金が欲しい祓い屋と欲望に忠実な女子校生外伝 〜煩悩型JC葉子のバレンタイン狂想曲〜
日本の国、邪魔口県。かつては西の都とも呼ばれたこともあったが、今は誰からも忘れられた土地でしかない。
しかし、そんな土地が瞬く間に国の中心となってしまった。
いったい何が起こったのか?
それは……
遷都である。
天暦21XX年。
時の宰相、阿部野 清明の独断的な政策により断行されたのだ。
これまで首都であった東狂都が極度の人口一極集中により、もはや人の住める状態ではなくなったという事情もあるが。
古来より日の本の国には3つの都がある。最近まで首都であった東狂都。鎮護国家の要たる天帝の坐す狂都府。そして忘れ去られた西の都、西狂都である。
その呼び名も今は昔、現在では邪魔口県と呼ばれるだけの辺境であったはずなのに。
そんな邪魔口県がある日突然、首都になったのだ。
当然ながら全国のあちこちで様々な混乱が起きた。もちろん邪魔口県でもだ。
しかし、いかなる混乱も3年もすれば慣れる。次第に状況は落ち着き、人口の一極集中も緩和されつつある。
そうなると次にやって来たのは……
バブルであった。
そうなのだ。西狂都、いや邪魔口県では空前の土地バブルが起こっていた。熱狂に次ぐ熱狂。投資が投資を呼び地価は爆上がり。廃墟から山奥まで、西の果て邪魔口県の土地が全て投資の対象となってしまったのだ。
そんな土地で活躍する人種と言えば?
そう。
地上屋に他ならない。
本編の主人公、その名も阿部野 清。宰相とは何の関係もないが、たまたま同じ苗字だったりする。
彼の本職は祓い屋。地上屋ではない。
魑魅魍魎を相手に除霊や交渉をし、土地の有効活用に携わる仕事である。
「せんせぇ! 今日の稼ぎはいくらだったんですかぁ?」
「あぁ、ほんの5000万かな。」
「でも私の時給は800円なんですよね……」
「嫌ならやめたらいいのに。君みたいな女子校生ならいくらでも稼げる仕事あるじゃん?」
「何を言ってるんですか! 私はせんせぇのように未知とロマンを追い求める祓い屋になりたいんです! 決して金目当てなんかじゃありません!」
「ふーん? ところでその手の中にあるのは何だい?」
「ちっ、違うんです! こ、これ別に! そ、そう! せんせぇの汗でびっしょりだったんで私が洗濯しようと思っただけなんです!」
さて、この祓い屋の助手である女子中学生。
古来より純潔の乙女には上質な霊力が宿るという。それゆえに、祓い屋も彼女をバイトとして雇っているのであろうが……
「別にいいけど、それさっきの悪霊を吸い取った封印タオルだから持って帰ったら呪われるよ?」
「ぐぉがあーーん! そんなぁ……せんせぇの匂いが染み付いてるから今夜のお供にしようと思ったのに……」
さて、そんな今作の主人公は中学校三年、葛原 葉子である。祓い屋を目指して一心不乱に修行に励む(?)欲望に忠実な女の子である。
そんな葉子が待ちに待った日がある。
受験を目前に控えた2月14日。そう、バレンタインである。
祓い屋の元でバイトを始めて1年は経過している。しかし、その間にどんなアプローチをしても祓い屋が自分に手を出してくることはなかった。自慢ではないが葉子はクラスではかなりモテる。成績優秀、容姿端麗。おまけに気さくで誰とでも分け隔てなく話す性格だ。しかし、そんな葉子が肉弾的アプローチを仕掛けても、祓い屋は歯牙にもかけず……それどころか! 葉子を止めるべくアイアンクローまでしてくる始末なのだ!
これには葉子のみならず、葉子の母親までハンカチを噛む始末だ。大晦日なんかは、わざわざ理由を作っては娘を祓い屋の所に泊まらせたというのに。それでも祓い屋は何もしないどころか! 別室で鍵をかけてぐーぐー高鼾を決め込んでいたのだから!
