第V章戦前のナイト 12話・掛橋
「攻め込む?!」
イザラはもう訳がわからず、思わず叫ぶ。
しかし他の者の反応はイザラのそれとは大きく違っていた。
「何故、コイツの前でそんな重要な極秘事項を簡単に話すんだ!!」
ガスはイザラを指さしながら叫ぶ。
「そうだ、お頭!!
いくら何でも、氷帝の手先がいる前で!!」
フォートは怒りよりも驚きや呆れのほうが大きいようだ。
「砂帝に勝つには、嬢ちゃんの、いや氷帝シード・コーテーセンの力が必要だ。
それにそっちもオレらに用があるから来たんだろ?」
「どういう意味ですか?」
イザラはドキッとする。
「おつかいだろ?大体の内容はわかるぜ。
お前らが一年後におっぱじめる戦争のために、少しでも兵力が欲しいんだろ?」
二人の視線がイザラに向く。
「いったいどういうことだ。」
タイミングが無かったとは言え、これは最悪だ。
もう後がなくなったイザラは、素直に嘘偽り無く話すと決心する。
「確かにスティールさんの言う通り、約一年後に“龍”達との戦争があり、その兵力の確保のために氷帝に遣わされここに来ました。」
イザラは力強く、真っ直ぐにスティールの目を見る。
その後に今までと今現在の状況を説明しようとしたが、スティールはそれらを聞かずに鼻で笑い飛ばす。
「なら、氷帝に伝えろ。
これが唯一の条件だ!!
砂帝を殺す“力”を寄越せ!代わりに俺達の“力”全てを貸してやる!!」
これがスティールとシードの間に共戦協定が結ばれた瞬間だった。
あまりにあっさり、あまりにうまくいった。
シードにはイザラの魔法でこのことがすぐに伝わった。
シードはそれを聞き、ニッコリと笑う。
「わらわが送る“力”は………」
シードの白い小さな手がチェス盤のようなものの上に置いてある駒を閉じ、渇いた音を響かせる。
次第に氷帝の下に力が集まる。現状はうまくいっている。
しかし、シードの顔から笑顔が消え、違う報告書に目をやると、重い息がもれる。
「あやつはいったいどこに?」
解決しない問題の打開策を見付けようと頭を悩ます。
『やっぱりいないわよ!』
そこにプリプリと怒ったような、あー疲れたと言わんような声がシードの耳に入る。
横を見れば、透き通るような青い髪に赤い実と深い緑の葉の髪飾りを付けた女性が浮いていた。
外見は確かに女性と呼べるものかもしれないが、大きさはウサギやネコよりもまだ一回り小さいくらいだ。
彼女はシードのパートナー“フローラル”雪花の精霊だ。
『色んな子に聞いて回ったけど、そんな人は知らないって!』
「そうか……。
今はまだいいが、戦いになれば絶対に必要な力…。」
フローラルは陽気に言い訳をしたり励ましたりするが、シードの耳には一切入らなかった。
幼さすら未だに残る顔には不似合いな疲れが取り憑いていた。
『ちょっと外に出よ!
こんなとこにこもってても、いい案なんて思い付かないよ!』
確かにここ数日こもったままで肉体的にも精神的にも疲れているとシード自身も感じていたので、フローラルの助言に甘え、資料や報告書を散らかしたまま、部屋を出ていった。
氷の国は年中雪が積もっている。
かといって、年中雪が降り続けている訳ではない。
氷の国には三つの季節がある。
雪が降り続ける、降雪期。
積もった雪が溶けはしないがさらに雪が降ることもない、停雪期。
雪が少し溶けそれで出来た水が氷原に花を咲かせる、盛雪期。
今はその中の盛雪期の始めである。
まだ花は芽すら出ておらず、少しの雪溶け水が滲み始めた頃だ。
シードはそんな少し湿った雪道を歩いて行く。
暖かい陽の光と雪の冷たさを載せた風が心地良さを運ぶ。
今はナイトの訓練所となっている平地から気合いの入った声が聞こえてくる。
シードはどんな様子か見にそこへ行ってみる。
今指導しているのはアポロ・ジェッテムだった。
彼は銃器の使い手だ。
それなのに訓練所から聞こえてくるのは銃声ではなく、 掛け声だけだった。
「まだまだだ!!
さらに収束しろ!」
アポロの言葉が言い終わるのと同時に、いや少し被っていたかもしれない、教え子達が大きな声で返事する。
教え子の数は少ないが、気合いの入っていていい環境だ。
どうやら今はまだ銃器を使った訓練では無く、魔法元素を収束するという基本的なことをしているみたいだ。
シードが入って行けるような空気ではなかったので、そっと去って行った。
『ねぇー!!なんで入らなかったの?
楽しそうなことしてたじゃん!!』
シードの周りを跳びはねながら小さな精霊は騒ぎ立てる。
それを軽く受け流し、何処か入っていける楽しげな場所はないかと探しに行った。
読んで下さり、ありがとうございます。
こんなにも時間が空いたにも関わらず読んで下さる人がいましたら、うれしいです。