【乙乙】乙女ゲームに転生したので乙女ゲームを作ってみた件
初投稿です。よろしくお願いします。
※カクヨムにて同じ内容を連載形式にして投稿しています。
1.プロローグ
「……糸帛平良。婚約者である僕に何か言うことがあるんじゃないか?」
資本主義『日本』の上澄み世帯の子息令嬢が通う由緒正しき学園のカフェテリアの中、いまだ生徒がひしめく昼下がりのこと。
二人の男女が半熟とろとろの卵の上に特製ミートソースがかかったオムライスを口にいっぱい頬張ったタイミングで女生徒に話しかけていた。
少し大きいくらいのイケメンボイスに周りの群集の視線は集中線の如し。
むしろ自分達に向けられる照明とでも思っているのか、スプーンを咥えたままの女生徒が居心地悪そうに身じろぐのとは対照的に恍惚とも言える笑顔で話し始めた。
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糸帛平良……スプーンを咥えた女生徒。自殺癖のあるメンヘラ。本作における主人公ポジション。
月福玄……親会社系社長子息。イケメンイケボ高身長。典型的王子キャラだが腹黒。親同士が決めた平良の婚約者。
ヒロイン……月福玄に庇われる美少女。澱み世帯からの中途編入生。平良がなぜかヒロイン以外の名前に聞こえないため仮称。
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「……特に何もありませんが」
「そんなわけないでしょう!」
咀嚼するのをたっぷり待ってもらい、かろうじて出せた言葉を新たな甲高い声が遮った。
と同時にバンッと叩きつけられた書類から食べかけのオムライスをスレスレだが助けられたことに安堵する平良。
いつの間にやら背後に筋骨隆々の男生徒まで威圧ましましで控えており逃げ場はなさそうであった。
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金意硝児……眼鏡。有名大学教授の次男坊。検事志望。
竹肋内人……無口筋肉。警備会社社長子息。
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ばさばさばさ!
目の前に書類がどんどん広がっていく。遠ざかっていく食べかけのオムライスに名残惜しい視線を投げることしか出来ない。
「どこを見ているのです! 糸帛君! 君が見なくてはいけないのはこの証拠書類だ!」
「……文字だけで証拠書類と言われましても」
「ちっ。写真や映像は出鱈目の奴がいずれ持ってくるはずだ。だがこれだけでも十分だろう!」
「君が『ヒロイン』さんに影で行ってきた陰湿ないじめの目撃証言と状況証拠だよ」
「言い逃れは許さない」
背後の無口筋肉の竹肋が喋った事に内心驚く。普段の仏像然たる無言の威圧っぷりを考えるに、彼の役目は牽制だけと思っていたからだ。
王子様月福の方に庇われているヒロイン(平良にはなぜか名前が認識出来ない)は真っ青なんだか赤いんだかわからない顔色で冷や汗びっしりだ。
しきりに周りを気にしているように見える。
(ウソ)(やばい)(マジ?ホント?)など周りの遠巻きにしているギャラリーからさわさわとささやき声が次第に広がっていく。
カシャンカシャンと携帯機器のシャッター音がささやき声より無粋に目立っていた。
お金持ち学校だからといってマナーが良いとは限らないらしい。
それほどまでにこの場面がセンセーショナルだと言うことかもしれないが。
「やめろお前達! 撮影の許可などしていないぞ!」
眼鏡の金意がまわりの野次馬に一括する。
怒鳴るくらい煩わしいなら内々で突きつけてくればよろしいのに。
そんなこと思ったところでしょうがないので少しこの茶番に乗ることにした。
「『そんなの捏造です! 月福さんは……こっ婚約者である私のことを信じてくださらないのですか』」
「婚約者と言っても親の会社の絆を強化するための婚約だからね。次期会社を継ぐ身としては公平でなくてはならない」
婚約者と言いたくない意識が出てしまいヒヤッとしたが女優としては合格点ではなかろうか?
さっきまでの温度差など無視して話が進む状況に、ヒロインがぎょっとした顔でそれぞれの顔を凝視している。
「『……婚約者として見てはいないとおっしゃるのですか』」
「そうは言ってないだろう?……だがあくまで認めるつもりがないのであれば、次期社長婦人としてふさわしくないと婚約解消も視野に入れなければいけないだろうな」
「ぶはっ」「……ふふっ」(げほんごほん)
自分の台詞をさえぎるように失笑された月福は、なぜ周りが笑いをかみ殺してニヤついているのかわからないと言った風に視線を走らせる。
同じく唐突に場の空気がガラリと変わったことに戸惑う金意と竹肋。
事態をおそらく一番把握してるのかヒロインの顔は完全に赤くなっていた。
「もう無理だろこんなん! 笑うしかないって! だって完全にあの『乙女ゲーの再現』じゃん!」
その叫び声を皮切りにあたり一帯は爆笑に包まれていた。
2.
――7年前。
「前世の記憶がある?」
ここはとあるカウンセリングルームの一室。
ある日突然原因不明の高熱に三日三晩うなされた後、前世の記憶らしき膨大な情報をインプットされた脳はパニックを起こした。
なんで! どうして!? 周囲の静止も気に留めずこれまた三日三晩のまず食わず、泣きながらパソコンに向かい調べものしまくっていたようで。
そんな幼い我が子の様子にびびった両親は平良をなだめてとりあえずカウンセリングを受けさせることにした。
そして至る今。
「と思い込んでるだけなのかも……」
「でも自分が体験したような具体的な記憶なんだよね?」
カウンセリングの先生の言葉にこくりとうなづく。
口ではそう言うものの自分では思い込みではなく事実だという認識がはっきりとある。
もしかしたらこれは意識不明の『私』が見ている夢で元々の『糸帛平良』の体を奪っているだけなのでは? とも一瞬思ったが『糸帛平良』の記憶も自分の体験としてしっかり記憶に残っていたのだ。
それでも自分が正常だとそのまま生活する気にはなれなかったわけで。
それに……。
「前世の記憶がある。と言うのは別段珍しい事例じゃない。それに聞いている限りだと高熱を出した日を境に口調まで大人っぽくなっていると……」
「……それは」
「人間、急に幼くなることはあっても賢くはなれないからね」
元から超絶賢いことを隠していたわけじゃないんだよね? と軽く茶化すような物言いが平良にとっては逆に安心できた。
しばらく世間話のような会話を続けると平良から先生に向けてある種の信頼感が芽生えていた。
これならもう一つの懸念を相談しても大丈夫かもしれない。
「……ホントに悩んでいるのは前世の記憶がどうとかじゃないんです」
「というと?」
「この世界が前世でハマっていた乙女ゲームと既視感があるんです」
「それってつまり君はこの世界は創作物の世界であると……?」
そこまでは思っていないと首を横に振る。
持論になってしまうが、本当に創作物の世界なら『世界』の始まりは物語の始まりと同じじゃないとおかしいのでは? と思うからだ。
しかしこの世界にはこの国以外の国があり、歴史があり、社会があった。
パニックになって三日三晩パソコンで調べまくったのはそのためだ。
下手に中世を舞台にした世界じゃなくて良かったと思う。
――調べまくったことでまったく別の絶望が待ち構えていたわけだが、それはまあ置いといて。
「その乙女ゲームは『迷宮のサンドリヨン☆イケパラ学園で底辺美少女が見初められて溺愛(意味深)されちゃいました☆』てタイトルで……」
「何その地雷臭漂うクソタイトル」
「ひょんなことからお金持ち学校に通うことになった一般庶民の女の子が、婚約者持ちの社長令息とか某有名大学教授の検事志望の次男とか攻略して溺愛される系学園乙女アドベンチャーです!」
「え、略奪物なの?」
「NTR地雷です!!」
「何でハマってたの!?」
冷静に思えば自分でもなんであんなにハマってたのかわからないが言い訳させてほしい。
当時とあるゲーム会社がある企画を立てた。
ウェブ小説投稿サイトで一大ブームになっていた乙女ゲー転生もの。その中でも特に人気な婚約破棄される悪役令嬢に転生してあれこれする系のそれ。
その世界観の元になる王道たる乙女ゲーは本当に成立するのか?
