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第三話 勇気あるものに喝采を


 ハーヴィル殿下とマルスとの婚約を懸けた決闘当日、王都は祭りのような騒ぎになっていた。

 他の領地にも噂が伝わったのか、検問には観光に来た旅人や商人による長蛇が出来上がっている。

 やはり【剣聖】の決闘には興味があるのだろ。

 グラム侯爵の仕業か、王都中に決闘場を映し出すための魔道具が設置されている。これほどの規模の決闘は【決闘王】による100人抜きの決闘大会以来だ。



 「すごい騒ぎ様ですわね。結果自体は明らかですのに」



 隣に並び街の様子を眺めるアリシアが呟く。

 言葉自体は皮肉じみているが彼女も楽しみにしているのだろう、声が少し高ぶっているのが分かる。

 服もいつもとは違い、お姫様のような清楚で綺麗なドレスを着ている。

 そんな様子を見て、オレも楽しくなってくる。

 決闘自体には参加するが実際には戦わなくてもいいのだ、ある意味特等席で見れるようものなので気持ちも軽い。



 「アドラグル卿が集めた学生が強ければ盛り上がるんだけどね。

  というか勝ってもらわなければオレの未来は真っ暗だよ」


 「あら、ずいぶんお気楽なのですね」


 「まぁね、アドラグル卿はできる人だからね。【剣聖】にも勝てる学生を味方につけているに違いないさ」



 そういいながら笑うオレに彼女は下から覗き込むように微笑んだ。

 一気に速く脈打ち始めた心臓、悟られないように根性で抑えこみ彼女の翡翠の瞳を見つめ返す。

 そんなオレに彼女は口を尖らせ不満そうに訴えた。



 「もうっ、少しくらい反応してくださいませんの?

  自信を無くしちゃうわ」


 「あはは、ドキドキしているよ。

  それにオレはアリシアしか見てないからな、自身をなくすも何もないさ」



 顔を赤くして俯くアリシア。

 俯きながら小さな声で、「いつもゼオンは不意打ちで……」と言っているが小さすぎて聞き取れない。

 体調が悪いのかと覗き込んだら顔を上げた、どうやら杞憂だったようだ。

 しかし何故か怒ったような表情でアリシアはオレの目を見る。



 「あまり言いたくはないのですが、ゼオンの事を好いている庶民の女性は多いのですのよ?

  何でも、学園をさぼるといった少し悪いところがかっこいいそうですわ。

  実際に今日の決闘でも応援している学生は多いですわ」



 アリシアの予想外のカミングアウト。

 初めて聞く情報……というよりもアリシアの反撃に驚いてしまった。

 しかしオレもやられてばかりというのは性に合わない、出来心から悪戯する。



 「意地悪だなぁ……俺がアリシア一筋だって信じてくれないの?」



 案の定、慌ててキョロキョロと視線をさまよわせ始めた。


 (可愛いなぁ)


 オレが笑うのを我慢している様子を見てからかわれていることに気が付いたのだろう、頬を大きく膨らませながら睨みつけてくる。

 だけどその顔自体が可愛いので怒っている様には見えない。

 彼女は怒っているつもりだろうから、黙っておこう。



 「しかし決闘で応援と言ってもオレは棄権するから期待には答えられないな」


 「はぁー、ほんとにゼオンは……。

  たまには昔のように本気で挑戦してみたりしないのかしら、あの頃のゼオンは恰好よかったですのに」



 ため息を吐くアリシアに苦笑して誤魔化す。 

 オレはあの頃から本気を出すのは、ただ一人の為と決めてある。



 「……アリシア」


 「?」



 首を傾げこちらを向く彼女。

 昔より、よりいっそう美しくなった彼女に微笑みながら手を差し出す。



 「そろそろ決闘が始まる時間だ。

  オレは一緒に見ることはできないがせめて客席まで送るよ」


 「ええ、ありがとう」



 オレは嬉しそうに出されたアリシアの手をしっかりと握り歩きだした、一つの決意と共に。





◆◆◆◆◆◆





 決闘場の控室、そこにはすでにオレ以外の決闘参加者である学生が全員そろっていた。

 全員顔は知らないがおそらく選りすぐりの強者なのだろう、誰一人として俺に見向きもせず魔道具で映し出された決闘場を凝視している。

 始まる寸前だったのか、その映像の中央では豪華な武具に身を包んだハーヴィル殿下とマルスが睨み合っていた。



 「マルスも完全武装なのか……流石に油断はしてくれないのか」



 ハーヴィル殿下に向かい合うマルスは騎士のような全身甲冑に魔剣グラムを抜き放っている。

 しかもおそらく唯の鉄の甲冑ではない、鉱石の中でも飛びぬけた頑丈さを誇るアダマンタイトで作られているようだ。


 (これは勝ち目は限りなくゼロに近い……というよりもゼロだな)


