第六話
「くそっくそっくそっ! 何なんだアイツら!」
次々と倒されていく部隊の仲間をただ見ることしか出来ない帝国軍の隊長。そのこめかみの青筋は今にもはち切れそうなほどだ。
目の前の白い理力甲冑はこちらの攻撃が全く通用していない。生半可な攻撃はすべて避けられ、当たったとしてもあの不思議な壁に守られている。
こちらの攻撃を気にせず戦う姿は、まるで古代の物語に登場する狂戦士のようだ。
「なんで……こうなった?!」
プリシラの街は比較的、都市国家連合に近いため大きな規模の基地が置かれている。駐留する部隊は士気、練度共に高いことで有名だ。それが、たった数機の理力甲冑と、大剣を振るう謎の少女によって壊滅させられようとしているとは。
「特にあの女は何なんだ! 生身で理力甲冑を斬り裂くとか正気か?!」
自身の数倍の大きさをした理力甲冑を前に一歩も退かず、むしろばったばったとなぎ倒していく恭子。ヒロたちの世界で非常識な強さを持つ彼女は、この世界でもその戦闘力を遺憾なく発揮する。
「チクショウ……俺が……俺がやってやる、アイツラをぶっ倒してやる!」
血走った眼を見開き、ツバを飛ばしながら隊長が叫ぶ。その時、彼が搭乗するステッドランドの上空に小さな光の玉が出現したことに、誰も気づくことは無かった。
その光の玉は、ヒロたちがこの世界に転移したときのあの光と同じものだった。すなわち、ユウたちのこの世界と、ヒロのいた世界を繫ぐ輝き。
「うおぉおお?! な、なんだ……この力は……?!」
隊長は自身の感情と力が異常に溢れ出るような感覚に陥ってしまう。
――――目の前の敵を、倒す――――
ただそれだけしか考えられない。理性と力が制御出来ない……いや、今の自分ならそれを自在に制御するだけの力が、ある。
そう確信した瞬間、彼の乗るステッドランドが揺らめく炎のような真紅の光を発し始めた。
「……何なの、あの光……?!」
敵の後方で起きている異変を最初に感知したのは、上空にいたクレアだった。一機ずつ確実に狙撃していたのだが、妙な気配と悪寒に襲われて体が少し震えてしまった。
「敵の機体が光っている……? 各機に警告! 敵ステッドが異常な行動をしているわ! みんな気を付けて!」
無線機で警戒を呼びかけたあと、クレアは操縦桿を握り直す。どういう事かは分からないが、あの赤い光は嫌な予感がする。
「先手必勝……悪く思わないでね!」
レフィオーネが構えたライフルの銃口は真っ直ぐに隊長機の頭部を捉えている。まるで燃え盛る炎を纏っているように見えるが、どうやら光の屈折具合でそう見えるらしく、本当に燃えているわけではなさそうだ。
クレアは短く息を止め、意識を集中させる。機体の腕と指が、自分のものと一体化するような感覚。まるで自分の眼でスコープを覗いているような気さえしてくる。
ッタァーン!
乾いた銃声が鳴り響き、鉛の飛礫が高速で発射された。その銃弾は風や空気抵抗による複雑な影響を受けつつも、クレアが思い描いた弾道を通貨していく。一発で、敵機の頭部を撃ち抜く軌道をだ。
だが、その銃弾は目標へは命中せず、ただ地面へとめり込んでしまった。
「……?!」
おかしい。レフィオーネの視界の先、今の今までいたはずの敵機がいない。まるで一瞬のうちに消え去ってしまったかのように、辺りから姿を消してしまっていた。
クレアは急いで周囲を見渡す。いくら地上は乱戦状態とはいえ、あの燃えるような光を放つ機体をそうそう見逃すはずは無い。
と、次の瞬間、レフィオーネは凄まじい衝撃に襲われてしまった。敵の攻撃かと判断したクレアはとっさにその場から退避しようと腰部のスラスターを吹かせる。
「っ?!」
だが、レフィオーネは重力に引かれて落下し始める。スラスターをさらに吹かせるが、クレアの意志と理力エンジンの回転に反して高度はどんどん落ちていく。
「どうして?! クッ!」
墜落するかもしれない非常事態だが、クレアはその背後にただならぬ気配を察する。機体の首を動かし、背後を見ようとするとモニターに映ったのはあの隊長機だった。
あの機体は遥か上空にいた筈のレフィオーネにのしかかっていたのだ。いくらステッドランドが優秀な機体といえども、このような跳躍力はアルヴァリス以上だ。クレアは驚きと同時に恐怖を感じてしまう。恐るべき跳躍力にもだが、その機体の変貌にである。
ステッドランドは中世の鎧甲冑をモチーフにしたデザインをしているのだが、装甲のあちこちは禍々しく隆起し、まるで悪鬼のような凶悪な面構えに変化しているではないか。
「……このっ! 離れなさいよ!」
