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第一話

 激しい衝撃。


 巨大な鋼の剣と、空中に現れた不可視の障壁が衝突する。まるで魔法のような壁は非常に硬く、鋼鉄製の剣では全く歯が立たない。


「な、なんだ?! 壁?! 帝国の新兵器か?!」


「な、なんだ!? ロボット!?」


巨大な剣を持った白いロボットに搭乗している操縦士と、透明な壁の向こうにいる長身の男は同時に叫んだ。


 二人とも、この時はまだ知らなかったが、白いロボットは理力甲冑(りりょくかっちゅう)と呼ばれる理力で動く人型兵器、透明な壁は魔法障壁と呼ばれるマナを利用した魔法の一種だ。


 この二つは異なる世界の異なる技術の産物だ。それがなぜ、この場で邂逅してしまったのか。


 それは今から少し前、マナが満ちる魔法の世界での出来事を説明しなくてはならない。



――――――――

――――――

――――

――





「オジサマ! 今日こそは教えていただきますよ!」


 振り下ろされる大剣。人の身の丈ほどもある刀身、分厚い刃。それが真っ直ぐに地面へとめり込んだ。


「だ、だから俺は知らないんだって!」


 大剣の切っ先の少し向こう、斬撃を躱すために思い切り後ろへ仰け反った勢いでもんどり打ってしまった男性が叫ぶ。


 彼は大阪ヒロ(35)。異世界からの転生者であり勇者と呼ばれ、ここファルナジーン王国で魔法障壁管理者として働いている。そして今、その任務を最大限に全うしている最中だったのだ。


「そんな事言って! 本当は知っているんですよね? 元の世界に……日本に戻る方法……をっ!」


 再び大剣が空気を切り裂く。


 大剣を棒切れのように軽々と振り回す少女、桐原恭子(キリハラキョウコ)。ファルナジーンとは別の国の勇者だ。勇者としての職業はバスターブレイダー。神の武器を操り、どんなものでも一刀両断することが出来ると言われている攻撃的なクラスだ。


「ヒ、ヒロさん! 大丈夫ですか!?」


「ベルーナ! 危ないから下がってて!」


 ヒロと恭子がいる場所から少し離れた草むら、そこには緑の鮮やかな髪を二つの三つ編みおさげにし、可愛らしいデザインの眼鏡をかけた少女がいた。名前はベルーナ=アシャンティ、ヒロと同じ魔法障壁管理者だ。


「ええい、ヒロ! 何をしておるのじゃ!」


 その隣では黒のワンピーススカートを着た長い銀髪の幼女。この幼女、実はタダの幼女ではない。彼女の名前はファルナ。こう見えてファルナジーン王国に祝福をもたらす大精霊で、魔法障壁を司りその稼動に必要なマナの全てを生み出しているのだ。


「そ、そんなこと言っても! 虎の子の魔法障壁も簡単に切裂かれちゃうんだよ!? あと、俺は軍人でもないし戦闘職でもないただのおっさんなんだし!」


 ヒロの能力は魔法障壁を自在に操る事。王国守護の要でもある魔法障壁は流星のように降り注ぐ魔法や矢を防ぎ、万の軍勢の侵攻をも防ぐ鉄壁の防御力を誇る防壁だ。生半可な攻撃や魔法は全て無効化してしまう。そう、生半可な、攻撃であれば。


 ヒロが右手を恭子の方へと突き出し、とっさに魔法障壁を展開させる。目に見えないソレを感じとった恭子は手にした大剣を横薙ぎに振り抜く。すると、生半可ではない斬撃を受けた魔法障壁はいとも簡単に上下に分かたれてしまった。


「さぁオジサマ、早くお教えいただく方が身のためですよ!」


 恭子の攻撃はどれも強力で、時には剣先から衝撃波を飛ばしてくる。ここが城壁の外でなければ民間人や建造物に多大な被害が出ているところだ。


「わわわ、ど、どうしよう?!」


 魔法障壁が感知した侵入者反応の対応に向かったヒロとベルーナ、それとついでについてきたファルナが目にしたのは、以前にもファルナジーン王国へと強襲を掛けてきた恭子の姿だった。


 突然の襲来に後手へと回らざるを得ないヒロは必死に頭を回転させ、恭子を捕獲、あるいは撃退する方法を考えていた。


(そこで問題だ! あの恭子を止めるにはどうすればいい?