「ママ! 今度のバレンタイン! 私はやるから!」
「そうよ葉子! その意気よ! いい? 男って生き物はね! 押して推して圧しまくることで手に入るものなの! とにかくガンガン行きなさい!」
「うんママ! 分かったよ!」
「それで、何かアイデアはあるの?」
「うん! ほら、西の魔女さんがいるじゃん? 向着火半島に。魔女さんならせんせぇのことにも詳しいから、相談しながらチョコを作れるかなーって。」
「いいじゃない。さすがね葉子。ちょっと遠いけど連れてってあげる! 女は後には退かないのよ!」
「分かったわママ!」
こうして葛原母娘は邪魔口県渡海市から遠く西に住む魔女の住処へと向かっていった。そもそも西の魔女とは一体何者なのか……葉子は面識があるようだが……
「はぁ……やっと着いたのね……」
邪魔口県の北西の果て。海に突き出るように位置する地、それが向着火半島である。
同じ渡海市なのに車で2時間。葉子の母親はすでに疲れきっていた。
「じゃあママは車で待ってたら? 一人で行ってくるから。」
「そうね、そうする……寝てるから帰ってきたら起こしてね。」
「はーい!」
それから葉子は海岸沿いに歩いた。石が大きいため何度来ても歩きにくい場所ではある。
それでも葉子は魔女の住む孤島を目指して歩いていく。
海岸線を歩いた後は難所が待っている。
しかしここまで来れば何の問題もない。
近くにインターホンが設置されているからだ。躊躇いもなく押す葉子。
『はーい!』
「こんにちは! 祓い屋助手の葛原です! 魔女さんに用があってきました!」
『はーい待ってねー!』
三分もしないうちに、島側から長い板を持った少女がドタドタとやって来た。人力で島へ渡るための即席の橋をかけるらしい。
「お待たせー。あれ? 今日は清のやついないの?」
「そ、そうなんです! ごめんなさい! 私だけなんです! こ、これ! お土産の二見饅頭です!」
「ほぉう? よく分かってるな。まあいい。せっかく来たんだ。コーヒーぐらい飲んでいけ。」
がらりと口調が変わった少女。見た目は葉子よりも幼いようだが……
どうやら彼女こそが……
「ほれ。まあ飲め。」
「あ、い、いただきます……」
ごく普通のインスタントコーヒー。ネッスカフェ・ゴールドエクスペリエンス・アルティメットブレンドなのだが葉子には分からない。
「お、おいしい、け、結構なおてもやんで……」
「ん? そ、そうなのか? まあいい。で、今日はお使いか? 結界でも必要になったのか?」
祓い屋である清が普段使っている除霊道具、そのほとんどがこの西の魔女の謹製だったりする。
「い、いえ、違うんです! そ、その、せんせぇにバレンタインのチョコを渡したくて……魔女さんならきっと経験豊富でしょうから、どんなチョコを渡したらせんせぇが一撃で私にどっかーんとなるのかご存知かと思いまして……」
「な、なるほどな、そ、そうだな! うんうん、私は経験豊富だからな! うんうん。えーっと、清にチョコレイトなるものを渡すんだな。うんうん。そうかそうか。えーっとな……うーん……少し待っていろ……」
そう言って魔女は屋敷の奥へと消えていった。
その間、葉子はコーヒーを飲みつつ、持参した二見饅頭を食べていた。
「よし、ま、待たせたな! お前の望みは清にくれてやるヴァレンティヌス記念日のショコラティエだったな。清を籠絡したいのであろう?」
「そ、そうです! せんせぇったら! 私がいくらモーションかけても! 全然反応してくれないんです! あ、でも、時々顔を抱きしめてくれるんです!」
言うまでもなく、葉子の言う『顔を抱きしめる』とは『アイアンクロー』のことである。
