2
こんこんっ。
「お父様、お母様。マリアです。入ってもよろしいでしょうか」
ノックをして、両親がいる応接室に入室の許可を求めます。
「入りなさい。」
お父様の声がしました。
かちゃんとドアを開けて入室します。
「まあマリア、貴女泣いたの?」
お母様が眉をひそめます。
「はい、お母様。お見苦しい顔をお見せして申し訳ありません。」
顔が赤くなっていることでしょう。
「そうね、今日はお茶会でしょう。陛下や王家の皆様がご不快に思われたのでは」
お母様が低い声でいいました。
「申し訳ありません。お母様。」
私は謝罪するしかありません。
「まあまあ、おまえ、落ち着け。マリアよ。それで何があった。」
「はい、お父様。実はキール様に婚約破棄を申し付けられましたの」
両親が青い顔をしました。
「マリア!なにをやらかしたんだ!!!」
「マリア!貴女なんてことを…!!すぐに陛下へ謝罪をしなくては!!!」
お父様とお母様が阿鼻叫喚の様子です。
「失礼ながら、旦那様。キール様は婚約破棄といい陛下は王命での婚約として破棄は認めぬと申しておりました。」
侍女が慌てて付け足しました。
「つまり、破棄はされていないと。」
お父様が問いかけました。
「ガゼポで陛下王妃様キール様にて茶会をひらいたところ突如キール様が婚約破棄と叫び、陛下と王妃様がキール様を部屋での謹慎とされて婚約破棄は王命のため許さんといいお嬢様は本日は帰宅となりました。」
ざっと流れを侍女が説明しました。
「マリア、貴女陛下とキール様に何をしたの。許されるまで貴女も部屋で謹慎なさい!」
お母様がヒステリックに叫びます。
「奥様、キール様の謹慎はお嬢様が許されるまでとなっております」
侍女が冷静に返します。
そうでした。そのようなことを王妃様がおっしゃってました。
「ならば今すぐ部屋で手紙を書き、キール様の謹慎を解くようにいいなさい。貴女は当面の間部屋からでることは許しません。さっさとお行きなさい。」
「承知しました。」
両親は詳しい事情をきくために侍女を応接室に残し、私を部屋に追いやりました。
私は素早く風呂だけ済ませてすぐに謝罪とキール様の謹慎を解くようにお願いする手紙を書きました。
そして、部屋で泣きました。
馬車でさんざん泣いたと思いましたがまだまだ涙が残っていたようです。
泣きながらいつの間にか寝てしまったようで、起きたときには夜でした。
部屋にトイレと手洗い場があるため水回りの心配はいりません。洗面台で顔を洗いました。
今は許可なく部屋からでることは許されていないため、風呂以外に部屋の外にはでられません。
お腹がすきましたが寝てしまっていたため用意されていなかったようなので今日は朝まで何も食べないで過ごすことになりそうです。
昨日まではあんなに浮かれていた気持ちが、今は地に落ちています。
「どうしてこうなったのかしら」
考えても分かりませんでした。
キール様との出会いは、5才のころ。
お母様に連れられて、城でのガーデンパーティーにいったときのことです。
私は、手持ち無沙汰に一人でお花をみていたときでした。
「おいっ何でお前は一人なんだ。いつ挨拶に来るのか待ってたんだぞ」
「いいえ。一人ではありません。お母様が、あちらに」
「あちら?どこにいるんだ」
見知らぬ男の子が話しかけてきました。
お母様は遠くの方で友人とその子供達と談笑しています。
確かに、分かりにくいかと思いました。
「あの、緑のドレスを纏った一人だけ子供を連れていない女性が私の母です。」
「何で母親の近くにいないんだ」
「こちらで待つようにお母様から申し付けられましたの」
「ふーん」
「我が家ではよくあることですので」
「変なの。」
「変でしょうか」
「まあいい、僕はキール、これからよろしくな」
「私は伯爵家の一人娘のマリアと、申します。よろしくお願いします。」
母親がこちらに目線をやると慌てて寄ってきました。
そして、話しかけてきた子供に頭を下げます。
「マリア、貴女は何をやっているの」
「こちらで待っておりましたら話しかけられましたので会話しておりました。」
「頭を下げなさい」
強い力で頭を押され、無理やり下げさせられました。
「お母様、痛いわ」
「黙りなさい。」
「手を離してあげて」
男の子がそういうと、お母様は渋々手を離しました。
「第2王子におかれましてはご機嫌麗しゅう、この子がご迷惑お掛けして大変申し訳ございません」
「僕が話しかけたんだよ」
「躾のなっていない子ですので」
「そんなことないぞ」
「いいえ、失礼ながらまだ行き届いた教育ができておりませんの」
にっこりと笑うお母様の顔が怖いです。
「申し訳ありません。第2王子と知らず大変失礼いたしました。」
そういわれると何もいえません。私は無礼を詫びて、黙りました。
その時、王妃様が参りますと騎士が声をあげました。
そちらに目線がざっとむかいました。
光輝くような黄緑色のドレス、薔薇色の頬に黄金の髪の毛をたなびかせた王妃様が植物のアーチをくぐり、にこにことした顔で最初にこちらに来ました。
花の精霊のように麗しい姿です。
「まあまあ、キールってば、こんなに可愛い女の子に話しかけるなんておませさんなんだからっ」
きゃっと効果音がつきそうな笑顔で王妃様が言いました。
「そっそんなんじゃないしっ」
キール様が怒ったように言葉を発します。
お母様は王妃様が話しかけてきたことにポカンとされたあと素早く私の頭を伏せるように抑えました。
「王妃様におかれましてはご機嫌麗しゅう。」
「あらあらー、グレイス伯爵夫人は相変わらずお堅いわねぇ」
「お名前を覚えていてくださり光栄です。」
「学友の名前を忘れるほどボケてないわよぉ」
きゃらきゃらと可愛く笑いながら王妃様が言った。
「ねえ、お母様。」
第2王子が王妃様に話しかけたようだ。
お母様の手が私の頭を下にむけていて、私は地面ばかりみているので声で判断するしかない。
「なぁに?キールちゃん。」
「僕、この子と話したい。」
「あらあらあら、あらあらあらー?」
王妃様の弾んだ声がした。
「失礼ながら、躾のなっていない子ですのでご迷惑お掛けするかと」
「やだわ?5才にそんなこと求めないわよー?それよりもグレイス伯爵夫人、子供の頭をずっと押さえつけていてかわいそうだと思うわ」
王妃様が私のお母様に話しかけたようだ。
「これは躾です」
「グレイス伯爵夫人こわーいっ」
王妃様とお母様は相性が悪いのかお母様の機嫌がどんどん悪くなっていく。
お母様が私から手を離した。
「グレイス伯爵夫人、うちのキールちゃんがグレイス伯爵令嬢とお話しがしたいそうなのでグレイス伯爵令嬢を少しだけ預からせていただいてよろしいかしら?」
「こんな娘でよければ」
「こんな娘なんていわないでちょうだい」
王妃様がしゃがんで私と顔をあわせてくれたとき、なんて綺麗な人なんだろう。と私は思った。