第III章指輪とナイト 11話・お茶会
街から少し離れた小さな、赤い屋根に白い壁の家が一つあった。
「ムフフフ。」
マガの実にうれしそうな笑い声が家の中に響きみんなの耳へと入る。
「さぁ、みんな!姉さんが作ったお菓子や僕が煎れたお茶をどんどん食べてね!」
本人いわく久しぶりのお客さんに喜び、興奮しているらしい。
「やっぱり、フィネラルさんのクッキーはおいしいわ。」
テスは白い皿に手を伸ばし、一つまた一つとクッキーを口に入れていく。
サーとイザラは二人が作った物と聞き、食べる気が滅入っていたがあまりにもテスがおいしそうに食べるのでイザラは恐る恐るクッキーを一つ口に入れてみた。
するととろけるようなほろ苦いチョコレートの味が口の中いっぱいにひろがる。
「おいしい。このクッキーすごくおいしいです!」
続けて、イザラはお茶を一口飲み、その味にも感動し、マガをそのお茶について質問攻めにし始める。
サーは二人の様子を見て笑いながら、一番手前にある果物のパイに手を伸ばす。
「サー君、姉さんがそれは自信作だって。」
「期待して、食べてみます!」
手にとり、一口かじりつく。
すると、果物の甘酸っぱい味とパイ生地のサクサクとした食感があっており、サーは残りを頬張った。
「すごい!すごくおいしいです!」
『そんなほめたら、恥ずかしい。』
いつの間にやらサーの隣に女の人がいた。
その女の人はとても美しい顔立ちをしており、美しい黒い長髪がさらにその白く小さな顔を際立たせた。
『サー、はじめまして。あたし、フィネラル。』
「えっ、見えた。」
『フフッ、あなたの躯、だんだんなる。』
フィネラルのカタコトはどうにかサーに理解してもらえた。
「あー、なるほど。
そうだフィネラルさん、このパイすごくおいしかったです。」
『ありがとう。もっと食べて、これもおいしい。』
そういって、赤黒い色のアイスクリームを勧めてくれた。
『はじめて作った、でも自信ある!』
サーは色に惑わされずに一口、スプーンですくい食べてみる。
今度は酸味の強い果実の味とアイスクリーム自身の甘さが口をとろけさせる。
「これもおいしいです!
こんな物が毎日食べられるマガさんは良いですね。」
『うれしい、ならサー結婚しないか?』
その一言に驚いたサーは飲み込んでいたお茶が気管に入り、噎せかえしていた。
「ッホ、ゲホッ、突然何言うんですか?」
『あたし、魅力あるぞ!』
腰に手をおき、胸を張る。
サーはもう一度、フィネラリをじっくりと見る。
美女である。百人の男がいれば百人全員が頷くくらいの美女である。
サーはいつの間にやらフィネラルに見とれてしまう。
それを勘違いしたフィネラルは心配そうに声をかける。
「サー?大丈夫?」
「あっ、はいえーと、まだ俺達、知り合ったばかりですし、何より今まで見えてなかったから…。」
『あたしずっと見ていた。』
「こわいですよ。
それにフィネラルさんには、マガさんがいるじゃないですか。」
『姉弟の結婚許さない。
あたし達それ以上の関係。』
「でも……。」
『サー、あたしを嫌うか?』
「違いますよ。
フィネラルさんのことは好きですよ。
でも結婚とかはまだ考えられないので。」
サーの返事を聞き、人差し指を綺麗な唇に押しあて、考え事をしていると何かを思い付いたのか、サーを上目使いでチラッと見ると、悪戯っぽく笑う。
『サー、おまじない!』
フィネラルの紅い艶やかな唇がサーの頬と触れ合う。
「!」
「姉さん!サー君ごめん。
姉さんは気にいった男にはすぐにアプローチするから。」
『……やきもち。』
口を尖らせるフィネラルはもう一度、サーのもとに寄って来て、髪の毛に触る。
『またね。』
すると急にスゥーと消えてしまった。
サーの頬にはまだ温もりを残して。
□ □ □
「そういえばテスさん、誘拐されてた少女ってどうなったんですか?」
「あれは私を捕まえるための口実よ。
まあ、私を操りたかっただけみたいだけど。」
「そうだったんですか。」
「そういえば、イザラあなたこれからどうするの?
一応あなたについて調べてみたら、クーデターに参加してることになってて、おたずね者よ?」
イザラはクーデターという言葉を聞いた途端に元気がなくなってしまった。
「ひとまず、事情の知っている氷ノ国へ行き、疑いが晴れたらナイトとしてでも雇ってもらいます。」
「ねえ、ウチで働かない?
ウチの会社でもナイト業やってるけど、人数いないのよ。
私が思うにあなたはきっとまだまだ強くなるわ。」
突然の申し出にイザラは再び笑顔になる。
「私なんかでよければ。
ありがとうございます。」
イザラは頭を下げ、心からお礼を言った。
「今日は休んで、明日帰りましょ。
サー、後で私の所まで来て。」
「はい、わかりました。」
「みんなでお泊り。
部屋は自由に使っていいからね!」
マガはススッと行ってしまう。
「今日は疲れちゃったから私もどっかに綺麗な部屋を探して寝るわ。」
イザラはあくびをしながらそう言うと立ち去って行った。
一人残ったサーはティーカップに残ったお茶を飲み干すとテスのもとへ向かった。
□ □ □
「アラッ、早かったのね。
もう少しゆっくりでも良かったに。」
「それで話ってなんですか?」
サーが言い終わるが速いかテスの手が速いかというくらい突然、テスはサーの服を掴み、捲り上げる。
「流石はフィネラルさんね。
ここまできれいに無くすなんて。」
意味がわからないサーはあたふたとする。
「な、何がですか?」
「傷のことよ。
アラ顔が真っ赤よ、フフフッ。」
サーも自分の腹を見てみるとなんと傷が塞がっているどころかかすり傷一つないきれいな体になっていた。
「ほんとだ!すごいな。」
「あなた、フィネラルさんに好かれて運が良かったわね。」
テスはそういうと立ち上がり、ドアのほうへ歩いて行くと鍵をかけた。
「で、本題なんだけど、ルプスに聞いたわ。
あなた、躯が勝手に先走ってるらしいじゃない。」
「はい、でもそのおかげでフィネラルさんとも会話が出来ました。」
「そんないいことばっかじゃないの。
そのままだと暴走しちゃうわよ?」
「暴走って“魂の暴走”ですか?」
「そうよ、あの状態になったらあなたきっと死んじゃうわよ。」
「えっでも死ぬのは百人に一人くらいだって師匠が!」
「師匠って誰?」
「えーと、サン・トラクトです。」
「エッ、あのトラクトさんに!
なら、あの人ならそうよね………。」
急に一人でブツブツ言い、考え事をし始める。
やがて、重そうに口を開ける。
「サー、“肉の契約”をしましょ。」