あとがきのような何か
まず、ここまで目を通して頂いてありがとうございます。作者の飴坊と申します。多くの方は初めまして、もしかしたら少しの方は、お久しぶりです。まだ生にしがみ付く、愚かな虫けらです。なんちて。こういった挨拶も一度はしてみたかったのです。お許しください。
近頃の私は、こういった一人称形態の、『純文学』と名乗った何かばかり書いております。正直、今の私はこれを書きたいと思っています。それは間違いありません。昔から、誰かに受ける物よりも自分の好みを貫き通してきた、その自信だけはまだ揺らいでいません。
では、何故私が、日常的には軽薄な人間の私がこんなモノに傾倒しているのか。理由は今一つ私にも分からないままで、それを知りたくて書いているというのが一番楽しいでしょうか。夢のあるファンタジーも、心躍るSFも、血沸き肉躍るアクションも、私は好きです。だけど、それを自ら作り出そうとするとどうしても違和感が出る。私は、それを組み立てている私自身がとんでもなく、『つまらない』人間だとよく知っているから。
それが、とてつもなく私には辛いのです。
古い付き合いの方……がここに見えているかは分かりませんが、昔の私は今とは全く別形態の文章を投稿していました。それを、今さら少し読み返してみたのです。少しの恥ずかしさ、そして得も言われぬ嫌悪、でもその後に、うらやましいと私は感じていました。怯えることなく、誤魔化すことなく、私は『物語』をくみ上げようとしていたのだと。
そして、それがある程度認められた一作が確かにありました。もちろん客観的に見れば大した数字ではないかもしれませんが、私が喜ぶには十分の数字を叩き出した作品が。
私は、その過去の私からまだ執拗に痛めつけられています。逃れられる日が来るかどうか分からないので、今は私にかけるモノを書いています。それが誰にも求められていなくても、ただ私が満たされる可能性に賭けて。あわよくば誰かに縫い針のように浅く刺さることを願って。
ここまで読んでくれた方、心から感謝申し上げます。ワガママついでに、もし可能ならあなたの思ったことを、ツイッターの私でもここの感想でも、どこでも構いませんので適当にお伝えください。誰でもない、私が救われるために。
そう、私はエゴイスティックな人間ですから。




