第五話
激しい銃撃と爆音。しかしその凄まじい攻撃とは裏腹に、目標であるホワイトスワンは健在だ。
「な、なんだコレは?! どうしてあの白鳥は無傷なんだ!」
「た、隊長! もしかして昼間の不思議な現象と関係するのでは……?!」
「くっ、何をしている! 攻撃の手を休めるな!」
帝国軍の理力甲冑部隊を率いる隊長はこめかみに青筋を立てながら無線機に向かって怒鳴り散らす。昼間、プリシラの街を襲ったと思われる連合軍の部隊を発見したという報告を聞いた時は勇み足で出撃したものの、魔法障壁に全ての攻撃が無力化されてしまい戸惑いと混乱が部隊に広がりだしている。
(報告には聞いていたが、なんなんだこの透明な壁は……!)
理力甲冑用のライフルが火を噴き、バズーカからは榴弾が勢いよく発射される。しかし彼らとホワイトスワンの間に突如として発生した謎の力場に衝突した瞬間、鉛の弾丸はへしゃげながら運動エネルギーを失い、その場へポトリと落ちてしまう。榴弾は衝突の衝撃で信管が作動し爆発するが、その爆炎と破片はきれいな半球となって防がれてしまった。
「くそっ、バズーカでもびくともしねぇ!」
「お、おい! あれを見ろ!」
誰かが無線機ごしに叫んだその先には、理力甲冑がホワイトスワンから出てくるところだった。
「へっ、ビビることはねぇ! 相手はたったの四機しかいねぇぜ!」
「このまま攻撃し続けろ!」
出てきた連合軍の理力甲冑は透明な壁の向こうで立ち止まったままだ。あの様子からすると、壁の向こうからは攻撃が通る、などという便利なものではないらしい。これも報告にあった事だが。
「……?」
帝国軍の隊長は白い理力甲冑の足元、そこへ誰かが立っているのに気づく。理力甲冑のモニター越しからでは分かりにくいが、確かに居る。
「あれは……子供をおぶって……?」
と、次の瞬間。透明だった壁にうっすらと色が着いてきたのだ。そして、その一部がまるで両開きの扉のように開くではないか。
「……はっ?! い、今だ! あそこを狙え!」
隊長の指示で扉の部分を一斉攻撃する。何がどうなっているのか分からないが、これはチャンスだと瞬時に判断した隊長は部下たちに指示を出した。
が、しかし。
「隊長ォ! 全然効いてません!」
「なんだとォ?!」
「おーい! ユウ君! ちょっと待って!」
ファルナを背中におぶった状態でヒロはアルヴァリスの方へと走る。いくら幼女とはいえ、背負って走るのは年々落ちてきているヒロの体力では少々ツラかったが、なんとか追いついた。
「ヒロさん、危ないですよ! 戻ってて下さい!」
その姿に気付いたユウは外部スピーカーで呼びかける。魔法障壁が展開されているため攻撃は飛んでこないが、既にここは戦場なのだ。
「いや、俺も少しは手伝うよ! ファルナ、行くぞ!」
「任せるのじゃ!」
そう言うと、ヒロとファルナは彼らにしか認識出来ない魔法障壁のパラメータ設定を次々と行っていく。すると、アルヴァリスやレフィオーネの全身にうっすらと色づいた魔法障壁が展開されたではないか。
「よし、ユウ君たちのロボット……いや、理力甲冑の装甲に魔法障壁を貼り付けた! 空間座標固定じゃないから本来の強度は出ないけど、それでもある程度の威力まで敵の攻撃は跳ね返せる! そうだな、ビームライフルの直撃なら3秒まで耐えられるぞ!」
「最終決戦仕様のコーティングですね?! ありがとうございます!」
「アンタたち、何言ってんのよ?!」
すかさずクレアがツッコミを入れるが、ヒロとユウにとっては一種のコミュニケーションだ。
「よし、ヒロ! 魔法障壁の一部を開くのじゃ!」
「ユウ君、今から魔法障壁の一部を開く。ユウ君達からでも分かるように色をつけて開くけど、それは敵から見ても同じだ」
「分かりましたヒロさん。お願いします」
「行け! ユウ君!」
ヒロの掛け声と共に、魔法障壁の一部が開く。その瞬間、帝国軍の攻撃が再び集中するが、全身に文字通り鉄壁の魔法障壁を纏ったアルヴァリスらには全く効いていない。
甲高い音が辺りに響き、アルヴァリス背面に搭載された理力エンジンが回転数を上げていった。周囲の理力を取り込み、それを機体へと循環させていく。
