第四話
プリシラの街からおよそ徒歩で三十分ほど行ったところにある森の端っこ。そこにはホワイトスワンが隠れ潜んでいた。
「これがホワイトスワンか。デカいなぁ……すごいなぁ」
ヒロはホワイトスワンを見上げつつ感嘆を漏らす。
鳥の首のように見える機首と丸みを帯びた胴体。そこから伸びる四枚の羽根はまさしく白鳥と呼ぶにふさわしい佇まいだ。
「なんだか白くて可愛らしいですね、ヒロさん」
「可愛い……うん、女の子のベルーナはそういう感想だよね。俺の中のオトコノコはすげーカッコいいと思ってるんだけど。オトコノコにはそう、ロマンと秘密基地が必要なのだ!」
「皆さん、こっちから入って下さい」
と、いつの間にか船外の扉からユウが手招きしている。
内部に入ったヒロたちは再び感嘆を漏らしてしまう。そこは一面金属製の壁で、そこかしこに配管が通っている。ベルーナやファルナからすれば、ホワイトスワンの内部は見慣れぬ構造をしているが、ヒロには現代的な船舶や工場を彷彿とさせる内装だった。
ユウに案内されるままに先へと進んでいくとそれなりに広い部屋へと出た。大きな窓からは外が見え、そこかしこに何かの機械や画面、操縦席らしきものや舵輪が設置されている。どうやらここがホワイトスワンのブリッジのようだ。
中にはユウたちの仲間がおり、ヒロたちを訝しげに眺める。
「ユウ、この人たちは?」
クレアが鋭い眼差しを向けると、ヒロは思わず背筋に冷たいものが走った。
(この人、クールで怒ると凄く恐そう! だけど美人さんで綺麗な銀色の髪が素敵。俺の勘から行くとこのタイプはツンデレだな!)
クレアにはヒロの心の声が聞こえないはずなのだが、その鷹のような目が一層鋭くなる。ヒロの評価のとおり整った目鼻立ちの美人なのだが、今は部外者がホワイトスワンに入り込んでいることに不満なようでユウに無言の抗議をする。
「まぁまぁ……あ、そういえばまだ自己紹介してませんでしたね。僕はユウ。ユウ・ナカムラです。えっと、連合軍に所属してる理力甲冑の操縦士やってます。で、こっちの小さ……小柄のが先生。こう見えても凄いエンジニアなんですよ」
「私のことは尊敬の念と親しみを込めて先生と呼ぶがいいデス」
「ああ、ご丁寧にどうも。俺は大阪ヒロ。色々と訳あって今はファルナジーン王国で魔法障壁管理者をやってます。こっちの可愛いのがベルーナ。彼女は俺の頼りになる部下で、そっちの幼女はファルナ。ファルナは……えーと、大精霊? っていうなんだかよく分らないけど、すごい奴だよ」
「はじめまして、ベルーナ・アシャンティです。この度は助けて頂きありがとうございました」
「うむ、わしがファルナじゃ。貢物なら甘味がよいぞ」
それぞれベルーナとファルナも簡単に自己紹介する。その間、クレアはピクリとも眉を動かさずに耳を傾けていた。帝国の兵士にスカウトされた時もそうだったが、この世界にはファルナジーンという国も地域もない。そのため、クレアにはこのおっさんと少女と幼女が適当なことを言っているアヤシイ三人組にしか見えないのだった。
「それでこっちはクレア。彼女は僕たちホワイトスワン隊の隊長で……」
次いでユウはホワイトスワンの面々を紹介していく。
「えっと、それで色々と聞きたいことがあるんだけど……とりあえず……」
ヒロはポリポリと頭を掻きながらユウの方へと向きやる。
「ユウ君は……その、俺と同じ日本人だよね?」
「あ、やっぱりそうでしたか。ヒロさんを見た時に僕と同じなんじゃないかと思ってました。ということは、ヒロさんもルナシスへ召喚されたんですか?」
「ルナシス? 召喚? なにそれ? 俺は日本でサラリーマンしてたら雷に打たれて死んじゃったみたいでさ。いや、それはそれで気にしてないんだけど、やる気ない神様に異世界転生させられちゃったの。おっさんの姿と能力のまんまで」
妙にあっけらかんとした表情でヒロは語るが、傍から聞いていると何とも言えない凄まじい経験をしていると思われる。特に、雷に打たれて一度は死んだというのに、そこを気にしていないとは。