「そ、そうか。それならこれをくれてやろう。こいつをしっかり砕いて市販のショコラティエに混ぜるがいい。」
「あはぁー! さすが魔女さん! ありがとうございます! すごいです! このお礼はきっと! ありがとうございます!」
「ああ。気にするな。上手くいくことを祈っててやるよ。」
そして葉子は手に入れた。アーモンドのような色と形と匂いをしたナッツを。
そして意気揚々と母親の待つ車まで帰った葉子。
「ママーお待たせ! いい物ゲッチューしてきたよ!」
「げ、ゲッチュー……って。なに100年前の言葉使ってんのよ……まあいいけど。さっさと帰りましょ。私もう疲れたわ。」
「ごめんねー! でもこれできっとせんせぇも私にどっかーんのあはーんだし! ママありがとー!」
その日、葛原家の台所は戦場と化した。
そして翌日。葉子がバイトに行く週末だ。
「せんせぇ! おはようございます! 今日は何の日か知ってますかぁー!?」
「今日? 今日は朝からハードだからな。さっさと準備して乗り込むぞ。」
「朝から一生懸命!? もぉーせんせぇったらなーに言ってるんですかぁ?」
「置いていくぞ?」
「あぁー嘘です嘘です! 一緒にイキたいですぅー!」
こうして葉子はチョコレートを渡すことができないまま除霊へと向かっていった。
「お疲れだったな。おかげで助かったぞ。」
「せんせぇこそ見事なお手並みでしたぁ!」
3件の除霊を終えて帰路につく。清が運転する車の助手席で葉子は疲れも見せずご機嫌な顔をしていた。
「あのぉ……それでせんせぇ?」
「ん?」
「これ……チョコ、作ってきたんです! 食べてください! できれば今すぐ!」
「おお、ありがとう。意外と女の子らしいところもあるんだな。今は運転中だから帰ったら食べさせてもらうさ。」
「あっ! そ、それなら! 私があーんしてあげます! せんせぇだってかなり疲れてるんですから! 疲れた時は甘いものが一番ですから! ねっ? ねっ?」
一瞬ほど怪訝な顔をした清だったが、すぐに諦めたらしい。
「それなら一つもらおうか。」
「はいっ! このチョコを私だと思って口に含んで舐めてねぶってよく噛んでから飲み込んでください!」
「ああ……」
「はい! あーんしてください!」
「待てい! それはいくら何でも大きすぎる。せめて4つぐらいに割ってくれよ……」
葉子が用意したチョコレートの大きさは彼女の握り拳よりも大きかった。おそらく、大きければ効果も抜群とでも考えたのだろう。学校の成績はいいくせに、清のこととなるといつもこうだ。
「はぁーい……もぉーせんせぇも男ならあれぐらい一口で食べるぐらいしてくださいよぉ……んしょ、んしょ……あれっ……おかしいな……んんっ、ふぐっ、うぬぬぬぅぬぬぅ!」
どうやらあまりにも堅くて素手では割れないらしい。
「割れないんなら帰ってからでもいいだろ。あまり助手席で暴れられると事故するぞ?」
「いえ、せんせぇには車の中で暴れてもらわないといけないんで! 2人だけの密室にいる間に!」
「そのチョコ……中に何が入ってる?」
「えーっとぉ……チーズとあんことシメサバを溶かしたゲンコツチョコに入れてぇ……あ、あと魔女さんからナッツを貰いました!」
「そぉい!」
清は軽くブレーキを踏み、急ハンドルで車体の向きを変えると同時に助手席のパワーウィンドウを下げた。
すると、葉子の手元の謎の塊が車外へと飛んでいった。
「ああっ! そんなぁせんせぇ! 私の愛の結晶に何てことするんですかぁ!」
「味見はしたのか?」
「ギクっ!」
「味見はしたんだろうな?」
「い、いや、その夢の中ではしたような気がするんですけどぉ……あっれぇ? おっかしいなぁ……」
「魔女さんからどんなナッツを貰ったんだ? 対価は?」
「えっと……いつもの二見饅頭を……」
