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第二話 巻き込まれた者


 セプトン王国第一継承権、ハーヴィル殿下とグラム侯爵家子息、【剣聖】マルスのレイラ嬢を懸けた決闘。

 学園の授業が全て終了する昼下がり頃、この噂は学園中、いや庶民が住まう王都中に広がり大勢が知るところとなっていた。

 アリシアの家であるオーグネス家へと向かう馬車の中からも王都が決闘騒ぎに騒がしくなっているのが見て取れるほどだ。


 その様子を眺めていたオレは思わず頬が上がるのを感じた。

 婚約者を決闘で奪うというマルスの行為自体には憤慨するしかないが、それでもたくさんの人が楽しそうに盛り上がっているのは悪い気がしない。

 そんなオレに気が付いたのか向かい側に座るアリシアが不満そうに文句を呟く。



 「ほんとに皆さん決闘一つでこんな騒がしくするなんて……ハーヴィル殿下、何よりレイラさんが可哀そうですわ」


 「あははは。まぁ、この国は決闘なんかが大好きだからね。

  王子と【剣聖】の決闘なんて盛り上がらずにはいられないだろうさ」


 「それは理解しておりますけど……」



 不満そうなアリシアを苦笑いで相槌をうちながら慰める。

 このセプトン王国では貴族の礼儀などといった風習からか決闘などの催しものが開かれる事が多い、その影響なのかセプトン王国の民は決闘が大好きなのだ。

 それは街に必ず一つはコロッセオや決闘場がある事からもうかがえる。

 目の前に座るアリシアやオレもよく一緒に見に行くぐらいは好きなのだが、今回はあまり気乗りしないらしい。



 「だけど今回は相手が【剣聖】だからね。ハーヴィル殿下が勝てる確率はほぼ無いと言ってもいいだろうなぁ」



 学生にして英雄レベルにまで到達した【剣聖】、その噂はセプトン王国だけでは収まらず他国にまで伝わるほど有名だ。

 1年前に起きた災害、【戦術級】ユニークモンスター アルテイオスの単騎討伐は今だ記憶に新しい。

 亜人系統モンスター、ギガンテスの突然変異でその大きさは100メートルにも及び、雷魔法で辺り一面を焼き払いながら村を踏み荒らして周ったため被害も甚大なものだった。


 そんなモンスターを単騎で倒せるほどの力をもっているのが【剣聖】である。

 加えて言うのならば、例え遠距離攻撃系統のジョブについている学生を集めても万が一も起こらないと断言できる。

 マルスが保有している魔剣・グラムは魔法を吸収し、自身の力へと変換する能力を持っている。放った魔法は吸収され、矢や魔弾は切り落とされてしまうだろう。



 「そうですわね、私的にはハーヴィル殿下を応援しているのですが」



 彼女が言い終わると同時に揺れていた馬車の振動が止まった、オーグネス侯爵家へ着いたのだろう。

 オレは立ち上がると扉を開き、座る彼女へと手を差し伸べる。



 「まぁ、楽しくない話は後にしてお茶を楽しもうよ」


 「もうっ、貴方はほんとにいつも変わらないわね」


 「ははは、貴族の落ちこぼれだからね」



 お互いに顔を見合わせ苦笑する。



 「ではお手をどうぞ、お嬢様」


 「フフ、楽しませてくださいね。ゼオン」



 オレは満面の笑みで微笑むアリシアの小さな手を取り、共にゆっくりと歩き出すのだった。





◆◆◆◆◆◆





 オーグネス侯爵家、小さい頃彼女の婚約者となってからはすでに通いなれた屋敷だ。

 アリシアの部屋でお茶や話をするのも当たり前のように感じるほどだし、彼女の部屋も昔と全く変わらない。

