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11話 雷を落とす



「キ、キッチンカーに――ウニが生えてる!?」


 ミランドラ公国二日目の朝、私はまさしく雷に打たれたような衝撃を受けることになった。




 当初予定していた音楽フェス会場でのデビューは叶わなかったものの、この国の君主ミランドラ公爵様をオーナーとしてキッチンカーを営業することが決まった昨日。

 ミランドラ公爵邸の人々からもクレープを絶賛された私は、これから始まる日々への期待に胸を膨らませ、満ち足りた気持ちでベッドに入ったのだ。

 けれども今朝になって早々、現実を突き付けられることになる。


「ど、どうしよう……」


 カーンカーン、と午前六時を知らせる鐘の音が鳴り響く中。

 スマートフォンのバッテリーアイコンが赤くなっているのを見た私は、気づいてしまったのだ。


「この世界で……どうやってキッチンカーを充電したらいいんだろう……」


 もしかして、いやもしかしなくても、この世界には電気が普及していない――つまり、キッチンカーを充電する手立てがないかもしれない、ということに。


「一昨日の夜に満充電したけど、昨日で結構使ってしまったはずだし……あと、どれくらい保つんだろう……」


 私のキッチンカーは満充電の状態からだと百キロくらいは走れるらしいのだが、速度やエアコンの稼働率などが航続距離に大きく影響してくる。

 さらには、クレープ用鉄板や冷蔵庫なども電気を必要とするため、バッテリーに蓄えた電気全てを走行に当てることは不可能だ。

 居ても立ってもいられなくなった私は、身支度もそこそこに部屋を飛び出した。

 ちなみに、最初に寝かされていた一階の客室をそのまま使わせてもらっている。

 朝露に濡れた花々を愛でることもなく一気に庭園を駆け抜け、正門脇に止めていたキッチンカーに到着。

 カギを回してディスプレイを点灯させたとたん――私は頭を抱えた。


「うわあああ……ど、どうしよう……」


 表示されたバッテリー残量が、すでに半分を切ってしまっていたのだ。

 充電が切れてしまえばキッチンカーは動かないし、クレープも焼けない――つまり、『Crepe de Coco』は営業できない。それに……


「せっかく、オーナーがあんなに楽しそうに運転していたのに……」


 私がミランドラ公国にいる間、キッチンカーを運転することになったオーナーをがっかりさせてしまうと思うと、胸が苦しくなった。

 彼の長い手足に合わせて後ろに下げたままの運転席に座り、何かいい方法はないものかと頭を捻る。

 と、その時だった。

 ふいに目を向けたディスプレイ上で、信じられないことが起こっていたのである。


「あれ? あれれれれ!? バッテリー残量が、急に回復して……え、なんで!?」


 キッチンカーを満充電するには、普通充電では七時間から八時間、急速充電でも三十分以上はかかる。

 それなのに、今まさに私の目の前ではバッテリー残量がみるみるうちに回復し、あっという間に満充電になってしまったのだ。まったくもって、わけが分からない。

 なぜ、そしてどうやって、キッチンカーは充電されたのだろうか。

 慌てて運転席の窓から顔を出して、右後方部にある充電コックを見る。

 冒頭の台詞を叫んだのは、この時だった。