「よかったな。味見してなくて。」
「え? ど、どういうことですか!?」
「魔女さんが日本人の習慣に詳しいとは限らないってことさ。あの人は類い稀な叡智を持っている反面、常識に疎い一面がある。食べたら額からキノコが生える可能性だってあるんだぞ?」
「えぇ!? そ、そんなぁ……」
「魔女さんにしっかり説明したのか? バレンタインとはどんな日で、誰に何をあげて、その結果どうなって欲しいのかってさ。」
「あ……せんせぇが私にどっかーんとなるようにって……」
「食べなくて正解だな……お互いに……」
「うええーーーん! そんなぁ! それじゃあせんせぇにチョコ渡せないじゃないですかぁーー! どうしたらいいんですか!」
おそらく2人とも命拾いした可能性が高い。
「ほれ、そこで買ってきたらいい。」
清が車を停めたのはスーパー丸富だった。
「ええー!? そんなぁ!」
「買わないんなら帰るぞ?」
「買います買います! だからせんせぇ受け取ってください!」
「分かった。少しだけ待っとく。」
「あっ! お金がありません! 普段バイトに財布持ってこないから!」
「ほらよ……」
清から手渡されたのは、千円札。
「ありがとうございますっ! 行ってきます!」
やれやれ……と言いたげな顔で清はシートにもたれかかった。あの千円はバイト代から引いておこう……と独り言を漏らしながら。
電話を取り出した清。かける相手は……
「もしもーし。清か?」
「どうも魔女さん。チョコレートをありがとうございました。で、何を入れたんですか?」
「あ? そんなもんガラナファイヤークリティカルアーモンドに決まってるだろ? あの子はお前を籠絡したいと言ってたぞ?」
「本当ですかぁ? そんな難しい言葉使ったんですかぁ? で、籠絡って何ですかぁ? 具体的に言ってみてくれません?」
「うっ、うるさいなぁ! お前も男なら分かるくせに! あれを一口食べたら! 体が熱くなって目の前の女にドッカーンとなるナッツだよ! で、食べたのか? ん? 聞かせてみろ。どうだった? ん?」
「食べてませんよ! 魔女さんのチョコを食べたら額からキノコが生えるって説明しておきましたから! 勘弁してくださいよぉ……」
「ばっ、ばか! 私のがそんな外道なことをするわけないだろう! ちょっと恋する乙女の手助けしてやっただけじゃないか! あまり器の小さいことを言うもんじゃないぞ!」
「どうせ私は器が小さいですから! 今度魔女さんの目の前でそのナッツ食べましょうか!?」
「お前……私のことをツルペタストーンって言ってなかったか? そんなボディに欲情するのか? ふふーん、いいだろう。そういえばあの娘も起伏の乏しい体をしておったな。なるほどなぁ? 誰にも言えぬ欲望を私で満たしたいのだな? 仕方ないなぁ。どうしてもと言うなら相手してやらんでもないぞ?」
「あ、私巨乳派なのでノーサンキューで。もちろん冗談ですよ。逆にボンキュッボンになる秘薬を飲んでくれるならすぐお伺いしますよ?」
「うるさい! 清のばーかばーか! 今度来たら3割増しだからな!」
そして電話は切れた。
「あっぶね……マジものじゃん……捨ててよかった……」
「せーんせぇ! 買ってきました! 受け取ってください!」
「ああ、ありがとう。やっぱチョコってのは市販のものが一番だよな。」
「私が溶けるほどの愛を込めておきました!」
「腹に入れたから熱で溶けただけだろ。」
「腹じゃないもん! 胸だもん!」
「一緒だ! メーカーに謝れ!」
清は祓い屋という職業上、他人から貰った食べ物には神経質である。食べたら額からキノコが生える薬なんてまだマシな方だったりするのだから。
©︎ 砂臥 環氏
©︎ちはや れいめい氏