第IV章再開とナイト 8話・龍戦〜サー〜
風が止まった。
この国で何十年、何百年と吹き続けていた風が止まった。
ベルにもサーにも、この国にある全ての風を喰った龍を前にどうすることもできなかった。
『壊れろ!!!』
「―“万鏡ノ瞳”―」
風の息吹が龍の咆哮と共に放たれる。はずだった。
しかし龍の口からは怒りに狂わされた咆哮しか出てこなかった。
「サー、早く!!こんなに強いのは長く止められない。」
イザラが両瞳の力を使い、風の息吹を止めてくれていたのだ。
「 ―地を賁るは
一の影
月にうつるは
十の牙
敵を縛めよ
“一狼十牙”―」
千狼万牙の縮小版魔法で氷の狼を一体出し、それの上に跨がる。
サーの領域凍結の能力でさらに狼は速く力強く走る。
そしてサーは再びスペルを唱える。
「―氷閃角―」
かつてルプスがゴーレムを一発で倒した強力な技。
狼に跨がったまま、スピードに乗せて突きを放つ。
強い光に包まれながら龍の胸に突っ込むサーは流れ星のように光の尾を引いていた。
龍は光に眩みながらも必死に避けようとする。
サーは龍の片翼を貫く。
翼の付け根から貫かれているから龍はバランスを崩す。
そしてしくじったサーを見て、ベルは銃を構える。
「―魔銃“芭蕉扇”
敵を射殺せ
無尽連弾
“風伯”―」
銃が唸り声をあげる。
風の弾はベルの魔力を全て吸い付くすまで止まない。
風の弾丸は龍のもう一方の翼と胴体に撃ち込まれた。
激しい風の弾丸が止み、静けさが辺りに漂う。
龍は銃弾による煙で姿が見えない。
しかし次第に煙は晴れ、龍の姿が見えてくる。
『グゥウウウ……。今の連係は立派だった。
だが、まだ我はまだ生きている。
それはその白髪の男のミスのおかげだな。』
龍は簡単に言い放ったが、白髪は今も凍っていて見分けのつきにくいはずだ。
しかしそんなことよりもサーは自分を指され、悔しかった。
そして大きな魂の鼓動が襲う。
【…調子に乗るな!!たかが龍ごときが!!!】
一瞬記憶が途絶えた気がしたが、その一瞬がとても短く、特に違和感などは無かった。
が、サーの目の前にいた龍は背後にいた。
しかも両翼を失い、躯中に深い切り傷を得て。
そして龍は堕ちた。
その巨体を重力に任せて落ちる様をこの国にいる皆が沈黙を保ったまま見ていた。
しかし一人だけが一言呟いた。
「…もう、無理。」
イザラは後少しのところで解いてしまった。
とても強い風が穴だらけとなった龍から漏れる。
しかしそれは風の息吹のような攻撃的なものでは無く、この国を護り続けてきたような優しい風だった。
龍の肉も風になり、さらさらと他の風と紛れて流れていった。
そんな心地良い風に吹かれながらサーは領域凍結に魔力を喰われ、ボーとしていた。
「サーありがとう、また助けられたね!」
ベルはサーの背中をポンッと叩く。
すると、サーも落ちてしまった。
「サー!」
ベルは慌てて気を失ったサーを空中で抱き抱え、ゆっくり地面に降り立つ。
「誰か!医療専門ナイトを呼んで!!」
ベルは急に気を失ったサーに驚き、騒ぎ慌てる。
「サーなら大丈夫。」
イザラは充血した瞳を軽く閉じながら、ベルに近付く。
「あなたは?」
ベルはイザラに少し冷たく言う。
「私はイザ………。」
ふと自分が指名手配犯だということを思い出し、口を紡ぐ。
ベルはイザラに不信の眼差しを向ける。
「わ、私はサーと共に任務を遂行中のナイトです。」
ベルは未だに怪しいと思っているだろうが一先ずサーのことが先らしい。
「私はベル・ウェンディ。
サーは本当に大丈夫なんですか?」
「彼はただ魔力を使い切っただけです。
寝ていたらいずれ目を覚まします。」
「そうですか。ありがとうございます。
でも一応医療専門ナイトに診てもらいましょう。」
ベルがそう言うと担架を持った二人がこちらに向かって来ているのが見え、ベルは手を大きく振る。
そしてサーは担架に乗せられ、運ばれて行った。
両横に花を携えて。
□ □ □
「父様、プレート“プリズン”とはいったい何ですか?」
サレッドはばつが悪そうに髭を撫でる。
「父様!!」
溺愛する娘に大声で叫ばれる。
いずれは皆が知ること娘が先に知っても害はないだろうと思い、固く閉ざされた口を開く。
「この世は真っ平な世界、プレートの形をしているのはしっておるの?
