことこの上ない。

 おかげで、先日領事館前でドットさんが手伝ってくれた時と同様、私は調理に専念することができた。

 キラキラ輝く金髪と海外モデルみたいなスタイリッシュなマノンさんの姿は人目を引き、また愛想がいいため客受けも上々である。


「マッシュポテトチーズにスモークチキンチーズ、あとソーセージマッシュポテト――ココ、まだいける?」

「いけます!」

「じゃあ、イチゴクリームとバナナクリーム、二つずつ」

「了解です!」


 一心不乱に生地を焼く私を、注文待ちの列に並んだお客さん達がバックドアの向こうから面白そうに眺めている。

 真ん中に流し入れた生地をトンボで大きく丸く広げていく工程に、誰もが興味津々だった。


「上手に焼くわねぇ。見ていて楽しいわ」

「ありがとうございます! いっぱい練習したんですよー!」

「先日、友人から差し入れでもらってね。他の種類も食べてみたくて足を運んだんだよ」

「わあ、来ていただけて嬉しいです! いろんな組み合わせを試して、お気に入りを見つけてくださいね!」


 お客さんとの距離が近いのもキッチンカーの醍醐味である。

 生地を焼く光景を眺める人も、トッピングに迷う人も、出来上がりを待つ人も――そして、クレープを頬張る人も、誰もが明るい表情をしていて、私の心は喜びに満ち満ちていた。

 そんな中、ふいに笑いを含んだ声が聞こえてくる。


「忙しいほど楽しそうだな、ココは」

「あっ、オーナー。お疲れ様です」


 声の主はオーナーだった。そろそろ客人が到着する頃合いなので、門まで出迎えに来たらしい。

 正装をした彼の後ろには、同じくファーマルな装いのアルヴァさんが乗った車椅子も続いた。車椅子を押してきたのは、おなじみロドリゲスさんだ。


「ココちゃーん! 客足が落ち着いてからでいいから、後で私にも作ってー! ダブルクリームチョコバナナ!」

「アルヴァさんもお出迎えですか? ダブルクリームチョコバナナですね。了解でーす」


 ロドリゲスさんは、私とアルヴァさんのやりとりをにこにこして見守っていたが、ふいにキッチンカーの助手席を覗き込む。

 窓の向こうからは、二匹の魔物――シビレモグラのワットちゃんと、黒猫そっくりの魔物ボルトちゃんがしっぽをフリフリ、仲良く愛想を振りまいていた。

 素手で触れるのは危険とされているシビレモグラだが、窓越しには背中の針も電撃も及ばないことから、他の人々も興味津々に眺めている。

 ボルトちゃんに至っては、もう黒猫にしか見えない。

 ちなみに、アンドラに戻す次の新月までの間、ボルトちゃんを『Crepe de Coco』のスタッフとすることに、オーナーも渋々頷いてくれた。

 それを知ったマノンさんが、赤い目をキラキラさせてずずいっと私に顔を近づけてきた。


「僕って、接客の仕事に向いてると思うんだよね! 可愛いだけのあいつらより絶対役に立つからさ! このままクレープ屋で雇ってよ、ココ!」

「確かに、手伝っていただいてとっても助かりましたけど……雇うかどうかは、オーナーに聞いてください」

「つーわけで、ミランドラ! 僕を雇え! ついでに、この屋敷から自由に出入りできるようにしてよ!」

「……馬鹿なことを言っていないで、次の新月にはさっさとアンドラに帰ってくれ」


 オーナーが心底迷惑そうな顔をしてマノンさんの要求をあしらう。

 そうこうしているうちに、大通りの向こうから一台の馬車が現れ、正門の前で止まった。市民の足として大通りを行き交う乗合馬車とは違う、豪奢な装飾をした二頭引きの馬車だ。

 オーナーとアルヴァさんが姿勢を正したことから、この日予定していた来客だろうと想像するのは難しくなかった。

 一国の君主とその姉が、わざわざ門まで出迎えにやってくるくらいだから、どれほど高貴な紳士淑女かと興味を覚えたが……

 

「出迎えどうも」


 馬車から降りてきたのは、とんでもなく偉そうな若い男。

 私は近くにいたマノンさんと顔を見合わせ、思わず声をハモらせた。


「「なんじゃ、あいつ」」

 




 世界の半分を支配する巨大国家、カルサレス帝国。

 基本的には中央集権の形をとってはいるが、ミランドラ公国のように自治を認められている地域も少なくない。そのため、定期的に帝国議会より自治区に対する査察が行われるらしい。

