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マヤ・ファンタジー  作者: 三坂淳一
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マヤ・ファンタジー 四の巻、五の巻、六の巻、七の巻

一の巻、二の巻、三の巻に続く物語

四の巻


 夜になった。


 マヤ語で、サク・ベフ(白い道)という名前で呼ばれている天の川が空いっぱいに広がっていた。


 静かな夜だった。

時折、密林の奥から聞こえてくる鳥の鳴き声の他は物音一つ無く、不気味な沈黙が洞窟の周囲を支配していた。


 今夜か明日の夜あたりでメシーカの奇襲があるはずだと呪術師スキアは言っていた。

洞窟の奥の窪まったところでホルカッブは十人の戦士と共にうずくまっていた。

灯りは点けず、空の月のほのかな銀の光が全てであった。

時々、洞窟の外を見やった。外は漆黒の闇に包まれていた。

ホルカッブは気付いた。いつの間にか、鳥が鳴きやんでいた。

それまで、やや定期的に鳴いていた鳥が鳴くことを止めていた。

ホルカッブは部下の戦士に目で合図をした上で、そろりと洞窟を抜け出した。周囲を注意深く見渡した。

奇襲に備え、戦闘配置に就いている十人の戦士もホルカッブが洞窟から出て来て、周囲に目を凝らすのを見て、更に注意を尖らせた。


 少し、右前方の小高い木々の葉が揺れた。

ホルカッブは石を掴み、揺れたあたりを目掛けて投げた。


 石は葉を揺らせただけで、何の動きも無かった。

もう一つ、石を掴んだ。少し離れたところに投げた。

何かに当たったような音がした。

ホルカッブは弓を持って近くに居た戦士に目配せをした。その戦士はすばやく矢をつがえ、放った。

 

ぎゃあ、という悲鳴と共に、矢を胸に受けたメシーカの男が転がり出てきた。


 同時に、前方の草叢から十数人のメシーカが歓声と共に躍り出てきた。


ホルカッブたちから槍が投げられ、五、六人のメシーカが倒れた。

 後は、敵、味方入り乱れての白兵戦となった。

棍棒同士が打ち合う、鈍く重い音が辺りを支配した。

ホルカッブの活躍は凄まじかった。ホルカッブは両手に棍棒を持ち、相手の盾を打ち破り、鋭い黒曜石の刃先で肉を引き裂いた。正面から打ちかかってくる相手には、左手の棍棒で受け止め、右手の棍棒で相手の肋骨を打ち砕いた。

 

いずれにしても、奇襲は事前に予測され、準備を整えて待っていた相手には通用せず、暫く闘った後、メシーカは大損害を出して逃げ去った。


 ホルカッブは当面のメシーカが逃げ去ったのを確認してから、半数を念のため洞窟守備に残し、半数を率いて他の守備隊の応援に向かった。


 ウツコレルはシュタバイと一緒に家に居た。

遠くで、男たちの争う声がした。

その声はだんだんと大きくなってきた。

闘いが始まったことをウツコレルたちは知った。

サーシルエークは家のドアを固く閉じ、イシュタブに娘たちと共に、奥の部屋に籠もるように言った。


マヤの家は正面の入口のところだけが漆喰で塗られていたが、側面と背面は木で囲われているだけで、漆喰は塗られていなかった。ウツコレルは壁の木の隙間から外の様子を見ることが出来た。

暗闇の中で松明の灯りが時々見えた。

松明の灯りは地面に落ち、消されることが多かった。どうも、松明はメシーカが持っているようであった。部落の戦士が松明を持ったメシーカを打ち倒し、松明を消しているようであった。しかし、その内、松明の灯りが増えてきた。メシーカが優勢になったのかしら、とウツコレルはシュタバイと手を取り合って、迫り来る恐怖に震えながら思った。

その内、部落の家が一軒、また一軒と燃え始めた。

メシーカは家に火をつけ始めたらしい。燃えた家から人が出てきて、待ち構えたメシーカによって打ち倒されていた。


いつの間にか、ウツコレルが隙間から見ている目の前に、一人のメシーカが近づいてきた。手に赤々と燃える松明を持っていた。そのメシーカは当然であるかのように、ウツコレルの家に火をつけてきた。ウツコレルはシュタバイと抱き合いながら、恐怖に震えていた。その内、火がウツコレルたちの部屋にもまわり始めてきた。同時に、煙も充満し始めてきた。息苦しく、涙もぼろぼろと出てきた。その内、部屋の壁となっている木が燃えて崩れ落ちた。

ウツコレルたちは崩れ落ちた木を跨いで、家の外に飛び出した。

メシーカが数人近くに立っていた。メシーカは棍棒を振りかぶったが、娘たちと判って、棍棒を下げた。

にやにや笑いをしながら、シュタバイとウツコレルの腕を掴んだ。

そして、凄い力で軽々とウツコレルたちを抱えて走った。


部落の戦士はよく闘い、メシーカを撃退し、部落の損害を最小限にくい止めた。

ホルカッブは燃えている家の一軒がサーシルエークの家と知って、大急ぎで駆けつけた。

サーシルエークとイシュタブが茫然と立ち尽くしていた。

シュタバイとウツコレルが二人とも、メシーカにさらわれたことを知った。

ホルカッブは狂ったように、撤退したメシーカ族の後を追って走った。途中、逃げ遅れたメシーカを三人ほど打ち倒したが、本隊に追いつくことは出来なかった。それでも、メシーカ族が駐屯しているという方角に向かって、歩を進めた。


夜が明けた。


大木の木陰に、十人ばかりのメシーカが車座になって座っていた。

その輪の中央に、女が五人ばかり、手を縛られて座っていた。昨夜、部落からさらわれてきた娘たちだった。皆、恐怖に怯えた顔をしていた。

メシーカの戦士も昨夜は、部落の奇襲に失敗し、それから歩きづくめであったと見えて、皆疲れきった顔をしていた。部落から略奪してきた食料を分けて食べたばかりだった。

「少し、休んだら、また歩くぞ。午前中には駐屯地に着かなければならない」

「他の部隊はどうしただろうか?」

「俺たちも半分に減ってしまった。他もそうとうひどい状態かも知れない」

「しかし、昨夜襲った村の連中は強かったな」

「この女たちがせめてもの収穫だ」

「若いし、綺麗だから、隊長も喜ぶぞ」

「今、抱いてみたいものだ」

「馬鹿、言ってんじゃない。ばれたら、打ち首だぞ」

「ちぇっ、仕方がないか」

言葉が違うので、男たちが何を話しているのか分からず、娘たちの反応は無かった。

「ウツコレル、私たちこれからどうなるの?」

「シュタバイ、もしかして、生贄にされてしまうの?」

「卑しい目をして、私たちを見ているわ」

「ああ、怖い。部落の人は助けに来ないの?」

メシーカが何か叫んだ。黙れ、と言っているようにウツコレルたちには思えた。


再び、メシーカの戦士と囚われの娘たちは歩き始めた。

暫く歩いたところで、先頭の男が立ち止まった。何か、指を差していた。

「変な格好の男たちが居るぞ。注意しろ」

「白い服を着て、背の高い男たちだ」

「四人、居る」

メシーカたちは棍棒を持って、身構えた。

「私たちは怪しい者ではない。旅の者である」

と、白い服を着ている一人が言った。


現われた四人は竜王丸たちだった。


竜王丸は、このように話しかけた。

「それがしたちは怪しき者ではござらぬ。旅の者にて候」

その言葉はククルカンが呉れた襟元の自動翻訳器を通して、前述のようにインディオの脳に伝わった。

先頭のインディオが吼えるように叫んだ。

その言葉は竜王丸たちの耳の中に入れてある自動翻訳器を通して、このように伝わった。

「たわけが。信じられるものか。その服は何じゃ」

「これは、山伏行者の服にて候ぞ」

「そのような服はついぞ見たことがないわ。第一、こなたは誰ぞ?」

「それがしは竜王丸と申す者にて候」

「ここに住まいせし者か?」

「さにあらず。この星の反対側に住まいせし者にて候」

「ますます、妙にて候ぞ。おのおの、油断めさるな。討ち取るべし」

「いざ、討ち取るべし」


※ 筆者注記:以下、翻訳器を通した彼我の会話は現代の言葉で記させて戴く。


いきなり、先頭のメシーカが棍棒を振りかざして竜王丸に打ちかかった。竜王丸はひらりとかわして、棍棒を持った右手を手刀で打ち据えた。棍棒を落とし、そのメシーカは後に下がった。それが、戦闘の開始となった。


十数人のメシーカが四人を囲んだ。棍棒を持つ者、槍を投げつけようとする者、すばやく弓に矢をつがえる者など、メシーカたちは闘いに慣れた戦士たちだった。


竜王丸たち四人は固まらずに、ばらばらと密林の木々の間に散らばった。


竜王丸は走りながら叫んだ。

「多勢に無勢である。切り捨てもやむなし。いざ、まいろう」

竜王丸は黄金造りの太刀をすらりと抜いた。太刀の刃は南国の強烈な太陽の光を反射してギラリと輝いた。


竜王丸を目掛けて、槍が投げられた。竜王丸はかわした。槍は竜王丸の背後の樹に刺さった。竜王丸は槍を投げた男に走り寄った。今後は他方から矢が放たれた。太刀で払い除けた。正面の男が棍棒を構えた。竜王丸は構わず、斬り下げた。そのメシーカは頭の頂点から尻まで真っ二つに斬られた。凄い切れ味だった。まるで、西瓜を切るような軽い感触で屈強な男が頭から尻まで真っ二つに斬り下げられた。


この凄まじい光景を見たメシーカたちは顔全体に恐怖の色を浮かべた。


一方、南部義清の刀の切れ味も凄まじく、足元に、完全に胴を切り離されて臓物を溢れさせたメシーカが倒れていた。このような凄まじい切れ味は北畠弥兵衛、西田弥平次の槍や刀にも共通しており、洞窟を出る前にククルカンが刃に対して行った蒸着処理の効果の賜物だった。


メシーカたちは、瞬時の間に七人が無残に斬られた。残りのメシーカは、さらった女には見向きもせず、恐怖の悲鳴を挙げながら密林に消えて行った。


メシーカが去った後、竜王丸たちは震えが止まらなかった。


「これが武者震いと申すものでござるよ」

義清が全身を震わせながら言った。

「義清も、人を斬ったのは初めてか?」

竜王丸も声音こそ落ち着いていたが、やはり義清同様、身体を震わせていた。

「仰せの通り、初めてでござった。しかし、それにしても、この刀の切れ味にはびっくり致してござる。人の身体がまるで西瓜のように斬れるとは、思いもよらざることで」

「ククルカン殿のあのからくりにはまことにびっくり致してござる」


竜王丸たちは娘たちのところに歩み寄り、声をかけた。

「もう、大丈夫だよ。あの者たちは行ってしまったから。どれ、手を縛ってある縄を解いてあげよう」


娘たちは、歯をガチガチと言わせ、恐怖の目で竜王丸たちを見詰めていた。

無理も無い。竜王丸たちの剣で、憎いとは言え、メシーカが頭から尻まで真っ二つにされたり、胴斬りされた姿を見せられた後であるから、竜王丸たちが魔王のように見えていたことであろう。