 侯爵家で働く、メイドや下男とも顔なじみに成程だ。

 今日もいつものようにお茶やお菓子を食べながら話をする、だが今日はいつもと違うようだ。

 甘いケーキに舌鼓を打ちながら、廊下へとつながる扉に目を向ける。



 「ゼオン?」



 そんなオレの様子を見て、アリシアが首を傾げるのとあの人が来たのは同時だった。



 「入るぞ、アリシア!」



 ノックをせずに両開きの扉を勢いよく開きながら入ってくる男性。

 淑女の部屋に許可なしで悪びれもなく入るなど、オレはこの人しか知らない。



 「お父様! 入る時には侍女を通してから許可を貰って入ってくださいと何度言えば分かるんですか!」


 「はっはっは! ここは俺の屋敷だ、許可なんて取る必要なんてありはしない!」



 後ろに流された銀髪に短く切りそろえられた髭、服越しからも分かるほどの引き締まった体に強者のような独特の雰囲気を纏っている。

 王子のような輝かしいイケメンではないが、渋く整った顔に人を引き付ける魅力がある。

 オーグネス侯爵家現当主・・・ アドラグル・オーグネス

 セプトン王国の宰相であり、実質的王国のトップだ。



 「ごきげんよう、アドラグル卿。

  僭越ながら屋敷にご招待させていただいております」



 オレは椅子から立ち上がり、頭を下げる。

 貴族としては失格のレベルの挨拶だが、今までも同じ挨拶を繰り返しているので問題はない。



 「そんなに改まらくたっていい、いつも言っているがお義父さんと呼んでもかまわないくらいだ」



 (恐ろしすぎてそんな事、口に出せないよ……)


 思わず咽まで出かかった言葉を飲み込み、豪快に笑うアドラグル卿に椅子をすすめる。

 アドラグル卿はアリシアの父親であるし、人柄としても好いている部類に入る人だ。そしてそれと同じくらいにとても恐ろしい人でもある。

 このような豪快な性格をしているが実際はかなり頭がきれる、そして何より考えをその様子から全く悟らせない。

 今までも一杯食わされて、いいように使われることが何度もあったほどだ。



 「お父様、こんな時間に屋敷に居られるなんて珍しいですが仕事は終わったんですの?」


 「いや、部下に全部押し付けてきた! 最悪、陛下が何とかしてくれるだろ」



 ……頭のきれる有能な人、のはず、だ……



 「それに俺も仕事をさぼって帰って来たのではない。むしろ仕事の一環としてここに来たのだ」



 アドラグル卿は心外だと言うように自分の正当性を主張する。

 流石にさぼってきたわけでは無い様だ、というよりもほんとにそうだとしたらこの国は終わっている。



 「ですがお父様、仕事で娘の部屋に押し入るなんておかしいと思いませんの⁉」



 正論である。

 仕事を理由に娘の部屋に入る人などこの国にはいない……いや、この人以外にはいない。

 アリシアとアドラグル卿の会話に横やりを入れるのも失礼なので、静かにお茶とケーキに手を伸ばしたその時だった。



 「いや、この部屋というよりもそこのゼオンの方に用件があったんだ」


 「ゼオンにですの?」



 オレは思わぬ飛び火に動きを止める。

 アドラグル卿がオレに用事なんて滅多にない、それこそ婚約関係で呼び出されるぐらいだ。

 では何か大きな失敗をしたかと記憶を探っても、思い当たるのはせいぜいこの2日ほど学園をさぼったぐらいのことである。

 となると可能性は一つである。


 (厄介ごとか……)


