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1話 視線が交わる



 新月の夜はまだ、明けない。

 雲がかかっているのか、墨で塗り潰したみたいな空にはいくら目を凝らしても星の一粒さえ見つけられなかった。

 いや、月や星どころか、周囲には街灯もなければ店舗や家屋から漏れる光もない。もっと言えば、舗装された道路や建物自体が見当たらないのだ。

 ヘッドライトの青白い光で浮かび上がるのは、車一台がやっと通れるくらいの土がむき出しの道とその両側に立ち並ぶ木々ばかり。


「えええ……ここ、どこー? 私、いったい今どこを走ってるんだろう……」


 私こと花山(はなやま)瑚子(ここ)は、ハンドルにしがみつくようにして情けない声を上げる。つい先日行われた大学の卒業式に合わせてばっさり切った毛先が、チクチクとうなじを刺激した。

 運転するのはキッチンカーだ。

 元々は白一色のワゴンタイプの電気自動車だったが、天井以外をコーヒー色に塗装してカフェラテみたいな外観にした。

 提供するのはクレープで、私の名前からとって、『Crepe(クレープ) de() Coco(ココ)』と命名。今日はその記念すべき開店初日――になるはずだったのだ。

 それなのに…… 


「――わああっ!?」


 ヘッドライトの光が人影を捉えたのは、突然のことだった。

 影は、二つ。道のど真ん中に、こちらに背中を向けて立っている人と相対して立っている人がいたのだ。

 驚いた私は、スニーカーを履いた足で思い切りブレーキを踏み込む。

 キキキーッという耳障りな音に眉を顰め、ぎゅっと両目を瞑った刹那――コンッ、という小さな音とともに車体にわずかな衝撃があった。


(ひ、人に、ぶつけてしまった――!!)


 サーッと音を立てて全身から血の気が引くのを感じた。ドキドキと胸を突き破らんばかりに鼓動が脈打ち、背筋を冷たい汗が伝い落ちる。

 さらには次の瞬間、ガツッという音が前方から聞こえる同時に、キッチンカーがつんのめるようにして止まった。

 その衝撃に驚いて開いた私の両目に飛び込んできたのは、ボンネットに片手を置いた状態で立っている誰かのシルエット。


「なんだ、これは……」


 そうかすかに聞こえた声は男性のもので、暗くてはっきりとはしないもののフロントガラス越しに一瞬目が合った気がした。

 しかし、まさか片手で車を止められるわけがないだろうから、きっとギリギリでブレーキが間に合ったのだろう。


「……はっ、そ、そうだ! もう一人の方はっ!?」


 私は慌ててパーキングブレーキをかけ、震える手でシートベルトを外して運転席のドアを開ける。

 そうして、キッチンカーの後ろの路肩に座り込む人影を見つけて飛び上がった。


「うわあああ! ごご、ごめんなさ……あいたぁっ!?」


 ひどい怪我をさせてしまったのかもしれないと焦りに焦った私は、運転席を降りたとたんにべしゃっとすっ転ぶ。

 その拍子に思い切り右の膝を地面で擦ってしまい、たまらずキッチンカーの横で蹲った。


「いだだだだ……!」

「――君は、何をしている」


 キッチンカーの前にいた男性が、見かねたみたいに近寄ってきて手を差し伸べてくれる。

 しかしその声はいやに固く事務的で、心配されているというよりは訝しがられている感じがした。そのため、私は一瞬彼の手を取るのを躊躇したものの……


「――はっ! 私がすっ転んでる場合じゃないですよね!?」

「う、うん……」


 路肩に座り込んだ人影を思い出し、目の前の手をガシリッと掴んで立ち上がる。

 手の主は面食らった様子だったが、すっかりもう一人の方に意識が行ってしまっていた私は、彼の表情を確認する間もなく駆け出した――まではよかった。


「ぶ、ぶつけてしまって申し訳ありません! 大丈夫で……わああっ!?」


 焦りのあまり足元が覚束なくなっていたのか、私はまたもや派手にすっ転んでしまう。ゴチン、と今度は額を地面に打ちつけて、一瞬目の奥に星が飛んだ。


「いやいやいや! 転びすぎでしょ!? あんよが下手くそなのかな!?」

「君……大丈夫……なのか?」


 路肩に座り込んでいる男性も、さっき手を差し伸べてくれた男性も、これにはぎょっとした様子である。

 しかし、私はTシャツやジーンズが土に塗れるのも構わず、這うようにして前者に近づいた。

 

