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毒はむ姫と白い花  作者: 夕藤さわな
第二章
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第七話

 ベッドの端に腰かける私の足を枕にして、彼女は静かに目を閉じていた。彼女との共同生活が始まって、半年。彼女に毒を投与した回数は、すでに四十回を超えていた。

 何かあったときのためにと相変わらず、投与の前には服も下着も脱いでもらっていた。夏になったとはいえ、このあたりは涼しい。薄手のタオルケットで体を隠しているけれど、彼女も前ほどは気にしなくなった。

 彼女の額の際には汗が浮かんでいたが、目立つほどじゃない。ときどき薄目を開けて、私の白い髪に手を伸ばしては甘ったれの子供のような笑みを浮かべていた。

 毒への耐性は、かなりついてきたようだ。腕時計を確認し、

「三十六時間経過」

 私は大きくうなずいた。

「目標時間達成だぁ!」

「暴れない。ほら、大人しくして」

 勢いよく起き上がったかと思うと、ベッドの上で飛び跳ねる彼女の腕を引いて、無理やりに座らせた。一応はベッドの端に腰かけたものの、彼女はうれしそうに体を左右に揺らしている。

 三十六時間――。

 それは彼女の母親である領主様と私が定めた目標時間だった。

 解毒剤を飲まず、あの悪魔に怪しまれるような不調も出ない程度に毒への耐性をつけさせること。どうにか最低ラインはクリアした。ほっと息をつきながら、彼女の白くて細い体を確認していく。

 手首に指をあて、脈を確認する。ベッドに横たわらせて、腹部を手で押すと彼女は微笑んで首を横に振った。特に痛みはない、ということだ。最後に聴診器を当てて、問題がないことを確認して、

「さ、解毒剤を飲んで」

 液体の入った小さなビンを差し出した。彼女は一気に飲み干すと、

「予定よりも早く目標を達成しちゃうなんて。私ってば、すごく優秀なんじゃない?」

 鼻高々といった様子で胸を張った。大喜びしているところ、実に言いにくいのだが、

「いや、予定よりも少し遅れているくらいだ」

 私は事実を事実として告げた。彼女はきょとんとして首を傾げた。

 毒を口内に塗布するのは、あの悪魔に口移しで毒を飲ませるためだ。口移しとは、キスで――ということ。あの悪魔と嫁いだ娘がキスする機会は恐らく、ベッドの中、夜伽のときしかない。

 三十六時間という目標時間は毒を飲み、あの悪魔が寝所に来るのを待ち、行為を終え、あの悪魔が寝所を出ていくまでの時間と、解毒剤をすぐに飲むことができない不測の事態を考えて設けた猶予を含む時間だ。

 あの悪魔に、彼女がされるだろう行為をわずかにでも想像して、私は奥歯を噛みしめ。大きく深呼吸をした。

「次からは投与のあとに運動を行う。腹筋、背筋、長距離走、山登り……」

「待って……待って、待って! 母様から聞いてない? 私、すっごい運動音痴なの!」

 見当違いの悲鳴をあげる彼女に、私は目を丸くした。

「学年で一番、足が遅いし。体もかたいし、持久力ないし……!」

 あまりにも必死に訴える彼女に、私は思わず噴き出した。大笑いして、笑っていることに気が付いて、私は慌てて口を手で押さえた。


 笑うことなんて――こんなに穏やかな気持ちで笑うことなんて、私には許されていないのに。


 私の顔を不思議そうにのぞきこんでいた彼女が、

「マーガレットは優しいのね」

 不意に微笑んだ。皮肉か、嫌味だろうか。

 彼女の紫紺の瞳を見つめると、そこには眉間に深いしわを作って彼女を睨みつける私が映っていた。白い髪と黄色い瞳と相まって、まるで鬼のようだ。

 私は彼女の瞳から目を逸らした。

「バカなことを言うな」

 毒を飲ませ。苦しみ、もがく彼女を観察し。実験結果を事細かに記していく。そんな人間のどこが優しいと言うのだろう。だが、――。

「ううん、優しいよ」

 彼女は微笑んで首を横に振った。

「だって、いつも私のそばにいてくれる」

「経過観察のためだ」

「一生懸命、看病してくれる」

「早く体力を回復してもらわないと、次の投与ができない。時間は限られているんだ」

「私が苦しんでいるとき、私以上に苦しそうな顔をしてる。優しくない人は、そんなに苦しそうな顔をしないもの」

 私の頬を小さな手で包んで、彼女をこつんと、私の額に自身の額をくっつけた。

「わかってるよ。母様やマーガレットが私に毒を飲ませるのは、姉様たちの仇をとりたいから。王様を殺したいから。姉様や私や、マーガレットみたいな人をこれ以上、増やしたくないから」

 怖い夢を見て泣きながら起きた夜。母親が幼い子供にするおまじないだ。怖い夢を見ないように。良い夢が見れるようにと、額を合わせるのだ。

 怖い夢どころか、ただの夢すら、もう何年も見ていないというのに――。


「だから、私は。それでも、マーガレットのことが大好き」


 ――良い夢が見れますように。


 おまじないのお決まりの一言を最後に呟いて、微笑む彼女がふと大人びて見えた。


 ***

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