竜王丸たちは娘たちを縛った縄を解いてやった。

ようやく、娘たちも竜王丸たちの善意が通じたのか、顔に生気が戻ってきた。

「助けて戴き、ありがとうございます。私たちはマヤの部落の者ですが、昨日あのメシーカたちにさらわれてきた者です」

女たちを代表して、シュタバイが竜王丸に話しかけた。

「それは大変でしたね。でも、もう大丈夫です。メシーカとやらは逃げ去ったし、ここには我々しかいませんので」

「私たち、部落に帰りたいのです」

「部落はどちらの方向かな。良ければ、送ってあげよう」

「はい、あちらの方角ですが、ここからは大分離れています」

「義清、弥兵衛、弥平次。それではまいろう」


竜王丸たち一行は、娘たちを前後に守りながら歩き始めた。

途中、竜王丸たちは娘たちと話し、いろいろと部落に関する情報を得た。また、マヤの風習、習俗に関しても興味は尽きず、いろいろと訊いた。


「人口は大体五千人といったところで、かなり大きな村でござるな」

「作物も十分に採れ、大分豊かな村のようでござる」

「五千人で兵士が二百人というのはかなり武装兵士の率としては低い。それだけ、平和であったという証拠でござりまするな」

「マヤの風習で奇妙なのは、何と言っても、赤ん坊の頃に板で額を押さえつけ後方に反らすように扁平にするとか、強制的に寄り目にするとかいったところでござる。まことに、世の中は広く、奇妙きてれつな風習があるものでござるなあ」

「かつ、扁平であればあるほど、やぶにらみであればあるほど、貴いとされる考え方なぞ、可笑しなものでござる」

「我が国にも、お歯黒と称して、貴人は歯を黒く、鉄漿で染めているわ」

「今、敵対しているメシーカ族というのは野蛮でござる。平気で人を生贄にするなど、言語道断でござるわ」

「そう、他国の悪口も言ってはおられまい。ほれ、我が国にもかつては、城を造る際の人柱とか、雨乞いの際の人身御供とか、いろいろとあってござるゆえ」

「しかし、斬首はともかく、人の皮を剥ぎ、その皮をかぶるとは気味が悪うござる」

「人肉も、生贄になったからには聖なる食物として喰らうとか。メシーカと比べ、この娘たちの村の方が大層ましでござるな」

「それはそうと、この防御服は涼しいでござるな。汗が綺麗に外に発散され、涼しく感ぜられるでござるわ」

「それに、ククルカン殿の話に依れば、剣とか槍、矢を受けても突き刺さらずに撥ね返すそうでござる。まことに、この服を着ている限り、それがしたちは天下無敵でござるな」

「しかし、多数群がって、押し倒され、脱がされたら、それまででござる」

「切れ味が素晴らしく、刃こぼれもしない刀を持ち、この防御服を着ている限りは、千人力でござる」


先頭を歩く弥平次がふと立ち止まった。目で彼方の木陰を示した。

そこに、ククルカンの館の画面で見た大きな野生動物がいた。黄色の毛皮に黒の斑紋が鮮やかであった。大柄な南部義清に引けを取らぬ大きさだった。

娘たちも気付いて、一様に怯えた眼をした。

弥兵衛が槍を抱えて、ゆっくりと前に出た。すたすたと、その肉食動物の方に歩み寄った。その動物は歯を剥き出しにして弥兵衛を威嚇した。威嚇しながら、飛び跳ね、躍りかかって来た。弥兵衛が空中のその動物に対して槍を繰り出した。

勝負は一瞬にしてついた。

弥兵衛の槍は首筋の真ん中を見事に貫き、勢いあまって、穂先が外に五寸ばかり出た。

地上に落ちたその動物は断末魔の痙攣を繰り返した。やがて、息絶えた。

「みごとである。弥兵衛、まことにみごとである」

「おみごと、おみごと」

竜王丸と義清に誉められて、弥兵衛は少し片頬を緩め、照れたように笑った。

娘たちも一様に感嘆したような表情をして、竜王丸たちを眩しそうに見た。

「ウツコレル。この人たちは私たちと同じ人間とは思われない。きっと、神様よ。メシーカから私たちを助け、今後はバラム(マヤ語でジャガー)を一瞬の内に殺してしまった」

「シュタバイ。私もそう思うわ。とても、人ではないわ。私たちの部落の窮状を憐れんで、神々がお使わしになられた、ククルカン様の軍神たちよ」


その内、部落に近づいたと見えて、娘たちの話にあったような洞窟があちらこちらに見かけるようになった。

中には、地上が陥没して、周囲が何十尺も絶壁となっている泉もあった。

いずれも、鬱蒼とした密林の中にあり、不気味な静けさに満ちていた。

シュタバイが竜王丸たちに言った。

「あの洞窟には、水が湧き出している綺麗な池があります。体を清められたら如何ですか。衣服にもメシーカの血が付いていますし、血を落としてから部落に入られた方が宜しいかと思います」

「それもそうだな。では、そのようにする」

竜王丸は続けて、義清たちに言った。

「一同、ここにてひとまず、休息と致そう。血に汚れた衣服を洗うことと致そう」

洞窟に入り、満々と水を湛えた泉のほとりで、竜王丸たちは衣服を脱いだ。衣服はシュタバイたちが洗ってくれるという。衣服を渡し、試しに防御服を着たまま、泉に入ってみた。驚いたことに、服の外側は水で濡れるものの、内側には水は入って来なかった。これも不思議なことよ、と竜王丸は思った。防御服の外側に付いた血は綺麗に洗い流された。


服はすぐに乾いた。血の沁みの痕は、少しは残ったものの、さほど気にならない程度にまで落ちていた。

竜王丸たちはまた歩き始めた。

「あなたがたは神なの?」

突然、ウツコレルが竜王丸に無邪気に訊ねた。どうも、道中ここまでの間ずっと訊きたくてうずうずしていたらしい。堰を切ったように、次々と訊ねてきた。

竜王丸も苦笑しながら、ウツコレルの質問に丁寧に答えていた。

「神ではない」

「でも、神のように振舞っているわ。強いメシーカをあんなに簡単に斬り殺すなんて」

「ククルカンを知っているかい」

「ええ、私たちの神の一人よ」

「我々はそのククルカンの家来だ」

「ククルカンが使わした戦士なの?」

「そのようなものだ」

「あなたの持っているその美しい、良く斬れるものは何なの?」

「ああ、これかい。これは、太刀という剣だ」

「あの人が腰に差しているものは何?」

「あれは、刀というものだ」

「また、あちらの方が担いでいるものは何? 槍のようなもの?」

「その通り、メシーカたちの槍は投槍だが、彼の持っている槍は投げずに、両手で持って闘う武器だ」


竜王丸は傍らでいろいろ訊いてくるウツコレルの顔をしげしげと見た。


他の娘たちと異なる容貌をしていた。

竜王丸の目にはこの世のものとは思われぬ美しい娘のように映った。

年齢は十四ということだった。

しかし、乳房の膨らみ、腰のなだらかな隆起といい、竜王丸の目には新鮮ながらも刺激的な魅力を持っていた。

顔も優雅に整った美しさがあった。

ウツコレルの話に依れば、自分は醜いということだった。

どこが醜いのか、竜王丸には分からなかった。

シュタバイは美人だとウツコレルは言っていたが、竜王丸の目から見たら、シュタバイの美しさは理解できず、むしろウツコレルの優雅な肢体、容貌に惹かれるものを感じていた。


村に近づいたらしい。

娘たちの顔もだんだん和らいだ表情に変わってきた。

娘たちは元気を取り戻したらしく、小走りで歩みを速める娘も居た。



四の巻 終わり


五の巻


 村に着いた。


 竜王丸たちは部落総出で出迎えられた。

 メシーカの再襲撃に備え、物見に出ていた者が目敏く竜王丸たちを見かけ、部落に帰り、伝えていたものと思われた。

 娘たちは心配していた家族に迎えられ、共々嬉し涙にくれた。

 今まで、メシーカにさらわれて、このように無事に戻ってきた娘はいない、ということだった。

 さらわれた女は一様に慰みものにされて、その後は奴隷となる運命であった。

 竜王丸たちは村人の尊敬と驚きの眼差しのもと、部落中央の赤く染められたピラミッドの前の広場に案内された。

部落の首長のアーキンマイと呪術師スキアも頂上の神殿から降りて来て、竜王丸たちに丁重に挨拶と感謝の意を伝えた。


 「このたびは、さらわれた娘たちを連れ戻して戴き、部落の長として厚くお礼を申し上げる」

 アーキンマイが丁重にお礼を述べた。

 「私はアーキンマイ。こちらはまじない師のスキアと申す」

 「私は竜王丸、右から義清、弥兵衛、弥平次と申す」

 「ところで、あなた方はここらでは見慣れぬ服を着ておいでだが、どちらから来られた?」

 「私たちはククルカンの戦士です」

 「おお、何と、ククルカンが使わされた軍神とは」

 この言葉を聞いた広場の人々は大きくどよめいた。

 「最近、ククルカンの末裔と称する者もこの地に来ておるが」

 「その者たちはククルカンの末裔ではない。他国から来た侵略者である」

 「何と、侵略者とな。侵略者がククルカンの末裔のような顔をしていたのか」

 「ククルカンの末裔ではないのであるから、討ち果たしたところで、何のたたりもない」

 「して、ククルカンは元気で居られるのか」

 スキアが興味深そうな顔をして竜王丸に訊ねた。

 「おお、息災にして居られる。ククルカンは年齢(とし)を取らない。かくしゃくとして居られる」

 「軍神殿たちは暫くここにご滞在か」

 アーキンマイが訊ねた。

 「貴殿たちがご迷惑でなければ、暫くここに逗留致すつもりであるが」

 「おお、それはありがたいことだ。いつまででも、この村に居られよ」

 広場で固唾を呑んで見ていた村人が安堵の声を上げた。

メシーカの再襲撃を恐れている村人は本心から竜王丸たちの滞在を喜んでいたのであった。


 その夜は、村をあげての歓迎の宴会となった。


 神殿ピラミッドの前の広場で、竜王丸たちにご馳走がふるまわれた。

 鹿、七面鳥、土鳩といった肉、パパイヤ、マンゴーといった果物、マメ、トマトといった野菜がところ狭しと並べられた。

とうもろこしを挽いて粉状にしたものを軽く焼き、薄いが柔らかい煎餅にし、中に鹿の肉、鳥の肉を挟み、唐辛子をかけて食べるのが義清、弥兵衛には気に入ったものとみえて、何個も平らげていた。

