第七話
まずはユウが仕掛ける。
オーガ・ナイフを真っ直ぐ担ぎ、一直線に悪鬼へと突進する。丁寧に研がれた切っ先が敵へと吸い込まれるように伸びた。悪鬼はそれを手にした剣の腹で受け流すと、空いた左腕でアルヴァリスへとカウンターを仕掛ける。
それを読んでいたユウはアルヴァリスの脚部に力を込めた。さらにもう一歩速く踏み込み、相手のカウンターのタイミングをずらしつつ、体当たりをぶちかます。突進の威力だけこちらが上回り、悪鬼は思わず後ろへとたたらを踏んでしまった。その一瞬の隙きをユウは逃さない。
受け流されたオーガ・ナイフをしっかりと握りしめ、機体を独楽のようにクルリと回転させ遠心力を味方に付ける。勢いを付けたナイフは悪鬼の胸部装甲へと叩きつけられ、あまりの衝撃に宙を舞うようにして吹き飛んでしまった。
「…………」
仰向けに倒れ込んでいる悪鬼を視界から離さないように残心をとる。ユウは機体の細かな振動や感覚から、今の一撃に違和感を感じ取っていたのだ。まだあの敵は立ち上がってくる、と。
ユウの予想通り、派手に吹き飛んだものの胸部の装甲はほとんど傷が入っていない。並の理力甲冑が相手ならば、今の一撃で胴体と両の腕をまとめて真一文字に切断するほどだったのだが、何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がってくる。
「めちゃくちゃ硬い……! これもマナと理力が融合した影響なのかな……?」
ユウの額に汗が一筋、流れ落ちる。人外の技法を以って鍛えられたオーガ・ナイフの切れ味が通用しないのであれば、正直なところお手上げといったところだ。他に有効な手段など、まず無い。
「おいおい、ユウ君が苦戦してるじゃないか!」
「ううむ。あの赤黒っぽいやつは予想以上に力を得てしまっているのう」
「そんな呑気にしてる場合じゃないデスよ! 最悪、みんなを回収してここから逃げ出すデス!」
スピーカー越しでも先生が焦っている様子が分かる。それほど、彼らにとって初めて出会う強敵ということなのだろう。
「とりあえず今のうちにヒビが入った魔法障壁を修復しておこう。ついでに硬度もマシマシにして、その後はユウ君の援護もしなきゃ……」
「ヒロよ、この際じゃ。ありったけわしのマナを使うが良い。ここで負けてしまってはどうにもならんしのう」
「大型理力エンジン……既定値まで回転数がもう少しデス……早くエンジン暖まらないデスか!」
計器や表示とにらめっこしている先生。万が一の場合には全速力でここから逃げなければならない為、その準備をしているのだ。
「ヒロさん……ユウさん……」
ブリッジの窓から、外の戦いを見ているベルーナ。彼女は戦闘は行えず、こうして見ているだけしか出来なかった。
「先生さん、あの敵は一体なんなんですか?」
「ん? あくまで仮説デスけど、マナと理力、その二つの力が機体や操縦士に多大な影響を与えてあんな姿になったと思われるデス。理力ですら未知の部分がたくさんあるのに、そこへマナなんていう不可思議なものが混ざりあってるデスからね、我々には何が起きているかは想像するくらいしか出来ないデス」
そう言われてベルーナはもう一度、アルヴァリスを圧倒しつつある悪鬼を見つめる。
「もし……もしそうなら、ユウさんにもマナの力が宿れば……ひょっとしたら互角の戦いになるんじゃないですか?」
「あー……理屈の上ではそうかもしれないデスが、こっちの世界にはマナなんてもの無いデスよ? どっから持ってくるんデスか?」
「先生さん、お忘れですか? 私達にはヒロさんとファルナ様がいるんですよ?」
「ぐっ……!」
悪鬼のあまりに強い剣圧に、アルヴァリスは思わずオーガ・ナイフを弾き飛ばされてしまい、さらにはその場に倒れ込んでしまった。
一歩、また一歩、こちらへと悪鬼が近づいてくる。
「くそっ、こんなところで……!」
ユウは操縦桿を握りしめ、アルヴァリスの全身に力を込める。装甲下の人工筋肉が理力によって収縮する。だが、度重なる戦闘でユウの理力もだいぶ消費してしまった。アルヴァリスに搭載されている理力エンジンもいくらか回転数が落ち始めている。