クレアはなんとか敵を振り払おうとするが、相手の尖った指はガッチリとレフィオーネの肩を掴んで離さない。それどころか、さらに力を込めてくるので機体の関節や装甲が悲鳴を上げている。このままでは墜落するより先にレフィオーネがバラバラにされてしまう。クレアがそう感じた瞬間、地上から何者かが一直線に跳んできた。
「毘沙門天御剣流……越後の竜昇り!」
大剣・グガランナを日本刀の形状に変化させ、恭子が鋭い斬り上げ技を放ったのだ。刀の峰の部分に手を添え、勢いよく上空の敵を斬り上げる。恭子が好きな漫画の主人公が使う技を、彼女は異世界にて自分のものとしていたのだ。
落下する機体と、翔び上がる恭子。両者が交差した瞬間、強烈な衝撃波と閃光が撒き散らされた。
「ぐっ……!」
墜落の衝撃で肺の空気がすべて吐き出されたクレアは苦悶の表情を浮かべるが、どうやら特に怪我は無さそうだ。あの高さから墜落したが、恭子の一撃のお陰で落下速度がいくらか相殺されたらしい。
「レフィオーネは……しばらく駄目ね……」
軽い打ち身で痛む体を堪えながら操縦桿を握るが、機体はわずかに動くだけだ。おそらく落下の衝撃で人工筋肉やフレームがかなり損傷しているようだった。ひょっとしたら歩ける程度は動くかもしれないが、これ以上の戦闘には耐えられないだろう。
モニターにはあの悪鬼のようなステッドランドと恭子が激しい火花を散らしながら斬り結んでいる。そのあまりにデタラメな光景に、クレアは半ば呆れてしまった。
「……はぁぁぁっ!」
再び大剣に形状を戻した恭子は下段に構え、両の脚で地面を強く踏みしめる。そして上半身に力を込めて思い切り大剣を振り上げると、敵機が振り下ろした剣と激しく衝突した。
「なかなかの強さですね! まるで原作の京都編に登場した巨人みたい!」
恭子は漫画に登場した身の丈数メートルはある敵と戦っているような気になっているのだろう。その顔は戦闘による興奮なのか、漫画の再現に興奮しているのか、少し紅くなっている。
「たしかあの巨人は、すでに死んでいる主人公のお師匠さんが主人公に乗り移って倒したんですよね。その時の技は……!」
マナで作り出した鞘に、形状を日本刀にしたグガランナを納刀させる。静かに呼吸を整え、恭子は目を見開いた。
「いきます、毘沙門天御剣流……九竜烈閃!」
真紅の炎に包まれたステッドランドへ向かって一気に間合いを詰める恭子。漫画の設定では九つの斬撃を突進しながら同時に放つ、神速の抜刀術。それが九龍烈閃。
圧倒的な攻撃力でヒロを叩き伏せたこともあるこの技だが、実際に恭子の戦闘力を鑑みると巨大なダンプカーの突進にも等しい破壊力を秘めているだろう。いくら理力甲冑といえども、その衝撃力に耐えられるかは怪しい。
スガァァン!
九つの斬撃が放たれたにも関わらず、近くにいた者には一つの斬撃音しか聞こえなかった。それはつまり、連続した斬撃の速度が速すぎて人間の耳には一つにしか判別できないのだ。
「手応えはありましたけど……!」
衝撃で巻き上がった土煙から恭子が飛び出す。その剣の感触から、すべての斬撃は正確に敵を捉えていた。だが、彼女の心には妙なざわつきがあった。
(なんですか……この嫌な感じ……! まるでお父様みたいで嫌い!)
彼女の悪い予感は当たり、土煙の中に紅い二つの光が迸った。悪鬼のような、虚ろな眼が恭子を睨みつける。
恭子の必殺技ともいえる九龍烈閃を受けた筈だが、その装甲はほとんど傷になっていない。ヒロの魔法障壁すら簡単に斬り裂く彼女の剣が、全く通用していなかったのだ。その悪鬼の顔を見ていた恭子の脳裏に、ほんの一瞬だが父親の顔が浮かんだ。厳格で、鉄のような人。厳しい剣の修行の日々が思い起こされる。
「……!」
トラウマに呑み込まれそうになった恭子は、しかしどうにか自らの心と精神を落ち着ける。
だが、その一瞬が命取りだった――――
「ふぅ、こっちはだいたい片付いたかな?」
ユウはアルヴァリスの周囲を見渡す。そこかしこに戦闘不能になった敵のステッドランドが転がっていた。まだ敵は残っているが、大勢は決したと言っても良いだろう。
「……ユウ、聞こえるデスか! クレアが! みんながピンチなんデス!」
「……! どういうことですか、先生!」
と、ユウは向こうから異様な気配を感じ取った。剣呑な雰囲気……いや、これは殺気と呼べる類のものだ。
「あの理力甲冑は……?!」
ユウが目にしたのは悪鬼の如く変貌したあのステッドランドだった。陽炎のような光を纏い、装甲は禍々しく変形しており、ひと目で異常だということが分かる。見ると、その周囲には多数の敵理力甲冑が倒れており、そのどれもが無惨な姿になっていた。
