第二話
一月七日 十二時――。
投与開始。口内塗布。五ミリグラム。
十二時十五分――。
手足の爪の変色を確認。根本から徐々に青。
十二時二十五分――。
多量の発汗。爪、紫。痛みを訴える。
十二時三十分――。
嘔吐。
十二時四十分――。
呼吸が浅い。呼びかけたが反応無し。
十二時四十五分――。
中断。解毒剤投与。
***
私が生成した毒を飲んで三十分ほどで、彼女は不調を訴え出した。一時間後の予定だったが、危険と判断して早目に解毒剤を投与することにした。
吐しゃ物で汚れてしまったシーツを取り替えるため、気を失っている彼女を抱えあげて隣のベッドへと移した。服も下着もつけていない彼女の肌を濡れタオルでさっと拭って、ベッドに横たえると毛布を肩までかけた。
ほんの少しの体の変化も見逃さないためにと毒を飲む前に、すべて脱がせていた。最初は恥ずかしがっていた彼女だったが、毒の影響が出るとすぐにどうでもよくなったようだ。
ベッドを移されても、濡れたタオルを肌に当てても、彼女は目を覚ますことも身じろぎもしなかった。それでも解毒剤が効いてきたのか。血の気のなかった頬に赤みが戻ってきた。首に指を当てると、脈も呼吸も、ずいぶんと落ち着いてきていた。
ほっと息をついて、私は手の甲で彼女の頬を撫でた。
私の母は悪魔のような若き王の専属医になるまで、この村で小さな診療所を営んでいた。
父は私が生まれてすぐに事故で亡くなった。女手一つで、母は私を育て上げてくれたのだ。
最初は自宅の一部を診療所として使っていたけれど、領主であるイオの母親がお金を出してくれて自宅の隣に診療所を建てた。
診察室と入院用ベッドが二つあるだけの小さな診療所。でも村の人たちを診るには十分な広さだ。
母が王宮に呼ばれたのは五年前のこと。当時、私はまだ医学生だった。母は村で唯一の医者だ。断ろうとしたのだが、イオの母親――領主様が頭を下げに来た。娘を嫁がせることを拒んだ家族と、その家族が暮らしていた村が焼き討ちにあったと知らせが届いたらしい。
ただの村医者でしかない母が王宮に呼ばれたのも、代々、王家に仕えていた医師の一族が皆殺しの目にあったからだ。一人の医師が若き国王に意見したらしい。
村の人たちを危険にさらすわけにはいかない。領主様に頼まれ、母は一人、王宮へと向かった。
それから、四か月――。
何があの悪魔の気に障ったのか。母は、体をバラバラに切り刻まれた姿で帰ってきた。
悪魔に殺された母の代わりに、学校を卒業したばかりの私が診療所を継いだ。医師として、ほとんど経験のない私に診てもらうなんて、村の人たちは不安だっただろう。それなのに村の人たちは新米医師の私を信じて、頼ってくれた。
だと、言うのに――。
私は二年もしないうちに診療所を閉めてしまった。
今、彼女が横になっているベッドも、この病室も、元は診療所のものだ。今はすべての窓に暗幕を下ろしていて、灯かりをつけても薄暗い。
母がやっていた頃はレースのカーテンから優しい光が入り込んでいたのに。診察室にも病室にも、村の人たちの笑顔があふれていたのに。
母が守りたかったのは、そういう場所だ。
毒を生成し、まだ幼さの残る少女に飲ませ、淡々と記録を取るような。冷徹な実験場所として、私に診療所を残したわけじゃない。
わかっている。わかってはいるのだけれど――。
「ごめん、母さん」
それでも私は――悪魔のような若き国王を殺してやりたいほどに憎んでいるのだ。
***