第六話
私の家と診療所は村の端にある丘の上に建っていた。感染病が流行ったときのためにと、母が村から少し離れたところを選んで建てたのだ。
だが、生活するには不便が多い。例えば、買い物だ。
街まで下りるだけで、徒歩三十分ほどかかってしまう。大量の食料や日用品を買って帰るには、辛い距離だ。長時間、診療所を空けるわけにもいかない。仕方なく街で商売をやっている友人に宅配を頼んでいたのだが、診療所を閉めた今も持ってきてもらっていた。
「こんちはー! 頼まれてたもん、買ってきてやったよ!」
勝手知ったる我が家状態。ノックこそするものの、返事を待たずに裏口のドアを開けて、リザは満面の笑顔で台所に入ってきた。一週間、二人分の食料や日用品が入った箱をどさりとすみに置いた。
「ありがとう。はい、お代」
「まいど。それとここにサインな。……奥に運んでやろうか?」
「いや、大丈夫。これ、また一週間後にお願いするよ」
私が差し出した買い物リストを一瞥して、リザは叱りつけるような目で私を見つめた。
「たまには街におりてきたらどうだ?」
もう二年近く、街に下りていない。リザにも耳にタコができるほど言われたけれど、行く気にはなれなかった。微笑むだけで何も答えようとしない私に、リザは呆れたようにため息をつくと、
「はいよ、また来週な」
私の手からメモを受け取って、さっさと裏口から出て行ってしまった。
「ありがと」
怒らせてしまっただろうか。心配しながら背中に向かって言うと、リザは振り向かないまま。ひらりと手を振った。ほっと息をついて振り返ると、
「マーガレット、何が届いたの?」
彼女が私を見上げて首を傾げていた。
「今週の食料」
「しまうの、手伝うよ!」
箱に入れたままでいい。そう、私が言うよりも早く、彼女は箱の中の食料を広げ始めた。
頬には赤みがあり、手の爪もきれいな桃色をしていた。呼吸も乱れているようすはない。
五度目の毒の投与を行ったのは二日前のことだ。
毒への耐性が付き始めているのか。解毒剤投与までの時間は最初に比べて、ずいぶんと延びていた。その分、解毒剤への耐性もついていないか心配だったが、今のところは問題なさそうだ。
これなら明日には六度目の投与を行えそうだ。
「マーガレット、じゃがいもはどこに入れるの?」
「足元。床下収納に入れるんだ」
「カビの生えたニンジン、発見!」
「……どいて、捨てるから」
何が楽しいのか。彼女はけらけらと笑いながら箱の中身を片付けていく。とは言え、女二人分だ。大した量はない。あっという間に片付け終えると、
「これくらいの量なら買いに行けばいいのに」
彼女は唇を尖らせた。
診療所には娯楽と呼べるものがない。本は医学書ばかりだし、そもそも彼女は本を好んで読まないようだ。折角、暇つぶしを見つけたのに、すぐに終わってしまってつまらないと思っているのだろう。
が、すぐに手を叩くと、
「来週分はいっしょに買いに行こうよ!」
愛らしい笑顔で私を見上げた。彼女のわがままはできる限り、聞こうと。お姫様扱いしようと思っている、けれど――。
「街に行きたいのなら、一人で行くといい。ここでのことさえ話さなければ、行動に制限はない」
邪気のない笑顔から、私は黙って目を逸らした。彼女はじっと私の顔を見つめたあと、
「マーガレットは生真面目すぎるよ」
私の心を見透かしように言って、唇を尖らせた。
***