「こんな……こんなところで負けてたまるか……!」
なんとか膝をつき、立ち上がろうとするアルヴァリス。すでに装甲のあちこちは傷が入り、満身創痍の一歩手前といったところだ。これ以上は動くだけで精一杯だろう。
「おーい! ユウ君!」
と、背後からヒロの声が聞こえた。しかし彼はホワイトスワンを守る魔法障壁の内側にいるはずだったが、いつの間にかその外側に出てきていたのだった。
「ヒロさん? ファルナちゃんも?!」
「こりゃ! ちゃん付けするでない! ちゃんとファルナさまと呼ぶのじゃ!」
ファルナはヒロの背中に背負われたまま抗議の声を上げる。
「ユウ君……俺たちも合体だ!」
「が、合体?!」
そう言うと、ヒロはよいしょよいしょと倒れているアルヴァリスの胴体をよじ登り始める。
「ぐっ……突起が多いから登りやすいと思ったけど……けっこうキツい……」
「ほれヒロ、早くせんとあの気味悪いのがこっちに来るぞ?」
「と、とりあえず魔法障壁!」
ヒロはアルヴァリスの周囲に最高硬度の魔法障壁を展開させる。これであの悪鬼の攻撃もいくらかは耐えられるはずだ。
「よい……しょ! ふう、登りきったぞ!」
「うむ、眺めがいいのじゃ!」
どうにかこうにかヒロとファルナはアルヴァリスの肩の辺りに到達する。ボルダリングなどという流行りのスポーツとは縁遠いヒロにとっては中々の運動量だったのでゼェゼェと肩で息をしてしまう。
「ちょっ、ちょっと! 二人共危ないですよ! そこから降りて下さい!」
「言っただろユウ君、合体だって。……これからファルナのマナを君の理力と融合させる。つまりあいつがやってる事と同じことを俺たちもやり返すんだ」
「そ、そんな事が……?」
「ぶっちゃけ出来るかどうかは分からないけど……君も分かるだろ? こういう展開」
「?」
「男の子なら燃える展開じゃないか! 迫りくる強敵! 絶体絶命のピンチ! そして力を合わせて敵を撃退するヒーロー達! つまり、熱い、熱い展開だ!」
「全部べるうなの閃きじゃがの」
ユウは一瞬、ヒロの言っていることが理解できなかったが、その熱い展開というものには同感できる。なんだかんだいってユウも現代日本で育った男の子なのだ。
「いくのじゃ、ヒロ! ユウ!」
「うおおぉ! もの凄いマナだぁっ!」
「理力エンジン、フル回転!」
ファルナは目を閉じて全神経をマナと理力の操作に傾ける。周囲の理力を己に取り込み、マナへと変換するのだ。そしてそのマナを一度ヒロへと送り込んでいく。
それと同時にユウはアルヴァリスに搭載された理力エンジンをフル稼働させる。まるで音楽を奏でるかのように高音を発するエンジンは、次第にその回転数を上げていき周囲の理力をかき集めていった。
理力エンジンによって収集された理力はユウの理力と混じり合い、再び理力エンジンへと還元される。それを繰り返し、アルヴァリスの全身に理力が満ち溢れていった。
ファルナから受け取ったマナをヒロは体内に溜め込み、魔法障壁を展開させる要領でアルヴァリスへとさらに送り込む。
「これは……アルヴァリスから光が……! これがヒーローオーラってやつか!」
「むむむ! 見惚れるのは分かるがヒロ! もっと集中せんか!」
ヒロの言うとおり、アルヴァリスの全身からは白く光り輝く粒子が溢れ出しているのだ。この粒子は高密度の理力が発光しているものらしい。詳しいことは不明だがアルヴァリスは度々、このような現象を引き起こしているのだ。
「分かる……マナの力が……アルヴァリスに広がっていく!」
ユウは操縦桿から伝わる、マナの力を感じる。それはとても暖かく、どこか安心できるものだった。
(この感じ……ヒロさんの人間性……? きっと根っからのいい人なんだな、ヒロさんは)
ヒロを介して伝わるマナは彼の性質を反映したもので、その力は少しずつユウの意思から生み出された理力と混じり合っていく。
アルヴァリスから溢れ出た光の粒子が、白かった光に色が付いていく。赤から黄色、緑、水色、そして青へ。いつしか七色の光がアルヴァリスを包み込んでいく。
バキィン!