「キ、キッチンカーに――ウニが生えてる!?」


 充電コックのカバーが開いて、何やらウニみたいなトゲトゲの物体がくっ付いていたのである。

 大急ぎで運転席から飛び出した私は、わたわたと充電コックに駆け寄った。

 そして、くっ付いているのがウニではないことに気づく。


「あのぅ……ええっと……そ、そこで何をしてるのかなぁ――シビレモグラさん?」


 それはハリネズミにそっくりな、シビレモグラと呼ばれる魔物だった。

 ミランドラ公爵邸の庭に住み着いているという、昨日私がテラスで出会ったのと同じ個体だろうか。

 なぜだか充電コックに鼻先を突っ込んでおり、トゲトゲに立った針と針の間ではパリパリとプラズマが発生していた。


「えええ、どうしよう……これ、どうしよう……」


 私はひたすらおろおろしていたが、しばらくするとプラズマは収まり、シビレモグラの背中の針も寝始める。

 そうして、ふいにその鼻先が充電コックからすっぽ抜けた。


「みゅー」

「わああっ!? あ、危ないっ!!」


 いやに可愛い声を上げて転げ落ちそうになった相手に、とっさに両手を差し出してからはたと気づく。

 シビレモグラという魔物は、電気のようなものを発して危険なため、迂闊に触れてはいけないのだった。

 昨日、オーナーが投げた小枝が黒焦げになったのを思い出して青ざめるも、時すでに遅し。

 シビレモグラのバレーボール大の身体がころんと腕の中に落ちてきて、私は思わず身を硬らせた。

 ところがである。


「……あれ? ビリッて……しない……?」


 私の腕が昨日の小枝みたいになることはなかった。

 背中の針はすでに寝ていたために突き刺さることもなかったし、シビレモグラの身体は熱いというより温かい――しかも、お腹側の毛なんて柔らかくてふわふわだ。

 さらには、きゅるんとしたつぶらな目で見上げられ、あまりの愛らしさに私が胸がキュンとさせた――その時だった。



「ココー! 昨日ぶりっ!!」

「わあああっ!?」



 突然、背後からかけられた声に驚いて、私はびくーんっ! と飛び上がる。

 危うく取り落としそうになったシビレモグラを、わたわたと抱え直した。


「あはは、相変わらず落ち着きのない子だねー」

「――マノンさん!?」


 現れたのは、マノンさんだった。

 昨日のゴスロリ風ファッションはシンプルなシャツとズボンに変わり、スタイリッシュな海外モデルみたいだ。

 初めて太陽の光の下で見た彼の髪は綺麗な金色で、目はやはり赤だった。

 ずずいと顔を近づけてきたマノンさんが、私の前髪をめくってその目を細める。


「額のコブは……へえ、もう引っ込んでるじゃん。ココがわたわた庭を走っていくのが見えたからさ。また軽率にすっ転んでるかもと思って見にきてあげたんだけど、杞憂だったみたいだね。膝のケガも問題ないんでしょ?」

「はい、処方していただいた薬がよく効いて……じゃなくて、マノンさんこそ! 車をぶつけたところ、大丈夫ですか? 内出血とかしていません? 昨日は、本当に申し訳ありませんでした!!」

「ああ、平気平気。あのくらいでケガを負うほど魔物はやわじゃないし。まあ、ビックリはしたけどねー」

「魔物……」


 そういえばマノンさんも魔物だったのを思い出し、とっさに口籠もる。

 そんな私を見下ろして、彼がにんまりと笑った。

  