そんな半ば実験作のような乙女ゲームを作ってしまったのである。
それはもう本気で力の限り作ってしまったのである。
転生前の『私』が大好きだった神絵師を迎え、シナリオ監修は数々のミステリー映画などを手がける脚本家に土下座して、人気声優はふんだんに、考えうる限りの最高のクオリティーでリリースされてしまったのだ。
タイトルは投稿サイトからの派生という側面もあるため仕方ないが、時代の流れが残酷だったとしか言いようがない。
――悪役令嬢ものがマイブームだった『私』がハマってしまうのは必然だったのである。
そういえば二次創作も特に禁止されてなかったから、それを題材にした悪役令嬢視点とか逆転ざまぁとかも溢れかえってたっけ……。
閑話休題。
そんなことを無意識にまくし立てていたのか、ぜぇぜぇと息を切らした平良に顔を引きつらせて冷や汗を流す先生。
完全にドン引きされていた。びーぐるびーくーる。
すーはーと興奮した体を落ち着かせつつ座りなおす。
「すみません。興奮しすぎました……」
「いやいいんだよ。それでどうしてそう思うのか話せる?」
「……えっと、どこから話していいのか」
「いいんだよ。ゆっくり話しやすいところから話して」
ありえないと態度に出すこともせず、やさしい声色で話を促されることに嬉しさがこみ上げる。
緊張で下がりきっていた体温が元の温度を取り戻す。力が抜ける。
説明をしながら感じていた焦りが徐々にほどけていく。
希望が見える気がした。プロの仕事すごい。
簡単にまとめるとこうだ。
話の発端は両親が電話で話しているのを偶然聞いてしまった事から始まる。
大企業と言うほどではないが、そこそこ業績を上げている会社の社長令嬢である平良に月福家から持ち込まれた縁談だった。力関係は推して知るべし。
月福の名を聞いた平良はぶっ倒れた。
そして三日三晩うなされながら思い出すのは、明らかに今の年齢より高い視点で繰り広げられる日常と乙女ゲームの画面。
おそらくこの記憶の『私』は若く死んだであろうという認識を持って目を覚ました。
そして世界は平良にとって別世界になっていた。
まず乙女ゲームの中の悪役令嬢だと悟った。
両親の名前は生まれてから今までずっと聞いていたはずなのに『乙女ゲームの悪役令嬢の親の名前』と知識だけが暴走している。
乙女ゲームのモブに該当する人達にいたっては、いくら名前を教えてもらっても家政婦A、友人A、Bと役柄のような名前にしか聞こえなくなっていたのだ。
過去をさかのぼって思い出そうとしても無駄だった。
乙女ゲームの登場人物になってしまったと思わないとやってられなくなった。
そう諦めたところで次に迫りくるのは未来の記憶。
悪役令嬢お決まりのヒロイン妨害からの婚約破棄を経てのバッドエンドだ。
「……最初は夢と現実が区別できなくて混乱しているだけだと思ったんです。ネットで探してもこのゲームは存在しないし、ゲームと同じ流れで現実が進むにしても5、6年くらい後の話で何も証明出来ないし……」
友人達は名前を呼べなくなったことで離れた。
家政婦は名前を呼べなくて泣きじゃくる平良の頭をしょうがないねという表情で撫でてくれた。
乙女ゲームの中にいるという認識が呪いの様に思えた。
きっとバッドエンド回避すればこの状態だって元に戻る。
そうポジティブに邁進出来ればまだましだったのだが、月福家との繋がり以外なにも取っ掛かりがなかったのだ。
唯一流れを変えられそうなのは婚約自体をなかったことにすることだが、強く拒否したところで約束は反故にできないだろう。
それに生前漁っていた類似の小説にあった『ゲームの強制力』というのも在る予感がしていた。
先生の視線が手首に吸い込まれているのを感じる。
思わずぎゅっと服装に合わせたデザインのリストバンドを巻いた自分の手首を視線から遮るように握る。
「……けど頭の中だけにしかない仮の現実が私を責め立てるんです。何とか行動しないと待っているのは破滅だけって」
「なるほど……」
「……こんな話含めて自分自身が信じられなくて」
いっその事本当に頭がおかしくなったらよかったのに……。
声には出せなかったが強くそう思う。
先生は黙ってあごに指をかけて上を向いていた。
その妄想は現実じゃないと説得する方法でも考えているのだろうか。
「じゃあ作っちゃえばいいね」
「は?」
「その前世でやってた乙女ゲームとやらを、この世界で」
3.
