第二話 男は芝居がかった口調で名乗る
遅くなりました~
現在において『人魔対戦時代』などと呼ばれる時代。
かつて【魔王】と【勇者】がしのぎを削っていた時代、今ほど王国は発展しておらず世界中でモンスターがその脅威を振るっていた時があった。
ある老人は、【魔王】によって汚染された土地で飢えて死んでいく家族に涙を流した。
ある村は、犯罪者系統ジョブをもつ悪人によって死に怯える毎日を送っていた。
ある国は、【戦術級】モンスターの大群によって人一人残らず死に絶えた。
まさに人類における暗黒時代。
そんな時代に、いやそんな時代だからこそ立ち上がった者たちがいた。
後に
一人は生産系統ジョブ、第10冠位 【地の豊神】。
超越者へと至った【地の豊神】は世界中の土地をその、超越スキルをもって癒して回った。
一人は戦闘系統ジョブ、第10冠位 【天の断罪】。
一国の王だった【天の断罪】は、犯罪者によって滅んだ自国を嘆きながら断罪して回った。
一人は魔法系統ジョブ、第9冠位 【時空の大賢者】。
【時空の大賢者】はその身につけたユニーク魔法を駆使し、凶悪なモンスターを封印して回った。
その他にもたくさんの英雄が、超越者が誕生した『人魔対戦時代』。
その中でも一際、その功績を称えられた人物がいる。
彼の名はダイル。
旅人系統ジョブ、第7冠位到達者の【冒険王】だった。
『人魔対戦時代』においては見劣りのする第7冠位、加えて戦闘にも生産にも適性が無い旅人系統ジョブだ。
実際にダイル自身の実力も、戦闘系統の第4冠位と張れるほどの力しか持ち合わせてはいなかった。
そんな彼が成し遂げた偉業、それは……
何処の国にも属さない独立機関、————冒険者ギルドの設立だった。
◆◆◆◆◆◆
太陽が地平線へと沈みかけ、空が茜色に染まり始めた頃。オレたちを乗せた馬車は『ブローギン』へと到着していた。
途中、【山賊】の襲撃を受けるというアクシデントがあったものの、王都から日が沈む前に辿り着けた事から旅は順調と言えるだろう。
王都とまではいかないが大きな城壁に囲まれた『ブローギン』には、この時間帯でも多くの商人や冒険者が街と外とを行き来している。
そんな『ブローギン』の門を馬車が越え……オレとアリシアは感嘆の声を上げた。
そこには王都とは違った街並みが、雰囲気が広がっていた。
街中で魔石を利用した魔道具が辺りを照らし、街に帰って来ただろう冒険者たちを呼び込もうと酒場で働く客寄せ娘が声を上げる。
王都が綺麗に整った街だとするならば、『ブローギン』は粗々しくも完成された街といった様子だろう。
独特の雰囲気と賑わいにオレとアリシアは声をなくしていた。
(『ブローギン』に来たのは初めてだが……予想外だな)
予想外に……予想以上に違和感を感じる。
今までもたくさんの国を回りダンジョン都市とも呼ばれるような街を何度も見かけてきた。
だがこの街は……
「冒険者が多すぎるな」
確かに近場に複数のダンジョンが形成され、未踏破ダンジョンである『神魔の巣窟』が存在する『ブローギン』は冒険者から見れば夢の街だろう。
だがいくらなんでも多すぎる。
街にあふれかえるほどの冒険者など、もはや異常だ。
(これは今回の依頼に関係しているのかもな)
オレは辺りを歩く冒険者に目を配りながら考えに耽る、だがその考えもすぐに中断されることとなった。
「ゼオン、これからどうされるのですか?」
声をかけてきたのは隣に立つアリシア、その瞳はワクワクした子供の目の様に輝かせていた。
オーグネス侯爵家の令嬢であるアリシアはあまり王都から出る事自体が少ない。
アリシア自身がお淑やかで大人しい事もあるのだが、一番の理由はアドラグル卿の過保護だろう。
それ故にこのような街に二人きりで来れたことが嬉しいようだ。
と言っても馬車の御者兼、護衛である老人や、オーグネス侯爵家の『影』が護衛についてはいるだろうが。
「そうだね……オレは冒険者ギルドに用があるから、アリシアは借りてある宿屋に先に……」
「……」
言葉を言い終わるよりも先に、アリシアが悲しそうに瞳を潤ませながら俯く。
(うっ)
焦りながら護衛である老人の方に視線を送るが……顔を逸らされた。まるで気づかなかったとでも言うような様子で馬車の手入れをしている。
冒険者ギルドには野蛮な冒険者も多くいるので、アリシアを連れていくつもりは無かったがそうはいかないようだ。
(最悪、『影』の人たちが守ってくれるだろうしな)
「アリシア、やっぱり二人で行こうか。ついでに夕食も外で食べよう」