「ええ……死んじゃった……? えっと僕は同じく日本で高校生やってて……いつも通りバイクで走ってたら、急に光に包まれて……気が付いたらこの世界に召喚されてました。で、仕方ないから理力甲冑……ああ、あのロボットみたいなのですけど、それに乗って戦ってます」
「あ、もしかして昼間の白いロボット! もしかしてアレ、ユウ君が動かしてたの?」
「ええ、あの機体はアルヴァリス。そこの先生が開発した理力甲冑なんです」
「さあ、称賛の言葉を私に投げかけるがいいデスよ!」
薄い胸を張って先生がドヤ顔をかましている。クレアとユウはまた始まったか、という顔をしている辺り、これが先生という人物の平常運転なのだろう。
「おお、理力甲冑か! 外見も中世っぽい鎧の雰囲気がカッコいい! 見た感じリアル系のロボみたいだけど、必殺技はあるの? いやまてよ、リアル系なら必殺技じゃなくて、コンビネーションアタックみたいな感じか……」
「ヒロはするーして構わんが、おぬし……そんな年端もいかんような子供があんな機械人形を作り上げたというのか? こう言っては何じゃが、あんまり信じられんのう」
ファルナの疑問は当然といえるだろう。開発者である先生はどう見ても十二~三歳の少女にしか見えないのだから。
「あーいや、そこは皆さんの疑問ももっともなんですが……これでも先生は成人済みなので……」
「フッ……いい女には抱えきれないほどのヒミツがあるってもんデスよ……」
先生は急にアンニュイな表情と雰囲気を纏わせた。が、この表情に意味はなく、彼女は自身の本当の名前や素性を訊ねられるとこのようにはぐらかす癖があるのだ。
「なん……だと……!? ロリババァ……い、いや、合法ロリ!? ファルナの親戚か何かか? ファルナはマジもんの数百歳ロリババアだよな?」
「ヒロ、お主言いたいことはそれだけか?」
「だぁれがババァなんデスか?」
ファルナと先生は同時に口を開き、そして同時にヒロのスネを思い切り蹴り上げる。
「いってぇ!」
「シツレイなセクハラ男は置いといて……こっちも聞きたいことがあるデス。まず魔法障壁ってなんデスか? 空間に不可視の壁みたいなのを出現させてたみたいデスが」
先生は悶え苦しむヒロを捨て置き、話の通じそうなベルーナとファルナに問いかける。
「えっとですね、魔法障壁というのは精霊が生み出すマナを利用してお城や砦を守る障壁を展開・構築したものことを言います。魔法障壁は流星のように降り注ぐ魔法や矢を防ぎ、万の軍勢の侵攻をも防ぐ鉄壁の防御力を誇る防壁と言われ、王国守護の要なんです!」
エッヘンとでも言いたげな表情を浮かべるベルーナ。それとは対照的に難しい顔になっていく先生。
「魔法……マナ……? そんなもん、この世界に存在するんデスか? というか、スゲー非科学的でめまいがしてきたデス……」
「えっ? 魔法やマナを知らないんですか? この中でどなたか魔法を使える方は? 一度も見た事ありません?」
ユウを始め、クレアや他のメンバーは何の事かサッパリ分からないという表情を作る。ユウをこの世界に呼び出した召喚の法も見ようによっては魔法にも思えなくもないが、少なくとも魔法やマナという単語は一般的ではない。
「ふぅむ。なんとなく分かってきたぞ、べるうな。こやつらからはマナを感じ取れん。が、代わりに別の力を感じるぞ、とくにこの小僧からはな」
「もしかして……理力のことデスかね?」
「りりょく……?」
今度はベルーナたちが首を傾げる番だった。ユウ達が魔法を知らないように、ヒロやベルーナらは理力というものを全く知らないようだった。
「理力というのはデスね、この世界の生物なら誰しもが持ってる生体エネルギーみたいなもんデス。詳しくはまだ科学的に解明されてないですが、この大陸では古くから人工筋肉を動かす為に利用されてるデス。理力甲冑も、簡単に言えば理力で動いてるデスよ」
「どういうことなんだ? 俺達の知ってることと、ユウ君たちの知ってることが噛み合わない……?」
ようやく痛みが引いてきたヒロがよっこいしょと立ち上がりながら呟く。