答え①ナイスガイの大阪ヒロは突如、反撃のアイデアが閃く。


答え②仲間がきて助けてくれる。


答え③無理。現実は非常である)




 再びヒロは魔法障壁を展開する。今度はブロック状の魔法障壁を恭子の足元にランダムに配置する作戦だ。しかし見えないはずの魔法障壁をまるで踊るかのように華麗なステップで全て躱してしまう恭子。


(くそ、足引っ掛けて転ぶかと思ったのに! ……俺としては答え②に丸をつけたかったけど……エンリさんやハイネに頼るわけにはいかない! 俺だってベルーナにカッコいい所見せたいしね! 答えは①だ!)


 ならば、と今度は別の種類の魔法障壁を恭子の足元に展開させる。この魔法障壁は表面が粘着状になっており、くっついたらとてもネバネバ、カタログスペック上は誰も抜け出すことは出来ない素敵なトラップだ。


「あら、この前のネバネバですね? こんなのに引っかかる私じゃありませんよ?」


 完全に無色透明で魔法障壁を展開したが、表面のネバネバが若干光を屈折させるため目を凝らせば判別されてしまうようだ。


 前回の襲撃時にこのネバネバ障壁に絡めとられた事がある恭子は先ほどよりも慎重にそれらを避けていく。ついでにブロック状の魔法障壁もするりと避けられてしまった。


「…………そこだ!」


 恭子のしなやかに伸びた足――――いや、ステップを観察していたヒロはとある一点に集中する。恭子が魔法障壁を躱していくなかヒロはじっと彼女の癖やステップの動きを観察しており、次に着地する地点を見極めていたのだ。


 ブゥン


 他のネバネバ魔法障壁よりもさらに粘着度を高めた魔法障壁を恭子の着地点に展開する。いくら恭子がバスターブレイダーといえど、空を飛ぶことはできない。つまり着地する瞬間にネバネバ魔法障壁を展開して捕獲することがヒロの作戦だったのだ。


「やった! 恭子ちゃんゲットだぜ!」


「…………!」


 ヒロが大きくガッツポーズしているなか、恭子はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「はぁ、オジサマ。そんな作戦で私を捕まえられると思ったのですか? あと、ゲットだぜ、ってちょっとヤラシイので止めてください。あ、もしかしてアニメのアレですか?」


 そう言いながら恭子はひょいとヒロの方へと歩き出す。


「あ、あれ? ネバネバは……?」


「ああいう見え見えの罠はもっと慎重に張るものですよ。私の足ばかり見てたら、足元に何かするのがバレバレです。なので、着地すると見せかけてオジサマの作る障壁にこう、剣を引っ掛けて地面を踏まないようにしたんです」


「うぐぐ、俺の視線に気づいていたなんて……。言っておくけど作戦のための純粋な目的で見ていたのであって、不純な動機で見ていたわけじゃないからな!」


「オジサマ、セクハラは受け手のとり方ですよ?」


「すみません、訴えないで! 現実は非情! 答えは③だった!」


「もう、何を言っているんですか。良いですから知ってることを教えてください。さもないと……!」


 恭子は手にした大剣を頭上高く振り上げる。いくらヒロが長身とはいえ、彼女の気迫を前にしては小さく見えてしまう。


「や、止めてくださーい!」


「ヒロ、今わしが助けてやるぞ!」


「あっ、ベルーナ! ファルナ! こっちに来ちゃ駄目だ!」


 二人は草むらから飛び出し、ヒロと恭子の間に割って入ろうとしている。しかし、相手はわりと容赦のない恭子。このままではベルーナとファルナの身が危ない。


「くそっ! 魔法障壁さーん! なんとかしてくれー!」


『ログインするにはIDとパスワードを入力してください』


「分かってる分かってるから!」


 魔法障壁の管理をサポートするAI、魔法障壁さんの聞き慣れた声がヒロの頭の中に響く。急いで自身のIDとパスワードを入力する事を念じ、ヒロは魔法障壁へとログインする。


『ログインを承認しました。それはそうと、なんとかしてくれ、というコマンドは用意されていません』


「相変わらずの事務的対応! それじゃこの状況を打破してくれ! こうなんか、すごい力がぶわーって!」


『コマンドが正規のものではありません。


 警告! 不正コマンドの実行により、五秒後に不測の事態が発生する確率が99%です。今すぐに対ショック、対閃光防御を……いえ、何が起こるか分からないので考えられるあらゆる防御行動を取って下さい』


