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3 カラスは何故なくの?

「君は信じる?」

と、おもむろに彼女は口を開いた。

「生まれ変わりって」

 六月三十日、一八時五十八分。

 ピントをどこに合わせたら良いのか判断が付かない。もう少しで額と額が触れあってしまいそうな程の近さで、彼女の整った唇が艶めかしくうごめいた。

「えっと、その、近くない?」

 僕は抗議の声を上げた。そのつもりだった。

 彼女は「そう?」と口にするだけで全く退く気配がない。詐欺師顔負けのポーカーフェイス。まるで人と人とが語り合うときの距離はこのくらいが適切だと言わんばかりだ。

「あ、待って、頭も動かしてはダメよ。そう、そのままの状態で質問に答えて」

 どんどん熱の増す頬に、泳ぐ目。今の僕にできる抵抗は瞬きを繰り返すことくらいだ。

「それで、どう? 生まれ変わりを信じる?」

「えっと、生まれ変わりって……前世とか来世とか、そういうの?」

「そうね」

 負けたら罰ゲームの約束でゲームに興じたのが一時間前。結果、三分間身動き禁止を言い渡された僕は、逃げ場を失ったネズミと言うより、落し蓋をされた煮物のタコだ。

「その、姫子さんは、誰かの生まれ変わり、だったりするの? それとも、誰かに生まれ変わりたいとか」

「さあ、君はどう思う?」

 彼女の真意がつかめない。僕が答えられずに唸っていると、彼女はすっと目を伏せた。

「私ね、会いたい人がいたの。いえ、会いたいなんて言葉じゃ全然足りない、身を焼く程の相手がね。ずっとずっと、待っていたの。その人が生まれ変わって、私の目の前に、触れられる距離に現れる日を」

「そう、なんだ……」

 この状況で、この距離で、僕にその話をするということは――

「それってもしかして、僕のこと、だったり?」

 恐る恐る上目遣いで彼女に尋ねる。あごをひいていないと、唇が彼女のそれに触れてしまう。

「それは……」

 彼女のつぶやきが迫る。心拍音が鼓膜を圧迫する。ああ、もう――

 こみ上げるものを受け止めきれず、ぎゅっとつぶったはずの目。それを僕は次の瞬間、木の実が弾けたかように開いた。

「え」

 何が起きたのか分からなかった。呆然と彷徨いかけた視線を床に落とす。

 彼女は笑っていた。

 まさに笑い転げるという表現がぴったりの格好で、自身を抱き締めながら大口を開けて。そのあまりに豪快な姿に、びっくりし過ぎて言葉が出なかった。こんな砕けた姿は今まで見たことがない。

 ひとしきり笑い終えてから、彼女は目じりの涙を拭いつつ「ごめんなさい」と悪戯っぽく微笑んだ。

「あまりに君が初心なものだから、つい」

「ちょっ、かっ、かっ、からかってたの? えー、なんだよもう……」

 急激に身体から力が抜けた。うなだれる僕を抱き起こすように、彼女の腕が脇腹に回った。

「ふふっ」

「ひどいよ。ちょっと本気にしかけたし」

「今の気持ち、どんな感じかしら?」

「もういいでしょ。勘弁してよ、瓜生先輩」

「聞きたいの。ねぇ、教えて? どんな気持ち?」

「恥ずかしすぎる。もう死にたい……」

 全くの冗談とはいえ、「死」なんて物騒な単語を使ったせいだろうか。刹那、彼女がひゅっと息を呑んだ気がした――けれど、たぶん気のせいだ。

 再度顔を近付けてきた彼女は僕の前髪をめくるように持ち上げ、額にキスを落とした。リップ音がやけに生々しく響く。

 固まる僕を差し置いて、また彼女は楽しげに笑い始める。

 もう、まったく、まったく、もう!

 彼女の背後で、設定されていたアラームが鳴り始める。三分の試練がやっと終わった。ゆっくり音階をたどるその曲の題名は、確か「七つの子」だ。

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