膨大な理力が脚部周りに集中し、装甲の下の人工筋肉が一層肥大化する。そして一瞬、身を屈めたかと思うと凄まじい跳躍を見せた。大地にヒビが走り、驚くべき速度で敵のステッドランドへと接近したアルヴァリスは素早く右腕を振るう。いつの間に腰の鞘から抜いていたのか、その手には愛用の片手剣が握られており、着地と同時に敵機の頭部が首から切断されていた。
あっけに取られる敵理力甲冑の集団を尻目にアルヴァリスは左手を腰の後ろに回した。そこには専用のアサルトライフルがマウントされており、片手で安全装置を外すと素早く引き金を二度、三度に分けて引く。
狙いを付けずに掃射された弾丸は敵機がいる辺りの地面へとめり込む。激しい銃撃だが殆どが外れたか、装甲の丸みによって弾かれてしまった。しかしそれで良い。ユウの狙いは攻撃ではなく、牽制だったのだから。
「ヒロ、ファルナ! 自分の周囲に魔法障壁とやらを張っておきなさい! 怪我するわよ!」
そう言うとクレアは操縦桿を握り、理力エンジンの回転数を上げていく。それと同期して腰部から伸びたスラスターからは圧縮空気が一気に噴出し、その反作用によってレフィオーネは空中を滑るように離陸した。
「うわ! あの水色の理力甲冑、空を飛ぶのか!」
「あの機械人形はわし好みじゃ! ゆうがじゃしの!」
女性的なシルエットとスカート状に広がったスラスターはまるでドレスを纏った戦女神。華奢な見た目に似合わない、長い銃身を備えたライフルを構えたレフィオーネは魔法障壁の外へ出ると一気に上空へと駆け上がった。
「敵の攻撃を気にしなくてもいいのは……ほんと便利ね!」
レフィオーネは両手でライフルを構える。長い銃身に大きなスコープ、安定性抜群のストックを備えた狙撃用にカスタムされた理力甲冑用ライフル。クレアは卓越した空間把握能力の持ち主で、生身でも理力甲冑でも長距離狙撃が得意だ。
腰のスラスターが周囲に広がり、レフィオーネは空中で停止する。安定した狙撃姿勢を取りつつ、眼下の敵機を狙いスコープを覗き込んだ。
「……そこっ!」
レフィオーネの指が軽く引き金を引き、一発の銃弾が放たれた。その鉛の礫は一直線に敵機の頭部を貫いてしまう。命中したのを確認する前にクレアは次弾装填し、次々と引き金を引いていった。
「わわっ! ユウさんもクレアさんも凄いです!」
ホワイトスワンのブリッジでは戦いの様子を見ていたベルーナが飛び跳ねながら応援していた。
「二人も凄いデスが、もっと凄いのは理力甲冑デスよ。この私が開発した!」
「先生さんも凄いです! でも皆さん、何故か胴体を避けて攻撃してますね?」
ユウのアルヴァリスも、クレアのレフィオーネも敵機を攻撃する際、四肢や頭部ばかり狙っていてむしろ胴体には殆ど傷が付かないように気を付けている節すらある。
「あー、それはデスね、機体の胴体部には操縦席があってそこをワザと外してるんデスよ。ユウ達は敵と言えどもパイロットを害するのは嫌だというんデス。殺し合うために理力甲冑に乗ってるんじゃないだそうデス。……ベルーナはこういう考え、甘っちょろいと思うデスか?」
「……ファルナジーン王国は長い間、戦争が無かったので私には想像することしか出来ませんが、いくら戦争をしてるからってそれが人を殺めて良い理由にはならないと私は思います。それにヒロさんもそう思っていると思います」
「ん、私も同じ意見デス。まぁ、私は私が作った理力甲冑が活躍できればそれでいいんデスけどね!」
「ふふ……先生さんもユウさんたちも、皆さん優しいんですね」
「ふ、フン! 私に言わせればアイツらは甘っちょろい連中デス!」
先生はぷいっと横を向くが、ベルーナはその横顔が少し紅くなっているのを見逃さなかった。
「そ……こ!」
正面から迫りくる剣撃を自身の剣で器用に受け流すと、アルヴァリスは左腕に装備された中型の盾で敵機を殴りつけた。頑丈な造りの盾の先端はステッドランドの装甲をへこませ、内部の人工筋肉やフレームにダメージを与える。
思わず後ろへよろけた敵の機体へと間合いを詰め、胴体部をさらに殴りつけていく。あまりに強い衝撃は中にいるパイロットを激しく揺らしてしまい、とうとう失神してしまった。