ヒロがアルヴァリスの周囲に張った魔法障壁が悪鬼の攻撃に耐えきれず、粉々に砕けてしまった。細かく砕けたガラスのように舞い散る魔法障壁の向こう側、その憤怒の視線がアルヴァリスを射抜く。
悪鬼は手にした剣を無造作に振り下ろす。剣の型も何もない力任せの一撃だが、その斬撃は疾く鋭い。
鈍い音が響く。
しかし、その剣先はアルヴァリスの左手によって止められていた。あの圧倒的な力を完全に受け止めていたのだ。悪鬼は上半身に力を込め剣を圧し込もうとするが、アルヴァリスに掴まれた剣はビクともしない。押そうが引こうが、全く動かないのだ。
アルヴァリスは掴んだ手を無造作に振り抜く。たったそれだけで悪鬼は剣もろともにふっ飛ばされてしまった。
「……凄い、力が溢れてくるようだ……!」
「分かる、俺にも分かるよユウ君! なんだコレ、テンション上がってくる!」
「おお、凄まじいマナじゃ! 空っぽ寸前じゃったわしのマナも完全回復したのじゃ!」
ヒロとファルナはアルヴァリスの肩に立ち、顔の辺りに掴まっている。小さな魔法障壁を展開し、それを支えにしているらしい。
「行きますよ、ヒロさん! ファルナさま!」
ユウはマナと理力が融合した力を全身に感じつつ、アルヴァリスを疾駆させた。
まるで光輝く旋風となったアルヴァリスはそのまま起き上がろうとしていた悪鬼を蹴り飛ばす。そしてさらに追撃といわんばかりに地面を蹴り間合いを詰めた。悪鬼は苦し紛れに剣を振り回して迎撃する。が、しかしアルヴァリスは腕に光を集中させて手甲のようにし、剣撃を防いでしまった。
そしてアルヴァリスは次々と連打を繰り出していく。一撃ごとに光の粒子が溢れ、悪鬼の装甲を打ち砕いた。このままなら勝てる。ユウたちはそう確信した。
「グゥォォォオオオッ!!!」
突然、悪鬼が咆哮を上げる。凄まじい怒気と殺気が周囲に放たれ、思わずアルヴァリスは動きを止めてしまった。
「な、なんだアイツ?!」
「ヒロさん、気を付けてください……何か嫌な感じがします!」
悪鬼を包む陽炎のような光が妖しく輝いたかと思うと、それは不規則に明滅しだす。いや、いつしかそれは燃え盛る火炎となり、悪鬼の砕けた装甲や損傷箇所が復元されていくではないか。それどころか、前よりも一回り大きくなっているようにも見える。
「おいおい! 自動回復なんてチートだろ!」
「あやつ、わしらと同じく周囲の理力をむりやり取り込んでおるようじゃ! このままでは収拾がつかんぞ!」
「くそっ! どうしたら……!」
アルヴァリスは両手を構えて相手の出方を窺う。今や、アルヴァリスの倍の大きさに巨大化してしまった悪鬼がこちらを睨む。ユウにはその虚ろな表情が嗤っているように見えてしまう。
「なぁ、ファルナ……ゴニョゴニョ……」
「んー……確かに今なら出来るかのう?」
「二人共、魔法障壁お願いしますよ?!」
巨大な悪鬼が手にした剣を振り下ろす。もはや棍棒とでも形容すべき一撃をアルヴァリスは難なく回避するが、その破壊力は大地を砕き大量の土砂を巻き上げた。避けるのは比較的簡単だが、一撃でも喰らえば今のアルヴァリスでも耐えられるかどうかは怪しいところだ。
「ユウ君、悪いけど一分間、それだけ時間を稼いでくれ!」
「……! わかりました!」
ユウはヒロとファルナに何かしらの作戦があると信じ、操縦桿を握る手に力を込める。理力エンジンは好調、全身の人工筋肉も最大限のポテンシャルを発揮している今ならば無理からぬ事ではない。
「行く……ぞ!」
アルヴァリスは地面を蹴り、悪鬼の背後へと一瞬にして回り込んだ。そして大木も一撃でもへし折りそうな鋭い下段蹴りを連続して相手の脚部に放った。
関節周りを破壊されてしまい、思わず膝をついてしまう悪鬼。だがその損傷も見る見る間に修復されていく。
「まだまだ!」
アルヴァリスはさらに跳躍し、悪鬼の背中へとしがみつく。そのまま首に両腕を回し、完全に極めつつ全身に力を込める。異形の姿へと変貌したが、理力甲冑である以上は頭部を破壊されればほとんどの機能を失うはずであるとユウは判断したのだ。。
メキメキと、嫌な音を立てつつ悪鬼の頭部が軋んでいく。このままなら……。
「?!」
ユウは殺気を感じ取り、その場からアルヴァリスを退避させる。
アルヴァリスを捕まえようと悪鬼が両腕を伸ばしてきたのだ。間一髪、天高く跳躍するアルヴァリス。だが一瞬遅かったのか、右足には鋭い爪痕が刻まれている。
「ぐっ……このままじゃジリ貧だな」
悪鬼が再びアルヴァリスを睨む。回避に専念すれば負けることはないが、それでは勝つこともない。今のアルヴァリスには敵を撃ち破る決定打が無いのだ。