 それこそ【剣聖】がオリハルコンで出来た剣でようやく切れるほどの硬さなのだ、とてもじゃないが倒せるとは思えない。

 傷をつける事さえ困難だろう。

 そんな考えに耽るオレには関係なく、決闘開始の合図が決闘場に響き渡ったのだった。





◆◆◆◆◆◆





 「どうしてこうなった……」



 あまりの出来事、いやある意味予想通りの出来事に愚痴を漏らす。


 始まりはハーヴィル殿下。

 決闘開始の合図とともに剣を構えマルスへと走り出したが……接近する頃には全身の武具を木端微塵に切り刻まれ戦闘不能。

 半泣きで決闘場を後にした。


 2、3、4人目もまともに戦える事なく敗退、というよりも論外である。

 なんと始まりの合図と共に武器を投げ捨て棄権したのだ、もはや決闘にさえならなかった。

 実際に決闘を見ていた観客の声も、2人目以降全く聞こえない。

 マルスの手が回っていたのか、それともアドラグル卿の策略かは分からない。

 しかしそんな事さえ今のオレには関係ない事だった。


 (これは棄権したらブーイングの嵐になりそうだな……)


 そんな気まずさと共に腰をあげ、歓声一つ聞こえない決闘場への道を歩きだす。

 いつもよりも長くさえ感じる道、歩き出した足が重く、先ほど心に決めた決心が揺らぎそうになる。



 「ゼオン!」



 後ろから聞こえる聞きなれた声。

 しかしいつもとは違う、不安と焦燥が入り混じったような声だ。



 「……こんなところで何をしての、アリシア?

  ここって決闘参加者以外入れないところなんだけど」



 足を止め、笑顔で苦笑する。

 そんなオレの前で立ち止まった彼女はどこか決心したような顔、珍しい表情の彼女に少し驚いた。

 そんな彼女は俺の目を見つめながら口を開く。



 「5日前、なんで私がゼオンを選んだかとおっしゃいましたわよね」



 無言で頷くオレに彼女は話を続ける。



 「初めは8年前のあの事件、私を庇ったゼオンが盗賊に攫われた事件の罪滅ぼしでしたわ。

  怖くて、辛くて、何よりゼオンの人生を狂わせてしまった事への罪悪感で婚約を受け入れました」



 ああ、忘れもしない。

 いまだに鮮明に思いだすことが出来るほど、記憶に残っている事件だ。

 男爵家の子息が盗賊に攫われ、2年間行方不明になったのはかなり有名な話である。

 そして事件の当事者であるオレは帰った時には周りから全てにおいて遅れていた、その結果が今の『貴族としての落ちこぼれ』である。



 「でも今は違いますわ!

  婚約して、一緒に過ごす時間が長くなって改めてゼオンを知った。 

  さぼり癖があることも、貴族らしくなく庶民にも優しいことも、いざという時には必ず助けてくれることも。

  私はそんなゼオンが好きですわ!



  ……その……だから、婚約したのは純粋に好きだからでありまして……その……」



 途端に恥ずかしそうに俯く彼女。

 そんな姿を見た瞬間、体が無意識に動いていた。


 傍によりながら跪き、彼女の手の甲にキスをする。

 貴族としては当たり前の挨拶。

 しかしオレは貴族の礼儀とやらが嫌いで一度もしたことがない挨拶だ。


 そして驚き、顔を真っ赤に染める彼女にオレは一言告げるのだった。



 「知っていたかい、アリシア? 

  君の婚約者は騎士でも無ければ【剣聖】でもない、だが……君を守ることはできる最強の戦士なんだぜ?」



 その心に一つの迷いもなく、決闘場へと進める足はいつも以上に軽かった。




◆◆◆◆◆◆




 『これより最後の決闘を行う!


  グラム侯爵子息、【剣聖】マルス殿 対 アルケイン男爵子息、ゼオン殿 


  始め!!』



 沈黙が流れる決闘場にあまりに短い紹介と始まりの合図が流れる。

 結果が見え切っている決闘なのだから当たり前と言えば当たり前であるが、もう少しくらいやる気を出してほしいものだ。

 しかし始まってしまったのはしょうがない、剣を片手に走り出そうと腰を下ろす。

 その時だった。



 「フンッ、お前が相手とはずいぶん舐められたものだな!」



 正面でマルスが魔剣グラムを片手に声を出す、いつもより低く聞こえるのはあの全身甲冑のせいだろう。

 しかし今までの決闘でも一言も発しなかったマルスの言葉に動きを止めてしまう。

 どうやらその様子からもすぐに戦う気が無いらしい、慢心からか、それともオレに何か用があるのだろう。

 オレも戦う準備を中断し、奴に向き直る。



 「アドラグル卿が何か動いていると聞いていたからな、期待していたのだが……最後の相手がお前とはな。

  まぁ戦う前に棄権する前の奴らとは違うようだがな」



 ……前の3人はマルスの手が掛かっていたわけではないのか?

