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毒はむ姫と白い花  作者: 夕藤さわな
第三章
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第十四話

 診療所の裏には大きな広葉樹が生えていた。物心がつく頃には立派な大木だった。木の足下には四つ、小さな墓石が置かれていた。


 一つには顔も覚えていない父の名。一つには母の名。一つにはイオの名が彫られていた。

 母が死んだとき。領主様は一房、母の白い髪を切って、持って帰った。イオが死んだとき。領主様は一房、イオの銀の髪を切って、私のところに持ってきた。

 私とイオの関係を知っていたのだろう。そして、また母と領主様も、私とイオと同じ関係だったのだろう。


 残る一つの墓石には、お決まりの”安らかに眠れ”という言葉が彫られているだけだ。診療所の裏にひっそりとあるから誰のものかと聞かれたこともない。

 名前の彫られていない墓石の下には、二十四名の”被験者”が眠っていた。

 殺したのは、私だ。


 毒はすぐに完成した。完成したというか、メモの通りに作るしかなかった。

 神が先王に与えた力は、すでに亡くなっている先王と、その息子である若き国王にしか引き継がれていない。普通の人間は痛みを感じるけれど、あの悪魔は痛みを感じないという記載を。メモに書かれている生成方法を信じるしかなかったのだ。

 十五歳になったエララを預かる、一年前。必死に準備していたのは解毒剤だった。

 解毒剤の生成方法については一切、記載がなかった。毒の成分から推測は出来たものの、臨床実験を行う必要があった。

 三ヶ月の動物実験ののち、領主様が連れてきたのはあの悪魔に子供を、家族を、恋人を、故郷を殺された人たちだった。全員が領主様と、恐らく私とも同じ目をしていた。

 彼らは何の躊躇もなく毒と、まだ試験段階の解毒剤を飲んだ。二度目に毒を飲んだときのエララのように、恐怖に体を震わせることもなく。淡々と、何度も、何度も。

 エララ毒を飲ませられる状態になるまで。つまり、まともな解毒剤が出来上がるまでに二十四人が死に、生き残った六人にも後遺症が残った。六人は今、領主邸にかくまわれている。

 そのことはエララも知っていたはずだ。


 私は医師としてはもちろん、人間としての一線も越えてしまった。

 エララが想いと初めてのキスを差し出した夜。受け取ろうとした私を、彼女の声が――イオにそっくりな彼女の声が現実に引き戻した。

 母を殺され、イオを殺され、私はあの悪魔を殺すと決めた。そのために、たくさんの人を殺した。

 それを忘れるな。

 そう、イオに言われた気がして。私はエララの想いを拒絶した。


 でも、もしエララが無事に戻ってきたら。そのときは。今更かもしれないけれど、今度こそエララの気持ちを受け取ろう。あの子を頼むと、エララの母親に言われたとき。そう思ったのだ。

「許してくれるだろうか、イオ」

 祈るように呟いて、私は空を見上げた。ごく当たり前のことのように、私は再び、神に祈っていた。

 頭上には、あの悪魔の元に嫁ぐエララを見送ったのと同じ。曇り空が広がっていた。


 ***

残り二話となりました。

ブックマークなどしていただき、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

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