プロローグ2
「……遅いな」
飯田は時計を見てそう呟いた。
いつもの事だと許していたらきっと、あいつはこの先ずっとこういう風に生きていくんだろうな。
そんな事を考えていると、後ろからいつもの調子のいい声が聞こえた。
「遅れてすいませーん。寝坊しちゃいました」
慌てる素振りも無く川田はタイムカードを挿しながら言った。
「……あのな、川田。お前はここの期待の新人なんだぞ。そんなお前が遅刻だのつまらない事で自分を……」
「まぁまぁ、そんなカリカリしないで下さいよ。夜勤明けで先輩疲れてるんですから、もう上がっちゃっていいっすよ」
川田は遮るように言った。
「やれやれ……」
ーーー遅刻しといて何言ってんだか。
ため息混じりに席を立ちパソコンの電源を切ると、飯田はドアに向かって歩き出した。
「お疲れ様っす。あ、お弁当買っておいたので食べてくださいねー」
「……ありがとな。でも、弁当買う暇があるなら1秒でも早く職場に来いよ。それと、9時過ぎてるんだ。早く定期チェックしに行けよ」
「わかってますって」
飯田は軽く会釈するとドアの向こうに出て行った。
「さて……と。定期チェックしに行くかぁ……」
川田は小声でぼやくとバインダーと用紙を持ちノロノロと向かった。
静寂な空間に川田の足音だけが響く。薄明かりの中、無数に並ぶカプセルが青白く光っている。
川田はカプセルの中を覗きながら手に持った用紙にチェックを入れていく。
ミスが無いように1つ1つ丁寧に確認しながら最後の『異常無し』に丸を付ける。そして、目の前の目の前のカプセルを閉じると用紙をめくって隣のカプセルの前に立つ。そんな作業を延々と続ける。
川田が077と書かれたカプセルを開けた時、突然静寂が破られた。
『緊急事態です。至急施設外へ避難して下さい。繰り返しますーーー』
真っ赤に明滅するランプ、鳴り響くサイレンの音。
「えっ?何?マジかよ!非常口どこだっけ?!」
狼狽した川田は持っていた紙とボールペンを落とし周りを見渡し非常口を探す。
緑のランプを見つけた川田は走ってそこへ向かった。
そして、開けたままにしていたカプセルの中で、『ソレ』の目が開いた。
「…………………………………」
『ソレ』は起き上がると周りを見渡した。
誰もいなくなった薄暗い空間の中では相変わらずサイレンの音が鳴り響き、無数に並ぶ『ソレラ』がカプセルの中で音を立てる。
「……あー…………うっ…」
開いたままのカプセルの中の『ソレ』が動き出し、床に転がり落ち声を漏らした。
そして、身体の所々に繋いである電極が外れ、言葉にならない呻きをあげながら床に這いつくばったまま光のさす方向に身体を向けた。
這いずり進みだした『ソレ』は、川田の開けっ放しにした扉に向かい、光の中へ消えて行った。