6 回想 中身はなあに?
不自然な接触が重なった。そのせいで彼女のことを怪しんだ僕だったけれど、ふたを開けてみれば僕と彼女はごくありふれた出会い方をしていた。
時は三月中旬、桜の季節までさかのぼるらしい。彼女曰く。大学生の入り乱れる花見会場で僕らは出会っていた。
その日の授業を終え、帰宅しようとした夕暮れ時。背後から肩に手を回してきたのはバイト先の先輩だった。
「天野、今日シフト入ってねぇよな?」
「……まあ」
普段バイトを盾に面倒ごとから距離をとっていた僕には、とっさに最適な嘘が思い付かなかった。
強引に誘われるまま電車に乗ること十五分。駅前から花見会場の公園まで、酒の臭いに包まれた人垣をかき分けながら、桜の花びらを踏み進んだ。
急に開けた場所に出たと思ったら、目の前には青い光景が広がっていた。延々とつなぎ合わせたブルーシートが、丘のように膨らんだ斜面を隙間なく覆っていた。
「よく、ここまで広い場所押さえられましたね」
先輩はいつの間に手にしたのか、缶ビールのプルタブに指をかけながら興味なさそうに答えた。
「ここ、桜が全然見えないだろ?」
確かに言われてみれば、桜は見当たらなかった。花見会場とは名ばかり、青い会場を囲むのはほぼ見栄えのしない針葉樹で花なんて存在しない。そんな殺風景な丘一面に酔っ払いがひしめき合っていた。ざっと三百人くらいはいただろうか。
「大学生なんて結局、花より団子だよな」
十数人ずつの小グループに分かれて、缶チューハイやコンビニおにぎりを手に、談笑とどんちゃん騒ぎが続いた。
僕を誘った先輩は僕を残してさっさと別のグループへ移動していった。何のために呼ばれたのか皆目見当もつかない。会費だと言って持っていかれた二千円分は何かを食べようと、手近なグループに混じって塩むすびを齧った。
その内近くのグループから太い歓声が上がった。自宅から巨大な土鍋とガスコンロを担いできた猛者がいたのだ。周辺の数グループを巻き込んで、突然の闇鍋が繰り広げられることになった。僕のいたグループの人たちもそちらへ流れ、いつの間にか僕もその輪の中にいた。おおよそ食べられるものが煮え立つ鍋にぶち込まれた。じゃんけんで最も少数派になった数人が口にするというルールだ。
「やべー! 今の絶対やばいもんだった!」
「キャー、ナニコレ、ナニコレ! 人の指っぽい! ヤバい!」
そういう場でのリアクションは、魔法の呪文「やばい」が大抵解決してくれる。僕は運良く全てのじゃんけんで多数派に居続けたから、その「やばい」の列には加わらずに済んだのだけれど。
結局その日の僕の収穫は、缶のウーロン茶二本と塩むすび一個、そして貰い煙草一本だった。
「これで二千円、ね」
納得のいかない苦味を肺にめいいっぱい貯めて、街灯に照らされるブルーシートの端を指で弾いた。
あの混とんとした空間の、どの辺りに彼女が紛れこんでいたのかは知らない。果たして彼女はあの鍋をつついただろうか。彼女がもしあの鍋に何か入れていたとしたら、それは何だっただろう。それを考えるたび、僕は無性に煙草が吸いたくなるのだ。