「あああ、あの! だだだ、大丈夫ですか!?」

「それ、こっちのセリフだからね!? あんたこそ大丈夫なわけ!?」

「けけけ、怪我は!?」

「だーかーらっ! 僕よりあんたの方がよっぽどケガしちゃったんじゃない!? なんか、逆に申し訳なくなってくるわ!」


 私がキッチンカーをぶつけてしまった相手は、明るい髪色をした若い男性だった。

 逆方向を照らすヘッドライトが周囲の木々に反射して、フリルのついたシャツの上に襟の高いロングコートを羽織ったゴスロリ風ファッションなのが確認できる。

 さらに、そんな格好をしても違和感がないくらいの、異国的で端整な顔立ちに私は思わず見惚れてしまった。


「って、顔がいいとか言ってる場合じゃないっ!!」

「なんて!?」


 幸いにも、大きな怪我を負っているようには見えないし、キッチンカーをぶつけたことを怒っている風でもない。

 そうこうしているうちに、もう一人の男性も近づいてきて口を挟んだ。


「君は少し落ち着いた方がいい」


 気さくな雰囲気のゴスロリ君とは裏腹に、その人の口調はやはりどこか事務的な感じがした。

 そんな彼が地面に這いつくばっていた私を助け起こしてくれたとたん、うわっとゴスロリ君が素っ頓狂な声を上げる。


「ちょっと、膝ぁ! 破けてるけど!? いったい、どんな転び方をしたらそんな哀れな姿になるわけ!?」

「やれやれ……どうりで血の匂いがするはずだ。額も腫れているな」

「それにしても……変な服着てるなー、この子。ねえ、ミランドラ。この子の胸に描かれてるのって……もしかして、イチゴ?」

「なぜ……イチゴ……?」


 ゴスロリ君が呼んだ〝ミランドラ〟というのが、私を助け起こしてくれた男性の名前のようだ。

 なにやら私の格好――開店祝いに友達がデザインしてくれた、店名とイチゴのイラストがデカデカと描かれたTシャツ――が物議を醸しているようだが、イチゴで何が悪いというのか。

 ちなみに、ダメージジーンズの膝が破けているのは元々だし、打ったのが鼻じゃなくて額なのは受け入れ難い事実である。

 一方、ミランドラさんの格好はというと、フォーマルスーツを通り越してもはや中世ヨーロッパの貴族のようだ。

 顔はいまだ逆光になっていて判然とせず、また私に対して好意的ではない雰囲気のため、ゴスロリ君にしたみたいにじろじろ見るのは憚られた。

 とにかく、二人の男性が普段着というより舞台衣装のような格好をしているのを見てあることに思い至った私は、おずおずと口を開く。

 

「あのぉー……、もしかしてお二人って、今日のフェスに出演する予定のビジュアル系バンドの方々だったりしませんか?」

「……うん、ふぇす、とは?」

「びじゅある系って何? そんな言葉、初めて聞いたんだけど!?」


 とたん、ミランドラさんにはますます訝しがられ、ゴスロリ君には面白そうな顔をされてしまった。

 夜明け前の道のど真ん中で対峙していた二人だが、どうやら方向性の違いで揉めていたバンドメンバーとかではないらしい。

 彼らがもし、私がキッチンカーデビューを予定している音楽フェスの出演者ならば、会場まで乗せて行く代わりにナビゲートしてもらえればと思ったのだが……甘かった。

 何より、事故を起こしておきながら、予定通り営業先へ向かおうとする考え自体が甘かったのだ。

 ゴスロリ君が平気そうなのをいいことに、状況を楽観しかけていた私に冷や水を浴びせるごとく、ミランドラさんの固い声が降ってくる。


「――君は何者だ。今、いったいどこから現れた」


 目の前で連れが車に当てられたのだから、彼が怒るのも無理はない。

 ミランドラさんの視線が頭頂部にグサグサと突き刺さるのを感じた私は、首を竦めて震えながら今来た方向を指差した。


「あ、あのですね……カーナビの指示通りに幹線道路から脇道に入ってひたすらまっすぐ走ってきたんですけど、途中でいきなり画面が真っ暗になって、『位置情報が取得できません』って言われまして……」

「うん、かーなび、とは? そもそも、君が指差す方向に道はない。あるのは世界を繋ぐ闇だけだ。しかし、それももう今宵は閉じてしまったはずなのだがな?」

「えっ、闇? 閉じてって……でも確かに、そこの脇道を走ってここまで……!」

「自分の目で確かめてみるといい。君が走ってきたという道など――どこにある?」


 弾かれたように顔を上げた私は、自分が指差す先を――今さっきキッチンカーで走ってきたはずの方向を見て言葉を失う。

 ミランドラさんの言う通りそこには道などなく、代わりに大きな木が一本、先を塞ぐように立っていたからだ。

 

「ど、どど、どういう……こと……?」


 木の向こうにあるのは、墨で入念に塗りつぶしたような闇だけで、どれだけ目を凝らしてもその先に道があるようには見えない。

 地面に付いたブレーキ痕も、木の前から唐突に始まっていた。


「わ、私……どこから来たんでしょう……?」


 訳が分からなくなった私はよろよろと後退りつつ、ミランドラさんに尋ねる。

 冷静に考えれば、彼にとっては私の言っていることこそ、訳が分からなかっただろう。

 しかし、あいにくそう思い至る余裕のなかった私は、縋るような気持ちで顔を上げた。




 視線が、交わる。




「「――っ」」


 私は、息を呑んだ。

 この時初めて目にしたミランドラさんの、とんでもないイケメンっぷりにである。

 こんなことを言っている場合じゃないのは重々承知しているが……とにもかくにも、顔がいい!

 一方、ミランドラさんの方も息を呑む気配がした。

 ヘッドライトの反射で浮かび上がった異国風の容貌の中、切長の目が大きく見開かれる。

 その様は、まるで雲が晴れて満月が現れるみたいに見えた。




 新月の夜明けに現れた二つの満月は、赤かった。



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