 となるとアドラグル卿の仕業という事になる、まぁいつも通り厄介な事になったという事だけだが。

 しかし今のオレは奴の戯言に付き合うほど気が長くない。



 「用件は何だ。無駄に話に付き合うほど今の俺は優しくないぞ」


 「フフッ、そう殺気立つなよ。

  何、一つ賭けをしないかと思ってな」



 (どういうつもりだ?)


 侯爵家であるマルスがオレに持ちかける意味が分からない。

 奴がその気になれば何でも手に入るはずだ、賭けが成り立たない。

 意味が分からないといったオレの様子を見たマルスが不敵に笑う。



 「なに、簡単な話だ。

  なんでもお前の婚約者であるアリシアはかなりの美しさらしいじゃないか、噂通りならぜひこの【剣聖】の妾にでもどうかと思ってな。

  フフッ、どちらにしろこの決闘で勝ったら無理やり奪いとるつもりだったがな」


 「……」


 「何だ? 衝撃すぎて声も出ないか?

  ああ、そうか。俺が負けた時の事を考えて無かったな。

  俺が負けたらなんでもお前の言うことを聞いてやろう、何なら魔剣グラムをやってもいいぞ?

  もちろんお前が勝てたらの話だがな」



 決闘場中にざわめきが走る。

 侯爵家であるマルスが同じ爵位であるオーグネス侯爵家の令嬢を妾になど、問題にならないわけがない。

 しかし相手が【剣聖】であり、その賭けが決闘によって行われたものなら実現するだろう。

 受けずとも権力で、受ければ神聖な決闘で決められた事なのでアリシアはマルスのものになる。

 その事実が決闘場をざわつかせ、マルスの高笑いが響き渡る。


 しかしその騒めきは一瞬で止むこととなった。

 決闘場に立つ一人の男によって。



 「その賭け受けるぞ、マルス」


 「……何?」


 「ただし、オレが勝ったらお前の爵位であるグラム侯爵家をもらい受ける」



 予想外の返答に決闘場中が再び混沌と化した。

 しかしその中で一番焦燥にかられていたのはマルス自身だった。

 権力とその名声で思うがままに過ごしてきた奴にとって、それは死ぬよりも恐ろしい事でもあったからだ。



 「そっ! そんな条件飲めるわけがないだろ! だ、だいたい男爵家であるおま「黙れ!」」



 あまりにも大きな声に沈黙が降りる。



 「オレは今、かなり頭にきている。それこそお前を殺してしまうほどにだ」



 初めに気が付いたのは誰だろうか、ゼオンから放たれているプレッシャーがマルスを上回っていることに。

 初めに気が付いたのは誰だろうか、ゼオンが無意識に取っていた癖がある人物の癖と酷似していることに。

 初めに気が付いたのは誰だろうか、ゼオンから放たれた聞き覚えのある声に。



 同時にゼオンが持っていた剣が消える。

 それ自体は誰でも見たことがあり、戦闘系ジョブについたひとなら誰しもが初めに会得するスキル【瞬間装備】である。

 しかし次の瞬間現れた武器、光輝くような真っ直ぐな閃光の魔剣。

 手足を守るように現れていく深紅と閃光のような黄色が入り混じった武具。

 そして最後に現れたのは二本の大きな角が生えた兜、竜を象ったようにも見える兜をかぶろうとし……捨てる。



 「……もう隠す必要も無いからな」



 【決闘王】に関する伝説はたくさんある。

 【盗賊王】率いる盗賊団の殲滅、【黒竜騎士】との一騎打ち、未踏破高難易度ダンジョンの単独踏破。


 しかし、その中でもより有名な伝説が存在する。

 それはある小さな国での決闘大会での出来事。

 決闘中に【国防級】モンスター 紅雷竜コウライの襲撃が起きたのである。

 【国防級】、大国でさえ滅びる可能性のあるモンスターの出現に国中の人々が死を覚悟した。

 だがモンスターも運が悪かった、野獣狩りのイベントと勘違いした【決闘王】にその場で打ち取られたのだから。


 故に【決闘王】にはたくさんの呼び名がある。

 『指名手配』、『常勝無敗』、『正体不明』


 そして、『雷竜殺し』


 その瞬間誰もが気が付いた、闘技場に立つ男の正体に。



 「改めて名乗らせてもらうぞ、マルス」



 閃光の魔剣を片手に獰猛に笑いながら彼は言う。



 「第7冠位 【決闘……いや、違うな。




  第8冠位到達者 【決闘神・・・】 ゼオン・アルケイン。

  お前を倒し、アリシアを守る最強の戦士だ」



 その瞬間、決闘場中に、王都に、セプトン王国に怒涛の声が鳴り響いたのだった。

次話は一時間後に投稿です!

よかったら読んでください~

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