プロローグ1
「大丈夫ですよ」
緊迫する空気とは裏腹に医者は陽気な声で言った。
何が大丈夫なのだろうか。
つい数秒前に医者は妻の肺の移植をしなければならないと言ったというのに。
「大丈夫と言いますが、肺のドナーなんて簡単に見つかるものなんですか?」
「大丈夫も何も奥さんは『クローン保険』に入っているんですよ?」
「クローン保険?」
思わず言い返してしまう。『クローン保険』とは、あのクローン保険の事か?
「羨ましいですなぁ。私の家は貧乏でしたからクローン保険に加入なんか出来ませんでしたよ…」
医者は羨望の目で僕を見つめた。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
裏返った声で僕は言った。
「妻はクローン保険に入っているんですか?」
「ご存知無かったんですか?年に…かなりのお金を払っているはずですよ?」
今度は医者が驚いている。
知らなかった。妻がお金持ちの娘というのは知っていたがその手の話をした事が無かったからだ。
「では、妻は大丈夫なのですね?」
「大丈夫も何も奥さんには完璧なドナーがいるんですから」
安堵のため息をついたものの、それでも心の何処かには不安が残った。
今現在この国では自分のクローンを生まれた時に造り、将来自分が病気にかかった際にそのクローンから血液や臓器を受け取れる『クローン保険』というシステムがある。
クローンは血液型は勿論のこと、DNAまで完全に一致しているのだから医者の言う通り『完璧なドナー』というわけだ。
ドナー待ちに何年も入院生活を強いられていた時代を思うといい時代になったものだ。当時は実用化される時に酷く揉めたらしいが。
しかし、こんな高価な保険に妻が加入しているとは思いもしなかった。
クローン保険なんて僕とは全く関係ない事だと思っていたが。
数日後、妻の臓器移植手術は不安をよそに成功した。
クローン様々と、言ったところか…。