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藍色のポリバケツ  作者: 池田薫人
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第一章 5 『クローンの少女』




「何があったんですか?」


白々しいと分かっていながらも育治は野次馬で来ているおばさんに質問する。


「何って、テロよ!テロ!また分からないの?!怖いよねぇー。近所でテロよ?!あー、怖いわぁ。夜も眠れない」


いちいち身体を使って表現するおばさんのお腹の揺れ具合がとても美しい波を立てていた。

育治は軽く会釈するとその場から離れる。


ーーーダメだ。近道の出口の方は警察が溜まっていて中に入れない。


あくまで侵入を試みる育治は近道の入り口なら平気だと仮定した。

そこなら、人通りも少なく警察も居ないと踏んだのだろう。

サイレンや警察の声や野次馬やらの騒ぎの中、育治はポリバケツのあった入り口まで全力疾走で駆け抜けて行った。



目的地へ着いた育治は警察が居ないかを確認する。が、どこにも居ない。

今朝と何も変わらないままだった。

育治が塀の上に上がる際に蹴っ飛ばしてしまった蓋の位置まで変わっていない。誰もここを通って居ないことが分かった。

ただ、一つだけ今朝と違う箇所がある。

それは、ポリバケツの中から白い足がピョコピョコと出ているところだった。


ーーーあぁ。疲れてるなぁ、俺。


眼を擦った後蓋を拾いポリバケツへ向かう。


ーーーやはり、白い足が見える。マネキン?か?


ポリバケツの前に立つとの中を確認する。そして、蓋を盛大に落とした。


「………………………………」


中に入って居たのはマネキンではなく少女だった。

ポリバケツからはみ出ている髪は一本一本が潤っていて、鮮やかな黒。そして、幼児のようなサラサラな髪質だ。

白白な肌はシミ一つ無く白鳥を髣髴させる。

そんな少女が裸でポリバケツの中に顔から埋もれていたり


「……………あー。…………うん」


困惑するばかりでどうしていいか分からない育治は落とした蓋を拾い上げポリバケツの上から蓋をする。

勿論、髪や足ははみ出たままだった。

そして、開けて中を確認してまた、閉めた。


ーーー何なのだ一体。とりあえず状況を簡単に整理しよう。今日12月21日は俺の誕生日だ。間違いない。そして、この氷点下並みの気温にも関わらず裸の女がいると。なるほど。


ある程度整理が着いた?所でもう一度、蓋を開けてみる。


「完全に女の子。しかも………マネキンじゃ無い。生きている……」


「おい!そこの学生のお前!」


肩をビクッとさせると咄嗟に蓋を閉めてポリバケツの前に立ち隠す姿勢が出来てしまった。


「はっ…はい?なっなんですか?」


ーーー閉めたら怪しまれるだろう!何も怪しいことややましい事もしていないのに。


「今さぁ、人探ししてんだけどー協力してくんない?」


白衣を着た男がタバコな火をつけて煙をこちらに吐きながら協力を求めて来た。


「はぁ……って、ごほっごほっ…」


「あぁ、わりーな」


男の吐いた副流煙が育治に直撃し酷くむせる。

恨みがましく睨みながら育治は皮肉の困った顔で答えた。


「いえ、………結構ですよ?」


「あぁ?なんだその面」


ーーーなんだこいつ?人に尋ねる態度じゃねーだろ?


「すみませんねぇ、こういう顔なんで」


「そぉか、じゃあしゃーねぇな」


ーーーいーのかよ!!


育治の顔が引きつるのを無視して男は尋ね出した。


「でさぁ、裸の可愛らしい女こ見なかったか?」


男はタバコの火種を消しもせずに道端に落とし、それを靴底で押し潰し消した。


「さぁ……どうなんですかねぇ……?」


首を傾けると真冬にも拘らず汗が滴った。


「あー?まじで?わかんねぇの?まじかよ。……で、クローンなんだよそいつ」


白衣のポケットからタバコを出すと口に咥え先端に火をつけ始めた。


「その子が、クローン?」


「あぁ。めんどくせぇよな。テロに紛れて脱走しやがった。まじでめんどくせぇ」


「はぁ」


気の無い返事をしながら目線をそらし少しこの状況を吟味した。


ーーーつまり、そこのポリバケツに頭から突っ込んでいる女の子は誰かのクローンであり、収容所から抜け出していると。なら今すぐコイツに渡した方が…………。


「クローン如きが死ねってんだよクソ。どーせ本体の身体に異常が見つかったらそこを補うだけ補わせて殺される物だってのに。いちいち迷惑かけやがって。こっちは大金受け取ってんのにダリィなぁ」


育治は初めて酷く嫌悪感を抱いた。

目線を戻すと男を睨みつける。男の発言が許さなかったのは明白だった。


「ってなんでお前キレてんの?……まぁ、いいや。俺また探すから見つけたら言ってくんない?はい。これ、俺の名刺」


無理矢理渡されたものの名前が見えた。

川田紀之。

育治に初めて嫌悪感を抱かせた第一号の本名だ。

一生忘れることは無いだろう。

そう思っていると川田はまだ火のついたタバコを無造作に投げると「たのむよー」と、一言だけ言って来た道を戻って行った。

一方育治は数秒立ち尽くすとポリバケツへ目線をやり小さく呟いた。


「使われるだけの命……か」


川田姿が見えなくなったことを確認すると育治はポリバケツの蓋を開け、少女を引きずり出した。

初めて見たその顔をとても美しく可憐だった。

まつ毛は長く、唇は薄くキュッと引き締まっていたが寒さのせいで少し紫がかっていた。

身体の所々から出血をしていた。不思議な事に表面は所々出血しているが、後ろには一切怪我は見当たらなかった。

すぐさま制服を脱ぐと少女にかけてやりマフラーも巻いてあげた。


「かなり冷えてるなぁ」


「あいっ」


少女が突然目を開き返事をした。大きな瞳はとても澄んでいてまるで赤子のような無垢さ感じさせた。


「起きたのか!」


「う?……あいっ」


「まぁ、いいや大人しくしてくれよ」


そういうと両手をうまく使いおんぶしてそのまま立ち上がる。

そして、この少女をどうするか考えた。


ーーー収容所へ戻すのが正しいのはわかる。けど、戻せばこの子は一体どうなる?使われて殺される。本来そう行った目的で作られたに決まっているが。


(クローン如きが死ねってんだよクソ)


ーーー同じ人間として命がやどっているのに。


(補うだけ補わせて殺される物だってのに)


ーーー物じゃない。人だ。でも、だからと言って俺がどうのこうのできる話じゃ無い。でも………。


黙考する中、川田が帰って行った方向から小さく足音が聞こえ始めた。慌ただしい。そして、声も聞こえる。


「黒野!!!」


姿は見えないが谷繁が全力で育治を捉えに来た。


ーーーまずい!!ズラからなきゃ!


「谷繁はいつもタイミングが悪い!」


「あいっ」


育治は軽口を叩くとその場からクローンの少女をおんぶし、アパート『ホワイトキャスター』へ走り出した。


「っ……っ……っ………くしゅんっ」


「襟足が!!」






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