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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

廃墟の狩人

作者: あずき犬

 

 緑山交番は郊外に最近出来たニュータウンの中にあった。

 元々は緑山駐在所であったが、管内の人口増加により交番に格上げされた形となる。


 管内は広大な山間部とニュータウン地域に分かれるが、主な仕事は交通事故の受理と近隣トラブル、野荒らしの処理であり、凶悪事件などの発生はほとんど無い。


 が、最近少し問題となる事案が多発してる。

 緑山ニュータウンは廃業したウラノドリームランドの広大な跡地を買収した土地に造成されているのだが、今だに当時の施設が廃墟として点在しており、それに対する不法侵入や器物損壊が多発しているのだ。


 今年の四月から異動で緑山交番に配属された、笹川稔巡査も先輩であり同僚である倉山次郎巡査部長からその件について教わっていた。


「どこかのサイトで『廃墟ツアー』なんてのが流行ってるみたいでな、こっちとしては手間だけがかかる厄介な事案なんだよ」


 交番の奥の休憩室で愛妻弁当を食べていた倉山が言う。


「相手も未成年のクソガキが多くてな、結局親に引き取らせるだけで検挙件数にもなりゃしない」


 笹川が入れたお茶を飲んだ倉山は空になった弁当箱を袋に入れる。


「とりあえずパクって留置に入れて反省させたらどうなんですか」


 近所のコンビニで買った焼肉弁当箱食べていた笹川は帯革の手錠を叩いて見せる。


「それがなあ、来るのがみんなひょろひょろで、ちょっと怒ると直ぐに泣き出すような奴らばかりでな。直ぐに認めて泣き出すわ、やたらと権利意識高い親が来るわでな。なんていうか、罪の意識がないんだろうね」