ゲームの中の悪役令嬢『糸帛平良』はいわゆるメンヘラである。
未来の大企業の社長婦人というプレッシャーもさることながら、夫となるのが顔良し、声良し、スタイル良し、頭良し、ついでに紳士の国から輸入されたあれやそれをこれでもかと兼ね備えた完璧超人なものだからたまらない。
隣に並ぶための教養は要求が桁外れで、美容を犠牲にしてもとても追いつけるものではなかった。
そんな何もかも足りない彼女を有象無象は親の会社の都合で結ばれた婚約だと後ろ指を指してくる。
そしてそんな毎日に耐えられず度々自殺未遂を繰り返すキャラだった。
正直そんな状況に追い込まれたら『私』でも秒で病むだろう。
ゲームをしながら追い詰められていく彼女に半ば同情していたくらいだ。
自己評価などとっくに底辺の彼女の唯一のよりどころは婚約そのものだった。
『月福玄』に恋をしていたかはわからないが『婚約者』という役どころに彼女は依存していたのだ。
そんな状態で婚約者と距離を縮める『ヒロイン』が現れればどうなるかなんて説明する必要もないだろう。
「ーーぶぁっはははははははっ!」
「……笑いすぎでは」
「いやなにこれ最高!このままこの絵でスチルにしようよ。平良ちゃんキャラデザ描いて? その絵柄で統一しよ?」
「えぇぇ……」
そうだ、乙女ゲーム作ろう。
カウンセリングの先生の提案であれよあれよとしているうちに本当に作ることになってしまった。
要するに乙女ゲームの内容を知ってるのが平良だけというのなら増やせばいいじゃない? という理屈らしい。
最初は先生の人脈から詳しい人に協力してもらおうとしていた。
しかし平良達は『糸帛平良』のスペックを誤解していた。
何もかも足りない、取りえがないような紹介をしたな? あれは嘘だ。
彼女はなんと『超天才プログラマー』だったのだ。
どうやら婚約者に選ばれた根本的な理由はこれのようだ。
すっかり忘れていたのだが、彼女は婚約者に決まる直前にプログラミング大会のジュニア部門で優勝していたのである。
……めっちゃ取柄あるし超絶賢いの隠してたみたいになってんじゃん。
そんなわけでばりばりプログラムを組んでいる平良。
しかし乙女ゲームはプログラムだけで成り立っているわけではない。
シナリオは台詞だけ平良から聞いた先生が書き起こした。
音楽やボイスはどこからか先生が連れてきた人に協力してもらった。
そして肝心要となるイラスト制作は平良が担当することになっていた。
なぜなのか。
シーンを伝えるためになんとなく描いたイラストだったのだが、それを見た先生が大笑いで決めてしまったのだ。
イラストが描かれた紙を改めて見ると、何とも言えないシュールな絵が存在を主張している。
例えるなら前世の方で一時期流行っていたハ○サム学園のようなやつだ。
あれはああいう企画であって、こちとら素の実力だ。
「どうせなら美麗なイラストで再現したいぃぃ……。まじ萎え」
「逆にちゃんとした絵だと埋没しそうだけどね。とりあえずはフリーゲームとしてウェブに流すわけだし、これくらいインパクト兼ふざけた感じだと面白いと思うよ?」
ちなみに登場人物の名前はそのままではさすがに厳しかったので、ちょっと印象は残しつつ字面は変える感じにしてある。
曲がりなりにも登場人物ヒロイン以外は全員セレブなので名誉毀損とかで訴えられると怖いのだ。
製作者が平良だと辿り着けないようセキュリティは徹底している。
そんなこんなで完成させた乙女ゲームは無事ネットの海に放流された。
放流された直後、シュールな絵が目を引いたのかプチバズったそれは狙い通りたくさんの目に晒されることとなった。
その後はなんかもうどうにでもなれだった。
入学直後はゲームを知っている生徒達からもしや? まさか? と噂され、なぜか学園の裏掲示板にその存在が晒されるという事態を経て瞬く間に学園中にひっそりと広まっていったのである。
これでは人間監視カメラだな。と衆人観衆の中生活を強いられることに不憫を感じたが仕方ない。
裏掲示板では繰り広げられるようになった嫌がらせ行為がゲームと類似していると幾度となく検証され、目撃証言だかアリバイ証言だか寄せられる情報は膨大になりカオス状態だった。
後から知ったことだが積極的に先導していた奴が居たようだ。
このゲームは予言だ! いいやあの人たちがこのゲーム知っててわざと再現してるんだって。一体何のために? 製作者の意図は?
議論は紛糾し結論はでないままスレッドだけが日々消費されていった。
大体はシュールな絵に耐えられず大草原だったわけだが。
家畜を放してやりたい。
おかげでゲームを真に受けたらしい幾人かから陰ながら「がんばって」など応援されることもしばしばだった。
知らない振りをしないといけないが、ちょっとにやける。
「もう無理だろこんなん! 笑うしかないって! だって完全にあの乙女ゲーの再現じゃん!」
だからこれは当然の結果だった。
ギャラリーが平良達を通して見ていたのは、あのシュールな絵なのだから。
4.
ここで説明を入れるなら、この婚約破棄の場面は序盤から中盤にかけての一場面に過ぎない。
ヒロインがどの攻略対象のルートに行くことになろうが、序盤は平良の婚約者である月福との交流がメインになるからだ。
ゲームにおける『月福玄』の役柄は腹黒……じゃなかった、メイン攻略対象兼ラスボスである。
他攻略対象ルート(検事志望、警備員会社子息、高校生探偵、自称義賊etc)に行く場合、恋の障害として立ちはだかるのが彼となる。
裏で暗躍する彼の所業に立ち向かうため攻略対象と協力して絆を深めて行くという形だ。
メイン攻略対象に彼を据えようとすると、もれなくメンタルブレイク必須のホラー展開となる。
唯一の甘い展開になる条件は知力パラメーターを最低値のままにするというもの。
要するに彼が裏で暗躍していることを何も察さずお馬鹿なままでラブラブするというメリバ仕様な訳である。攻略出来てねぇとかつっこんではいけない。
真のハッピーエンドがあるはずだ! と何週もする猛者もいたが終ぞそんなルートは発掘されなかったと聞く。
ちなみに逆ハーレムルートもあったそうだが、月福の傀儡化で悪堕ちの末のハニートラップで攻略者全員誑かすとかそんな話らしい。R15。
玄は黒を意味する。名前の通り真っ黒くろすけなのだ。ろくでもない。
周囲の大爆笑で月福が作り上げていた断罪の空気は見事に霧散した。
コントロールが失われていることを感じ取ったのだろう、笑顔を作ってはいるが口元が引きつっている。
隣にいたヒロインは爆笑に包まれた時点で、いつの間にか現れていた自称義賊に避難させられていた。
「いっけなーい。遅刻遅刻ぅ。出鱈目探、証拠検証写真持ってきましたよっと……て何この空気」
ふざけた声が場の空気を切り裂いた。
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出鱈目探……チャラ探先輩。影で高校生探偵している。
神形皿次……自称義賊。または怪盗。諸事情で女生徒の格好をしている。
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「ね、平良ちゃん今どういう感じになってるか教えてよ」
ずかずかと平良の横に座り込むチャラ探こと出鱈目探。
遠ざかっていたオムライスを一掬いしあーんと彼女の口元に運びながら成り行きを聞こうとする。
食べる気にならないと手の平を向けて拒否すれば、オムライスはそのまま彼の口に運ばれた。ちょ、それ間接キ……。
「……っ。今は彼女の罪を検めていたところです! 周りの空気が内容にそぐわないのはわかりませんが」
「周りの空気ってこのくすくす言ってるやつ?」
「そうだが関係ない。早く写真を出せ」
タイミングよく出鱈目が現れたことでぎりぎり空気を持ち直すことが出来たと金意先輩と後ろの竹肋の圧が元に戻る。
そのやり取りでとりあえず周りは成り行きを見守ることにしたらしい。
まだ少し笑い声は聞こえるものの無視できる範囲だ。
ちりっと平良は隣へ向けたひりつく視線を感じる。
真顔で目を据わらせ重苦しい雰囲気を出している月福を見てしまい、平良は気付くんじゃなかったとちょっと後悔した。
絶対に気付いてる出鱈目は煽る様に鼻で笑った。
「写真出すのはいいけど結構な量だぜ? 一つ一つ検証していくのか?」
「必要とあらばそうしま――」
「いや。今この場で出すのは一枚でいい。数日前『ヒロイン』さんが彼女に突き落とされた時のものだ」
「月福?」
「はいよ」
確信めいた物言いに引っかかるものを感じるも、出鱈目から出された写真にその場全員の視線が集中する。
写真の中に写っているものそれは、俯瞰から撮られた階段から落ちそうになるヒロインを後ろから押すように腕を伸ばしている平良の姿だった。
5.