アルヴァリスやレフィオーネ、他の機体も次々と帝国軍の理力甲冑を確実に撃破していく。その様子を見たヒロは間近で見る巨大ロボット同士の戦闘を興奮気味に観戦していたが、はっと気付いて走り出す。
「俺だって魔法障壁管理者なんだ! 見てるだけじゃなくてこっちからもいくぞ、ファルナ!」
ホワイトスワンを囲うドーム状魔法障壁を維持しつつ、ヒロは敵機が迫りくる方を見やる。
(えーと、理力甲冑の身長は見た目十メートルくらいの大きさだから……)
大雑把な計算でヒロはステッドランドの大きさを見積もる。そしてその数値をもとに、魔法障壁の大きさ、形状、展開する位置を決定した。
「くらえ! え〜と、転ばぬ先の杖を持っていないのが敗因だ作戦!」
カッコいい技名が思いつかないヒロは咄嗟に適当な言葉を口にする。当然、背中におぶさっているファルナは微妙な顔をするが。
「うわっ?!」
「がっ!」
地面に頭から突っ込む敵ステッドランドたち。激しい地揺れと音が響き渡り、土砂を耕しながら次々と転んでしまう。
ヒロの掛け声と同時に一瞬にして敵のステッドランドの足元には細長い棒状の魔法障壁が展開し、それに引っ掛かってつまづいてしまったのだ。理力甲冑といえど二本の足で地面に立っている以上、人間と同様に足を引っ掛けられたらバランスを崩して転んでしまうのは道理だった。
「ついでに……そりゃ!」
もがきつつも立ち上がろうとする敵機が急に動かなくなる。そして腕と脚をピンと伸ばしたまま、ジタバタともがき始めるではないか。
ヒロは肘や膝などの関節周りを拘束するように魔法障壁を展開し、その動きを封じてしまったのだ。関節を極めてしまえば、たとえどんな屈強な人間でも理力甲冑でもたちどころに動けなくなってしまうというわけだ。
おかげで古いゼンマイ式ロボットのような、とてもぎこちない動きの理力甲冑がそこかしこに増えていく。結局の所、技名は微妙だったが理力甲冑の人体と同じ構造を逆手に取ったヒロの作戦は非常に有効的だったのだ。
「はっはー! どうだ、俺って結構頭いい!」
「ヒロ! こんなにたくさん魔法障壁を展開してはいかん! 具体的にはわしのマナが無くなって疲れる!」
「えっ!? ファルナ、もう少し頑張ってくれ! 後でアメちゃんあげるから!」
「む! その言葉、まことじゃろうな!? 三個じゃ、三個なら手を打つのじゃ」
「おっけー! 三個といわず五個出すぞ! だからほら、元気出して頑張って!」
「うむ! そういうことなら……ちと堪えるが、あの小僧達が使っている理力なるものを拝借してじゃな」
貢ぎ物の約束を取り付けたファルナは周囲に満ちる理力を体内に取り込み、マナへと循環させて魔法障壁へと還元していく。
彼女が言うにはマナと理力は異なる力ではあるものの、その根源は非常に近いものらしい。なので、変換に負荷がかかるものの、マナも魔法もないこの世界であってもファルナを通して理力をマナに変換出来るし、それを利用してヒロは魔法障壁を展開できるのだ。
「スワンも僕らも、敵の攻撃を気にせず戦えるのはいいけど……! 数が多い!」
ユウもクレアも次々と敵の理力甲冑を撃破しているが、それでもまだ多くの敵機が迫ってくる。多勢に無勢、いくら魔法障壁の装甲を身にまとったとはいえ、ユウたちの疲労が蓄積すればどうなるか分からない。それに理力甲冑はパイロットの理力を動力源としているため、長時間の戦闘ではスタミナ切れならぬ、理力切れとなる可能性もある。
「ユウ君! こっち! 助けてー!」
ヒロの悲痛な叫びが聞こえ、ユウはそちらの方を見る。するとホワイトスワンを守る魔法障壁の一箇所に何機もの敵ステッドランドが集まっていた。
「あわわわ、いくら魔法障壁でもこんなに一点を集中して攻撃されたらマズいんじゃ!?」
「あ、安心せいヒロ! わしのマナで作られた魔法障壁はこれくらいで破られはせん。……たぶん」
「ねぇ、いま多分って言ったよね!? ひぃぃ!」
「ええい、嘆いている暇があったら、魔法障壁を強化せんか!」