 空になったらコップを机に置いた倉山は欠伸をしながら立ち上がる。


「今日みたいな休み前の夜はどこからともなく湧いてきやがるからな。夜は警らを長めにしておこうか」


 倉山はそう言うと、壁に掛けていた制帽をかぶり、靴を履く。


「主任は明日あれですもんね」


 弁当を食べ終えた笹川は二人ぶんのコップをお盆に乗せて立ち上がる。


「お、おう。まあ、頼むわ」


 顔を赤らめた倉山はその表情を隠すように制帽を目深にかぶり、公かいに出て行った。



 ※



 夜中の二時前、笹川と倉山はウラノドリームランド跡地の縁を二人で徒歩警らをしていた。

 遊園地の跡地は管財人が管理し、各所に防犯装置を設置していることから、不法侵入があれば直ぐに本部から指令が入る。

 たが侵入して来る奴らもその情報を何処かで仕入れ、警備装置の死角を狙って侵入を試みる。


 懐中電灯で照らされた先に、草が茂った広場が見えた。

 この広場の奥にはよく侵入に使われる金網があるが、小動物による誤報が多く、警備装置が取り外されている場所である。


「笹川」


 広場に懐中電灯を向けた倉山は、足元の茂みを指差していた。

 そこには折れて間がない草があった。

 二人は頷き合うと、警棒を取り出して伸ばしす。

 懐中電灯の明かりを頼りに胸まで茂った草むらを進むと、錆びたフェンスが見えた。

 フェンスに添って歩くと、大量に草が倒れた箇所があり、そこに面するフェンスの針金が切り破られていた。


「緑山PB倉山から本署」


 倉山は無線機のマイクを持つと、小声で本署に連絡する。


『本署ですどうぞ』


「ウラノドリームランドの警ら中、不法侵入と思われるフェンスの破損を発見しました。応援要請できますか、どうぞ」


 しばらくの間の後、本署からの返事が返ってきた。


『現在駅前PB管内で複数人による傷害事案が発生。応援にはしばらく時間がかかります、どうぞ』


 本署からの返事に、しばらく考え込む倉山だったが、警棒を握りしめている笹川を見てプレストークボタンを押す。


「了解。笹川巡査と二名で検索に入ります」


 倉山はすでにフェンスの穴をくぐり、敷地内に入っていた。

 笹川も倉山の後を追い、フェンスの穴をくぐる。

 その時だった。


「あっ」


 草むらの中から声が聞こえ、見ると黒い人影が複数、立ち上がるところだった。中には明かりの代わりか携帯電話らしきものを持っている者もいる。


「警察だ!おとなしくしなさい」


 倉山は相手に警察の制服を見せるために自らの体を懐中電灯で照らした。


「倉山から本署」


 倉山が無線機に顔を向けた瞬間だった。


「うわぁぁぁぁーーーー」


 黒い人影の一人が草むらから飛び出し、倉山に襲いかかっていた。

 ボコォ、と音がすると同時に、倉山は振り下ろされていたその凶器を掴み、相手の懐に入ると、背負い投げを放つ。


「公務執行妨害で現行犯逮捕する。笹川、本署に報告しろ」


 笹川の持つ懐中電灯の明かりで浮かび上がった倉山の頬には制帽の中から流れ出る血が見えた。


「至急至急笹川から本署!、至急至急笹川から本署!」


 震える声で笹川は無線機に向かって叫んだ。



 ※



 応援に来てくれた自動車警ら隊と共に少年五人と本署についた笹川は少年の取り調べを始めた。

 少年達五人は緑山から少し離れた別の市の中学生だった。

 やせ細った体に、ラフな格好の彼らは誰からともなく『肝試しに行こう』という話になり、緑山まで来たという。


 笹川が取り調べを担当した少年もごく普通の中学生であり、今回の件については反省している様子で受け答えしていた。

 少年の中でリーダー格の家に集まり、ゲームをしていたが、リーダー格が『肝試しのついでに廃墟の動画を撮って投稿しようぜ』と言い出し、自転車に乗り近くまで来た。

 そのリーダー格の少年が倉山に襲いかかり公務執行妨害で逮捕された少年らしい。


 順調に取り調べを続けていると、取調室の扉がノックされた。


「ちょっと待っていなさい」


 少年に言い外に出ると、副署長が立っていた。


「全員釈放だ」


「えっ」


 副署長は顎で廊下の先をしゃくってみせた。

 そこにはスーツを着た男性が立っていた。


「市長だ」


 副署長に気付いたらしく、その男性は足早にこちらに歩いて来た。


「副署長、この度は私の息子達がご迷惑をおかけしてまことにすみません」


 頭を下げた市長に恐縮した副署長は両手を振る。


「そりゃ暗闇から突然現れたら警察とは気付きませんよ」


 副署長の言葉に笹川は思わず言う。


「え、ちゃんと警察と」


「笹川くん」


 副署長は笹川の言葉を遮ると、細い目を笹川に向けた。


「少年達はみな聞いてないそうだ。警察官という認識がなければ公務執行妨害は成立しないよ。正当防衛、そのくらいわかるよね」


「でも……」


「君は去年昇任試験を落ちていたね。今年は頑張らないとね」


 何か言おうとする笹川を無視して副署長は市長と向かい合う。


「というわけで、単なる建造物侵入ですので直ぐに処理を終わらせます」


「うむ。よろしく頼むよ」


 少年達は簡単な反省文を書き、それぞれの親に身柄を引き渡されていった。



 その日の昼過ぎ、倉山巡査部長は出産予定日の妻が入院してる産婦人科で倒れ、脳内出血で死亡した。運び込まれた市立病院では病死と判断された。



 ※



 あの事件の後、街中の交番に異動となった笹川は、同僚から一本の動画を見せてもらった。


『超恐怖!噂の廃墟に行ってみた!〜そこで出会った恐怖のラスボスとは!〜』


 暗闇の中、携帯のライトを頼りに廃墟をふざけ合いながら巡る少年達。

 その動画の最後、突然声が掛けられる。


「警察だ!おとなしくしなさい」


 画像はそこで切り替わり、どこかの部屋で集まる少年達が映し出された。


『という事でラスボスはなんとポリ公でした〜。廃墟に勝手に入ったらメッ!だからね』


 主犯格のとされた市長の息子がおどけて言い、他の少年達が腹を抱えて笑っていた。