「なーに? 僕が魔物だと知って怖くなっちゃったの? 今まさに魔物を抱っこしてるくせに?」

「そ、そんなことは、ないですけど……ええっと、もう出歩いてもいいんですか?」


 腕に抱いたシビレモグラやトカゲっぽい見た目のヨルムさんならともかく、マノンさんが人間とどう違うのか私にはまったく分からない。

 招かれざるものだとかで、昨日の朝は縛られていた両手も、今はもう自由になっていた。

 マノンさんはちらりとシビレモグラを一瞥してから、私の目の前で両手をひらひらさせつつ肩を竦める。


「ミランドラに魔力をごっそり吸い取られたちゃったんだけどねー。おかげで、今の僕の力はココ以下かもしれないよ。いや……ココってそもそも魔力ゼロなんだって?」

「ああ、はい……らしいです。あの、やっぱり何かお詫びを……クレープ召し上がられますか?」

「うーん、クレープって何? どうせ食べるならココがいいなぁ。ココを齧らせてよ」

「は? か、かじる!? いや、それはちょっと……」


 マノンさんの言葉に驚いて後退ろうとするも、すかさず両肩を掴んで止められてしまった。

 彼の指にはいつの間にか長い鉤爪が生えていて、尖った先端がTシャツ越しに肩に食い込む。

 私の腕の中のシビレモグラも、もぞもぞと居心地悪そうにし始めた。


「人間って、今まで味見したことないんだよねー。この僕のハジメテの相手になれるなんて、ココは光栄に思うといいよ?」

「いやいやいや! ま、待ってっ……わああっ!?」


 ああーんと大きく開いたマノンさんの口の中に、人間のものよりも明らかに鋭く尖った犬歯を見つけて、私はたまらず悲鳴を上げる。

 と、その時だった。


「うわっ!?」


 マノンさんが驚いた声を上げて、私の肩から手を離した。

 というのも、向かい合って立つ私達の間に割り込むようにして、突然足下から壁が生えてきたのだ。

 マノンさんから逃れようと仰け反っていた私の身体は支えを失い、後ろにひっくり返りそうになったが……


「――ココ」


 すかさず伸びてきた腕が私を抱きとめてくれた。


「オ、オーナー!?」


 助けてくれたのはオーナーだった。

 どうやら彼は、私とマノンさんの影から現れたようだ。

 まったくもってファンタジー!

 そんなオーナーは左手で私の背中を支え、右手では……


「ふンがー!」


 マノンさんの顔面を鷲掴みにしていた。

 オーナーは私を背中に庇うと、逃れようと暴れる相手に向き直る。

 そして、何とも鋭く冷ややかな声で告げた。

 

「次の新月まで問題を起こさないという約束で自由を与えたが……どうやら、今すぐ地下牢にぶち込まれたいようだな?」

「ふぎゅ……」


 ミランドラ公国に侵入して捕まった魔物は、次にアンドラへの帰路が開く新月の夜まで、ミランドラ公爵邸の敷地内で過ごすことになるという。

 一時的に魔力を差し出して無力化された上で自由に過ごすか、それとも囚人のごとく地下牢に繋がれるのかは、オーナーの判断に委ねられている。

 マノンさんのように地下牢を免れた送還待ちの場合は、離れに部屋を与えられるそうだ。


「あー、ミランドラ! あんたまた魔力吸っただろ!? 爪が短くなっちゃったじゃないか! これじゃ、ココを突いて遊べな……」

「ちょうど、お前が来る直前に捕まえたスライムの隣の牢が空いているが?」

「えっ……いやそれ、絶対はみ出してくるやつじゃん! っていうか、地下牢なんて絶対イヤだから、ちゃんといい子にしてまーす!」

「まったく……今度面倒を起こしたら、問答無用でぶち込むからな」


 スライムとは、ファンタジー作品で見るような、ゼリー状のアレのことだろうか? 私はちょっとだけ見てみたいと思った。


「はぁ、やだやだ。ミランドラってばほぼ人間のくせに、生粋の魔物の僕より魔力の器がでかいって何なの? 遠慮なく吸い取りすぎなんですけど? 魔力が足りなくなってこの身が保てなくなったら、どうしてくれるんだよ……」


 そうぶちぶち文句を言うマノンさんの鉤爪は、確かに短くなっていた。

 誰とも目を合わせられないくらい大きな魔力を持っているオーナー。

 さらに彼は、それを蓄える器も大きいらしい。

 魔力は体力と同じで無限ではないという話だったが、他者から吸い取った魔力もたくさん保有できるのだとしたら、それもまたオーナーの強さに直結するのだろう。


「ココ、ごめんねー。さっきのはさ、冗談だから! そもそも、魔力ゼロのココなんか食ったって、僕の魔力は微塵も回復しないしね!」

「マノンさん……やっぱり車をぶつけたこと、怒ってるんですか? それとも、元々そんな感じなんですか?」


 オーナーの手から解放されたマノンさんは、ごめんねと言いつつ悪怯れる様子がない。

 シビレモグラを抱きしめてじとりと見上げる私に、ところで、と彼が続けた。


「ココはなんで、ミランドラのことを〝おーなー〟って呼んでるの? それ、どういう意味?」

「それはですね、話せば長くなるんですが……」


 昨日のプレオープンには居合わせなかったマノンさんに、私はまずこの異世界ミランドラ公国にてキッチンカーを営業することに決まった経緯を説明しようとした。

 ところがそれを遮るように、オーナーが端的に告げる。


「私が、ココのオーナー――所有者という意味だ」

「はぁ!? あんたが、ココの!?」


 いや、私のじゃなくて、私の店の、オーナーです!


 マノンさんのポカンとした顔を見て、私が慌てて訂正しようとした時だった。

 ふいに、オーナーがこちらを振り返り……


「ココ!? シビレモグラには触るなと言っただろう!!」

「わあ、びっくりした!」


 大きな雷を落とした。



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