大好きだから
可愛い子だと思った。
嫌な顔ひとつせずにニコニコと仕事をする姿は、とても好感が持てた。
同期であり同じ部署に配属されたこともあって、よく話したりもした。
俺はエンジニアを希望して入社したが、配属先はエンジニアとはかけ離れたヘルプデスク的な業務だった。
もの足りなさを感じ、いつしか転職を考えるようになった。
大学で情報システムを専攻していたとはいえ、エンジニアとしての実務経験はないに等しい。
要するに、未経験での転職となる。
未経験で転職するには早いに越したことはない。
しかし、在職しながらの転職活動はなかなか大変なもので、何度もめげそうになった。
「飯田くん。」
そんなとき、彼女が名前を呼んでくれる声がとても心地よかった。
温かなものにふわりと包み込まれるような感覚を覚えて、人知れず癒されていた。
それが恋心だと気付いたのはいつだっただろうか。
だからと言って今すぐ恋人になりたいとか、そういう気持ちは起きなかった。
いや、無意識のうちに考えないようにしていたのかもしれない。
とにかく、将来にかかわる転職が優先だ。
恋愛をしている場合ではないのだ。
だけどそれはたぶん、彼女が近くにいる今の状況に甘んじていたのだと思う。
「飯田くんが好きです。よかったら付き合ってください。」
「…よろしくお願いします。」
送別会で思いもよらず、彼女から告白された。
まさか、とは思ったが、転職が決まって落ち着いていたこともあって、素直に受け入れることができた。
とても嬉しかった。
新しい会社は、希望したエンジニアの職で、大変ながらも毎日が充実していた。
ああそうだ、俺がやりたかった仕事はこういうものだ、なんて感慨に耽ったりもした。
気付くといつも彼女から連絡がきていた。
別に常に受け身でいたわけじゃない。
俺が連絡するより先に、彼女の方から連絡があるということ。
ただ、それだけだ。
その日も仕事で待ち合わせ時間に遅れていた。
おまけに電車も人身事故の影響で遅延している。
ようやく着いて、彼女の姿をそこに見つけてほっとした。
いつもちゃんと待っていてくれる。
と同時に、寒空の下待たせてしまって申し訳ないとも思った。
「…今日はもう帰る。」
今にも泣き出しそうな顔をしてそう告げる彼女に、俺は焦った。
彼女を泣かせてしまう要因がありすぎて、上手く言葉が出ない。
そんな俺に、彼女は
「…ごめん。
ただの私のわがままだから…。今のは忘れて。」
と言った。
いつも遠慮しがちな彼女。
痛々しくも笑顔で言ってくれることに心が傷んだ。
俺と付き合うことで彼女を苦しめてしまうなら、それは本末転倒だ。
彼女には笑っていてほしいから。
だから言った。
「俺のせいで君が辛い思いをしているなら、無理に付き合わなくてもいい。」
彼女が大好きだから。
笑っていてほしいから。
なのに、
バカ!
と言い残して、逃げるように夜の街へ消えていってしまった。
俺は追いかけることができずに、振り払われた手をぎゅっと握った。