 アドラグル卿が持ってくるオレへの頼み、もとい命令は必ずと言っていいほどの厄介ごとだ。

 どんな簡単な頼み事でも、行く先々で必ず面倒な事に巻き込まれるのだ。


 忙しいからという理由でオーグネス領の見回りに行かされると、森から出てきたモンスターの大群に出くわす。


 ダンジョンの異変調査と聞かされ行ってみれば、超高難易度の未踏破ダンジョン。


 薬の調達を頼まれた時は、材料が足りずにドラゴン生息域に咲く、希少な薬草を採りに行かされたりもした。


 アドラグル卿の頼み事はことごとく碌な事にならない、今思い出しても何度死にかけたか分からないのだから。



 「はっはっは、そんな嫌そうな顔をしないでくれ。宰相直々の頼み事だぞ?」



 都合の悪い時だけ宰相の肩書を出してくるの、ほんとにやりずらい人だ。

 ケラケラと笑うアドラグル卿を傍目に大きな重いため息を吐く。



 「話だけ聞かせてもらいます、ですが聞くだけです。

  面倒ごとなら断らせてもらいますから」


 「はは、まぁ引き受けてもらうのは絶対なんだがな」



 当たり前のように言うアドラグル卿に思わず顔が引きつるが、彼は気が付いていないかのように話始めた。



 「君たちも学園に通っているのですでに知ってはいるとは思うが、用件というのはハーヴィル殿下とマルスの糞の決闘騒ぎの事だ。

  念のために聞いておくが詳細は知っているな?」



 途端に真剣な様子で話し始めたアドラグル卿に瞠目しつつ、無言で頷く。

 そんな様子を確認した彼は話を続ける。



 「この決闘の勝者は火を見るまでも明らかだ。

  奇跡でも起こらない限り、いや奇跡が起こったとしても結果は変わらんだろう。

  そして国王派を上回りグラム派が主権を握る、実際国王派だった貴族が次々と寝返っている」



 ここまでの話は決闘騒ぎからすでに予想できる事だ、しかしそれがどうオレへの用件につながるかが全く分からない。



 「あっ」



 声を上げたのは向かい側で話を聞いていたアリシアだった。

 オレが気が付かない何かに気が付いたのだろう、楽しそうだった顔が途端に不安そうな顔になっていく。



 「オーグネス侯爵家は国王派ですの。だけどお父様は宰相ですから……」



 その言葉を聞いて理解する。

 多くの貴族がグラム派に寝返っているが、オーグネス家はその地位的な問題で移り変わることが出来ない。

 このまま国王派でいるしかないと言う事だ。

 しかしこのままでは、決闘でグラム派が主権を握りアドラグル卿は宰相の地位から外される。そしてアリシアと婚約しているアルケイン男爵家であるオレにもいくらか影響が出てくるだろう。

 そんなアリシアの呟きをアドラグル卿が補足する。



 「オーグネス侯爵家は国王派から離れられない。しかし、そこはあまり気にしておらん。

  問題は、決闘である勝ち抜き戦にハーヴィル殿下と出てくれる学生が一人もいないことだ」


 「……今何と?」



 思わず聞き直したオレは悪くないだろう、それほどに予想外。

 いや決闘が出来るかもわからないほどの根本的問題であった。



 「多くの貴族が寝返ったと言ったな、少し訂正する。

  正確にはオーグネス侯爵家以外の貴族は全て寝返った」



 開いた口がふさがらないとは今、この状況の事を言うのだろう。

 次々と投下されていく予想を上回る出来事に唖然となってしまったのだ。

 オレは頭痛がするのを感じながら、お茶を飲み、心を落ち着かせる。


 (今考えれば、あり得る話ではあるな)


 そもそも戦闘系ジョブについている学生は、卒業後は冒険者か騎士団に入るものがほとんどだ。

 そして騎士団の団長を務める親を持つマルスに逆らおうとする学生はほとんどいないだろう。

 特に貴族は名誉的な面で卒業後は騎士団に入る、ここで国王派に着いたら未来はない。


 残るは三大侯爵家であり、【死の王】ネクロフィア・ブラッディーを輩出した魔法使いの一族であるブラッディー侯爵家とその他の変人だけだろう。


 (……あれ? オレって結構ピンチじゃないか?)