 ミランドラ公国に対する査察は代々、多くの文官を輩出してきたカルサレス帝国の名門ウェスリー侯爵家の当主が務めてきた。


「とはいえ、カルサレス皇帝からの信頼が厚いミランドラ公国に限っては、査察とは名ばかりです。実際は、帝国の盾となって日々魔物と対峙するミランドラ公爵への慰問といった方が正しいですね」


 そう、説明してくれたのは、キッチンカーの側に立ったロドリゲスさん。

 彼は、馬車から降りてきた相手と対峙しているオーナーとアルヴァさんを見守りながら続けた。

 

「特に、現ウェスリー侯爵閣下はノヴェル様やアルヴァ様を幼い頃から孫のように可愛がっておいでで、毎回たくさんのお土産を抱えていらっしゃるんですが……」


 この日査察官と称して現れたのは、そんな人物像とはかけ離れた相手だった。

 年は、オーナーやアルヴァさんよりも私の方に近いか、あるいはもっと下かもしれない。身なりばかりは名門貴族の名に恥じないものではあったが……

 

「何だか、めちゃくちゃ感じ悪いですねー」

「あいつ、わざわざミランドラに喧嘩でも売りにきたわけ?」


 私とマノンさんが顔を見合わせてそう言いたくなるような人間だったのだ。

 その人は、わざわざ出迎えたオーナーやアルヴァさんに向かい、顎を上げて言った。


「まったく、おじいさまの物好きにも困ったものだ。魔物しか相手にしたことのない名ばかりの田舎貴族なんかに目をかけたとて、由緒正しき我がウェスリー侯爵家には何の利にもならないというのに」


 査察官はウェスリー侯爵の孫でハリーと名乗ったが、私の中では勝手に性悪貴族と名付けられてしまった。

 昨夜ギックリ腰をやった祖父から急遽代行を言いつけられ、不承不承ミランドラ公国にやってきたらしい。

 こちらも腰をやるのではと思うほど踏ん反り返った彼から、オーナーはウェスリー侯爵の手紙を受け取って無言のまま目を通していた。

 私はロドリゲスさんとヒソヒソ言葉を交わす。


「侯爵って、公爵より爵位は下ですよね? その孫に過ぎないあの人が、どうしてオーナーに対してあんなに偉そうなんでしょう?」

「帝国貴族の中には、帝国内に領地を持つ自分達とミランドラのような地方領地を治める貴族を同列に扱いたがらない輩が少なくはないのですよ。あの彼のようにね」

「当主であるお祖父さんは、ちゃんとミランドラ公国に敬意を払っていらっしゃる風なのにですか? あんな失礼な人なんて、門前払いしてしまえばいいのに……」

「査察自体は、自治区にとっては義務ですからね。あのお孫さんと揉めて面倒を起こされるくらいなら、さっさと査察を終えて帰ってもらいたいとお考えなんでしょう。ノヴェル様もアルヴァ様も大人の対応を弁えていらっしゃいます」


 ロドリゲスさんはそう言って笑うが、オーナーが反論しないのをいいことにますます増長する相手の姿は見るに堪えない。

 私は、自分と同じように嫌な顔をして性悪貴族を眺めているマノンさんに話を振った。


「マノンさんって魔物なんですよね? 何の魔物なんですか?」

「えっ、いきなりだな。何のって、それは……」

「魔法とか使えないんですか? 例えば、あの感じの悪い人が、足の小指を馬車の車輪にしこたまぶつけて悶絶しちゃうのとか」

「いや、地味! 使えたとしても嫌だわー……そんな魔法」


 私とマノンさんのやりとりに、ロドリゲスさんがブフッと吹き出す。インテリな見た目の割には笑いの沸点が低いらしい。

 すると、ふいに性悪貴族がこちらに顔を向けてきた。

 バチッと私と目が合ったとたん、不愉快そうにその顔が顰められる。

 彼は、フンと鼻を鳴らしてすぐに私から目を逸らしたものの、今度はキッチンカーを訝しそうに眺めて口を開いた。


「なんだ、その得体の知れない物体は。おいお前、そこの物売り。何を売っている?」

「私のことですか? えーと、クレープという食べ物なんですけど」

「くれーぷ? 知らないな、そんなもの。どうせ、帝都で生まれ育った私の口に合うはずもないが、査察を行わないわけにはいかないからな。一つ用意しろ」

「はーい、かしこまりました」


 偉そうな相手に内心ムカムカしながらも、接客業歴の長い私にとっては猫を被るなど造作もない。

 私は、にっこりと営業用スマイルを浮かべると……


「それでは、列の一番最後にお並びくださいね」


 注文待ちの列の最後尾を指して、きっぱりと言った。




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