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第二話

「ろ、ロボットだぁ……! 白いのに青いのに緑色の!」


「ヒロさん、怪我はありませんか!?」


「ベルーナ、見た!? ロボットだよロボット! 巨大ロボ!」


 ヒロは心配そうに近寄ってきたベルーナの肩をむんずと掴むとまるで子供のような表情で喜びだす。


「ろ、ろぼっと……ですか?」


「そうそうロボット! 悪を倒す正義のスーパーマシン! そっか、この世界にはロボットもあるのか。魔法がある異世界だもんね、ロボットがあっても不思議じゃないぞ。でもファルナジーンじゃそんな魔法も技術も聞いたことないけど……」


「うう~ヒロ~疲れたのじゃ~かんみ~甘味を所望するのじゃ~」


 ヒロの背中に張り付いていたファルナは息も絶え絶えな様子で、腕の力が緩んで今にも背中からずり落ちそうになっている。


「わわ、ファルナ! 大丈夫か?!」


「うむー。大分わしのマナを消費したが、しばらくすればまた戻ると思うのじゃ。しかし何じゃな、ここいらには精霊はおらんのかのう。まったくもって辺りにマナがないのじゃが。遠目には森も見えるというに」


 ヒロとベルーナはファルナを心配するが、幸い彼女は体内のマナを一気に消費したため空腹状態みたいなものらしい。


 ファルナが言うには、森があるのは精霊の祝福のおかげ。精霊の祝福とは精霊たちが生み出すマナにより木々が成育し作物が育つという恩恵を人間達が言い表したもの。通常であればマナのない場所では荒地が広がっているのだ。


「でもファルナ様がいてくれて助かりましたね。咄嗟にあれだけの魔法障壁を展開するヒロさんも凄かったです!」


「え、そう? いやぁ照れるなぁ…………そういえばあのロボットって結局なんなの?」


「いえ、私は知りません。クレスタ帝国があんな機械を開発したとは聞いたことありませんし……」


「わしも知らんぞ。精霊が何でも知ってると思ったら大間違いじゃ」


「うーん、ここがファルナジーンじゃないのは分かるけど……それなら一体???」


 ヒロとベルーナ、そしてファルナは一様に首をコテンと傾げてしまう。


 そう、何故ならば彼らはつい先ほどまで恭子と戦っていた最中、まばゆい光に包まれたかと思うと突然見知らぬ街に放り出されてしまったところなのだ。そしてそこへユウ達の理力甲冑が攻めて来たので、訳も分からないままヒロはベルーナやファルナ、見知らぬ街の住人を守ろうとするため魔法障壁を目一杯展開した、というわけだった。


「……あれ、そういえば恭子ちゃんは?」






「ふーん? 街並みの様子は微妙に違うというか、なんというか。文化の違いでしょうか?」


 先ほどの襲撃で街の住民は皆、右往左往の大騒ぎをしている。そんな大通りをまるで午後の散歩とでもいうかのように歩く女の子の姿があった。


「クレスタ帝国でも、ファルナジーン王国でもない。かといって、他の街や国とも違うみたいです」


 桐原恭子。ついさっきまでヒロと戦っていた少女だ。紺色のブレザーに赤と緑のチェックスカート。白色がまばゆいカッターシャツに赤のネクタイが映える。もちろん、この世界ではまず見られない服装なのだが、それを彼女が気にしている様子は無い。


 ちなみにあの大剣・グガランナはマナで生成されているため、念じるだけで手元に出したり消したりと自由自在だ。街中では邪魔なため、今は手ぶらでゆっくりと周囲を観察しながら歩みを進めている。


「あのすみません、ここはなんていう国で、どこの街なのでしょうか?」


「ああ? 忙しいのになんだよ……ここはオーバルディア帝国の東部、プリシラの街だよ」


 大きな荷物を持った男性はぶっきらぼうに答えると、さっさと向こうへと行ってしまった。他の住民も避難の準備で忙しいのか、だれも恭子へと興味を示す様子はない。


「オーバルディア……プリシラ……そんな国あったかしら?」




 桐原恭子、日本人。実家が厳しく家出したいけどできない、至って普通な十六歳の女の子。


 の筈だったのだが、とある理由からヒロたちと同じ世界に召喚されてしまったのだ。


 彼女を召喚したのはクレスタ帝国。軍事大国であるクレスタはファルナジーン王国や周辺国が纏まってようやく同じ規模という国力を持つ大国である。軍拡を隠そうともせず禁呪の復活や勇者召喚等にも力を入れている。


 そして恭子はヒロと同じく、別の世界からやって来た者=勇者として専用の職業、バスターブレイダーの能力を得ることになったのだ。


 だが、彼女の目的は元の世界に戻る事であり、クレスタ帝国で勇者として任務をこなしながら、秘密裏に帰還する方法を探しているのである。そしてつい最近、ファルナジーン王国に新たな勇者が現れたという情報を聞きつけた彼女はヒロが何か手がかりを持ってないか、しばしば付け回すようになったのだ。