 また、酒もふるまわれた。蜂蜜から作られたという酒はにおいがきつく飲めたものではなかったが、サボテンから作られた酒は飲みやすく、義清はぐいぐいと飲んだ。


 「義清さまはお酒がお強いな」

 スキアが感心したような口ぶりで言った。

 「これはいかがかな?」

 と、義清にタバコを差し出した。噛みタバコと葉巻タバコがあったが、スキアが義清に差し出したタバコは葉巻タバコであった。吸い方を教わり、義清も一口吸ってみた。

 「ああ、これはいかぬ。煙うて、煙うて、いかぬわ」

 義清はむせって、ごほごほと咳をしながら、スキアに返した。

 「慣れれば、美味しいものよ」

 スキアはさぞ美味そうに吸い始めた。


 「時に、皆さまが着ておいでになるその薄物は何かな?」

 ホルポルが弥平次に訊ねた。

 「ああ、これでござるか。これは、いわば、鎧でござる」

 「鎧とな。そんな薄いもので大丈夫なのか?」

 「まだ、経験したことはござらぬが、ククルカン殿の話に依れば、矢も刺さらないとか」

 「まことに。いや、驚いた」

 「ホルポル殿。その肩に居る猿はおとなしうござるな」

 「ナコンという名を付けています。今はおとなしくしていますが、敵が近くに居る時は私の耳を引っ張ったりして結構うるさくします」

 「はあ、それは便利な生き物でござるな」


 弥兵衛が汁椀を差し出しながら、ホルポルに訊いた。

 「ホルポル殿。ちと、訊ねるが。この肉は何じゃ? 少し、香りがきつうござるが」

 「どれ。ああ、その肉はあそこに居る動物の肉ですよ」

 ホルポルが近くを指で指した。

 「あのうずらの肉でござるか?」

 「いや、その脇に居る動物の肉だよ」

 「えっ。まさか! 犬の肉?」

 「そうです。どこの家でも家畜として飼っており、このような宴会の時に、つぶして食べるのです」

 「知らなんだ。竜王丸さま、この汁の肉は犬とのことでござる。それがし、犬と知っておれば喰わざるものを」

 弥兵衛の顔は少し青くなった。ふいに、席を立って近くの野原に行った。急に、気分が悪くなったものとみえた。吐いたのかも知れない。

 「それがしも、犬は駄目でござる。まして、あのような可愛い犬を喰らうとは」

 義清も絶句してしまった。竜王丸も表情には出さなかったが、目の前の汁には未だ手をつけていなかったことを心中秘かに喜んだ。


 「竜王丸さまたちは、犬の肉は嫌いなの?」

 女の声がした。傍らを見ると、ウツコレルが微笑んで座っていた。ウツコレルの顔が間近にあり、息は芳しく甘かった。竜王丸は少しうろたえたように言った。

 「これは、これは、ウツコレル殿か。実は私も苦手なのだ。私の国では犬を食べる習慣があまり無いので」

 「私も嫌いなの。だって、あんなに可愛くて、なついている動物を殺して、食べるなんて出来ないの」

 こう言って、ウツコレルは可愛い眼差しで竜王丸を見上げた。


 そこに、一人の若者が現われた。

 頑健だが、しなやかな体躯の若者だった。


 「ククルカンの軍神殿。お初にお目にかかります。私は、ホルカッブと申します」

 「こちらこそ。私は竜王丸です」

 「このたびは、ここにいるウツコレルの姉のシュタバイを他の娘たち共々、メシーカよりお助け戴き、本当にありがとうございました」

 「ホルカッブ殿、あなたについてはシュタバイ殿からいろいろとお噂は聞いています。この部落の軍隊の長とか」

 「いや、長はあそこに居るホルポルで、私は分隊長に過ぎません」

 「たいそう、勇敢な勇士とか」

 「軍神殿からそう言われると、まことにお恥ずかしい。実は、あのメシーカ族の奇襲の時、私は分隊を率いて闘いました。メシーカを撃退し、部落に戻ってみたら、シュタバイたちがさらわれたということで村は悲嘆にくれていました。すぐ、私はメシーカの後を追いかけて行きましたが、どうしてもシュタバイたちには追いつけないで。ウツコレル、ごめんよ」

 「ホルカッブ殿。誰もあなたのことは責めていない。それでも、たまたま私たちが通りかかったから、未だ良かった」

 「ホルカッブ。竜王丸さまたちは凄いのよ。メシーカたちをあっという間に、やっつけちゃって」

 「その太刀という刀で、メシーカを真っ二つにしたとか。シュタバイから聞きました」


 「時に、その時の奇襲で、村の損害はどの程度でありましたか?」

 「戦士が十人近く、討ち死にしました。他、戦士以外の村人の死者が五人ほど、負傷した者が二十人ばかり、といったところです」

 「また、来ますか?」

 「おそらく、近い内に本隊が来ます。その時は、奇襲では無く、本隊同士の戦いになります。部落の戦士で防げれば良いが、戦士で防御出来なければ、敵は村にも侵入し、村人を殺すか、捕虜にして引き上げることとなります。捕虜は、貴族、戦士が生贄となり、他は奴隷とされます」

 「現在の戦士の数で防げますか?」

 「戦士の数は二百人ばかりしか居ません。メシーカは噂に依れば、駐屯しているところの戦士だけで、千人は居るとのことです。余程の僥倖が無ければ、勝てません」

 「村人が戦士になれば、勝てます」

 「はッはッ。数としては、そうですが。戦士と普通の村人は違います。戦士は神から選ばれた者で、闘いで不幸にして死んでも、天の国に行けます。村人は死んでも、天の国には行けず、地底の国に行き、そこでいろいろな試練を経て、ようやく天の国に行けるということになります。これは、メシーカも同じで、メシーカの戦士も強靭な精神と強靭な体躯をしています」

 「ホルカッブ殿。良ければ、明日にでも今後の闘いに関してお話をしたい。出来れば、首長にも同席戴きたいと思っているが」

 「承知しました。アーキンマイさまに話しておきます」

 ホルカッブが去って行った。ウツコレルがパパイヤを剥いて、竜王丸に差し出した。

 竜王丸は食べながら、何か策があるはずだと考えていた。


 朝になった。


 「アーキンマイ殿。昨夜、ここに居られるホルカッブ殿に聞いたところでは、この部落の戦士は二百人足らず、一方、メシーカは駐屯地だけでも千人は居るとのことです。奇襲では何とか凌げたものの、隊を整えて、メシーカが攻めてきたら、勝ち目は薄いのでは」

 アーキンマイは傍らに居るスキアの顔をちらりと見てから、呟くように言った。

 「我らには、昔からの神々が付いている。これは、神々同士の争いじゃ。向こうの神々が勝つか、我々の神々が勝つか。誰にも判らない」

 「アーキンマイ殿。確かに、宗教的にはそうであろうが、実際に闘うのは兵士自身であると存ずる。戦いで、五倍の敵に勝つのは容易ではない」


 「確かに、竜王丸殿の言う通りだと思う」

 マヤパンから帰ったばかりのホルカンが竜王丸に賛意を示した。

 「マヤパンの王に会って来ましたが、マヤパン王国も北西から襲来するククルカンの末裔と称する者の対応に追われ、とても我々の部落に応援の戦士を派遣出来る状態ではありませんでした。メシーカ族との戦はマヤパンの助けが期待出来ない以上は我々だけで何とかしなければなりません。五倍の敵にどうやって勝利するか、それを議論すべき時と思います。」


 「それで、竜王丸殿の策は? お聞かせ戴きたい」

 じっと、聴き入っていた戦士の長・ホルポルがおもむろに言った。

 竜王丸は静かに語った。

 「まともに、戦士だけで闘ったのでは勝てません。村人を戦士にすれば勝てます」

 「村人を戦士にするとは?」

 ホルポルが驚いたように、首を捻った。

 「村人を訓練して、戦士に仕立てるのです。勿論、体力、資質、共に劣る村人は一人前の戦士には到底なれません。しかし、有利な条件の下で、三人がかりならば、一人の敵の戦士に勝つことはたやすいことです。例えば、一人しか通れない道を作って、敵をおびき寄せ、三人がかりで一人の敵にあたるようにすれば、いかに屈強な戦士であっても、三人を倒すのは至難の業と心得るが」

 「なるほど、竜王丸殿のご意見はもっともと思われるが、具体的にはどのような仕掛けをするのか?」

 「案はあります。但し、これから、この村と周囲を隈なく見させて戴く。案はその後でお話することと致したく」

 「あい分かった。ホルカッブ、ホルカン、両名はこれから竜王丸殿たちを案内して、部落の中と周囲を見て戴くこととせよ。アーキンマイさま、それで宜しいですな。では、夜にでも、また集まることとしましょうぞ」


 竜王丸たちはホルカッブとホルカンに案内されて、いろいろと確認しながら、部落の内外を歩き回った。

 小高い丘がある程度で、周囲は密林に囲まれているとは言え、平原であった。このままでは、周囲から殺到して来る敵に対して到底守りきれるものではない、と竜王丸は思った。 

罠を仕掛けて、一人ずつしか入って来れなくするしか無い。ざっと、見て回った後で、竜王丸は義清たちを集めて、自分の考えを告げた。

 

 「敵が侵入して来る入口を数箇所に限定する。後は、柵を巡らし、たやすくは入れないようにする。侵入して来るであろう入口は広く、出口は狭く作る。外からは分からないようにしておく。出口からは一人ずつしか出て来れないようにする。出てきた敵は村人三人がかりで確実に仕留める。ざっと、このような考え方であるが、そなたたちの意見はどうか」

 「部落はかなり広うござるによって、柵を作るにしても時間がかかることと思われまする。明日からでも作るように段取りすべきでござろうか」

 「義清殿の申すこと、もっともでござる。柵にする木は密林故、いくらでも手に入りもうす。まして、それがしたちの刀の切れ味は抜群でござるによって、柵となる木は簡単に作ることが出来もうす」

 弥兵衛が義清の後を受けて、竜王丸に言った。

 「それと共に、敵方の情報も必要でござる」

 「それならば、この弥平次にお任せあれ。敵の戦士を一人捕らえてまいれば事は足りるかと存じ候」

 「うむ、それも大事なこと。弥平次の申し出をホルカッブ殿に諮ってみようぞ」


 昼間の照りつけた太陽もようやく西に傾き、赤い夕焼けが空いっぱいに広がった。

 少し、涼しい風が吹いていた。

 ピラミッドの前の広場に、朝に集まった者たちが再度全員集まった。

 焚き火に照らされて、赤く塗られたピラミッドは不気味さを増していた。

 竜王丸は今日観察した結果を簡単に述べた上で、義清たちと諮った防衛策を皆に説明した。ホルポルは大きく頷いて賛同を示した。

 「軍神殿のお助けを得て、早速明日より柵作りに取りかかることと致そう」

 「時に、部落の者に対する訓練は、どのようになさるおつもりか?」

 ホルカッブが訊ねた。

 「それがしたちにお任せあれ」

 義清が弥兵衛の顔を見ながら、断固とした口調で言った。

 「敵を一名、捕虜にする故、配下の戦士を二人ほどお貸し下されい」

 弥平次がホルカッブに言った。

 「承知しました。で、行動は?」

 「今夜、今からでござる。夜の内に敵の軍営に忍び込み、一人掻っ攫ってまいる」

 「おう、何と大胆な。後学のために、私とホルカンが同行することとします。ホルカン、いいな」

 「ホルカッブ。言うには及ばず。望むところよ」

 ホルカンが屈強な腕の筋肉を誇示しながら応じた。


 早速、弥平次、ホルカッブ、ホルカンの三人が部落を後にして、メシーカの駐屯地に向かった。残った者たちで、柵の造営、村人に対する訓練の仕方といった事柄を話し合った。


 部落の入口を出て、三人は早足でメシーカが駐屯していると目されているところに向かった。鳥の鳴き声と時折り密林に響く猛獣の唸り声を聞きながら、三人は歩いた。

 二里(約8キロ)ばかりも歩いたであろうか、密林の樹々の間から灯りが垣間見えて来た。その内、密林から草原に出た。遠くに、灯りが散在して見えていた。メシーカが野営している駐屯地の焚き火の灯りと見えた。

 夜の見張りが居るかも知れない。三人はそう思い、静かに歩いた。弥平次が不意に立ち止まった。そして、おもむろに身をかがめて前方を凝視した。ホルカッブとホルカンも弥平次に倣い、身をかがめた。弥平次と同じ目線で見ると、前方に人影が微かに見えた。

 「見張りでござる。一人しか見えぬ。あの者が良かろう。捕らえてまいる故、ここでお待ちあれ」

 そう言うなり、弥平次はするすると草叢を歩き始めた。ホルカッブ、ホルカンの二人は顔を見合わせた。今まで気付かなかったが、弥平次の足音は全く聞こえなかったのである。


 弥平次は音も無く、その見張りの者に近づいた。そして、左手で口を押さえ、右手を首に廻して締め落とした。ほんの数秒の間で、その見張りの者は失神した。弥平次は担いでホルカッブたちのところに戻ってきた。猿轡を噛ませ、用意してきた縄で手と足を縛り、棒を通して、ホルカッブとホルカンが前後で担いだ。