 そんなオレに追い打ちをかけるようにアドラグル卿の話は続く。



 「そこで決闘に出てくれる学生がいない事をハーヴィル殿下に泣き付かれてな。

  どうやら裏切られたことが心に響かれたご様子で部屋に引きこもってしまわれた。

  オーグネス家が決闘に出る学生、殿下を除く残り4名を選出しなければならないのだ。加えて言うならこれは陛下からの命令でもある、断ることも不可能だ」



 (……ハーヴィル殿下。というかアリシア、あまり笑ってはいられる状況じゃないんだけど)


 しかし、用件というのは理解できた。

 オレに人数合わせのために決闘に参加してほしいという事なのだろう。



 「しかしアドラグル卿。

  オレは【剣聖】なんかと戦えませんし、つい先日クラスアップしたばかりなのでまだ新たに習得したスキルも何もわかっていないんですが」


 「おお、クラスアップしたのか。めでたいな、おめでとう。

  だがこちらもゼオンが剣聖に勝てるとは思っていない、人数合わせで出るだけでいいんだ。


  【剣聖】はこちらに大した戦力はいないと考えている。

  傲慢な奴の事だ、5人の勝ち抜き戦とはあるが実際には奴一人しか出ないだろう。

  俺も伝手をつかって勝てそうな冠位のジョブの学生を確保する、君は一番安全な大将で座っているだけでいい」



 (まぁそれなら大丈夫か)


 実際に戦わないでいいならこちらとしても文句はない。というよりもオレの未来も関わっているので断ることもできないだろう。

 あとはアドラグル卿に任せておけばいいだけ、今日はいつもと違って厄介ごとではないようだ。


 

 「わかりました。ですが戦う事になったら棄権しますからね、流石に相手がマルスだと死にかねませんし」


 「ああ、もちろんだ」



 オーグネス侯爵家の選出する学生だ、俺と殿下は戦力にはならないがそれでも3人もいるならいくらかは可能性もあるかもしれない。

 オレは安堵すると手つかずのケーキに手を伸ばす。



 「ああ、ついでにゼオン。一つ質問するがいいか?」



 すでに話が終わったと安心していたオレにアドラグル卿が話を振る。

 ケーキを掴もうとする行動を中断し、視線を彼に向けた。



 「君なら、【剣聖】相手に何秒ぐらいやれるかい?」



 あまり意図が分からない質問だ。

 おそらく決闘の事だろうがオレと奴では力の差がありすぎる、これは考えるまでもないだろう。



 「10秒、頑張って20秒といったところですかね」


 「はっはっは、10秒か。いや少し気になっただけの質問だ。

  すまないね」



 豪快に笑いながら席を立つアドラグル卿、おそらくこれから学生の確保に向かうのだろう。

 アリシアに一言告げると、忙しそうに扉へと歩いていく。



 「ではゼオン。俺は先に失礼するがゆっくりしていってくれたまえ。

  それと…………」



 そう言い残すとすぐに曲がり角を曲がりみえなくなってしまった。

 最後に何を言っているのかは聞き取れなかったがおそらくアリシアに向けて言った言葉なのだろう、少し頭に浮かんだ疑問はすぐに消える。

 何故ならオレの意識は先ほどからずっと邪魔されて食べることが出来ないでいるケーキに向けられているからだ。


 「……うまい」


 問題が解決し、安心したオレの頭の中にはケーキとアリシアのことでいっぱいであったのだった。











 後に、もう少しアドラグル卿の言葉に耳を傾けていれば後悔することになるのだが、これはまだ5日も先の話である。

 もしくはアドラグル卿のジョブを、スキルを知っていれば巻き込まれることはなかったのかもしれない。




 「ではゼオン。俺は先に失礼するがゆっくりしていってくれたまえ。


  それと……後は頼んだよ【決闘王・・・】」



 第6冠位到達者 【観察者】アドラグル・オーグネス。

 超希少天性スキル、『鑑定眼』を持ったセプトン王国の宰相である。

 

決闘王……


次話は一時間後に投稿です!

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