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噛み合わない日々は続く。
ヴァネッサとハンスは気をきかせて、伯爵家で最近よく読んでいた本といつも使っている紙の束を持ってきた。
暇だろうと刺繍や裁縫用の道具も普段使っているものを揃えた。
マリアはとても喜んだ。
そしてせっせと本の内容を別言語になおして翻訳して書き写した。
時間があるため、マリアの作業は順調に進んだ。
布と糸を伯爵家から持ってきたので縫い物をやっていいよといわれたのでマリアは使いやすそうな小物や大ぶりのレースをたくさん作った。
最近はやりの人気が高いものは覚えている。
ヴァネッサとハンスは、それを見てマリアが好きなことがあってよかったなと感じた。仕事終わりの夜や休日にせっせと作業しているところを二人は知っていたからだ。
マリアは作業をあらかた終えた後でハッとした顔をした。ヴァネッサとハンスに当惑した顔で聞いた。
「ヴァネッサ様、ハンス様。いつも商品を買ってくださる商人のかたはハラグロイ叔父様を通してしかやりとりしていなかったの…頼まれていた翻訳と商品を納品したいのだけれどもどうしたらいいかしら…あと先月の生活費の支払いがまだだわ」
言い終わったあとマリアは、気づいた。
罪人が勝手に作ったものって売っていいのかしらと思った。しかし、商人がいうにはマリアが作った製品はとりあえず売れる程度ではあるらしいので仮に売れなくとも引き取ってもらえばいいかと考えた。
ヴァネッサとハンスは、顔がひきつった。
いつもせっせと作っているのは好きだから、趣味だからと考えていた。
確かに作ったものが家にないなとは感じていた。
毎度の事ながらエミリーが取り上げている程度に考えていたが納品したいのだけれどもとマリアが言った。
「マリア様?納品とは?」
「寝込んでしまったから遅れてしまったけれどもお城に払う食費と養育費・家に払う生活費の代金よ。今月はどのようにしたらいいのかしら…」
それを聞いたハンスは耐えられなかった。
少々お待ちくださいといい、階段を下りた先の部屋へと駆け込んだ。
部屋にいた宰相がノックがないことに眉を潜めたが、ハンスはそれどころではなかった。
そして絶対にないだろうと分かりつつも念のために聞いた。
「マリア様はお城に食費と養育費・伯爵家に生活費を納めてらっしゃるのでしょうか。まだ払うつもりでどこに納めればいいのかと聞かれたのですがどのように対応しましょう」と。
宰相は、押収した偽造請求書に生活費・食費と養育費欄が確かにあったなと遠い目をした。
マリアにものを買わせる商人も買い取る商人もきっとグルだろう。
ヴァネッサは当惑した。
マリアの侍女だが、ずっと一緒にいたわけではない。
ヴァネッサにもハンスにも休みがある。そこで支払いが行われていたのだろうか。
マリアの待遇が悪いとは思っていたが未成年にそこまでさせているとは思っていなかった。
「お城ではキール様の婚約者として教育などの予算が割り当てられており城での食事に関しても呼ばれている立場ですしマナー教育の一貫でマリア様の払うものではないかと…。また仮に払うとしてもマリア様は既に外交などで働いておりますから爵家の予算と併せてもマリア様の給金は十分に与えられているはずですが…」
マリアはきょとんとした。
「家に銀貨一枚、城に銀貨二枚。ドレスや装飾を買うのに積立で二月に一度の金貨二枚。私のお給金だと金貨二枚に銀貨一枚。確かに少しだけ貯金はできてるけれど、今回のように支払いが遅れたりする・食材が値上げするとすぐ足りなくなるわ。化粧品も安くないのに皆やりくり上手なのね…」
「いえ、マリア様の毎月の給金は働かなくとも金貨30枚だと思われますが…実際は働いているのでより高いかと…」
「ヴァネッサ様はご冗談が上手なことをはじめて知ったわ。長い付き合いなのに知らなかったわ」
ヴァネッサは頭を抱えたくなった。
一緒にいたはずなのに、マリアの侍女だったのになにも知らない自分に腹もたった。
ヴァネッサは今は戦闘メイドではあるが元々は、侯爵家の貴族令嬢である。武力に強い家系のために決められた時期を戦闘メイドとして過ごすのだ。そのため、貴族に詳しい。
環境のせいで認識が歪んでしまったマリアのために急遽、貴族の一般常識を叩き込もうと決意した。
また、教えているうちに自らの心がぼこぼこになるだろうとも感じている。
「マリア様、いえお嬢様。今まで申し訳ありません。最低限の生活ができていたものですから…お金の使い方から予算まできちんとお勉強しましょう」