 明け方近くになって、弥平次たちは部落に辿り着いた。

捕虜は途中で蘇生し、暴れたが、弥平次に当て身を食らわされ気を失っていた。

 捕虜は周囲を見て、愕然とした。いつの間にか、マヤの部落に居るのだった。

目の前には赤い血の色をしたピラミッドが屹立していた。

 

「お前は昨夜、私の捕虜となって、ここに連れて来られた」

 頭の中で響く声を聞いて、捕虜は茫然とした。

 「ここは、お前たちが襲おうとしているマヤの部落の真ん中だ。とても、逃げられるものではない。諦めることだ」

 

捕虜は話しかけてくる男を見た。見慣れない白い服を着ていた。顔は薄い透明な皮のようなもので覆われていた。手に、白い外国人と同じような長い刀のようなものを持っていた。その男の傍らに、二人のマヤの戦士が控えていた。なるほど、俺は囚われていると思った。これから、生贄とされるのか。首を斧で斬られ、生皮を剥がれ、無残な姿をさらけ出すのか。その男の脳裏に皮を剥がれた自分の哀れな姿がよぎった。絶望した。

 

「お前の答え次第では、殺さない。分かったか?」

 捕虜の男は思わず大きく頷いた。マヤの二人の戦士がニヤリと笑った。

 「お前の名前は?」

 「アウイクック」

 「年齢は?」

 「二十歳」

 「お前の身分は? メシーカの戦士か?」

 「そうだ」

 「お前たちの野営地はあそこだけか? 他には、無いのか?」

 アウイクックは返答を躊躇った。

 「答えることだ。答えなければ、ここに居るマヤの勇士が、お前たちの流儀で、石でお前の指先を一つずつ、潰していくこととなる」

 アウイクックは少し考えていた様子だったが、やがて諦めたように重い口を開いた。

 「そうだ。今はあそこの駐屯地だけだ」

 「戦士の数は?」

 「千三百人ほどは居る」

 「ここに襲って来るのはいつだ?」

 「よく知らないが、矢の準備が出来次第、ここを襲うと聞いている」

 「矢の準備はいつごろ完了する」

 「なかなか、矢じりが入って来ないという話だ。一週間はかかるだろう」

 「よし、素直に話せば話すほど、お前の命は長く保証される。次は、・・・」

 捕虜から、あらかた必要なことを訊き出すことが出来た。

捕虜は訊問の後、捕虜第一号として部落の裏手にある洞窟の岩牢に閉じ込められた。


 「弥平次、お手柄であった。早速、ホルポル殿に話すことと致そう。弥平次は、昨夜は寝ていないであろうから、今日はゆるりと過ごせ」

 竜王丸から褒められ、弥平次は心底から嬉しそうな表情をした。

 「さて、義清、弥兵衛の両名はこれから、村人と共に、柵作りに行ってまいれ」


 竜王丸たちが出かけ、弥平次は木陰でうつらうつらしながら、時を過ごした。

 どこかで、自分を呼ぶ声がした。前に、ウツコレルが立っていた。

 ウツコレルは不思議な女性(にょしょう)だと、弥平次は思っていた。何故かは知らないが、息は甘く芳しく、体からは花の香りがするのであった。それに、見たことのない美しい顔立ちをしていた。


 「弥平次さん。教えて。竜王丸さまは私が近づくと迷惑そうな顔をするの。それまでの柔らかな態度が急に堅苦しい態度になるの。どうしてなの。ウツコレルが醜いからなの?」


 弥平次はびっくりした。ウツコレルは自分を醜いと思っているのだ。まじまじと、ウツコレルの顔を見詰めた。どうも、冗談では無さそうだ。そう言えば、マヤの美的感情は異なるとククルカンから聞いた。マヤには独特の美的感覚があり、後方に向かう扁平な額と斜視が貴いとされる、とか。その範疇から言えば、ウツコレルはマヤの美しさからは遠くかけ離れ、逸脱していた。しかし、弥平次の目から見たら、ウツコレルの容姿はまるで、子供の頃、絵草子で見た竜宮城の乙姫さまのように優雅で華麗であった。


 思わず、この男には似合わないことであったが、上ずった声でウツコレルに言った。

 「醜い、だなんて。ウツコレルさん、それは逆でござる。竜王丸さまは、ウツコレルさんがあまりに美しいので、つまり、その、・・・、男として照れているのでござるよ」


 ウツコレルもびっくりした。今まで、自分が美しいだなんて、誰にも言われたことは無かったのだ。部落の者は皆、自分をあたかも出来損ないのものを見るような、憐れみを持った目で見ていたからである。私が美しいだなんて、しかも、竜王丸さまは私が近づくと照れるだなんて、思いもよらなかった。

 

ウツコレルは混乱して何も言わず、弥平次のもとを慌てて去った。

 弥平次は苦笑いしていたが、またごろりと寝そべり、うつらうつらし始めた。


 部落周辺の密林の中では、義清と弥兵衛が樹木を斬っていた。


 日本では到底斬れそうもない太さの樹が簡単に切り倒すことが出来るのだった。

 これも、ククルカンのおかげか、と義清たちは思った。

いくら、斬っても刃先の刃こぼれは一切無かった。斬れ味も変わらないのだ。

 部落の者は皆、呆れたような表情をして二人の伐採を観ていた。


 義清と弥兵衛が切り倒した樹を村人が総出で枝を払った上で、部落に運び、周囲に柵を巡らすという段取りで進んだ。五千人による壮大な土木工事と言えた。


 竜王丸は柵の次は、門作りと考えていた。門と言っても、城門であり、三人は入れるが、段々と通路が狭められ、最後は一人ずつしか出られないという仕掛けの門である。奥が狭まっていくトンネルのような門である。警戒されないよう、入口は広くしておく必要がある。入口が狭くては、警戒される、と思ったのである。

 

また、夜は夜で、村人で屈強な者を選抜して、槍の訓練をさせることも考えていた。

 当時、槍は投槍であった。敵目掛けて、アトラトルといった槍投げ用の治具を用いて槍を投げつける、ということが槍を使う常識であった。

 

竜王丸たちは槍を投げずに、手で持って突き刺すということを村人たちに教えるつもりであった。槍を持っては達人である北畠弥兵衛が居る。

 そのためには、槍も作らねばならない。穂先には黒曜石とか火打石といった石器は付けず、鋭利に尖らすだけで良いと思っていた。槍になりそうな木の選定をホルポルに依頼しておいた。


 数日が過ぎた。


 部落の周囲は頑丈な柵で囲われた。柵は、木の枝で覆われ、中が覗けないようにされていた。柵では無く、塀のように見えていた。高さは十尺(3メートル)程度であったが、登れないように、外側に傾けてあった。


 部落の正面と裏と、要塞みたいな門が二箇所造られていた。高さは二十尺(約6メートル)程もある頑丈な石積みの門となっていた。入口は五、六人は楽に入れそうな広さだったが、中は暗く、歩くにつれて、道幅が狭くなっていた。一人しか通れない狭さとなった。

奥が突き当たりとなっており、左に曲がると右手が明るくなっている。


そこがようやくこのトンネルの出口であり、そこに三人の村人が槍を持って、待ち構えるという仕掛けだった。敵の戦士一人には必ず、三人の槍を持った村人が応戦することとした。槍の使い方に関しては、弥兵衛が手を取るようにして、じかに教えた。


「敵に、情けはかけない。下手な情けは後日の仇となる。三人の内、真ん中の者は敵の顔を突く。左右の二人は、敵の足を突く。先ず、倒してから、今度は三人の槍で敵の喉を突く。こうすれば、必ず勝てる」


弥平次は村人と協同して、弓と矢作りに励んだ。


竜王丸はまた、敵の矢が上から飛来することを想定し、屋根付きの兵士道を要所要所に設けた。この道を通って、兵士が村の中を移動する限り、頭上から飛来してくる矢は無力化されると考えたのである。


村の婦女子、年少者並びに老人に対しては、避難所を設けて、戦闘時は一箇所に集めておくように手配した。避難所の屋根には厚く土を盛り、火矢に備えることとした。


竜王丸の指揮下、模擬戦も行い、連携する動き等で齟齬ある場合は即座に修正した上で、全体の統制を徹底した。


このようにして、一週間が瞬く間に過ぎた。


斥候に出していた戦士の一人がメシーカの本隊が粛然と村に近づきつつあるという知らせを持って、ホルポルのところに現われた。



五の巻 終わり


六の巻


 メシーカの本隊が襲来するとの報に、部落に緊張が走った。


 部落は竜王丸の全体的な指揮の下、臨戦態勢に入った。

 老人、年少者、婦女子といった非戦闘員は竜王丸が新設した緊急避難所に退避した。

 戦士は部落の入口に整列した。その他の戦闘員は正面入口の門、背後の入口門、及び柵の要所要所で、予め決められた戦闘配置についた。


 メシーカの本隊は部落の入口にある密林を抜けたところに広がる草原に陣を張って、マヤの出方を待った。

 中央に、天幕を張って、隊長である貴族と神官が座っていた。そして、傍らにはおどろおどろしい姿をした戦いの神の偶像が輿に載せられて鎮座していた。


 降伏か、全面的に闘うか、いずれかの選択しか無かった。


 全面的に闘う場合は、メシーカと対峙する形で草原に陣を張り、首長のアーキンマイと神官である、ナチンの父、マーシェクが座り、やはり戦いの偶像を載せた輿が傍らに控えることとなり、その後双方の闘いが始まるというのが戦争の形式であった。


 マヤの戦士が行列をつくって、行進し、メシーカの陣と対峙する形で戦いの陣を張った。

メシーカの陣は広大に見えた。草原の端から端まで、戦士で満ち溢れているように見えた。中央の貴族の周囲には、猛獣の毛皮を被った戦士と鷲の頭と羽毛を纏った戦士がそれぞれ百名程度整列していた。これらの戦士が最強の戦士とされた。総勢は、捕虜が言った数字、千三百人より多いように思われた。一方、マヤの戦士は総勢で二百人足らずであり、装備も貧弱であり、戦闘が始まったら、すぐにでもメシーカの軍勢に呑み込まれてしまうかのように思えた。しかし、ホルポルの指揮の下、士気は高かった。


メシーカから、隊長と思われる貴族が立ち上がり、降伏を勧めた。

マヤの陣からは、アーキンマイが立ち上がり、否と答えた。

双方の弓の戦士が前に出て、矢を空中高く相手の陣目掛けて打ち込んだ。

それが闘いの始まりだった。


空中から飛来した矢を盾で受けてから、マヤの戦士軍はすばやく撤退し、部落の入口から中に入った。出口から急に現われた戦士を見て、槍を持った村人が色めきたった。

「あわてるな。俺たちだ。味方だよ」

マヤの戦士に言われて、照れくさそうに槍を下ろす村人がおり、付近は笑いに包まれた。

弥兵衛は高らかに叫んだ。

「今は、我々の戦士が中に入ってくるが、全員入ったら、その後は、敵が来る。その時は情け容赦無く、三人がかりで仕留めるべし」

弥兵衛の声に応じて、百人ばかりの村人が槍を上げて歓声を上げた。

これなら、勝てると弥兵衛は確信した。


マヤの戦士を追いかけて来たメシーカの戦士は入口で逡巡した。周辺を確認しながら巡回した。周辺は全て、塀に囲まれていた。塀は高く、そのままでは入れそうに無かった。 

はしごを作る余裕は無かった。やはり、入口から入るしかないか、そう判断して、入口に戻り、次々に中に躍りこんで行った。


門の出口から、メシーカの戦士が一人飛び出すように出て来た。弥兵衛が首を一突きした。二人目が出て来た。村人が囲んで、槍で足を突き刺した。その二人目の戦士は地面に倒れ、転がった。その首筋に三本の槍の穂先が突き立った。三人目も村人に倒された。四人目も同じ運命を辿った。運よく、村人の槍の穂先にかからなかった者は弥兵衛の槍の餌食となった。


