1 あらすじ & 初めてのバレンタインデー
突然だが、僕の学校の同級生である住吉彩伽は地上に舞い降りた天使のような美少女である。
成績優秀、容姿端麗、読書好き、おまけにコスプレまでこなすと。こんなの漫画のヒロイン並みのスペックじゃないか。
そんな彼女がモテないわけがなく、入学1年目でクラスも違い、本人は会ったことがないサッカー部のイケメンからLINEでアプローチされたこともあったと聞いた。その話を聞いて、彼女なら話をせずとも人を虜にしてしまう魅力があるので、そこに彼は惹かれてしまったのであろうと僕は納得してしまった。
ことわざに『天は二物を与えず』というものがあるが、彼女は天から一体どれほど才能…いや、祝福を貰ってきたんだ。そんな疑問を思わせる人物、それが住吉彩伽だった。
とある課外授業の時、生い茂る草木、透き通った水、そんな湖で『地上に舞い降りた天使のような少女』である住吉彩伽が、この世のものとは思えないほど美しい笑みを浮かべていた。
人生最大の奇跡だろうか、そこにたまたま居合わせ彼女を眺めていたデブで何の才能もない低スぺ男子高校生。それが僕、田中次郎である。
これから綴られるのはそんな彼女に惚れた僕が彼女を追い求める3年間、いや今も続いている永遠の旅の記録である。
僕と彼女が最初に長話をしたのは入学後半年が過ぎた頃だろうか。授業が終わり、部活生は外に行き、部活がないものは帰り、ほとんど人がいなくなった教室であった。
僕と彼女を含めて4人が残っていた。そんな時の会話だ。
「今日も疲れたな。せっかく放課後残ってるし、何か話そう」
最初に喋りだしたのはバスケ部に所属している、元気な男『黒崎』だ。
「学校慣れてきたけど、まだ授業には慣れないなあ。古典難しいよね」
次に発したのは、クラスで一番のブスと言われている女『山田』だ。
「そういえば、入学から半年は経ったし、皆気になる人いる?」
この流れで普通の話が繰り広げられると思っていたが、そんなことはなかった。この話を始めたのは住吉さんだ。
もちろん、彼女の発言に僕は驚いた。順番的には僕が何か言うのが場の流れになっているがどう話題を振るかわからず、黙っていた。
そんな時に彼女、住吉さんが続けてこう言った。
「田中は好きな人もういるの?」
もちろん、僕に度胸はなく「あなたです」というのは言えずにいた。
「えーっと、まだいないかな。まだ半年しか経ってないし…」
僕の反応を見た彼女は、疑いの目を向けていた気がする。そんなに僕の好きな人が気になるのか、もしかして僕のことが好きなのかと考え、もう死ぬのではないかというほど心臓の鼓動が早まっていた。
僕は必死に鼓動が抑えながら、なんでもない顔をして彼女に言い直した。
「いや、絶対いないからね。流石に半年って見た目で好きになったようなもんじゃん。僕は人を見た目で決めないから」
「まあ、そうだよね。入学早々付き合ってる人達とかいるけど、無いよね」
彼女は僕の言い分に納得したのか、疑いの目を向けなくなった。
実はこの時、既に黒崎は僕が彼女を好いていることを知っており、それをバラされないかヒヤヒヤしていたこともあり、挙動不審だったのではないかと3年経った今ふと考えている。
時は飛んで、入学1年目のバレンタインデーの話に移ろう。僕は生まれてからチョコを貰った経験はおばあちゃんしか無い。つまり、学校や塾の友達から貰ったことはないのだ。
そんな僕は中学2年生の頃からバレンタインデーなんて無くなってしまえば良いと思っているので、あまり期待はしていなかった。そんな時、僕はネットでとある記事を見つけた。
『バレンタインデーは女の子から渡すのが普通と思っていませんか。今の時代、男から女の子に渡すというのもありです』
僕はこの記事を読んで、早速バレンタインデーに向けてチョコ作りを始めようとした。僕はデブで、成績もよくないがお菓子作りだけは唯一の特技として自慢できる。しかし、そんな時僕はまた新しい記事を見つけてしまった。
『今時手作りチョコは重い。まず、手作りは本当に仲が良くない限り良くなく、人によっては食べたくない』