 笹川の中で何かが崩れていった。



 ※



 うわさを広めるのは簡単だった。

 廃墟好きが書き込みをしている掲示板に書き込みをするだけ。

 IDを変えるために県外のネットカフェから別人を装い書き込みを投稿していく。


『その遊園地では子供が急にいなくなる』


『ジェットコースターの事故で閉園したらしいけど、その事故の原因が分からないらしい』


『アクアツアーに行くと、謎の生物がいたらいいんだが、それが今でもいるらしい』


『ミラーハウスに入るとなんだか別人に入れ替わってしまうらしい』


『ドリームキャッスルの地下には昔拷問部屋があって今でも呻き声が聞こえる』


『動かないはずのメリーゴーラウンドが回っていた』


『観覧車から声が聞こえたんだ。出してって』


 好奇心だけは高く、怖い動画を撮って有名になりたい奴らは直ぐにウラノドリームランド跡地にやって来るだろう。

 交番で勤務していた時に発見した、防犯施設の死角で見つかりにくい出入り口のフェンスをわざと脆くしておいた。


 本質的に怖がりで、自分の体力に自信の無い奴らはいつも群れてやって来る。


 一組目は男性二人、女性二人の四人。

 彼らはライトを照らしながら、恐る恐るドリームキャッスルに近づいて行った。


 ーーさて、殺るか


 まず一番後ろにいた男性の背後から近づき、首に腕を巻きつけると、一瞬で落とす。柔道で先輩から良くやられていた事だ。


 そのまま音がしない様にドリームキャッスルの裏に運び、一気に首を折ってやった。


 さすがに仲間がいなくなった事に気付いた彼らは、取り敢えず入り口に戻ろうと、足早に歩き出した。

 そのルートはちょうど観覧車の下を通っていた。


 携帯の遠隔機能を使い、録音を再生する。


「出して……ここから出して」


 その声を聞き足を止めた彼らは、しばらく話し合い、男性が一人で観覧車の方に向かって歩き出した。


「早く、開けて、ここから出して」


 録音した音声を流す操作をしながらゴンドラの裏側にまわる。

 ゴンドラの裏側の壁は壊してあり、そのままゴンドラの中に入り身をかがめる。


 ガチャリとゴンドラの扉が開かれた。


 間髪を入れず男性の両足を掴み、ゴンドラの中に引き摺り込み、用意していたロープで首を絞めた。



 残った女性二人はとうとう恐怖に耐えきれなくなったのか、どちらともなく走り出していた。

 その頭上にはジェットコースターのコースが設置されている。


 ちょうどいい。


 携帯を取り出し、番号を入れてコールする。

 コースターのコース上に置いていた携帯がけたましい着信音を鳴らしていた。

 上を見上げながら、思わず足を止める二人。


 音声に反応して起動するモーターが回転を始める。モーターの軸にはロープが巻かれており、その先はコース上で止まっていたコースターを支えていた鉄骨に結ばれている。モーターの回転によりロープが巻き取られ、ガチンと音を立ててその支えが外れる。


 支えを失ったコースターは下で震える二人の真上に落下した。



 さてと、うさぎが描かれたお面を外し、ゴム手袋を両手にはめる。

 死体は全てドリームキャッスルの地下室に運び込む。

 ちと骨の折れる作業だが、これはまた次に来る奴らの餌になるだろう。


 地下室に死体を放り込み、ドリームキャッスル前のベンチに座りタバコに火をつける。

 傍に置いたカバンの中には奴らから剥ぎ取った携帯電話が入っている。

 これは全て電源を入れたまま箱詰めにして海外に送る。

 太平洋上のどこかで電源がきれるだろう。

 宛先には住所が存在しないのでまた手元に帰って来る。


 これも次に使ってみよう。


 不思議な事に次から次に奴らを殺すアイデアが湧いて来る。


 晴れ晴れとした気持ちで眺める、月明かりに照らされた廃墟の遊園地はおぞましいほど美しかった。

 心なしかこの遊園地が喜んでいる様に感じる。


 そうか


 もともと人をドキドキ、ワクワクさせるために作られたんだもんな


 ククッと笑い、タバコをねじり消した笹川は街に戻っていった。



 ※



 夜十時過ぎ。裏野駅前交番の扉を三人の若者が開けた。


「おまわりさん、ちょっと道を聞きたいんですが」


「行き先はどちらでしょうか」


 警察官に尋ねられた若者達は少し顔を見合わせた後、その中の一人が答える。


「緑山の友達の家に行きたいのですが」


「ああ、それなら」


 友達の家に行くにしては不似合いな登山靴。この暑さの中全員が長袖。ポケットからはみ出ているのは懐中電灯かな。カバンの膨らみは一眼レフカメラですな。

 一人が隠す様に持っていた地図らしき紙にはある地点に赤丸が描かれていた。

 遊園地跡ですね。


「……で、バスを降りたらすぐ緑山ニュータウンです。バスの最終は十一時だからね」


 警察官は市内の地図を閉じた。


「ありがとうございました」


 声を合わせて頭を下げた三人は、先を争う様に交番を出ていった。


 さて、と。


 警察官は肩を回しながら、交番の奥の待機室に向かう。

 待機室では定年間際の山下警部補がテレビを見ていた。


「係長、ちょっと警らに行ってきます」


「ん、気をつけてね」


 敬礼をした警察官は公かいに戻り、事務机の下からボストンバッグを取り出してたすき掛けに担ぐ。


 さて、今回はどの噂のを使おうかな


 遊園地に行く子供の様に弾む心を抑えきれず、彼はペロリと唇を舐めて笑う。



 ーーおしまいーー





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― 新着の感想 ―
[一言] 正統派殺人鬼ホラーですね。 報いを受けるべき市長の息子達ではなく、後から訪れる若者達が犠牲になるところとか、殺人者と化した警官もまるで噂に“とりつかれた”様にも思えるあたりがおぞましくも悲し…
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