「……これはあくまで仮定の話デスが」
そう言って先生は前置きする。
「このおっさ……ヒロたちは恐らく、私達のこの世界とは別の世界からやって来たんデス。その世界には魔法やマナという、こちらの世界では解明できない不可思議なナニかが存在し、逆に理力というエネルギーは存在しない……そう考えると全ての辻褄が合うデスよ」
「な、なんだってー!」
「そのテンプレっぽい驚き方やめるデス」
「あ、知ってるの? このネタ」
ワザとらしい驚き方をしたヒロはクレアの冷徹な視線に気付き、ようやく真面目に記憶の糸を辿っていく。もし先生の言う通り、何らかの方法で別の世界に移動してしまったとしたら、原因はアレしかない。
「すると……魔法障壁さんの不正コマンドが原因かなぁ。不測の事態が起きるって言ってたし」
「ううむ、たしかに魔法障壁は空間にも作用するのじゃ。意図しないマナの暴走が引き金となって、別の世界に繋がるというのはあり得ん事ではないのかもしれんのじゃ」
「私は魔法とか障壁についてはよく分からないんデスが、別の世界から召喚なんてことがある程度再現性を持って実際に行われてるデスからね。我々の知る科学の外にはそういう技術と理論があるのかもしれないデス」
「となると、俺達の当面の目標は元の世界に戻る方法を探すことか~。魔法障壁さんのコマンドが原因だったらアクセスさえ出来れば解決しそうなんだけど……」
そう言いながらヒロは目をつむりムムムと唸り声を上げる。
「やっぱり駄目だ。こっちの世界に来てからずっと魔法障壁さんにアクセスできないんだ」
「……? 魔法障壁にアクセスできないのに、魔法障壁は使えるんですか?」
ユウの質問にヒロはああ、と答える。
「魔法障壁さんっていうのは……なんていうのかな。AIみたいなもんでさ、魔法障壁を管理するプログラムみたいなもんなんだよ。魔法障壁の展開自体は魔法障壁管理者ならだれでもできるから、マナさえあればこうやっていつでも使えるんだ」
ヒロの指先が空中に四角を描くと、そこに半透明な板状の何かが出現した。
「自由に展開できるのはヒロさんだけなんですからね、普通はほいほいと作ったり消したりできませんよ」
「そうらしい」
そう言うとヒロは創り出した魔法障壁をぱっと消して見せた。ホワイトスワンのメンバーは改めて不可思議な現象を目の当たりにして驚いてしまう。その様子を見たヒロは、調子に乗って辺りに数多くの魔法障壁を展開して見せた。
「ちょ、ちょっとこんなに魔法障壁っての出されたら身動きが取れないじゃない! 早く消して!」
「わわ、ごめんクレアさん!」
大小さまざまな大きさと形状、色が付いているのもあれば、完全に無色の魔法障壁もある。ベルーナが言うにはヒロの能力は規格外で、従来の魔法障壁管理者ではここまで器用に操ることは難しいそうだ。
「はぁ~それにしても一体どういう原理なんデスかね」
先生が扉をノックするようにコンコンと魔法障壁を叩く。半透明ではあるが、そこには確かに硬質な質感を備えた壁が存在している。理力とも、科学とも異なる技術。科学技術に精通している先生だからこそ、この魔法障壁が謎と不思議に包まれていることを見抜いていた。
と、突然近くで爆発音が鳴り響き、ホワイトスワンの床が激しく振動する。
「うわっ?!」
「な、なんじゃ?!」
「きゃあ!」
思わず尻もちをついたヒロの上に、ファルナとベルーナが折り重なるようにして倒れ込んでしまった。一方では日ごろの訓練の賜物なのか、ユウたちはなんとか近くの椅子や手すりに掴まって姿勢を保っている。
「敵襲?!」
「きっとプリシラの街から追いかけてきたんだわ!」
「しかし……これはヤベー状況デス! スワンを動かせるまで時間が掛かってしまうデス!」
先生はぴょこんと操縦席に座り、何やらスイッチ類をポチポチ操作しだす。すると低い唸りを上げてホワイトスワンの動力である大型理力エンジンが動き始めた。
「マズいわね……皆、急いで迎撃するわよ!」
「クレア! 外!」
ユウが指さした先には、多くの理力甲冑ステッドランドが。そしてそのうちの何機かはバズーカ砲をホワイトスワンへと向けていた。