「本当ですか⁉」
勢いよく顔を上げたアリシアは満面の笑顔で微笑む。そんな彼女を見てオレの心臓も高まるのを感じる。
この笑顔を見れただけでも、『ブローギン』に来た価値はあったというものだ。
そんな言葉を飲み込みながらオレも笑みを浮かべ、彼女の手を握りながら歩き出す。
「ねぇ、ゼオン? 貴方は冒険者ギルドにはいったことがある?」
護衛である老人に聞いた道を歩いていると、唐突にアリシアから質問が飛んでくる。
どうやら風景ばかり見ているのも退屈らしい。
「ああ、オレは何度かアドラグル卿の依頼なんかで行ったことがあるからね。
アリシアは今回が初めてなのか?」
「ええ、いつも周りの護衛に止められてしまっていたから……。
だから今から行くのが楽しみなの」
楽し気に発せられた言葉、聞いている人も嬉しくなるような澄んだ声だ。
しかしオレはその言葉に冷汗を流す。
(冒険者ギルドはそんな楽しい場所でもないんだよなぁ……)
アリシアは『冒険者ギルドが仲間と一緒に冒険やクエストをこなす楽しい場所』なんかと思っているが実際は全く違う。
確かにCランク以上の冒険者は実力も信頼も高く、まさに冒険者の模範のような存在だ。
しかしCランク以上と言ってもごく一部の冒険者である。
指名手配は受けていないものの追放された荒くれ者や曰くつきの者、はたまたスラムから成り上がってきたもの。そんなすべての人が平等に仕事を得られるのが冒険者ギルドだ。
辺境の村などでは、冒険者も結束が強く優しい人も多くなるが……こういったダンジョンを求めてやってきた冒険者が多い冒険者ギルドでは必然的に治安が悪くなる。
おそらくだが『ブローギン』の冒険者ギルドでは流血騒ぎなどは日常茶飯事だろう。
そして何より……冒険者ギルドは王国などの権力を受け付けない。
一機関であると同時に平等をうたう冒険者ギルドは一国家よりも強大な戦力を保有している。
それこそ国同士の英雄レベルの数比べなど鼻で笑えるほどに。
それ故に貴族の権力が効かない冒険者ギルドは厄介な存在だ。
そんな事をアリシアには言えるわけもない、否定しようと開いた口を閉じながら苦笑いで誤魔化す。
そんな他愛もない話をかわしながら歩いていたオレは一つの建物の前で脚を止める。
『ブローギン』最大規模の建物である冒険者ギルドを前に。
◆◆◆◆◆◆
そこはアドラグル卿の建物と同等の大きさを持つ建物だった。
木で出来た扉が忙しなく開いては閉じ、そのたびに冒険者の姿が見える。
隣につながるように隣接する建物には沢山のモンスターの亡骸がはこびまれ、怒号や罵倒が飛んでいる。
そして何より臭いだ。
(とてつもなく酒臭い‼)
冒険者ギルド内に小さな酒場があるのは珍しい事ではない、しかし外にまで漏れるほどの酒臭さは以上だ。中ではどのようになっているか想像するだけで頭が痛い。
「えっと……今ならまだ引き返せるよ?」
オレは隣で顔を強張らせてながらフリーズしているアリシアに声をかける。
男ならともかく、アリシアは女性であり公爵令嬢だ。この臭いはきついに違いない。
しかし、彼女は何かを決意した顔で首を横に振る。
「行くわ、冒険者ギルドに行くことは私の夢の一つですから……ここまで来て諦めきれませんわ」
正直、決意するほどのきつさなら別の冒険者ギルドで夢を達成してほしいというのが本音だが今の彼女には何も言えない。
最悪、全力でアリシアを守るつもりなので問題は無いと信じたいが……。
「じゃあ行くよ」
そう言って、冒険者ギルドへと続く扉を開いた時だった。
屈強な冒険者たちの鋭い眼光がオレたちへと注がれる。
見るからに貴族といった服装をしていたので目立ってしまったのだろう、もしくは護衛らしい護衛がいなかったからか。
どちらにしても変に目立ってしまったようだ。
「アリシア、大丈夫?」
「ええ、この程度は貴族の式典などでもよくある事ですわ」
流石だ。
思っていた以上にこのような場所には慣れていたようだ。
しかしいつまでも入り口で止まっているわけにはいかない。
今回、冒険者ギルドに来た理由は『神魔の巣窟』、およびその他のダンジョンの情報収集。
そして無事ダンジョン調査の依頼を遂行してくれそうな冒険者への指名クエストの依頼だ。
それが終われば、ここには用はない。
オレはアリシアの手を引くように受付嬢が座るカウンターへと向かおうとして……大柄な冒険者に行く手を防がれた。
「おうおう、貴族様が護衛も付けずにこんな場所に何の様だい?