「どうもここは地球ではないようですね……ハァ、いつになったら日本に帰れるのかしら……」


 脳裏に浮かぶのは実家の剣術道場。そして憎くてしかたがない父の顔。父を倒すための力は得た。後は日本に帰るだけ。学校の友達、歩き慣れた通学路、近所の野良猫……すべてが懐かしく、そしてもう一度それらを憎しみではなく笑顔で見るために。


「仕方ないです、オジサマと合流しましょう。ひょっとしたら何かの拍子に地球へ帰れるかもしれませんし」


 恭子は小さくため息を吐くがすぐに気持ちを切り替え、ヒロたちを探しに街の入口へと戻っていった。










――――――――――――――――――――










 プリシラの街から離れた森。そのヤブの中に白く大きな建造物が隠れるようにして建っていた。いや、あれは建物ではない。


 流線形のシルエットは、現代の新幹線かスペースシャトルか。小さいながらも幅広の翼のようなものが底面から伸びており、大きさは理力甲冑が何機も入りそうなくらい大きい。


 これは連合軍所属の移動母艦、ホワイトスワン。ホバークラフトのように底部から圧縮空気を噴出させて地面を滑るようにして移動できる艦だ。


「で、逃げ帰ってきたわけデスか」


 そのホワイトスワンの内部、ブリッジにあたる前方部分で幼い少女の声が響く。


「いや、先生。あれはバリアだよバリア。透明で、なんか凄く硬くて、剣や銃弾を簡単に弾くんだよ」


 先生と呼ばれた少女は思わずポカンとした顔をしてしまう。金髪の長い髪は少々癖っ毛混じり、赤いフレームの眼鏡の向こうには綺麗な青色をした瞳。彼女はこう見えても天才的な技術者で、このホワイトスワンやアルヴァリス、レフィオーネを設計・開発した凄腕なのである。


「バリアー……? 昔のスーパーロボットの基地じゃあるまいしデス。そんなもんを帝国が開発してるとか、聞いた事ないデスよ」


「でも透明な壁はたしかに出現したのよ。基地から出てこようとする敵機がソレに阻まれてたんだから」


「そうっスよ。おかげでこっちは何も出来なかったんスから」


 クレアと一緒に声を上げるのはヨハン。彼は若いながらもホワイトスワンの理力甲冑操縦士で、特に接近戦を得意とする。


「まぁ、お陰でこちらも被害はありませんでしたけど」


 その横にはネーナという名の少女。彼女も同じく理力甲冑操縦士で、先ほどの作戦ではヨハンと共に基地への奇襲をかける役割だったのだ。


「う~~~ん、俄かには信じられないデスけど……それならいっちょ、確かめに行ってくるデスか」


「え?」


「つまり、現地調査デスよ。あの街に忍び込んで本当にバリア発生装置とかそんな感じの機械があるかどうか確かめるデス」










――――――――――――――――――――









「おい、そこのお前!」


 突然、声を掛けられたヒロはキョロキョロと周囲を見渡す。


「コッチだコッチ。お前、さっきの戦闘中、門の近くに居ただろ?」


 声の主はどうやら兵士のようで、革と分厚い布を組み合わせた軽装鎧を身に纏い、手には槍を携えていた。そして全身には剣呑とした雰囲気を纏っているではないか。


「あ、はい。そうですがそれが何か……?」


「もしかしてあの見えない壁……お前の仕業か?」


「……!」


 ヒロはとっさに考える。目の前の兵士がどういう目的かは分からないが、うかつに自分が魔法障壁の管理者であることを明かす訳にはいかない。


 魔法障壁管理者自体はそこまで珍しい職業ではないが、その存在自体が歩く機密情報であり、国の防衛情報と同義である。そのため実際に魔法障壁管理者であっても仮の職業が与えられるのが普通で自分からは魔法障壁管理者であることを明かす者はいない。


 特にヒロはファルナジーン王国の魔法障壁管理部の責任者である為、他の国からすれば敵国の最重要機密を知る貴重な情報源であり、まさにカモがネギを背負っている歩いているレア中のレアな状況だ。


「い、いやぁ……なんのことですかね……ハハハ?」


(とりあえずここは知らんぷりするのが良さそうだ。とっ捕まって拷問なんてことは勘弁してほしいからな)


 そう結論付けたヒロは精一杯の笑顔を作ってこの場をやり過ごそうとする。しかし、悲しいかな。ヒロは無理に笑顔を作りすぎて、ただの変顔にしか見えないことに気付いていなかったのだ。