つい先日の話だ。
ヒロインが何者かによって階段から突き落とされたという。
せいぜい擦過傷と足を挫いたくらいなのだが立派な傷害罪だ。
乙女ゲーム的に言えばよくある決定的な山場と言う奴である。
「はじめ『ヒロイン』さんは頑なに何があったか言ってくれなかったが、説得に応じて告白してくれたよ。君に突き落とされたとね」
もちろんこちらにそんな覚えはない。
写真の状況に陥った記憶はあるが、あれは完全に事故だった。
平良は普段から、なるべくヒロインや攻略対象と接点を持たないよう彼らの行動範囲の外で行動していた。
しかしその時は何故かヒロインが滅多に立ち入らない廊下で出くわし、何故か彼女が目の前で階段から落ちていったのだ。
とっさに落下を防ごうと手を伸ばし服を掴むまでは成功したが、運動が苦手で体を鍛えることを怠っていたツケを払うはめになる。
結局支えられず一緒に落ちてしまったのだ。
むしろヒロインに庇われ下敷きにしてしまったので平良のせいで怪我をしたと言われると否定出来ない。
名前を出されて自称義賊の下でとうとう涙目になってしまったヒロインだが、足首を見るとソックスの中から包帯やらがちらついて痛々しかった。
角度的には防犯カメラか何かだろうが、よくもまあ絶妙な瞬間を押さえたものだと感心してしまう。
黙っている平良に対し決定的な証拠を突きつけられぐうの音も出ないのか、と周りのギャラリーのざわつきは反比例するが如く大きくなる。
月福側の男達の面が正義を主張してうるさいが話の主導が月福に移ったため口を閉じている。
沈黙は肯定と言わんばかりに(平良のから見れば)勝ち誇った笑みを浮かべた月福は話を続けた。
「君の『ヒロイン』さんに対する嫌がらせの他にも僕との婚約を笠に着た横柄な態度が目に余るという陳述もある。僕たちの婚約はあくまで将来に向けた会社同士の仮契約に過ぎないというのにまったく勘違いも甚だしい」
もちろんそんな覚えはない。
どちらかというとボッチを極めていた方だと自覚しているし、同級生達も大体遠巻きでこちらに干渉してくる者も少なかったように思う。
大方嫌がらせの噂に便乗した月福ファンの捏造というところか。
ボッチを極めたが故の孤高さが一部横柄さに見えたという可能性もあるが……。
「それらだけなら若気の至りでどうにでもなっただろう。もちろん誠意を見せて改善することが前提だが……」
周囲にも見えるように例の写真を月福は掲げた。
「これらは立派な傷害……いや殺人未遂だ。こんな事件を起こしてしまってはもう婚約者という立場にいさせる訳には行かない」
検事志望の金意よりも検事らしい振る舞いを魅せる月福に誰もが目を離せない。
「君が自分から過ちに気づき、謝罪して反省してくれればよかった。しかしここまで証拠を突きつけてもだめなら仕方ない。君との婚約は破棄してしまった方が双方のためだ」
このことはもう両親にも伝えてある。
ヒロインが被害届を出さないと言うので断罪はここ限りのことにする。
平良がまだ婚約を望むのならこれからそれなりの努力が必要になるだろう。
それらを一通り伝え終わると月福は口を閉じた。
月福は平良が婚約者と言う立場に依存してると思っている(思わせている)。
婚約破棄と言えばその立場に返り咲くために形振り構わず尽くしてくるだろうと思っているのだ。
婚約者の立場に戻りたければ努力と言う名の貢ぎ物を持ってこいとも聞こえる。
おそらくそれが一番の目的なのだろう。
目的のために学園という一種の閉鎖された空間で事を起こすことで、平良に対しより強い楔を打ちつつ程よく追い詰める布石としたのだ。
沈黙が平良を焦らせる。
早く、なにか、言わなければ。
なにか、逆転できそうな一言を……。
からからと乾く口の中から空気を絞り出す前に、チャラ探こと出鱈目の「あ」という声が遮った。
「実は同じ事件の写真ならこんなのもあるんだよね」
あっけらかんとした、または空気を読まないとも言える声でそう口に出した出鱈目は懐から大量の写真を取り出し並べ始めた。
正面から落ちる瞬間の二人を撮ったもの。二人が出くわして階段から落ちるまでの連続写真。ヒロインと一緒に平良も落ちている瞬間の写真。階段の入口の足元に何か透明のテグスのようなものが写ってる写真。写真。写真。
よく見るとそれらの写真は画質やアングルが統一されておらず、ただ一人が撮ったもののようには思えなかった。
「これらは色んな奴に聞いて俺が直接貰ってきたものだ。よく見ればわかる通り撮った機種もバラバラだから捏造したと言うのも厳しい」
「なっ……」
「これを見た上でそこで何が起こったのか改めて想像してみろ」
流石にここまでパラパラ漫画でもできそうなほど大量に見せられれば『ヒロインが階段から目の前で落ちて平良が助けようと手を伸ばしているところ』以外に見える奴がいる方がおかしいのではないだろうか。
裏切りとも取れる出鱈目の突然の行動に金意ががなり立てようとするが、旗色が悪いと感じ取ったのか竹肋に止められている。
いつの間にかギャラリーが静かだなと思ったら、どうやら同じ写真を回し見ていたようだ。
「おっとこれは個人的なものだった」
月福に見せていた数枚から出鱈目が1枚奪い懐にしまう。
なんの写真だったのか気になって視線を向ければ、にやけ顔に人差し指を立て秘密のポーズが返ってきた。
腹が立って白い目を向けてもへらへらしている。
そういえば数枚後ろからのアングルがあったような……?
「さて、これだとさっき月福が言っていた『殺人未遂』が言いがかりになってしまった訳だけどどうする?」
6.
「どうするとは?」
「この写真を見て分かるように『ヒロイン』さんが階段から落ちたのはこのテグスのせいだ」
出鱈目が掲げた1枚の写真には階段落ちする前のヒロインと対面から近づいている平良が写っている。
だが注目すべきなのはその足元である。
光の加減で光る細い線が階段の入口の限りなく低い位置に走っているのが見える。
明らかに足が引っ掛かるようにテグスのような透明な糸が仕掛けられていた証拠だった。
(これで突き落としたって言葉は無理あるよな)
(『ヒロイン』さんの自作自演とか?)
(でも写真見る限り糸帛さんを庇って下敷きになってるよ? 自演するような性格だったら庇わなくない?)
ギャラリーからも写真を回し終わった辺りから疑問の声が上がり始める。
金意は机に広げられた一連の写真を睨みつけている。
「別にどうもしないさ。僕は依然平良が犯人だと思っている。この写真だけじゃテグスを誰が仕掛けたのかわからないだろう?」
「それが平良ちゃんの仕業だって言いたいのか? 一緒に落ちてんのに?」
「疑いを逸らすために被害者になるなんて散々使い古された手法じゃないか」
犯人だ。いや犯人ではない。と議論されている当の本人はこの状況に飽きてきていた。
嫌がらせの目撃情報があるほど堂々としているのに今更回りくどい方法を取るのは何故だ。
嫌がらせ自体他の生徒がやった、自分は名前を使われたに過ぎないと言い張る場合、この案件で被害者の一人になっていると説得力が増すだろう?