クエストを依頼するならこのDランク冒険者『剛斧』のディッカス様が受けてやるぜ?」
大柄な冒険者……ディッカスは確かに逞しい筋肉をしていた。戦闘力もおそらくCランクと大差ないだろう。
しかしDランク、どこかに欠点のようなものがあるのだろう。
とは言え、今回依頼するクエストを遂行できるとは思えないので論外だ。
「悪いが君では今回依頼するクエストは無理だ。確かに実力はそれなりにあるようだが力不足だろう」
その瞬間だった。
酒場に溜まってこちらを見ていた冒険者が息を飲む。
オレがその様子に怪訝な顔をしたのと同時にディッカスが吼えた。
「……糞がぁぁ‼ どいつもこいつもオレの事を舐めやがって‼ ぶっ殺してやるぅ‼」
(……はぁ⁉)
訳が分からない。
何処に舐めた様子があったんだ。完全に自意識過剰である。
しかしディッカスは酒で気が大きくなっているのか冷静さを欠いている。このままではオレとアリシアに向かって殴りかかってくるだろう。
『ああ、またやってるよディッカスの奴』
『へへへ‼ 流石『悪酔い』のディッカスだぜ。今度問題起こしたらEランクに降格だって話完全に忘れてるな』
『フンッ、いいざまだ』
『おい……相手は貴族だぞ? 止めに入らなくていいのか?』
耳を澄ませば冒険者たちのひそひそ話が聞こえてくる。
どうやらこのディッカスという男はこういうことに関しては常習犯であるらしい。Cランクに上がれないわけだ。
(しかし『悪酔い』……あいつ程でもないな)
オレの知り合いのドワーフは悪酔いで町中の家を殴り壊して回っていた。それに比べればディッカスは優しいものだ。
オレは殴りかかってくるディッカスを目の前に冷静に考える。
そして鍛え抜かれた筋肉から放たれた拳がオレに届こうとした瞬間。
ディッカスはその場に崩れ落ちた。
周りの冒険者立ちは何が起こったのか分からなかったらしく、目を白黒させている。
その様子を見てオレは大きくため息を吐いた。
(まさか誰も見えなかったなんて……)
注目を浴びていたことを利用した冒険者の選別、しかし基準に達する冒険者はいなかったようだ。
オレは床に伸びているディッカスを酒場の椅子へと引きずり運び、アリシアの元へと戻ろうとした時だった。
「鳩尾に手刀一撃……」
いつの間にかアリシアの後ろに立っていた人物が声を発する。
同時に警戒心を最大まで引き上げ、威圧する。
「フフ、そんな警戒しないでください。
ところで選別としては私は合格ですか?」
男は柔和な笑みを浮かべながら肩をくすめる。
「合格だ。貴方の名前は?」
「フフ、貴族では名乗る時にはまず自分の名を名乗るのが礼儀だと聞きましたが」
一々嫌味な言葉に苛立ちを覚えるがアリシアの目の前だ。
「すまなかった。オレの名はゼオン・アルケイン。
彼女は……「私はアリシア・オーグネスですわ。以後お見知りおきを」……それで貴方の名前を聞かせてもらいたい」
「これは驚いた、貴族だとは思っていましたが公爵と男爵様とは。
これは私も礼儀に習って名乗らなければなりませんね」
男は芝居がかった口調でかぶっていた帽子を胸に一礼する。
「私の名は……シド・ダイダロス。
『ブローギン』にてダンジョンの管理を任されている【ダンジョンマスター】でございます」
読んでいただきありがとうございます!
細かい説明です~
ジョブは大まかに分けて6系統存在します。
戦闘系統
魔術系統
生産系統
犯罪者系統
旅人系統
特殊系統
の6つです~
【地の豊神】なら生産系統の【農民】からのクラスアップ。
【天の断罪】なら戦闘系統の【処刑人】からのクラスアップです。
色々と感想いただけたら嬉しいです~