昔は、プレートの表も裏も関係無しに全ての生物が皆平等に生きていた。
そして表へも裏へも自由に行き来できていた。
だが昔ある戦争によって全てが変わった。
聖獣と魔獣は表つまりプレート“ジェイラー”、龍は裏つまりプレート“プリズン”に別れた。
もちろん人間もそれぞれに別れた、戦争に勝った者がプレート“ジェイラー”に、負けた者はプレート“プリズン”に。
そして四ノ鍵番一人一人がプレート“プリズン”へ行くための“鍵”を持つ。
“鍵”があればまた表も裏も無くなる。
しかしあの龍はどうやってここまで来たかは………。」
サレッド王がまた顎髭を撫でて渋い顔をする。
するとそこに冷たい風と白い花びらが城に入って来た。
『わらわはシード・コーテーセン。
わらわのナイト、サー・クライフよ今すぐ帰れ!!
今すぐにじゃ!!!』
その花びらからシードの大声が飛び出してきた。
「シードちゃんって静かにしてたら可愛いのにね。」
『ベルよ、覚えておけ。』
「!!!」
『サレッド王、あなたは聖都へ向かって下さい。
龍と鍵について、各国の者全員でお話します。
ベルも鍵番としてくるんじゃぞ!!』
花びらは城を出て行き、風に乗ってどこかへ飛んでいった。
きっと違う国に伝言を伝えるために。
「ふんー。ベルよ、サーとやらをおこし、聖都へ向かうぞ。用意をせい。」
サレッド王は自分の用意のためにどこかへ去って行った。
□ □ □
ベルはサーの眠る部屋に行くとイザラが隣に座って看病していた。
しかしそんなことは気にせずに反対側に回り、サーの肩を優しく叩く。
「サー。サー、ちょっと起きて。お願い起きて。」
「何しているか、わかってるの?
さっきまであんなに闘っていたんだから寝かせてあげなさいよ!」
ベルはイザラの言葉にカチンッときた。
「あなたは黙ってて!!
ちゃんと名乗ることもできない人に指図されたくはないです。」
ベルの言葉にイザラも苛立ちを覚えた。
「言っとくけど、私がいなかったらこの国潰れてたわよ!」
「どうやってあの攻撃を止めたか知らないけど、ウチのナイト達もあれくらいの攻撃なら防いでくれます。」
「あー、もー!とにかくもう少しサーを寝かしといてあげて!」
「むー。」
二人の激しい口喧嘩が少し鎮まり、睨み合っているとシーツが動く。
「俺なら起きたよ。」
「!」
「!」
「で、ベル用事があるんだろ?」
「うん。あのね、今から一緒に聖都へ行って欲しいの。
ちなみにこれはシードちゃん命令かな。」
「今からすぐに?」
「うん。」
「わかった、イザラは一度氷の国に帰って報告してもらえる?」
「すぐに行くわよ!フンッ!!」
イザラは怒りながら部屋を出て行った。
「じゃあ、サーは私と一緒に行こ。
父様も行くから聖都までは馬車ね。」
「王様も!いったい聖都で何があるんだい?」
「真実を知りに行くんだよ!」