第十五話
次に送る毒と解毒剤が完成すると、私は花屋で花を買ってきた。
おしべとめしべが黄色で、一方は白色、一方は紫色の花びらの花。小さなマーガレットの花をくくりつけて、私は彼女に毒と解毒剤を送った。
王の専属医は一ヶ月ともたないと言っていたようだが、確かに、その通りだった。
マーガレットの花をくくりつけた毒と解毒剤を送って。翌週分の生成に取りかかっていた私の元に、領主様がやってきた。
「あの悪魔が死んだ」
領主様は診療所の裏の広葉樹の下で、感情も表情もなく、そう言った。
領主様の様子に復讐なんて、こんなものなのかもしれないと思っていたが、促されて乗った馬車の中で、
「あの子が死んだ」
と、彼女の死を告げられて納得した。
馬車は半日ほどで王宮についた。国王が亡くなって王宮内は慌ただしい雰囲気だった。ただ、皆、どこかほっとした表情をしていた。
上に下にと行き来する人のすき間を縫って、彼女が半年間、暮らした部屋へと向かった。彼女の部屋には領主様の友人だという、王の専属医がいた。
天蓋付きのベッドに、彼女は静かに横たわっていた。
レースのたくさんついた白いドレスを着て、胸で手を組んで目を閉じる彼女は本当のお姫様のようだった。
首に指を当て、肌の冷たさと固さに崩れ落ちた私の背中を専属医が撫でた。
「君のせいじゃない」
彼が指さしたのは、私が彼女に最後に送った毒と解毒剤だった。封は開けられ、目印の花は取り外されていたけれど、透明なケース越しに見える液体の色で判断がついた。毒は七日分すべてが空になっているのに、解毒剤は三日分が残っていた。
「彼女は身ごもっていたようだ」
専属医の言葉を聞きながら、私は固く握られた彼女の手をそっと撫でた。
彼女は私が最後に贈った白いマーガレットの花を握りしめていた。枕元には目印としてくくりつけた小物が散らばっていた。
「穏やかな表情をしていることが、せめてもの救いか」
領主様が彼女の頬をそっと撫でるのを見ながら、私は涙一つ流すことができなかった。
***
領主としてやるべきことがあると言う領主様を王宮に残し、私は馬車で先に帰された。
診療所に戻って一週間。私は不要になった作りかけの毒と解毒剤を眺めていた。
あの男の血を根絶やしにする。
彼女はその使命を完璧に遂行した。あの悪魔を毒のキスで殺し、あの悪魔の子供も殺したのだ。自分自身ごと。
もし、あのとき彼女の想いとキスを受け取っていたら。例え、若き国王の子供がお腹にいても王宮から戻ってきて、言っていた通り、一番に私のところに会いに来たのではないか。解毒剤を飲んでくれたのではないか。
毒と解毒剤が白くかびていくのを眺めながら、私はそんなことばかり考えいていた。
***
次回、最終話となりました。
ブックマークなどしていただき、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。