一方、裏門からもメシーカの戦士が侵入してきた。多くは、村人の槍にかかって果てた。

村人の手に余る者は義清の刀の餌食となった。義清の刀を受け止めようと黒曜石の刃を付け

た棍棒を出した者はその棍棒共に体を分断されて地面に無残な骸をさらした。義清の刀を止めるものは何も無かった。全て、真っ二つに断ち斬られた。その圧倒的な斬れ味を目撃した村人は義清を神だと思った。まさに、全能の神、ククルカンが下界に下しおかれた軍神と映った。


 門の入口から入らずに、門を登ろうとした者は待ち構えていた村人に突き落とされ、やはり三人がかりの槍の餌食となった。

 

 メシーカの第一陣はこのように全滅した。部落は静まり返った。

 あまりに、静かな部落の様子に不審を感じたメシーカは、第二陣を送らずに、遠くから矢を射込むこととした。矢は何百と空中から飛来したが、竜王丸の案で新設した屋根付き通路に隠れた戦士たちへ損害を与えることは出来なかった。

 その内、火矢が空中から飛来した。家は燃え上がったが、土の屋根を持った避難所に退避した村人の被害は無かった。

 但し、燃え上がる家の火の粉を見て、効果ありと踏んだメシーカの貴族は第二陣の突入を命じた。第二陣が投入された。また、百人ばかりの戦士が入口から躍りこんで来たが、前と同様に次々と討ち取られて行った。


 暫く、喧騒が続いた後、また静けさが戻った。

 第三陣が襲って来た。今度は殆どの部隊が襲って来た。入口から突入する者、塀を破って侵入しようとする者、門を乗り越えて突入して来る者など全軍挙げての突入であった。

 塀の近くには、落とし穴が設けられてあった。落ちた者を待っているのは、地面に刺した槍の鋭い穂先であった。また、魔術師スキアが一週間の間に密林や草叢で集めた毒蛇も穴の中で、落下して来る哀れな戦士を待ち構えていた。辛うじて、塀を乗り越えようとする者には矢の洗礼が待ち受けていた。竜王丸、弥平次の弓の腕前が十分に発揮された。乗り越えようとした者の胸を、首筋を竜王丸、弥平次、そして村人が放った矢が貫いた。


 メシーカの軍は惨憺たる敗北を喫し、幾多の戦死者を残して退却した。退却していく軍にマヤの部落から矢が浴びせかけられた。メシーカは打ちひしがれて退却して行った。


 マヤの大勝利だった。討ち取ったメシーカの数は三百人近い数となっていた。一方、マヤの死者は十人にも満たなかった。


 メシーカの場合は、闘いで討ち取った敵の首を切り落として、側頭部に大きな穴を開け、その穴に木の杭を通して、ピラミッドの傍に飾るという残酷な風習がある。これは、少し離れた、チチェン・イッツァというマヤの嘗ての盟主でも行っていたという話をホルポルが苦々しい表情でしていた。


 闘いが終わった後、神官の息子のナチンがこれを言い張った。

 「この三百の死体の首を斬り落として、杭に通して、ピラミッドの前の広場に飾ろうではないか。神々もきっと喜ぶに違いない。この次の闘いでも神々の助けがあるに違いない」

 「ナチンよ。思い違いをしてはいけない。今回の勝利は一重に、ここに居られる竜王丸さまたち、ククルカンの軍神の助けがあったれば、のこと。竜王丸さまの意見を聴こうではないか」

 ホルポルがたしなめるように言った。


 「それでは、ククルカンの戦士を代表して申し上げる。ククルカンは人身供犠に反対をしておられた。これは、ククルカンの神話の中で皆さんもご承知のことである。ククルカンは今でも健在であり、人身を生贄にすることには反対しておられる。今回の勝利は、この部落の全員がそれぞれ戦って勝ち取った勝利である。神々の助けなど、今回は不要であった。従って、神々に生贄などを捧げる必要は無く、ククルカンもナチン殿の提案を喜ばないと存ずる」


 ナチンが冷たい眼で竜王丸を睨んだ。次の闘いで勝てば良し、負けた場合は生贄を行わなかったが故に負けたと言うことが出来る、ナチンなりの計算が働いた発言であり、提案であった。 

ナチンは心の冷たい男だと竜王丸たちは思った。


 夜は勝利の宴会となった。竜王丸は油断をせず、義清、弥兵衛、弥平次に二、三人の戦士を付けて、交代で周辺を見張らせた。


 しかし、宴会で竜王丸には苦手なことがあった。前回の宴会でもそうだった。来ないで欲しいと思ったが、今回も竜王丸の願いは叶わなかった。

 「竜王丸さま。今回の大勝利、おめでとうございます」

 ウツコレルが傍に来た。花の香りがした。竜王丸にとっては、一番の苦手がウツコレルだった。竜王丸にとって、女性(にょしょう)という異性は春日だけだった。春日は竜王丸にとっては乳母で母のような存在であった。ウツコレルのような若い娘が傍に座っているという経験はこれまでの人生では無かった。まして、ウツコレルは眩しいほど美しい娘だった。


 「いや、村人の力です。協同で事に当たれば、どんなに困難な事にでも対処出来ます」

 話しながら、つまらないことを話している己が嫌になった。もっと、ウツコレルが喜びそうなことを話してあげたいという気持ちにさせられた。

 「でも、竜王丸さまが居なければ、村人の心は今のように一つにはなりませんでした。竜王丸のお力は素晴らしいわ」


 ウツコレルはますます竜王丸に近づいてきた。竜王丸は座をずらして、ウツコレルから遠ざかろうとした。竜王丸のそのような仕草はウツコレルを悲しませた。やはり、竜王丸さまは醜い私をお嫌いなんだ、と思い、うつむいて竜王丸から離れて行った。


 下座で二人の様子を弥平次はやきもきしながら見ていた。ウツコレルが悲しそうな顔をして去って行った時、弥平次は思い切って、竜王丸のところににじり寄った。

 竜王丸は微笑みながら、弥平次を見た。


 「弥平次。本日の働き、まことに見事であった。特に、弓の働きは抜群であった」

 「お褒めにあずかり、ありがとうござりまする。ただ、一つ、竜王丸さまに申し上げたき儀がござる」

 「ほぉ、何じゃ?」

 「今の娘、ウツコレルさんのことでござる」

 「ウツコレル殿が何か?」

 「竜王丸さまから冷たくされて、今、おそらく、あの樹の下で泣いておりまする」

 「泣かせるようなことはしておらぬが」

 「ウツコレルさんは自分を醜いと思っており、その醜さ故に、竜王丸さまから嫌われていると思っていますのじゃ」

 「醜い? ウツコレル殿の顔が醜いと? 誰が申しているのじゃ、そんな愚かなことを」

 「竜王丸さま。ならば、行って声をかけなされ。お前は醜い娘ではないと。すぐ、泣きやみまするによって」


 ウツコレルは弥平次が指差した樹の陰で、すすり泣いていた。

 竜王丸はおずおずと近づいた。

 ウツコレルは竜王丸に気付き、顔を伏せて、泣くのを堪えた。

 「ウツコレル殿。弥平次から聞いたが、自分を醜いなどと思うのはおよしなされ」

 ウツコレルは顔を上げ、竜王丸を涙で潤んだ眼でじっと見詰めた。


 「私の顔をよく見て欲しい。ウツコレル殿と同じ、額は変形しておらず、生まれた時のままだ。また、眼も生まれた時のままで、別に寄り目にはなってはおらぬ。ウツコレル殿の顔は私たちククルカンの戦士の顔と同じなのだ。醜いなどと思ってはならぬ。それに、私は、・・・、ウツコレル殿を、・・・、どうもうまくは言えぬが、私がこれまで見た娘の中で一番美しいと思っているのだ」


 竜王丸のこの言葉を聞いて、ウツコレルは一瞬信じられないという顔をしたが、その後、明るく輝くような微笑に変わっていった。


 「本当? 本当なの、竜王丸さま?」

 竜王丸は思わず、ウツコレルの手を握った。

 「本当だ。本当だとも、ウツコレル殿。そなたは美しい娘なのじゃ。醜いなんて、とんでもない話だ。そなたは美しい。可愛く、綺麗で、美しい娘ぞ」

 「嬉しい。本当に嬉しいこと」

 ウツコレルは竜王丸の胸に顔を埋めた。


 「来年、私は十五になります。十五になったら、私もシュタバイのように、腰に飾り紐を付けます。結婚出来るという印です。その時、竜王丸さまのお気持ちが変わらなかったら、私に求婚して下さい。お気持ちが変わっていたら、私は一生を神々に仕える巫女となります」

 早口でこう言い残して、ウツコレルはすばやく竜王丸の唇に接吻して走り去って行った。


 「アーキンマイさま。今回の勝利をどのようにお考えで?」

 ピラミッドの頂上の神殿で葉巻タバコを吸っていたアーキンマイにナチンが話しかけた。

 「ナチンか。わしは、竜王丸殿たちのご尽力が大きいと思っている」

 「では、竜王丸殿たちがククルカンのところに戻ったら、いかがなさるか?」

 「しかし、竜王丸殿たちは暫くこの部落に留まってくれるとのことだが」

 「今はそうでも、何ヶ月、何年も滞在するという保証はございませぬ」

 「それはそうじゃが。ナチン、お前は一体何が言いたいのじゃ」

 「お分かりなさらぬか? 私はメシーカとの和睦を望んでおります」

 「和睦? 和睦とな。愚かなことを軽々しく言うべきではないわ。あやつらとの和睦は降伏ということじゃぞ。降伏した部族に対して、あやつらはやりたい放題のことをするのじゃぞ」

 「それは、闘わずに降伏した部族、闘って脆くも敗北した部族のこと。我々は本日の闘いに勝っております。勝っている内に、和睦した方がアーキンマイさまも安泰というもの。よくよく、お考えなされ。いつまでも、竜王丸殿たちはこの部落に滞在するということはありませぬ。竜王丸殿たちがここを去ってから、メシーカが何回か襲ってきたら、いかがなさるおつもりか。メシーカはまだまだ、各地に戦士軍を残しておりますぞ」

 アーキンマイは葉巻タバコを咥えたまま、じっと眼を閉じた。

 「一時の勝利に酔ってはなりませぬ。今回の勝利は、竜王丸殿たちが居ったればの勝利。竜王丸殿たちが去ってからはいつまでも勝利するものではありませぬ。戦えば、戦うほど、メシーカの憎しみは増します。特に、首長であるアーキンマイさまへの憎しみは増していくのですぞ」

 アーキンマイは何も言わず、眼を瞑ったままでいた。

 「勝っている内に和睦した方が賢い選択ですぞ。部族を安泰に繁栄させるのが、首長たるアーキンマイさまの手腕でございますよ」

 ナチンは囁くように言って、神殿を降りて、深い闇の中に消えた。


 竜王丸が戻って来るのを待ちかねたように、ホルポルが話しかけてきた。傍らに、ホルカンとホルカッブが控えていた。

 「竜王丸殿。少し、お話があります」

 竜王丸は、先ほどのウツコレルの大胆な行為で半ば茫然としていたが、ホルポルの言葉を聞いて、我に返った。


 「ホルポル殿。何なりとお話し下され」

 「今後のメシーカ族とのことです」

 竜王丸は耳を傾けた。


 「今回は、竜王丸殿たちのお力を賜り、勝つことが出来ました。しかし、竜王丸殿たちが当地を離れてから、メシーカが数を頼んで何回も戦いを挑んできたら、今回のように、敵をおびき寄せて討ち果たすというような戦いはいつまでも通用するとは思いません。今後、どのようにしたら良いのか、お教え戴きたい」