敵機が何度も剣を振り下ろし、その度に金属の嫌な音が鳴り響く。大魔法の一撃すら耐える圧倒的防御力の魔法障壁だが、何事にも限界はある。
「硬い壁硬い壁硬い壁!」
ヒロはぶつぶつと呟きながら魔法障壁の強化を図る。それに伴い、魔法障壁の色が次第に濃くなっていった。
「ど、どうだ! お前たちは恭子ちゃんじゃないんだから、そんな簡単に魔法障壁は破らせないぞ! あ、でもちょっとは手加減してー!」
ユウはその状況を確認したものの、自身も大量のステッドランドを相手取っておりヒロの救援に向かうことが出来ない。
いつ終わるかも分からない敵理力甲冑の斬撃に、魔法障壁の内側で耐え忍ぶヒロ。そのヒロの耳に鋭い斬撃音が届いた。
「もう、オジサマったらだらしない。いい大人が泣きわめくのはみっともないですよ?」
凛とした女の子の声が聞こえたかと思うと、先程まで魔法障壁を攻撃していたはずのステッドランドが地面に崩れ落ちてしまった。
そこには華奢な身体に不釣り合いな大きさの大剣を担いだ女子高校生の姿が。
「恭子ちゃん!?」
「ええ、私です。とりあえずこの緑色っぽいロボットを倒せばいいんですか?」
「えっと、そうなんだけど……なんで手伝ってくれるの? 俺たち敵対してるんじゃ? ……もしかして、ようやく俺の魅力にきづ」
「私だって今の状況はなんとなく察しがつきます。ここでオジサマが死んだら元の世界に戻る手段がなくなってしまうのでしょ?」
ヒロのセリフを遮って言葉を放つ恭子の目は実に冷たいものだった。
「で、ですよねー! わかってます。わかってました……。恭子ちゃんが俺の八面六臂な活躍にトゥンク……したとか思ってません……」
「むしろ七転八倒じゃのう」
「うぐぐ! あっ、そのロボットは胴体部に人がいるからね! そこ斬っちゃ駄目だからね!」
「大丈夫です。峰打ちです」
そう言うと恭子は手にした大剣を思い切り振りかぶり、一気に虚空を斬り裂いた。真っ直ぐな太刀筋は大気を裂き、剣の尖端は音速にも迫るかという勢い。そしてこの大剣・グガランナは恭子のマナを利用して剣先から衝撃波を繰り出せるのだ。
まさに飛ぶ斬撃とでも言うべき衝撃波は近くにいたステッドランドの手を斬り飛ばした。
「みね、うち?」
自身の思い描く峰打ちの概念とかけ離れた攻撃に頭が混乱するヒロ。
「そ、そうだ、あの白いのと空飛んでる青いのは仲間だからね!」
「分かりました。それ以外は全て斬ります」
恭子はまるで棒切れのように軽々と大剣を振り回しステッドランドの手足を次々と斬り飛ばしていく。鋼鉄の装甲とフレームを備えた理力甲冑がまるで紙切れのように吹き飛ばされるのは一種の爽快感すらある。
それもそのはず、恭子の職業であるバスターブレイダーは神の武器を操り、どんなものでも両断するという非常に攻撃的な能力なのだ。その剣撃は鋭く重く、伝説の金属であるオリハルコンやアダマンタイトも溶けたバターのように切り裂くという。もちろんヒロの魔法障壁も例外ではなく、過去には魔法障壁を光○力バリアのようにパリンパリンと割られている。
以前、恭子と戦った時にその戦闘力を目の当たりにしたヒロは思わず驚嘆のため息を漏らす。
「巨大ロボットと渡り合えるなんて……恭子ちゃん、ちょっとチート過ぎない? 俺、もしかして要らない子?」
「何を言う、ヒロ。おぬしはそのちーとな恭子を一度は負かした男ではないか。もう少し自信を持たんか」
大精霊のファルナを使役するヒロも大概チートであるが、実際のところ本人にその自覚はない。
「そ、そうだよな。俺は実は恭子ちゃんより強いんだから。つまりは、理力甲冑よりも強いということだ。よーし頑張っちゃうぞー!」
腕をグルグル回し、キリッと表情を決めて張り切るヒロ。だが、幼女を背中に背負ったままなのであまり格好がつかないのは言わないお約束だ。
「世話が焼けるやつじゃの……」
「ん、何か言った? ファルナ」
「なんでもないのじゃ。それよりぼーっとしとると、敵が全部やっつけられてしまうぞ?」
「へ?」
気合を入れて獅子奮迅の活躍を意気込むヒロだったが、恭子までもが参戦したため一気に形勢はユウたちに傾いたのだ。