「え? なに? 五秒後!? 心の準備が!」


 その瞬間、その場にいた四人は目も眩みそうなほど強い光に包まれてしまう。


 そして後には、恭子の斬撃によって畑のように耕されてしまった草原が残るばかりであった。












――――――――――――――――――――










 だだっ広い草原を、巨人が歩いていた。


 それらはまるで中世の騎士のような鎧甲冑を着込んでいるように見えるが、生物ではない。この世界に満ちる不思議なエネルギー、理力で稼動する理力甲冑と呼ばれる人型兵器だ。


「それで、今回の作戦は?」


 白い装甲に覆われた理力甲冑の操縦席からもう一機へと呼びかける。しかし、傍らには誰もいない。その上空、そこには青い空を翔ける理力甲冑がいた。


「ええとね、私達はとある街へ陽動を仕掛けるのが今回の任務ね。その間にヨハン達が近くの軍事基地を叩くって寸法」


 流れるような長い銀髪の女性が作戦とやらについて説明する。彼女はクレア・ランバート。彼女の愛機はレフィオーネと呼ばれる理力甲冑で、白い機体とは異なり空中を飛行出来る狙撃主体の機体だ。


 レフィオーネには理力エンジンと呼ばれるこの世界独自の動力が搭載されており、それによって大量の圧縮空気を腰部のスラスターから噴射することで飛行している。そしてその右腕には愛用の狙撃用にカスタムされたライフル銃が。


「陽動か……あんまり民間人への被害は出したくないね」


 白い機体の操縦士、ユウ・ナカムラはぼそりと呟く。黒い髪と瞳、少年のような幼さを残す顔立ちは少し曇っていた。


 実は彼は現代日本から()()()理由でこの世界、ルナシスへと召喚されたごく普通の高校生である。成り行きとは言いつつも、彼は連合の理力甲冑操縦士として戦うことを選択した。


 ユウの乗る白い理力甲冑はアルヴァリスと言い、元々はオーバルディア帝国軍が開発した最新鋭の機体だ。理力エンジンを搭載した次期量産機として設計されたのだが、高いコストと諸々の事情で計画は白紙になってしまい、そして機体の設計者の女性と共にユウ達のいる都市国家連合軍へと亡命してきたという過去がある。




 少し解説をすると、このアムリア大陸では西側をオーバルディア帝国が、東側を都市国家連合がそれぞれ支配しており、両者は現在戦争中なのである。そして、ユウとクレアはその連合軍に属しており、敵である帝国軍の基地へと攻めている最中なのである。




「大丈夫よ、私達が街に近づけば敵がやって来るわ。それを適当に相手すればいいのよ」


「……そうだね。何も街を壊さなくてもいいんだし」




 しばらく進むと、広い草原のなかに高い壁で覆われた街が見えてきた。クレアの言う通り、そこから少し離れた場所には軍事基地らしき建物と何機かの帝国軍製理力甲冑が。


「ユウ、敵がこっちに気付いたわ。ステッドが二機、向かってくる」


「了解、クレアはそのまま上空から援護と警戒をお願い!」


 ユウは操縦桿へと握る力を込める。理力甲冑は操縦士の思考が直接機体の操縦に反映される。つまり、ユウはアルヴァリスと一体となるような感覚で操縦するのだ。


「……見えた!」


 二機の帝国軍理力甲冑ステッドランド。平均的な性能だが、量産性に優れるため帝国のあちこちに配備されており、ユウ達の所属する連合軍もその色違いコピー機を運用している。


 ユウは機体の右腕を動かし、鞘から片手剣を抜く。理力甲冑の武器は主に剣と盾、そして最近普及しだした銃火器だ。


 アルヴァリスは大地を蹴り、向かってくる敵ステッドランドへと肉薄する。その瞬発力は圧倒的で、敵の操縦士は反応できていない。瞬間、アルヴァリスが振るった剣は敵機の左腕を肩の付け根から斬り落としてしまった。


「おっと、いきなり倒しちゃ陽動にならないよね」


 続けて二撃目を放とうとしたが、今回の作戦を思い出し一度離脱する。敵機はまだ戦意を喪失しておらず、なんとか片腕で剣を把持した。もう一機は援護するためか、街の近くでライフル銃をコチラへと向けている。