やっぱり嫌がらせの実行犯が平良じゃないと把握してるんじゃないか。
実行犯は捕まえて個別に話を聞いたが皆平良に言われてやったと言っている。
などと金意達もたまらず参戦してきて喧々囂々。
渦中の人のはずなのだが当人を置いてけぼりに議論が白熱しすぎているのだ。
話の中身も後付け後出しじゃんけん状態で知らない人が見れば小学生の喧嘩のようにも見えるだろう。
ギャラリーも同じように感じ始めた人達がいるのか白けた空気が漂い始めている。
そもそもこちらの勝利条件とはなんだろう。
平良としてもこのまま婚約破棄になるのは、むしろ喜ばしいことだ。
だが月福も言っていたように、ことは会社同士の関係にも関わってくる問題だ。
このまま断罪ののちに婚約破棄ともなれば、それが負い目となり糸帛家の会社は月福家の会社に逆らえなくなる。
というかなんで婚約なんてワンクッション置く必要があるのか。会社が欲しかったらそのまま買収なり吸収なりすればいいんじゃないのか。
貧困な想像力ではこれからお前のとこ悪いことに使うけど拒否出来ないよな? となる未来しか見えない。
そして悪事がバレたら我が社は関係ありません、あいつらが勝手にやったんですって切り捨てられるのだ。以上被害妄想おわり。
つまり平良の勝利条件とは、彼女の非で一方的に婚約破棄されるのではなく双方円満に、もしくは月福側の非でこちらから婚約破棄をすることである。
「そもそも『ヒロイン』さんは突き落とされたと言ったんですよ!」
金意の怒号ともいえる声にはっ、と現実へと引き戻された。
そういえばヒロインはなぜ突き落とされたと月福達に言ったのだろう?
なるべく関わり合いにならないようにしていたとは言え、どういう人物かくらいは把握していた。
結論から言うとヒロインはゲームのキャライメージとほぼ変わらない人物だった。
ゲーム内の彼女は一般庶民の出にも拘らず金持ち成金の魑魅魍魎らが跳梁跋扈する魔界……もとい学園に単身乗り込んで来た努力の少女だ。
交通事故で突然夫を奪われながらも彼女を立派に育ててきた母に将来楽させてあげたい。そう学園の奨学金制度で健気に通う主人公であった。
キャラクター設定としては名前入力型なだけあって凡庸なのだが、ルートによっては気持ちよく主人公らしい活躍もしていたりと粘り気のあるキャラだったように思う。
もちろんゲームシステムとしてスペックのパラメーター管理などもあったので、その数値によっては心が折れたり折れなかったり、流されたり流されなかったり反応は様々だ。
現実の彼女がどういった心の持ち様になっているかまではわからないが……。
ところでゲームの再現性はどうだったかだって?
そこはきっちり頑張りました。
金意の発言で周囲の視線が一斉にヒロインへと集まる。
疑惑、好奇心、羨望といった様々な視線が渦巻きプレッシャーになって彼女にのし掛かる。
その視線達から逃れるように、彼女は寄り添っていた自称義賊の女装男子に強くすがりついている。
傍から見ると美少女同士がくっついてるだけなので事情を知らない一部生徒からはムラムラとした視線も追加されていた。
彼は彼女が発言しやすいように優しく励ましていたが、すがりつかれて嬉しいのかにやけているようにも見える。
「……メモにそう書いてあったんです。月福さん達に追求されたらそう言うようにって」
「……メモとは?」
月福が代表して聞くことにしたようだが、自分の知らないファクターが出てきたことで明らかに声のトーンが下がっている。
「わ、わたしが困った時なんかにいつの間にかあるんです。教室の机の中とか、寮の扉の隙間とか……」
「よくそんな怪しげなものに従えるね」
「確かに最初は不気味だったけれど、困った時いつもこのメモが助けてくれたんです。このメモが今わたしの一番信用できるものなんです!」
暗にお前達は信用できないと言い放たれ、月福達の口元がひきつっている。
散々嫌がらせから守ってきたであろう立場からしたら、たったメモ1枚より劣るとされ面目丸潰れなのだから当たり前である。
だが平良は見逃さなかった。
信用していると言う台詞と一緒に自称義賊へすがりつく手がより強くなっていたことを。
ヒロインはメモの差出人が誰かすでに知っているのだ。
しかし平良ははて? と疑問に思う。
確かにゲーム内でもこのメモによるアドバイスは全編にかけて重要なものだった。いわゆるお助けアイテムの1つである。
さらにこと自称義賊ルートにおいては最大のキーアイテムとなる。
実は自称義賊は彼のルートに入らない限り乙女ゲームでよく居る情報通の親友ポジションなのだ。
そして彼のルートに入れば例のメモ達は途端にシンデレラの残したガラスの靴となる。
……だがメモの相手が彼だと分かるのは少なくとも平良の婚約破棄騒動後のはずなのだがどういうことだろう。
(彼女に教えてあるんだよ。あのゲームのこと)
こそこそと回りに聞こえないように出鱈目が囁いてきて合点がいった。
ついでに自称義賊に跡が残るほど力強い握手を求められたことを思い出した。
なるほど奴にゲームの作者が平良であることはバレているようだ。
ゲームのせいで正体がバレやすくなっているらしい。
「……嫌がらせは確かにされていました。けど糸帛さんから直接は受けたことはありません! それなのに彼女が主犯前提でしか話が進まなくて」
「それでも否定していなかっただろう?」
「それはっ……」
「私少し相談を受けて知っているのだけど、女性ひとりに対して男性複数人で押し掛けて無理矢理話を聞いていたんでしょう? そんな状況で普通恐怖を感じない人なんていないのではなくて?」
さりげない自称義賊のフォロー発言に想像して納得したのか、確かにとギャラリーからも共感の声が上がる。
ゲームの存在も知っていたと言うし、もしプレイしていたとしたら月福自体恐怖の対象だったのかもしれない。
逆らえば数あるバッドエンドを再現してしまうのではないかと。(あの絵でそんな恐怖を感じるのかとかいう問題は無視する)
彼の定期的なフォローがなければ、ヒロインは月福達に庇われる→月福達のファン達から嫉妬からの嫌がらせ→また庇われると負の連鎖でがんじがらめとなっていただろう。
月福的にはそこで主犯は平良だと思わせることで今回のことに繋げたかったのではないか。
「それにわたしちゃんと覚えてます。あの時間あの階段に居たのは月福さんに誘導されたことだって!」
ヒロインの決死の告白に、おおっとギャラリーから小さい歓声があがる。
彼女の目は月福を真剣に見据えている。
ここが彼女の今後を左右する正念場なのだ。
彼女を支える自称義賊は平良を睨み付けている。
自分だけが助かればそれでいいのかと。
わかっている。
わかっているとも。
この世界で破滅を回避したいのは平良だけではない。
ガンっと机を殴り付けた。
拳を痛めながら響かせた乱暴な音にこの場全員の注目が集まる。
「……もうまどろっこしいんですよ。要はテグスらしきものを誰が仕掛けたのか判ればハッキリするのでしょう」
「とうとう観念して自白してくれるのかな」
「まさか」
はんっと鼻で笑う。
その強気な平良の態度に月福は眉をひそめた。
今まで彼に取っていた態度はおどおどとしたものだったのだから驚いてもらわないと困る。
タイミングよくチェックしていた場所に必要な情報が上げられていてよかった。
「この掲示板を見てください」
掲げたスマートフォンに写し出される1枚の画像。とある掲示板についさっきアップされたものだ。
同じ場所の少し前の時間、階段に何かを取り付けている月福の写真であった。
7.