 ホルポルのみならず、ホルカン、ホルカッブも真剣な顔をして竜王丸の言葉を待った。


 「メシーカとは、宗教も異なり、本来相容れない部族と思いますれば、和睦という姑息な手段は論外。和睦は相互共存という保証があればこその和睦であり、上に立つ者の一時しのぎの安泰のための和睦であってはならない。仮の和睦は早晩滅亡に繋がるということを先ず認識して戴きたい。メシーカのような軍事国家とは断固戦わなければなりません。そのためには、この部落が盟主となって、近隣の部落を纏め、連合軍を編成することが必要かと思います。この部落が盟主となるのが無理な場合は、マヤパンの王に盟主になってもらい、とにかく、マヤの連合軍を編成し、メシーカに戦いを挑むということが必要でしょう。部落毎の個別の戦いでは、いつしか個別に撃破されてしまいます。部落連合によるマヤ連合軍の編成と兵士の訓練で勝ち味は自ずと見えてきます。とにかく、軍事国家は後顧の憂いを絶つためにも、早めに滅ぼさなければなりません」


 一夜明けた、翌日のこと。


 アーキンマイは部落の貴族、神官たちを一同に集めた。

 メシーカ撃退後の今後の部落の対応を協議することとした。

 会議では、早期和睦を進めるべしとする神官側と徹底抗戦を主張する戦士側と二つに別れて議論が闘わされた。いずれにしても、決定は首長であるアーキンマイに委ねられることとなるが、アーキンマイは双方の議論を黙って聴いただけで、何の発言も無かった。

 結局、双方の意見が繰り返されただけで、会議では何も決まらなかった。

 今は、メシーカの再度の襲撃に備え、部落防衛の柵及び城門の修理は進めておくということだけが確認されたに止まった。

 アーキンマイは会議の後、一人呟いた。ホルポルはわしの敵か。


 竜王丸は一人、部屋に籠もって、瞑想していた。

 義清と弥兵衛は柵の補強のために、森に樹の切り出しに行った。

また、弥平次は弓の製作を村人に指導していた。


 いつまでも、この村に滞在しているわけには行かない。そろそろ、村を離れて見聞を広める修行の旅に出かけなければならない。ウツコレルを連れて旅をするわけにはいかない。かと言って、旅の後、ウツコレルを連れて国に帰るわけにもいかないだろう。どうすれば良いのだ。

これが、竜王丸の煩悶の種であった。ウツコレルに初めて会った時以来、ウツコレルの存在は日増しに竜王丸の心に中で大きな比重を示すようになっていた。女性(にょしょう)とは厄介なものだとは思いながらも、どこか心の中では軽やかな思いも感じていた。春日ならば、どうすべきか、教えてくれるに違いない。ふと、春日の顔と共に、東郷金明、西田重蔵の顔がなつかしく浮かんで来た。少し、胸の奥が切なくなってきた。


 ふと、外を見た。誰か、居たように感じた。村人が私たちの様子を見に来たのであろう、と思った。また、眼を閉じて、瞑想に耽った。


 やはり、家の戸の蔭に隠れているものの、誰か居た。


 花の香りがしてきた。ウツコレルの香りだった。稀有な体質で、息は甘く芳しく、体からは花の香りを発散させている娘だった。


 声はかけなかった。かけなかったと言うより、かけられなかった。

竜王丸は自分の胸の高まりが嫌だった。これは、どうした感情なのだ。


 その内、人の気配が消えた。立ち去ったのであろう。竜王丸は、ほっとした。

その反面、ウツコレルに無性に会いたくなった。


 ウツコレルは部落の道をとぼとぼと歩いていた。竜王丸に会いたくて、竜王丸たちが居る家の戸口にまでは行ったのだが、中に入ることは出来なかった。昨夜の大胆さは消えていた。

自分でも歯がゆい位、内気で臆病になった。歩きながら、泣きたくなった。


 ふと、物音がした。音のした方を見た。木陰で誰か、佇んでいた。

ウツコレルの顔は急に明るくなった。竜王丸がそこに居たのである。


 竜王丸がすたすたと、立ちすくんでいるウツコレルのところまで歩いて来た。

 二人は黙って、明るい日差しの下、褐色の道を並んで歩いた。

 

 「私たちは、もうそろそろこの部落を去らなければならない」

 ウツコレルは黙って頷いた。

 「ウツコレル殿を連れて行くわけにはいかない」

 ウツコレルは静かに竜王丸を見た。

 「必ず、帰って来る。その時まで、待っていてくれるか」

 ウツコレルは黙って頷いた。

 竜王丸は太刀の下げ緒に付いていた翡翠の玉を外して、ウツコレルに渡した。

 「これを、あげよう。私だと思って、持っていて欲しい」

 ウツコレルはその翡翠を両手で大事そうに包み込んだ。

 ウツコレルの家に着いた。竜王丸は踵を返して、ウツコレルに背を向けて歩き出した。

 ウツコレルには竜王丸の姿がうっすらと霞んで見えた。いつまでも、見送っていた。


 「アーキンマイさま。ご決心はつきましたか?」

 深夜、ナチンが訪ねてきて、ぼんやりと葉巻タバコを吸っていたアーキンマイに訊ねた。


 「ナチン。和睦するには邪魔する者が多すぎる」

 「分かっております。闘うしか、能のない阿呆がおります」

 「その者たちが、メシーカに対する徹底抗戦を唱えているのじゃ」

 「現実的ではありませんな」

 「且つ、マヤパンか我が部落が盟主となって、部族連合軍を編成して、先制攻撃をすべしと言っておる」

 「ますます、現実的ではありませんな」

 「お父上からもう聞いておろうが、先日の会議では、和睦組より、この徹底抗戦組が優勢であった」

 「あやつらは、一時の勝利に酔い痴れて、戦いを終える潮時を知りません。猪武者の馬鹿者ばかりです。戦いは止め時が肝要」

 「ナチンはどうすべきと考えるか?」

 「アーキンマイさまに決定権がございます。アーキンマイさまが邪魔者とご判断されたら、その者たちを排除すべきと心得ます」

 「排除? 排除とは、・・・、殺すことか?」

 「アーキンマイさま。私ごときの者には何とも申し上げられません。アーキンマイさまのお心次第でございます」

 アーキンマイはまた、タバコを吸い始めた。かなり、せっかちな吸い方となった。

 紫煙の中で、ナチンは冷たく微笑んでいた。


 二人が密談している館の屋根の上に黒い影があった。

 その黒い影は音もなく、地上に下り立った。

忍びの弥平次であった。

 竜王丸の指示で、アーキンマイの動きを探りに忍び込んでいたのであった。

 弥平次は音もなく、家の蔭伝いに歩き、竜王丸一行の宿舎に辿り着いた。


 「弥平次、ご苦労であった。やはり、懸念した通り、そのような動きがあったか」


 弥平次の報告を黙って聴いていた竜王丸は、弥平次の話が終わった時にぽつりと呟いた。

 「このままでは、ホルポル殿たち戦士軍の命が危ない。さて、何としようぞ」

 「ナチンは毒虫にて候。秘かに、亡き者にしてはいかがでござろうか?」

 「いや、義清殿。早まるものではない。ナチンのような者はどこの国にも居る。忠臣面をして、実は国を売る輩よ」

 弥兵衛が珍しく強い口調で言った。

 「ナチンごときはともかく、首長のアーキンマイ殿の腹が弥平次から聞いた通りとすれば、これは容易ではない。心苦しいが、ホルポル殿、ホルカン殿、ホルカッブ殿、この三名には告げておいた方がよかろう」

 「主君の非を臣下に告げるのは如何かと思われますが、こと、ここに至っては止むを得ない仕儀かと存じまする」

 「それでは、早い内が良かろう。明日、ホルポル殿たちに伝えることとしよう。弥平次、ご苦労であった。今夜は、夜も遅くなった故、皆早く休もうぞ」


 「弥平次殿。そなた、何を笑うておる。少し、気味が悪いぞ」

 「義清殿。竜王丸さまのことじゃ」

 寝そべっていた弥兵衛も聞き耳を立てた。

 「竜王丸さまのこと。気になる。承ろうぞ」

 「ウツコレルさんとのことじゃ」

 「ウツコレル? ああ、あの混血の美しい娘のことか。竜王丸さまと?」

 「さよう、竜王丸さまと恋仲になってござる」

 「まことか? 驚きでござるな」


 弥兵衛も起き上がって、話に入り込んできた。

 「竜王丸さまも、おんとし、十七になられる。女性と何かあってもおかしくは無い年齢よ、のう」

 「さようでござる。さりながら、ウツコレル殿を我が国に連れて帰るとなると、これはまた、話は別でござるな」

 「義清殿もそうお思いでござろう。金明殿、重蔵殿、春日さまが腰を抜かしてしまうでござるよ」

 「弥平次殿、難儀ではござるが、そなたはアーキンマイ殿、ナチンの動きも然ることながら、竜王丸さまとウツコレル殿の動きも抜かりなく、探っておいた方が良かろうと存ずる」

 「分かりもうした。承ってござる」

 竜王丸さまも一人前の男じゃもの、と三人はなぜか嬉しくなった。

義清は義清で、自分のことを、昔の恋をなつかしく思い出していた。



六の巻 終わり


七の巻


 夜が明けた。


 竜王丸はホルポルの館に居た。

 部屋の中には、ホルポル、ホルカン、ホルカッブの三人と竜王丸たち四人の七人が車座に座っていた。

 昨夜、弥平次が聞いたアーキンマイとナチンの密談の内容に関しては、竜王丸からホルポルたち三人に話した。


 ホルポル以下三人はそれほど驚かなかった。和睦に対するアーキンマイの動きはある程度、読めていたからであった。但し、裏にナチンが居るということは予想外であった。

 アーキンマイたち和睦派に対して、ホルポルたちは和睦反対派と言えた。


 「いろいろと、ご心痛をお掛けして申し訳ない」

 ホルポルが竜王丸に詫びた。

 「ホルポル殿が詫びる必要はないと存ずる。それだけ、メシーカ族の底力は強大で恐るべしということです。一度の敗戦で、この部落の富を諦めるとは思えない。また、奇襲なり、正規軍による戦いを仕掛けてくると思います」

 「メシーカ族のような軍事部族が無くならない限り、第二のナチン、第三のナチンが現われ、一見穏やかな策と思われる和睦策が出てくることは必定です」


 ホルカッブが思い切ったように口を開いた。

 「昨日、旅の商人から聞いたことがあります。メシーカの駐屯地は大分離れたところにありますが、このところ、ククルカンの末裔、いや、白い肌をした外国人たちの集団が合流しているということを聞きました。四足の巨大な怪物も居るとのことです」