榴弾からまき散らされる破片と爆風は強力で、理力甲冑といえど至近距離で食らえば一撃で戦闘不能になるほどである。しかもホワイトスワンは装甲化されていないため、たった一発でも致命傷となってしまうだろう。
「くっ……!」
「先生! 早くスワンを動かしてください!」
「無茶いうなデス!」
「ふふふ、俺の能力をお忘れですか?」
そう言うとヒロはブリッジの前方へと立つ。その後ろ姿を追うようにすーっと黒いワンピースの少女が移動し、ヒロの大きな右手に自分の小さな手のひらで触れた。
「ファルナ、魔法障壁を展開するぞ!」
「いつでもよいのじゃ」
敵ステッドランドが放った榴弾が着弾する。
ユウは思わず目を瞑り、爆発の衝撃を覚悟した。……が。
「……た、助かったデス?」
「皆、無事?!」
クレアが周囲を見渡し、メンバーの無事を見て安堵する。ブリッジは振動一つなく、爆発音も聞こえなかった。
「少なくとも……ブリッジは無事みたいだよ、クレア」
「どういう事……?」
すると皆の前でドヤ顔をするヒロとベルーナが。
「さすがはヒロさんです! 皆さん見ましたか? これが魔法障壁の凄さです! さあ、ヒロさんを褒めたたえてもいいんですよ!」
よく見るとブリッジの外では帝国軍のステッドランドがこちらへ向けて攻撃を繰り返していた。しかしその全ては透明な壁に遮断されており、ホワイトスワンは全くの無傷で済んでいる。
ヒロは巨大なドーム状の魔法障壁をホワイトスワンの周囲に展開させたのだ。魔法障壁の真の力は攻城戦で発揮される。周囲を取り囲まれ雨あられのように魔法を打ち込まれようとも、魔術士数十人で詠唱するような戦略魔法を受けようとも防ぎきる鉄壁の障壁である。この守護の要はまさに本領発揮とでもいうかのように帝国軍からの全ての銃弾を、榴弾を、爆風を受け止めていく。
「あれだけの攻撃を全て遮断しているわ……」
「どうですクレアさん? 俺の凄さが分かってもらえましたか?」
未だ不審者で道化の印象をぬぐえていない可能性のあるクレアに対し、有能アピールを行うヒロ。彼は元々他人とのコミュニケーションが苦手なこともあり、きつく当たられるのは辛いのだ。
「でも、このままじゃここから移動もできないわよ? その辺はどうするつもりなの?」
「えっ? ……魔法障壁は基本的に固定の対象を守る能力だから、これ以上のことは出来ないです。ハイ」
「期待して損したわ……」
「い、いや、こんな猛攻を完璧に防いでるのは凄いことだよ?! とにかく出撃しよう!」
ため息を吐くクレアに対してユウはヒロのフォローへと入る。同郷ということもあるが、それ以上にショボンとしたシワくちゃ顔のヒロがいたたまれなかったのだ。
しかし嘆いている暇はない。ユウやクレア達、理力甲冑の操縦士はすぐさまブリッジを飛び出し、格納庫の方へと走っていった。
と、そこへファルナがヒロの前に立ち、思い切り背伸びをしつつビシと指を突きつける。
「これ、ヒロ! 何をぼさっとしておる、わしらも行くぞ! 合体じゃ!」
「え? 合体? ぐえっ!」
素早い動きでヒロの背後に回ったファルナは彼の背中に飛び乗り、小さな腕を首へと回す。要するにおんぶされた状態だ。
「おぬしらだけに戦わせるのはしのびない。よって、わしとヒロも助太刀するぞ!」
「そんな危ないデス、二人はここで待ってるデス!」
「いや、大丈夫だよ先生さん。さっきも言ったように魔法障壁は防御のためのものだから、ユウ君たちのように敵と直接戦うことは出来ない……でも、やりようによっては後方から援護くらいはできますよ!」
クレアに撃沈させられた汚名返上を意気込むヒロ。
「それに魔法障壁の一部に穴を開けないとあやつら外に出れんしの」
「むぅ……仕方ないデスね。魔法障壁とやらの凄さは分かったデスが、くれぐれも注意するデス」
「ヒロさん、ファルナ様、気を付けて下さいね」
「ありがとうベルーナ。安心して待っててくれ! よしファルナ、行くぞ!」
「うむ。大精霊の力を見せてやるのじゃ!」