「……何だその掲示板は」
「これは数年前からウェブ上で公開されている『迷宮のサンドリヨン☆イケパラ学園で底辺美少女が見初められて溺愛(意味深)されちゃいました☆』という乙女ゲームの検証掲示板です」
「ふざけてるんですか!?」
「失礼な!ここに書き込んでいる人達は全員真剣です!」
やっぱり真っ先に沸騰する金意が更に沸く前にギャラリーがわっと沸き立つ。
ゲームの話キター! 糸帛さん知ってんの!? 誰だよ凸ったの! いやもうこれとっくにゲームのシナリオから逸脱してるじゃん。すまん俺おふざけ半分だわ。ゲーム予言書説崩れた……。など好き勝手言い出していて収集がつかなくなりそうだ。
机をまたガァンと拳で打ち鳴らす。
「……拳が痛い!!」
「そりゃそうだ!」
突然の奇行とも言える平良の行動に出鱈目以外反応できずポカンとしている。
彼の方もどこかつぼに入ったのか口を押さえて大笑いするのを堪えている。
「ええいとにかく私にしゃべらせなさい! 私を誰だと思っているの! 超天才プログラマー少女なるぞ! 声をかけられた時点で掲示板など丸裸よ!」
「「おおー」」
「自分で天才って言っちゃうんだ……」
平良が製作者であることは話がややこしくなるので秘密のままなのは許してほしい。
勢いに任せてギャラリーを黙らせることが出来たことに、これ幸いと話を続ける。
笑い転げながらツッコミを入れてくる出鱈目は無視だ。
「もしかしてそれが君の本性かい?」
「……これでもあなたの婚約者と言う立場でしたので体面くらい繕います。まあ繕い方が拙く、あなたの前ではしどろもどろになっていたのは否めませんが」
頭の中であれこれ考えているうちに行動する気力がなくなる行動エネルギー対消滅型なので、他人から見ると省エネ人間のようにも映るでしょうしね。
などともはや言質を取られることにも気にせず捲し立てる。
月福は平良がそこまで精神的に追い詰められていないのだと気付き歯噛みしている。
これで成果が出ていないとなれば、今後ヒロインを利用する行為は彼女が自ら関わらない限りましになるはずだ。
ゲームシナリオの主軸というメタはあるものの、この婚約破棄の成功でヒロインを使うことに味をしめたのが大きかったからのように思う。
ゲームを作っていく内になんとなくわかったことだ。
「それでこの写真は一体何なんですか!? と言うかさっきから気になっていましたが、出鱈目は糸帛君ばかり庇ってませんか!? 裏切り者なんですか!?」
「裏切り者も何も、平良ちゃんとオレは幼馴染みなんだが?」
誰も聞いたことがなかった事実にえええ!? と大合唱が起こる。
そう。説明するタイミングを逃していたが二人は幼馴染みだ。
そしてこの出鱈目、実はカウンセリングの先生の甥なのである。
チャラい感じのキャラの裏で高校生探偵をしている彼だが、ゲームでは攻略対象として登場するのは一番遅いキャラクターだ。
本来ならば平良とは特に接点がなく、むしろ彼女への嫌がらせ証拠を集めるために依頼されて初めて関わるくらいだ。
だがそこから月福に対して不審感を抱いた出鱈目は彼が最近気にかけているヒロインに近づきそしてお決まりのルートへ……。
出鱈目とはカウンセリング先生の下でゲームを作っている最中に出会った。
ゲーム主要人物以外の名前を覚えられない、というハンデを抱えてしまった平良の代わりに出鱈目がスタッフとの連携を受け持ってくれていたのだ。
今思うと平良のことをすんなり信じた事といい、名前が甥と同じだからという理由で関わらせたりとカウンセリング先生は頭おかしいんじゃないだろうかと思う。
とても感謝していることには変わりないが。
ちなみにかの先生は時を経てオネェ言葉を話す強烈キャラになってしまわれたとさ。
イケメンだから色々あるんだろうなと平良は勝手に思っている。
「……出鱈目さんはあくまで中立の立場で居てもらっています。私寄りに見えるのはあなた方が月福さん寄りに心情が偏っているからでしょう」
「僕は最初から中立です!」
「お前が中立って冗談だろ?」
確かに金意が中立を名乗るにはバイアス掛かりすぎな上に正義感が空回りで話にならない。
竹肋と合わせてゲーム・現実双方で月福と友人関係を築いていて、とても素直な人物なのがこの金意だ。
ポジションやルートなんかはこの手の人物にありがちなパターンを踏襲していたように思うので説明は省くが、ただやたらと竹肋とセットになっていたことは記憶に残っている。
金意が検事志望で竹肋が警備会社の社長子息な訳だから、月福に対して悪いバイアスが掛かりまくってる平良からすると将来悪いことに巻き込むために囲ってるようにしか見えないメンツである。
ゲーム知識から金意のポンコt……素直な質を知っていたのであまり気にしていなかったが、出鱈目はそうではなかったようだ。
自分でろくに調べもしなかったんじゃないか? などこれまでの的外れさをあげつらい煽っている。
金意は素直なので煽り耐性も低い。
「僕は将来検事になる身だぞ! 持ってきた情報を信頼して精査するのが僕の役目だ!」
「じゃあその情報を持ってきたのは誰だ? そんなに信頼してたってのか? それはありがとな。オレの情報とか出し渋りも大分あったのにな!」
中立だってスタンスなのに出し渋ってたとかゲロってんじゃねーよ。出鱈目も大概ポンコツである。
「お、お前はともかく! 竹肋は僕の信頼する親友だ! 愚直で嘘のつけない……いや、僕に対して嘘なんか吐いたことないんだぞ!」
「その竹肋は月福に心酔してる。奴が黒と言えば黒だと思う駄犬野郎だってのは知ってるのか?」