「そうか違うのか。でも見てただろあの光景を。まさに奇跡というか人知を超えた力というか、大人になった今でも心を震わせられたというか」


「ふっふーん! そうでしょうそうでしょう。ヒロさんはファルナジーン王国の勇者なんですよ! さっきのロボット?だって、ヒロさんのすーぱーすごい勇者パワーには手も足も出ませんでしたよ!」


「あっ、ちょっ! ベルーナ……!」


 いきなりヒロと兵士の間に立ち、胸を張りながらドヤ顔をかますベルーナ。


「ちょっとベルーナさん……こういう事はあんまり言いふらさないほうが……」


 小声で注意を促すヒロだったが、すでに後の祭り。


「やっぱりそうか、いやぁ助かったよ!」


 と、途端に兵士の顔と態度が和やかなものへと変わった。


「ユウシャがどうのこうのはよく分からないが、あんなことが出来るとは……さては偉い学者さんだな? この街のもんじゃないようだし……何処の出身だい?」


「い、いや俺は学者じゃなくて……それと俺たちはファルナジーン王国の人間なんだけど、知りません?」


「ファルナジーン……王国? うーん、聞いたことないなぁ。王国ってことは都市国家連合でもないし、もっと西方の国かい?」


 どうやらこの兵士はファルナジーン王国について何も知らないようだ。念の為、ヒロとベルーナがファルナジーンの地理や歴史を尋ねてみるが、やはりというかさっぱり分からないようだった。


「ふーん、あんたらよっぽど田舎から出てきたんだなぁ。理力甲冑も知らないようだし」


「りりょくかっちゅう?」


「ああ、あの人型の事だよ。あれは帝国軍の主力機、ステッドランドさ」


 と、その兵士が指を指した向こうには、緑灰色をした巨大な人型ロボットが建物の隙間からその姿を見せていた。西洋の鎧甲冑をそのまま巨大化したようなデザインで、およそビル三階分の高さがあるであろうそれは圧倒的な存在感を放っていた。


「あのロボット、理力甲冑って言うのか……カッコイイ!」


「んー、わしは無骨なデザインはあんまり好かんのじゃ」


「そうですね、出来ればもっと可愛らしいほうが女性にも人気が出ると思います」


「いやいや、ファルナもベルーナも女の子だから分からないかもしれないけど、ロボットはああいう無骨かつ力強いデザインがいいんだよ!」


 と、ヒロがロボットについて熱く語り始めた。おっさんに片足を突っ込んでいる年齢とはいえ、少年の心を忘れずにいるのだ。いつか自分もロボットに乗って大活躍したい。それは年齢を問わず実現したい夢ナンバーワンのはずだ、と。


「そうだろう、そうだろう。帝国の理力甲冑は大陸一だからな! とと、それより……お前さん、軍で働いてみないか?」


「へっ? 軍? 軍人ってこと?」


 先程の兵士は至って真面目な顔で聞いてくる。どういう事かとヒロが聞いてみると。


「なに、理力甲冑の攻撃を防いだんだ。機械か何かはわからないが、あんな凄いことが出来る人間が軍に協力してくれたらこっちも無駄な被害を心配しなくて済む。どうだ? 一つ考えてみてはくれないか?」


「いや、軍人っていうと危険でしょ。俺は文官でインドア派だから軍人には向いてない、っていうか無理無理!」


「そこを何とか! お前さんの力が多くの人を救うんだ。そう、まさに英雄!」


 提案に渋るヒロに、これでもかとほめ殺しで食い下がる兵士。


「だ、駄目ですよ、引き抜きなんて! ヒロさんはウチの魔法障壁管理部のスーパーエースなんです!」


「そうじゃそうじゃ! ヒロがおらんかったら、……何か不都合でもあるかの? 甘味はべるうなから貰えばいいのじゃし……」


「ファルナ、そこはちゃんと引き止めてくれよ……」


「まぁ、今すぐに答えを出さなくていいさ。それと何か礼をさせてくれないか? 見たところ旅……をしてるようにも見えないが、もし泊まる宿が無いなら軍の宿舎を使えるようにするぜ?」


「うーん、軍人の件はともかく、そう言われると断りづらいなぁ……」


「ヒロよ。見知らぬ土地では無闇に動けん。ひとまず此奴の好意に甘えたほうが良いと思うのじゃ」


「でもファルナ様、早く王国に戻る方法も考えなくちゃいけないと思います。襲ってくるのは恭子ちゃんだけではありませんし」


「そういや俺達、迷子なんだっけ……じゃあ、今晩だけ泊まらせてもらおうか? それから今後の方針を決めよう」


「よし、そうとなれば善は急げだ。ついてきてくれ」


 三人は意気揚々と歩く兵士の後に続く。いつの間にか太陽は傾きかけ、街はオレンジ色へと染まりだしていた。


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