 義清が訊ねた。

 「四足の巨大な怪物とは? いかなる怪物でござるか」

 ホルカンが答えた。

 「これまで、この国の中では見たことのないような大きな動物だそうです。足が四本で手が二本の怪物だそうです」

 「はて、珍妙な怪物でござるな」

 「義清殿。それは、もしかすると、四足の動物に人間が乗っている姿ではあるまいか?」

 弥平次が言った。

 弥兵衛も呟いた。

 「馬。馬かも知れませぬな。馬に人が乗っている姿は、馬を知らない者から見たら、足が四本で、手が二本の巨大な怪物に見えるかも知れませぬから」

 「馬? 馬とはどのような動物かな?」

 ホルポルが興味深そうに訊ねた。

 「高さでも、人の身長の倍はある大きな四足の動物でござる。頭がこのような形をし、尻尾もこのようでござる。その動物に人が乗っておれば、丁度、絵に描けば、・・・・、このような姿に見えまする」

 弥平次が器用に馬に乗っている人を描いて、ホルポルたちに示した。

 「なるほど、聞いた話と似ていますな。その人のようなものは金属で出来ているという噂も聞いたことがあります」

 ホルポルが弥平次の絵を見ながら、付け加えた。

 「それは、鉄で出来た鎧、甲冑を付けている姿かも知れぬな。これは、金明から聞いた異国の話に出てきた話であるが」

 竜王丸が思い出したように話した。

 「一度、見てみれば、おそらく判りもうす」

 義清がホルポルに向かって言った。


 竜王丸が訊ねた。

 「その白い肌の外国人の話になるが、その者たちが携えている武器はどのようなものであるか、ご存知か?」

 「私が先日見た武器は二つございました」

 ホルカッブが言った。

 「一つは、長く長大な剣です。丁度、竜王丸さまが持っておられる太刀に似ております。その他の二つ目は、噂によれば、火を吹いて人を瞬時に殺す細長い棒でござる」

 「火を吐く細長い棒でござるか。これは、ククルカン殿から聞いた武器と似ていますな」

 弥兵衛が呟いた。

 「確か、鉄砲とか申しておりましたが」

 「その話は、ククルカン殿の館を出る時に、これからの旅の知識として知っておくようにとククルカン殿から示されたいくつかの知識の中で私も聞いておる」

 竜王丸も弥兵衛の話に頷きながら、言った。


 「ホルカッブ殿。メシーカ族の駐屯地はここからかなり離れたところにあるとのことでござるが、一度、その白い肌の外国人の姿を見たいものでござる」

 「弥平次殿、また先日のように、行ってみましょうか?」

 ホルカッブが笑いながら、言った。ホルカンもにっこりと頬を緩めた。

 「竜王丸さま。お許しがあれば、行って偵察してまいる所存でござるが」

 「おお、それも必要なことじゃ。敵を知る、ことが戦いの基本である。ホルポル殿、配下の戦士からも弥平次に付けて戴きたく」

 「承知した。前回同様、ホルカッブ、ホルカンをお付け申そう」


 義清、弥兵衛が、恐れながら、と竜王丸に申し出た。

 「お願いがござります。今回は何卒、それがしたちにもお許しを戴きたく」

 「弥平次と一緒に行く、と申すのか。・・・。良かろう。行ってまいれ」

 「竜王丸殿。それでは、あなたさまがお一人だけになられますぞ」

 ホルポルが竜王丸の身を案じて、心配そうに言った。


 竜王丸はからからと笑って、ホルポルに語った。

 「心配はご無用。この竜王丸、歳こそ若うござるが、剣に関してはこの義清、槍に関してはこの弥兵衛、忍びの術に関してはこの弥平次の父の重蔵に厳しく教えられてござる」


 それから、竜王丸はホルポルに向かい、真剣な面持ちで言った。

 「それより、率直に申し上げて、ホルポル殿の身が心配でござる。主君から疎んじられ、暗殺の憂き目に会った臣下の例は限りなくござるによって、十分に御身大切に過ごされるよう」


 ホルポルは竜王丸の言葉に感無量といった面持ちだったが、気丈にも笑って答えた。

 「もとより、我ら、戦士となった以上、命は捨てております。ホルカッブ、ホルカンの両名も同じ覚悟であると思っています。部落のため、守護してくれる神々のため、いつでも命は捨てる覚悟でおります。アーキンマイに命を狙われようと、私は私の信念に基づいて行動するのみ。命惜しさに、信念に背こうとは思いませぬ。斃れて後已む、武人はかくありたいと思っています」

 「ただいまの見事なお覚悟、竜王丸、感服致しました。同じく、武人として我々も同じ覚悟でござる」

 ホルポルは竜王丸の手を握り締めた。ホルカン、ホルカッブ、義清、弥兵衛、弥平次、いずれもうっすらと涙を浮かべて、ホルポルと竜王丸の姿を見守っていた。


 翌朝、旅の支度を整えて、ククルカンの戦士三名、マヤの戦士二名はメシーカ族の駐屯地を求めて旅立って行った。


 ホルポルと竜王丸は、来るべき戦いに備え、策を立てることとし、いろいろと意見を述べ合った。

 「四足・手が二本の怪物は、おそらく、馬に乗った騎士と思われる。騎士を槍、矢で狙ったところで無駄と思う。狙うのは、その下の馬となるが、馬にもおそらく鎧を着用させているはず。まともな攻撃では歯が立たない。柵を何名かで持って、囲い込んで個別に討ち取るか、落とし穴に追い込んで討ち取るか。いずれを採るか」

 「竜王丸殿。稲妻の火を吐く細長い棒に対する策はどうであろうか? 撃たれた者は瞬時に命を落とす、と云われる武器であるが」

 「これは、私も見たことがないので、何とも言えないが、おそらく飛び道具であろう。今よりも丈夫な盾を作り、防ぐかどうか、でござる。未だ、思案の外でござる」

 「どうも、厄介な武器であるなあ」


※筆者注記:鉄砲に関しては、竜王丸の時代には未だ日本には到来しておらず、

竜王丸も思案投げ首といったところであった。


義清たちは密林を出て、草原を歩いていた。

ホルカッブが先頭で、弥平次、義清、弥兵衛、ホルカンという順で草原を縦断して行った。途中、蛇に何回か遭遇した。中には、毒蛇もいたが、都度ホルカッブかホルカンが捕まえて

殺した。義清たちはククルカンから防御服を貰い、それを頭のてっぺんから爪先まで身に着けていたので、毒蛇に万一噛まれても大丈夫とは思われたが、何とも気味が悪かった。日本の蝮より長く太い胴を持った毒蛇だった。六尺(180cm)近い長さの毒蛇もいた。

 「そう言えば、この間のメシーカとの合戦で落とし穴に入れた毒蛇はスキア殿が捕まえたとのことでござったが、どのようにしてあれほど多くの蛇を捕まえられたのでござるか?」

 「義清殿はご存知なかったか。スキアは呪術師ですが、魔術師とも言われているのです。特に、蛇を集めるという魔術で有名なのです。今回も、戦いの前に、蛇を集め、その中から毒蛇だけを選び、落とし穴の中に入れたというわけです」

 ホルカッブが言った。また、その言葉を受けて、ホルカンも笑いながら、身振り手振りを交えて語った。

 「スキアは蛇に催眠術もかけられるのです。いつだったか、毒蛇に催眠術をかけて眠らせ、眠った蛇を首に巻いて、まるで紐を結んで縛るように、その蛇を結んで縛って歩いているのを見たことがあります。こんなに長い毒蛇でした」


 密林の中では、あの大きな猛獣も見た。歩いている時、弥平次が皆の足を止めた。前方の樹の上を見るように静かに指を上にあげた。見ると、樹の枝に寝そべっているあの猛獣がいた。歯を剥き出して、低く唸った。

 「君子、危うきに近寄らずじゃ」

 義清がおどけたように言い、遠回りして通り過ぎた。

 「ホルカッブ殿。あの猛獣と闘ったことがおありか?」

 「私は未だありませんが、ホルカンは闘ったことがあります」

 「ほほう、ホルカン殿が。ホルカン殿、どんな闘いでした?」

 「棍棒で闘いました。棍棒が無ければ、とても素手では闘えません。その時は両手に棍棒を持っていたので何とか勝つことが出来ました」

 「この弥兵衛は槍でひと突き、突き殺したでござるよ」

 「この槍ですか? 穂先は銀のように見えますが」

 「この金属は鉄でござるよ。そう言えば、鉄はこのあたりでは見ないが」

 弥兵衛が穂先をホルカンに見せながら、答えた。

「鉄はありません。金、銀、銅はありますが、鉄という金属は我々は持っていません」

 「白い肌の外国人が持っている長大な剣はおそらく鉄で出来ているはずでござる」

 「その剣をこの刀で斬ってみたいものだ」

 義清が自信ありげに腰の刀に手をかけて言った。


 五人は二日ほど、密林と草原を歩いた。

 途中、小さな部落があったので、メシーカ族のことを訊ねた。村人の話では、夕方頃にその駐屯地に着くとのことだった。

 五人は、姿を発見されやすい草原の道は外し、密林の道を通ることとした。


 あたりが薄暗くなり、太陽も地平線に沈みかけた時、メシーカの駐屯地を発見した。簡単な造りの小屋が密集して建てられていた。小屋の数は限りなくあるように思われた。

 「ざっと、見たところ、三千人ほどは暮らしているように思われます」

 ホルカンが少し緊張した面持ちで言った。

 「戦士ばかりではなく、女もいます。そろそろ、夕餉の煮炊きが始まる時刻です」

 五人はそろそろと近づいて行った。付近には、勿論、警護の見張りがいることは十分予測された。

 近づき過ぎるのを恐れ、完全に夜になるのを待つこととし、五人は木々の間に蹲った。


 陽は完全に地平線に隠れ、あたりは漆黒の闇となった。

 五人は少しずつ駐屯地に近づいて行った。所々、焚き火で明るくなっていた。注意深く、観察した。背の高い男がいた。見た感じで、メシーカの男とは違っているように思えた。 

後姿しか見えなかった。ふと、その男は横を向いた。


あれが、白い肌の外国人です、とホルカッブが義清たちに囁いた。その男は口髭と頬髭を生やしており、顔半分が髭で隠されているように見えた。

義清はいつか、日本の浜辺に漂着した外国人に関して、噂に聞いた容貌と似ていると思った。その外国人は船の船員で、船が難破して日本の浜辺に漂着したとの噂だった。その船員と同じ国の者かも知れないな、と義清は思った。

 

その髭の男は近くの小屋に入って行った。弥平次はあの小屋に入れば、探す細長い棒があるかも知れないと思った。


 やがて、食事が始まった。義清たちはククルカンから貰った丸薬を朝に一粒飲み込んでいたので、空腹は感じなかった。これは便利な戦さ用の腰兵糧であると義清は感心した。 

ホルカン、ホルカッブにも飲ませていた。ククルカンが発明したものとして、大いに喜んでいた。部落に帰ったら、自慢出来るとニコニコして飲み込んだ。その丸薬には疲労回復の成分も入っているのかも知れない、五人は一日の疲れを全然感じなかった。食事の時はおそらく全員出て来るだろう、そして食事の後は見張りの者を残して、小屋に引っ込むだろう、それぞれの小屋にどれだけの者が入るのか、五人は観察していた。先ほど見た白い肌の外国人の小屋には一人しか入っていない様子だった。弥平次はその小屋に忍び込むつもりであった。長大な剣と細長い棒が手に入れば、竜王丸さまへの良い土産になると弥平次は思っていた。しかし、未だ馬の姿は見ていなかった。或いは、奥の方で飼われているのかも知れない。馬かどうか、これも確認する必要がある。食事が済んで、人影が疎らになったら、活動開始だ、と弥平次は自ずと逸る心を静かに抑えた。


 食事が済んで、メシーカたちは少し雑談した後、それぞれの小屋に引っ込んだ。五人はじっと待った。月が天の中央でその銀の光を地上に注ぎ始めた頃、忍びの弥平次は活動を開始した。