「は?」
「竹肋がお前に嘘をつかねぇでも、月福が都合のいい嘘をつけばそのまま信じるんじゃねーの?」
言われてやっとその可能性に思い至ったのか、そんな……と信じられないものを見る目で竹肋を見る金意。
竹肋はがっくりと彼から目を逸らすように俯いている。
心酔してる? という位だからこの月福の名誉が侵害されそうな場面に憤慨しそうなものだが、ずいぶんとおとなしい。
まあゲームでも根は随分と争い事が嫌いな平和主義者だったので、こんな状況になって混乱しているのかもしれない。
「……さて。月福さん達が集めたという嫌がらせの証拠が当てにならないと証明されたので、次は写真の検証に移りましょうか」
「ひどい話だ。こちらが苦労して集めた物をゴミのように扱っているけど、その写真こそ当てにならないだろう? 自称天才プログラマー少女さん」
「……私が合成した物だとおっしゃりたいと。でも残念ながらこれは私が撮った物ではないんですよねぇ。おお……なんなら掲示板上ではリアルタイムで検証されてますね。プロでも混ざってるんです? すごい早さで合成ではありえないと検証結果が並んでますね。しかも複数のIP から」
なにを、と信じていない月福に掲示板を開いたままのスマフォを渡す。
この騒動が始まってから実況する板が立ち上がり次々に寄せられる情報。そしてそれを検証する住人。
学園の裏掲示板の割には人が多いのが気になるが、荒れている様子はないので変に流出したわけではないと思いたい。
月福の写真が上げられてしばらく時間稼ぎで金意を弄っていたが、余裕で間に合ってて草が生えそうだ。
「なっ……なっ……」
「……思い出しました。これは数日前に『貴女にそろそろ大変なことが起こりそうだから行動範囲に監視カメラ付けてもいいですか!?』と聞かれて許可したカメラの写真ですね。あっ今検証の末、元動画がアップされたようですね」
「監視カメラだと!?」
学園の許可は取ってありますと言われましたよと告げると、月福は物凄い形相で掲示板を追い始めた。
掲示板の使い方がわからなかったのか途中彼が固まる場面もあったが、気づいた住人が誘導するなどサポートしていた。やさしみ。
この婚約破棄騒動を通じて当事者達がゲームを知らなかった(?)と確定していたので、月福を指してラスボスと囁く声も増えて来ている。
掲示板内ではやはりこのゲームは予言書。誰がこれを利用して破滅の運命を覆したのだ! 「「「な、なんだってー!」」」などとお祭り状態だ。楽しそうでなによりです。
「乙女ゲーム? 予言? なんなんだこいつらは! 不合理極まりない! こんなくだらないオカルトを、こんなにもたくさんの人間が信じてるとでも言うのか!?」
「……さあ? でもそのおかげでこんなにも中立的な証拠が揃ってますよ?」
平良でも実はこんなに上手く行くとは思っていなかった。
というより月福自身が実行犯になって尚且つそれを撮られるとは思わなかったのだ。
何故だろうと思っていると意外にも答えをもたらしたのは出鱈目であった。
「蜥蜴の尻尾切りとはいえ、悪事の下請け共が次々摘発されて内心よっぽど慌ててたらしいな」
「……なんか知ってるの?」
「オレこれでも探偵だからね? まあすぐ分かるよ」
そのすぐは間髪いれずに来た。
月福の元にボディーガードらしき黒スーツの男が月福の元に走り寄ってきたのだ。
耳打ちする黒スーツにどういうことだ!? と月福は声を荒げた。
8.
「どういう事だ!?」
怒号にさらされた黒スーツの男は恐縮しきりに月福へ謝り倒している。
「おっ。そろそろとは思ってたけどタイミングいいな」
「一体なにを見て……」
平良が出鱈目の手元を覗きこむ。
彼はスマフォでウェブニュース動画を見ており、速報が今しがた流れていたようであった。
その内容は月福の会社の会長――つまり月福の父親が巨額の脱税をしており、今現在国税庁が立ち入り調査を始めたとの報じられていた。
「父さんはなんて!?」
とりあえず家に戻って待機しておくようにとでも言われたのか、月福は慌ててその場を後にした。
ポカンとしている平良をよそに、周囲は新たな話題に興奮し騒がしくなるかと思われたが午後の授業のチャイムで自然と解散となっていた。
勉強が大事と刷り込まれているのは良いことです。
「たぶんこれで学校に居られなくなるだろうし。ここでの仕打ち含めて弁護士通して婚約破棄の手続きすりゃ一件落着じゃね?」
「はえぇ……?」
え、嘘でしょ。これで終わり? こんな簡単に行くもの? ここはひとまず引き分けで、学園にいる間はじりじりかわしていく流れじゃないの? で、卒業後にもっと周りの闇が飛び出しつつもどうにか対抗してとか……。もっと絡め手で智謀策略だらけで一手も二手も考えないと後で絶望待ってるとかそういう、現実はそう上手く行くとは限らないことを教訓に耐えていく感じじゃないの? と平良は混乱した。
出鱈目はその様子に吹き出しつつも彼女を落ち着かせるように説明する。
「大丈夫だって。元々叔父さんの人脈で上が月福グループ探ってたのは知ってたし、平良ちゃんの前世知識で捜査範囲絞れたおかげで証拠隠滅するスピードよりも速く捜査できたらしいってさ」
「嘘でしょ!? 前世知識根拠で捜査させるとかやっぱあの先生頭おかしいでしょ!」
「結果よければすべて善しの精神だから……。それにほら平良ちゃんよく言ってたじゃん。『探偵の目上の身内は大体チート』って」
言った覚えあるけど、そんな例ハワイに連れてって色々教える親父がいる世界しか知らねーわバーロォ!