「ユウ君! クレアさんや他の味方機は魔法障壁の内側に収容した……けど、ヤバいぞ! あの敵は!」
声のした方を見ると、ドーム状魔法障壁の内側でヒロが叫んでいた。その傍らには謎の女子高校生が倒れている。ユウは恭子の事を知らないため事情がよく分からないままだ。
「ヒロさん! あの機体は……?! というかその女の子は?!」
「なんだか分からないけど、急に現れて敵味方関係なく無茶苦茶暴れるんだ! それに一応(?)仲間の恭子ちゃんもやられちゃって……!」
「ヒロ、ユウ。あの機械人形から強いマナを感じるぞ。大精霊のカンが告げておる、アレは超ヤバいのじゃ!」
「でもこっちの世界にマナは無いって言ってたじゃないか?」
「それがな、すこし前にファルナジーンの匂いを感じとったのじゃ。おそらく元の世界との扉が一瞬だけ開いたようじゃの……今は閉じておるようじゃが」
「マジかよ! 帰れるチャンスが!」
「ファルナとか言ったデスね? マナがこっちの世界に流入してきたってことデスか?」
先生の声が外部スピーカーを通して聞こえてくる。今までの会話もアルヴァリスの無線越しに聞いていたようだ。
「うむ、断言はできんがな。……マナと理力、それぞれ別の力じゃが、その根源は非常に近いもののようじゃ……それゆえ、何らかのきっかけで二つが融合したのかもしれん」
「な、なんデスってー!?」
「それじゃあ……あの厳ついやつはマナと理力、二つの力を得ているってわけ?」
「そうじゃ、ヒロ。そして厄介なことにマナと理力が単純に合わさってるだけでなく、より強くなっておる!」
「あわわ、なんかマンガとかゲームにありがちなやつ!」
「ユウ君、そういう元の世界が恋しくなっちゃう発言はしちゃ駄目だぞ!」
「そんなことより、ヤツが動いたデス!」
と、例の禍々しくステッドランドの周囲には動くものが無くなり、次の標的をホワイトスワンに定めたようだ。手にした剣もいつの間にか凶悪な形状になっており、それを思い切り振りかぶる。
鋭く振り抜かれた剣は魔法障壁と激しくぶつかり合う。無敵と呼ばれた魔法障壁はその斬撃を受け止め……。
「な、なぁ、ファルナ……魔法障壁にヒビが入ってないか……?」
「うむ。バッチリ入っておるの」
「あのヒロさん、ファルナさん、魔法障壁って……無敵だったんじゃ……?」
「ううむ、たいていの攻撃は完璧に防げるんじゃがなぁ……」
「きっと、マナと理力が融合してデタラメな出力になってるんデスよ! さっきから見てるとあり得ないほどのパワーとスピードしてたデス!」
「どうするのじゃ、ヒロ! あんなヤツの攻撃はあと何度も耐えられんぞ!」
「うむむ……!」
「とにかく……スワンをやらせはしない!」
そう叫ぶとユウはアルヴァリスを疾走させる。凶悪な雰囲気以上に、あの敵からは恐ろしいまでの殺気を感じる。
(それでも、みんなを助けなくちゃ!)
アルヴァリスは跳躍と同時に片手剣を振り上げ、落下の速度と重量を乗せた一撃を放つ。ほとんど奇襲に近い斬撃だったが、悪鬼はこちらを見ないまま片手で難なく受け止めてしまった。おぞましく趣味の悪い造形の指がギリギリとアルヴァリスの剣を掴んで離さない。
「なっ?!」
ユウは自分でも鋭く入ったと感じた一撃を防がれ動揺してしまう。だが、すぐに左手に持ったライフルを至近距離から掃射してやった。胴体から頭部にかけて何発もの銃弾が叩き込まれるが、赤黒く変色している装甲に対しては表面が少し傷ついた程度だった。
だが、流石に剣を掴む力は緩んだのか、アルヴァリスは敵機を蹴りつけて後方へと大きく逃れることが出来た。
「……まったく、手強いなぁ……!」
ユウは一度、呼吸を落ち着けて相手をじっと見据える。すでにステッドランドの面影はほとんどなく、赤銅色の装甲、厳つい意匠、陽炎のような光……まるで憤怒を体現する鬼そのものになったかのようだ。
悪鬼も、アルヴァリスの方をじっと睨みつける。紅く、暗く揺らめく双眸は思わず背筋が凍りそうだ。
「でも、これなら……?」
アルヴァリスは背中に背負った一振りの大剣を掴む。幅広で片刃、その刃渡りは実に理力甲冑と同じほど。刀身の根本から鍔にかけては複雑で精巧な細工が施されている。
オーガ・ナイフと呼ばれるこの大剣はとある巨大な魔物が所持していたもので、かつてユウがアルヴァリスで討伐した折に手に入れた業物なのだ。
アルヴァリスはその大剣を両手でしっかりと構える。その威圧は悪鬼にも負けず劣らず、あらゆる装甲をも切断する刃は月の明かりを受けて鋭く輝く。
いつの間にか曇り空は晴れて、一面に月と星が瞬いていた。