 アルヴァリスは左腕に装備してある中型の盾を機体前面に構えつつ、敵の出方を窺う。先制攻撃を食らった敵はアルヴァリスを相当な脅威と認識しているのか、なかなか攻めてこない。


「っとと!」


 攻撃を誘うため一瞬動きを止めた瞬間、後衛の敵からの銃撃がアルヴァリスを襲う。しかしユウはそちらにも意識を向けていたため難なく盾で防いだ。


 とりあえず目の前のステッドランドを排除し、後衛と一対一の状況を作り出した方がやりやすい。そう判断したユウは機体を深くしゃがませる。機体の瞬発力を最大限に発揮し、一気に相手の懐へと潜り込ませた。


「でぇぇいっ!」


 気勢を上げ、下方から剣を斜めに振り上げる。白い円弧のような軌跡を描きつつ、その刀身は敵機の残った右腕を斬り上げた。その衝撃で敵の握っていた剣が空中でクルクルと回転し、勢いよく地面へと突き刺さるのと、大きな音を立てて敵機が尻もちをつくのがほぼ同時だった。


 アルヴァリスは武道でいう残心のような動きでゆっくりと剣と盾を構えなおす。ライフルを構えたもう一機は少し驚いたようだが、なんとか照準をアルヴァリスへと向け直す。


「簡単には当たらない!」


 ユウはアルヴァリスを左右へと小刻みにステップを踏ませる。その機敏な動きは並みの操縦士とステッドランドでは不可能であり、敵の操縦士はなかなか狙いを付ける事ができない。やがて焦りからか、あらぬ方へと発射してしまった。


 もう少し戦闘を長引かせようと考えたユウはライフルを破壊し、接近戦に持ち込もうとする。アルヴァリスは高く跳躍し、敵機が次弾を装填している隙に間合いを詰めた。


「そこだっ!」



 激しい衝撃。




 巨大な鋼の剣と、空中に現れた不可視の障壁が衝突する。まるで魔法のような壁は非常に硬く、鋼鉄製の剣では全く歯が立たない。


「な、なんだ?! 壁?!」


「な、なんだ?! ロボット?!」


 巨大な剣を持った白いロボットに搭乗している操縦士と、透明な壁の向こうにいる幼女を背負った長身の男は同時に叫んだ。


「帝国軍の新兵器?!」


「どうしたのユウ?!」


 一旦間合いを外し、透明な壁のようなものをじっと見る。が、やはりそこには何も無く、気のせいだったのかとさえ思えてくる。


「そ……それがバリアみたいなのが……?」


()()()? 何なのソレ?」


「いや……僕にもよく分らないんだけど……」


 と、透明な壁の向こうにいた敵ステッドランドも驚いているようで、何が起きたのか理解できていないように見えた。が、慌ててライフルを構えてその引き金に指を掛けた。


 一瞬、ユウは判断が遅れてしまいアルヴァリスを反応させることが出来なかった。偶然か相手の技量か、銃口は真っすぐ機体の操縦席付近に向いている。


「…………?」


 最悪の事態を想定したユウは、しかしなんの衝撃も無い事に気付く。見れば、敵のライフルの銃口からは硝煙が立ち昇り、銃弾が発射されたのは間違いがないようだ。しかしその銃弾はアルヴァリスにかすりもしていない。これはどういうことか。


「もしかして、あのバリア……向こうからの攻撃も弾くのかな?」


 そう思っていると、敵機はもう一度ライフルの引き金を引く。銃声と共に発射された銃弾は……やはり空中の見えない壁に阻まれ、地面へとめり込んでしまった。


「何が起きてるんだ……?」


「ユウ、不味いわ。陽動が出来てない……というより、敵基地に侵入できない……っていうか、敵も出てこれない……? どうなってるの?」


「クレア、一旦退こう。分からないけれど何かが起きてるんだ」


 無線機の向こう、クレアは逡巡したのち、すぐに全機へと撤退命令を下す。ここは何が起きているのか、何が起きるのか分からない状態では攻撃を続行するのは危険と判断したのだろう。


「そういえば……あの透明な壁の近くに人がいたみたいだけど……」


 剣を鞘に仕舞い、来た道を走るアルヴァリスの操縦席、ユウは先ほど見かけた男性を思い出す。


「なんとなく……日本人に見えたような……気のせいかな」


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