まあ基本金持ち相手の先生業な訳だし色々まともじゃないのだろう。偏見である。
「……結局こうなるんなら私のやった意味とは」
「まあまあ……」
「……そもそもさぁ。なんで月福の奴ゲームとか掲示板の存在知らないの? 学校の裏掲示板とか真っ先に掌握するもんじゃないの? お陰でイージーモードだったけど」
薄々感じてはいたが、月福はデジタルオンチらしかった。
実は月福だけ掲示板が見られないよう出鱈目がダミーサイトを用意してたそうだが、そんなわけで必要なかったという。
「だから平良ちゃんを執拗に追い詰めて、裏切らない人間にしたかったんだろうね」
「……なるほど」
そういわれて納得す……したらダメ。
そういえば、とゲームでも全体のサスペンス度の割に平良の死亡ルートは少なかったのを思い出していた。
ただ唯一、ヒロインが情報処理分野のステータスを伸ばした場合のみ、平良の死亡イベントが発生していたのだ。
それが月福がデジタルオンチ故だとしたら……。
その独り言が漏れでていたのを聞いてしまった出鱈目はあのさぁ……と大きなため息とともに呆れた声を出す。
「少しいいだろうか」
それを遮るように金意が話しかけてきた。
「なんだ。お前まだ居たの」
「……出鱈目どうどう。どうしましたかなにかご用ですか?」
出鱈目の刺々しい態度に金意はばつが悪そうな様子で何かを言い淀んでいる。
一拍置いて決心したのか、真剣な顔つきで口を開いた。
「糸帛君には申し訳ないことをした。すまないと思っている」
勢いよく綺麗な直角に折り畳まれた体から発せられた謝罪に、二人は固まった。
許しがあるまで姿勢を崩す気がない態度に困惑する。
目配せに負けた平良は渋々姿勢を崩すよう促した。
「……別に今回のことは気にしてません。金意さんがポンコツなのは(私の中で)有名ですし。でも謝罪は受けとります」
「ポンコっ……有名なのか。」
「検事志望のくせに初公判が冤罪だったんだ。その称号も止むなしだろ。後、俺達とは月福達含めて今後一切関わらないと約束してくれればいい」
「ちょっ、出鱈目」
「……わかった。必ず守ろう」
粛々と判決を受け入れた金意に、竹肋はと尋ねると月福を心配して追いかけて行ったと教えられた。
自分も後から追いかけるつもりだがこの騒動の間では無理だろうなと、彼はため息をついた。
金意こそ月福との今後はどうするのかと聞く。
「まだ彼とは友人のつもりだから竹肋も交えて話し合うよ」
そう言って儚く笑いながら戻っていった。
彼らの試練はこれからなのかもしれない。
「……あのっ」
金意が離れると今度はヒロインが話しかけてきた。
「「ごめんなさい!」」
お互いに謝る形となり戸惑う平良とヒロイン。
「……なんで謝るの?」
「糸帛さんこそ」
ヒロインはせめて平良のことをもっと嫌がらせに関係ないと声高に言っていればこんな騒動にならなかったかもと言う。
彼女はむしろ平良の事情に巻き込まれたというのが正しい。
だが彼女はそれに納得しないようなのでお互い様ということで手打ちとすることにした。
「まあ元々この状況は月福が仕向けたことだからさ。あんたがどうこう言ったところでどうにもならなかったと思うよ」
出鱈目が調査した範囲で想像するならば、月福は平良の才能をキープしたかったが結婚はしたくなかった。というより結婚という切り札をもっと大事な場面で切りたかったのではないか。
それだけでもヒロインは自分の事のように痛ましげな表情を見せたのに、平良が婚約者だった理由を依存の件も含めてばか正直に暴露してしまった。
結果彼女が泣き出しそうになるのを慰めるのに骨を折るはめに。
「……でもあなたがその立場で耐えてくれたおかげでうまくいったの。ありがとう」
「あぁ……。本当に終わったんですね」
ある日謎のURLが書かれたメモがヒロインの机の中に置いてあった。
そこにアップされていたゲームをやれということ? とプレイしてみると、不思議とデジャブを感じる。
最初は不思議な絵と比較的シリアス寄りのテキストのギャップで笑ったりしていたのだが、ある日ふと自分の状況と酷似していることに気づいてしまったのだ。
自分の常識とは少しずれた常識が当然のように蔓延るこの学園と中々馴染めず、異物を排除するように嫌がらせを受ける日々。
そんなヒロインに優しく気にかけてくれる月福に感謝しつつも水垢のように残る違和感があったのだ。
そしてゲームをすることで、その違和感にとうとう名前がついた気がした。
そこからは恐怖との戦いだった。
怪しい言動をする月福に、察していることを気づかれてしまったらゲームのようになってしまう? とずっと恐ろしく思っていたのだ。
ヒロインは一通り語るとほっと息を吐いた。
「もう頭の悪い振りしなくていいのかな?」
「いいと思う」
「勉強たくさんしていい?」
「もちろん」
苦労して育ててくれた母親に楽をさせたいのだと嬉しそうに語るヒロインに頑張ってとエールを送る。
ありがとうございました!とお辞儀をしてその場を後にしようとする彼女に出鱈目が声をかけた。
「平良ちゃん、人の名前覚えるのが苦手だから君の名前改めて教えてあげて」
「私の名前は――――――。」
彼女は平良を背に自称義賊の下へ向かって行った。
「……名前、聞こえた」
聞こえたよぉ……と平良は力をなくしたように床にへたり込んでしまう。
呪いが解けたかのようにヒロインの名前が認識できたことで、本当に破滅は回避できたんだと実感する。
「自分だけ名前を覚えてもらえる状況って結構おいしかったんだけどなー」
惜しむような台詞だがその声はやさしい。
出鱈目はお疲れ様と平良と視線を合わせるようにしゃがんで頭を撫でてくる。
ありがとうと返すも、どういう表情を作っていいのかわからない。
「……乙女ゲーム作った以外なにもしてないんだけど、いいのかな」
「いやいや、なにもしてないってことはないだろ」
適当なことを言って……とジト目で見つめていると、思わず失笑した出鱈目が楽しそうに言葉を続ける。
「あのさ。俺ずっと思ってたんだよね。平良ちゃんが作ったゲームより学園の生徒が明るいというか競争社会特有のドロドロ感がないと思わない?」
「……そうだっけ?」
嫌がらせが発生しているのは変わらないので明るいといわれてもピンとこないが、探偵として周囲を観察する習慣がある出鱈目がそういうならそうなのだろう。
「疑問に思って叔父さんに相談してみたんだけどさ、たぶん平良ちゃんのゲームのせいだろうって」
「えっなんで?」
「いや忘れてるかもしれないけど、内容は結構シリアスなのに絵はクソみたいじゃん」
クソで悪うございましたね!? 唐突なディスにカッとして思わず拳が出るのは許して欲しい。
猫パンチ並みの威力といえどごすっごすっとボディーに打ち続ける平良にとごめんごめん! としかし嬉しそうに返す。
「そのギャップにスゲー笑うの! 頭空っぽにして笑えるってすごい大事なの! だから乙女ゲーム作った時点で平良ちゃんの勝ちだったんだよ!」
運命が『やってられるか!』って逃げ出したんだと思う。
その言葉に、いいや違う。私は運が良くて味方が多かっただけ。と思うがやさしげな表情で労わってくる出鱈目に言葉を飲み込んだ。
そして平良は安心したように心から笑うのだった。
◆◆◆
「ところで、もう解決したんだからこれ必要なくなるよな?」
出鱈目が指すのは制服の袖の下に隠れ、違和感が無いようにレースを施された特注のリストバンドだ。
暗に自殺未遂はもう繰り返さないよな? ということなのだが。
そこは問屋がおろさなかった。
「それとこれは話が別だから無理」
「え」
「思い浮かべてみて……創作の世界の中のテレビだとか漫画だとか、実際にあるタイトルをもじった物を登場人物が見てたりするじゃない。ああいうのを実際に見れるとしたら中身はどんな感じなんだろうって思うことない?」
「ええ……?」
「この世界の創作物は私にとってすべてそれなの! 私の知ってる名作達がすべてパチモン感というか薄らぼんやりとした感じなの! 内容が違うだけだったらこういうifもありだよねって思うけど違うの! 納得がいかないの!」
「……まさか自殺未遂の原因って」
「まだまだ読み損ねた物語がたくさんあったのに! この世界の創作物を見るたび虚しい! 死んだら夢が覚める? ねぇまた続きが読めるようになる?」
目がどんどん死んでいく平良にドン引きしていく出鱈目。
しまいには「私の中のミ○リーが将来闇落ちしたらどうする!」とどんどん収拾つかなくなっていく。
これは創作物より優先させる何かを早急に作らないとまずい。
そう思った彼は改めて彼女を全身全霊で口説いていくことを決意するのだった。
終わり
ここまで見ていただきありがとうございました!
ツイッターの方に糸帛平良(主人公)のデザイン画を載せています。
活動報告にリンク先は載せているので興味のある方はどうぞ。