四人を後詰に置いて、弥平次は音も無く、小屋が立ち並ぶ一角に足を運んだ。難なく、白い肌の外国人の小屋の屋根に登った。錐で穴を明け、部屋の様子を観た。男が台の上で寝ていた。枕元に蝋燭が置かれ、ゆらゆらと炎が揺らめいていた。少し、離れたところに剣と稲妻を吐くと云われる細長い棒が壁に立て掛けてあった。屋根からするすると下りた。暫く、扉の外で中の気配を窺った。男の寝息を窺った。やがて、扉を明け、小屋の中に入った。


 四人が固唾を呑んで待つところに、弥平次が戻ってきた。両手に剣と細長い棒を掴んでいた。ずしりと重かった。

 

弥平次は、四足の怪物を調べてまいる、と言い残して、また闇に消えた。

 

義清と弥兵衛は剣と細長い棒を仔細に調べた。剣も棒も重さから言って、鉄で出来ているように思われた。しかし、何分、夜のこととて、そこまでしか判らなかった。朝になったら詳細が判るはずと思い、ホルカッブ、ホルカンに預けた。

 

弥平次は焚き火の近くを通るのを避け、闇から闇へ音も無く、歩いて行った。予想よりも駐屯地は広く、奥行きも相当あった。これは大きな軍団であると思った。遠くから、動物の鳴き声がした。弥平次は闇の中を歩きながら、ニヤリとした。予測通りであった。馬の鳴き声だった。馬は間口の広い小屋の中にいた。十頭ばかりいた。騎士も見合う人数はいるのだろうと推測した。

馬小屋に近づいて行った。馬を見た。大きかった。我が国の馬よりも大きい馬だ。このような大型の馬は見たことがない。弥平次は間近で見る馬の迫力に圧倒される思いだった。あの猛獣より大きい動物を見たことのないこの国の者はさぞかしびっくりし、怪物のように見えたに違いない、と思った。自分一人だけであったら、馬を繋いでいる縄を切り、このまま馬を追いたて、野に放つという行動を取るつもりであったが、騒がれるのは必定であり、五人揃って無事に帰れるという保証はなくなる。今夜は確認しただけで戻るしかないと判断した。


 夜が明ける前に、五人は元来た道を戻り始めていた。馬は、未だ見たことのないホルカッブ、ホルカンにも見せておいた。二人とも、眼を丸くしてびっくりしていた。これに鉄の鎧を着た騎士が乗れば、四足で手が二本ある怪物のように見えることを弥平次は二人に説明してやった。

ホルカッブ、ホルカン共、腑に落ちたようであった。弥平次は、馬は馬鎧を着用した上で闘いに臨むに違いない、その場合、倒すのはたやすいことではないだろう、倒すにはどうしたらよいか、考えていた。足を狙うしかない、と思った。落とし穴か、地面近くに縄を張り巡らすという策もある。縄を張り巡らし、その後に、落とし穴を設け、更に、縄を張り巡らし、その後に、馬防柵を設ける、という策を考えた。


 帰り道で、あわやと思われる危機が弥兵衛に起こった。

 それは、密林の中で起こった。


 喉が渇いたので、弥兵衛とホルカンの二人が水を求めて、探しに行った時のことであった。暫く経ってから、ホルカンが水の入った水筒を持って戻って来た。弥兵衛は、と訊くと、な

かなか、水が見つからなかったので、別々に探してみようということになり、弥兵衛とは別れ

たとのホルカンの言葉であった。


 しかし、いつまで待っても弥兵衛は戻って来なかった。

 ホルカンに案内させ、弥兵衛と別れたところに皆で行ってみた。弥平次は地面を見た。そして、弥兵衛の足跡を見つけ出した。弥平次を先頭にして、追跡が始まった。


弥平次が不意に立ち止まった。前方に小さな部落があった。大勢で行けば、警戒されるということで、弥平次が村に忍び込んで探索することとなった。

 

弥平次は村に忍び込んで、驚いた。


村の中央の樹の根元に弥兵衛が縛られて座っていた。口には猿轡が嵌められ、且つ防御服も脱がされ、下帯一本の丸裸で縛られて、樹にくくりつけられていたのである。


村人を見る限り、メシーカ族とは異なった部族のように思えた。但し、弥兵衛の周囲には腰帯姿の勇猛な戦士が数名囲んで、弥兵衛の持ち物を仔細に調べていた。しかし、防御服は見当たらなかった。弥兵衛は気絶しているように見えた。


弥平次は三人のところに戻り、今見てきたことを話した。ホルカッブとホルカンはメシーカ族ではないと聞いて、安心したようであった。何とかなると思い、四人で村に乗り込んだ。


ホルカンが村の戦士に向かって、何やら叫んだ。暫くして、村の戦士が何か、ホルカンに向かって言った。ホルカンが笑いながら、義清に話した。

 

「樹に繋がれている方は、ククルカンの戦士で村に危害を加える人ではない、縄を解いてやって欲しいと頼んだところ、ククルカンの戦士ということを証明しなければ駄目だと言い張るのです。何か、度肝を抜いてやりましょう」

 

義清は少し考えてから、任せてくれ、と言って、弥兵衛が縛られている樹に向かって歩き出した。樹の根元に着くや否や、居合い抜きに刀を走らせ、瞬時に鞘に納めた。村人は何事かと思い、不思議そうに義清を見た。


すると、驚くべきことが起こった。樹はかなりの太さであったが、斜めにずれて、倒れ始めた。義清は居合い抜きでこの樹を両断していたのである。村人には、義清の行ったことはまさに奇跡としか映らなかった。これは、ホルカッブ及びホルカンにも言えたことで、義清が行ったことは驚嘆に値することであった。二人もびっくりしたような目で義清を見ていた。


村人は茫然と樹がゆっくりと傾き、倒れていくのを見詰めていた。

義清はおもむろに小刀を抜き、弥兵衛の縄を切った。弥兵衛の体に手をかけ、気合と共に、蘇生させた。弥兵衛も起き上がり、茫然としている村人から持ち物を奪い返した。


しかし、防御服だけが見当たらなかった。村人に訊いたが、皆知らないと言う。少し離れたところに神官が居た。

弥平次は神官を見た。ニコリと笑った。弥兵衛に神官を指差し、何か告げた。弥兵衛が神官に近づき、まざまざと神官を見詰めた。

弥兵衛が大笑いした。何と、神官が弥兵衛の防御服を着ていたのであった。神官としては、捕虜の生皮を剥いで得意になって着たつもりであったのだろう。

嫌がる神官をなだめすかして、服を脱がさせた。頭部の防御頭巾は懐にしまっていた。


ククルカンの戦士に無礼を働いたということで、たたりを恐れ、おののいている村人を

尻目に五人はまた帰途に着いた。


 「いやあ、面目ない。お許しあれ。実は、ホルカン殿と別れた後、水を探しに行って、あの村を見かけたのでござる。村ならば、水があるだろう。やれやれと思い、村に入って水を求めたまでは良かったのでござるが、にわかに背後から、よってたかって襲われ、首を絞められ、気を失ってしまった次第。どうか、竜王丸さまには内緒にして下され。これ、この通り、お願いでござる」

 義清たちは、弥兵衛の真剣な面持ちに思わず、どっと笑った。


 部落に辿り着いたのは、部落を出立してから、五日目の夕方だった。


 竜王丸とホルポルに、奪った剣と鉄砲を見せながら、メシーカ族の駐屯地の様子を事細かに報告した。


 「この剣はやはり我々の刀同様、鉄で出来ており、堅固な造りが施されている」

 「この鉄砲という武器は火薬の臭いがする。おそらく、この先端の穴から弾を詰め、火薬に火を付けて発射するに違いない。このような武器は今までに見たことはないが、飛び道具の新兵器と思われる」

 「やはり、馬であったか。大型の馬で、鉄の鎧を着た騎士を乗せて戦場を駆け巡るのか。馬という動物を知らない、この国の民はさぞかし驚いたことであろうぞ」

 竜王丸は報告の都度、感想を洩らした。


 「やはり、この鉄砲が最大の武器であろう。但し、火薬を使うということで、最大の欠点がある。弥平次、忍びならば、知っておろうが」

 「御意。雨でござる」

 「その通りじゃ。火薬は雨に弱い。水で濡れたら、それまでじゃ」


 ホルポルは感心しながら、義清たちの報告を聴いていた。と、同時に、竜王丸の洞察の鋭さにも感嘆していた。味方で良かった、敵に廻したらこれほど怖い将はいないと思った。

 

「いずれにしても、五人の面々、まことにご苦労であった。ゆるりと旅の疲れを落とせ」

 五人を引き下がらせた後、竜王丸はホルポルと近々襲来するであろうメシーカ・白人侵略者連合軍との戦いの作戦をあれこれと練り始めた。


 「馬に乗った騎士対策は、密林の中は動けないという馬の弱点がござるによって、弥平次が申した策、即ち、草原に落とし穴を設けると共に馬防柵、縄張りで十分かと思われる。鉄の甲冑は重い故、地上の戦いになれば、それほどの脅威は無くなる。鉄の剣に対しては、この竜王丸たちが後れを取るとは思われず。やはり、最大の問題は、鉄砲対策でござろう。しかし、火薬を使うということが判明した以上は、いかようにも策はござる。明日から、部落入口前の草原に仕掛けを作る土木工事に取り掛かろうと存ずる」

 「承知した。早速、アーキンマイさまに上申することとしよう」

 「ホルポル殿。草原の土木工事に関しては、具体的な上申は避けた方が良かろうと存ずる。万が一、敵方に洩れたら、効果は薄くなる故」

 「アーキンマイさまはともかく、周囲の重臣から、或いは、敵に洩れることもあるかも知れませぬな。承知仕った」


 ホルポルの館を出て、竜王丸は部落の中央の道を歩き、義清たちと住んでいる家に向かった。月が殊の外綺麗な夜であった。木陰では、月の光に誘われた恋人たちが睦まじい語らいをしていた。


自分の家の前に佇んでいる人影があった。立ち止まり、注意深く見た。

その人影はウツコレルだった。

このところ、ウツコレルとは会っていなかった。

竜王丸は胸が締め付けられる思いがした。

これは、恋、かと思った。


人影が動いた。どうやら、ウツコレルも竜王丸に気付いたようであった。

急いで、立ち去ろう、とした。

が、思い止まり、竜王丸が近づくのを身を小さくして待っていた。


「ウツコレル殿。こんな夜更けに外に居られると、怖いメシーカにまたさらわれまするぞ。中に、お入りなさい」

「大丈夫です。さらわれたら、また竜王丸さまが助けて下さいますから」

ウツコレルを家の中に入れ、向かい合って座った。

娘は相変わらず、花のように美しかった。


竜王丸は不思議であった。始めの緊張はどこに行ってしまったのか。こうして、ウツコレルと居ると、妙に安らかな思いがした。特に、話もせずに、黙ってままでいても、心がのびやかに広がっていくのを感じた。不思議な感じだ、と竜王丸は思った。


ウツコレルも竜王丸と同じ感じを抱いていた。姉のシュタバイにも話していた。竜王丸さまと一緒に居ると、何にも話をする必要がないの、一緒に居るだけで、綺麗な野原に寝そべって、青い大空を見ているようないい気持ちになるの。


妹の言葉を、シュタバイは眼を細めて聴いた。

ふと、この娘は竜王丸とどこか遠いところに行ってしまうのか、と思い少し悲しくなった。ククルカンの戦士に恋をした妹のまっすぐな心を愛しいと思うのと同時に、やがて来る別れ

を予感した。



七の巻 終わり


この後、八の巻、九の巻、十の巻と続き、物語は大団円を迎える。

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