この記事を読んでから、バレンタインデーまで残す期間は僅かとなっていた。僕は急いで、ネットで良いチョコを探し始めた。そんな時、彼女のLINEの一言コメントにこんな風に書かれていた。
「〇〇のチョコレート食べたいな」
まず、女の子である彼女がチョコを欲しがっているのは謎だがそんなことは考えていなかった。
僕は彼女が欲しがるチョコを用意すれば、『好感度爆上がりヒャッホー!』と急いでチョコレートを準備した。おっと、僕はもちろん馬鹿なので彼女が欲しがるチョコだけだと物足りないと考え、少しだけ高いゴ〇ィバのチョコも用意した。
バレンタインデー当日、学校が終わった放課後に彼女を呼び止めて渡そうと考えていた僕は朝礼の時に作戦を断念さぜる事態が発生した。それは、彼女がインフルエンザにかかってしまったということだ。
僕は彼女にチョコを渡すことよりも会えないことが一番辛かったが、そんなことはどうでも良い。今回は陰キャで普段勇気を出せない僕が自発的に動いた。その勢いがここで止まってしまってはいけない、そう思った僕は学校から帰宅後、彼女にLINEでメッセージを送った。
「今年のインフルきついらしいけど、大丈夫?」
「学校のこととか、何か気になることがあったら聞いてね。」
「学校に来たら、楽しいこと用意しておくから!」
この通りに、メッセージを送った。今でもこのやり取りはSSとして残している。人生で一番勇気を出したメッセージだから。
彼女から返事が来た。
「大丈夫、心配してくれてありがとう」
普段話さない男からLINEが来たにも関わらず、彼女は優しく応えてくれた。
それから数日が経ったが、彼女は中々登校してこない。先生曰く、熱が下がらずまだ来れないそうだ。僕は心配になり、もう一度勇気を出し、LINEをすることにした。
「長引いてるけど、大丈夫?」
「時間割で変更とか気になったら聞いてね!」
「楽しいこと用意してるから、期待して来て!」
僕は普段人と話さないから、どう送ればよいか迷ったが精一杯考えて送ったのがこの3通だ。
彼女から返事が来た。
「わざわざ、ありがとう。多分もう行けるから」
今思うと仲良くない男子から何度も心配メッセージを送られてイライラしていたかもしれないが、彼女は丁寧に応えてくれた。
金曜日に彼女は久々の登校をした。僕は彼女に期待をさせているし、引くに引けない状況になっていた。放課後まで時間がある、それまでに勇気を出さないといけない。
僕は彼女のことが好きで、ずっと黒崎に相談していたが今回のプランは僕の中だけでとどめていた。だから、アドバイスを求めることもできない。一人で悩んでいるうちに放課後の時間となった。
放課後、彼女は決まってすぐに帰る。だから、彼女が帰る前に呼び止めなければならない。しかし、今日に限って彼女の周りには他の女子が固まっていた。
「……住吉さん」
僕は彼女に気づいてもらえるかわからないほど、小さい声で呼びかけた。
「ん、なーに?」
彼女は緊張した様子もなく、返事をしてきた。やっぱり、僕は臆病だ。そう自覚した。でも、今日は臆病をなくそうと思い、僕はチョコを取り出した。
「これ……」
「バレンタインにあげたかったけど、いなかったから」とでも言えればよかったのに、今でもそう思うが自分では最大級の勇気を出した結果がこれだ。
「あ、くれるの?ありがとー」
彼女はクラスでも浮いてる僕からのプレゼントを貰ってくれた。そして、世界で一番の笑みで感謝してくれた。僕はそれだけで今まで生きた甲斐があったと感じた。
周りにいた女子たちは「何あいつ渡してんの?キモ」のような視線で見ていたが、僕はそれでもいい。彼女に喜んでもらえるなら、周りのことを気にしないほど夢中だったのだ。
この時の僕は、まだ彼女に好意が気づかれていないと思っていた。今考えると、あまりにも馬鹿すぎる。男からチョコを仲も良くないのにあげといて、好意に気づかれないなんてありえない。
色々バタバタになったが、バレンタインデーのイベントはここで幕を閉じた。