第III章指輪とナイト 10話・生還
地面が揺れる。
天井が崩れる。
壁が割れる。
『チッ、中で何が起こっているんだ?』
ルプスは以前の任務の時に取り逃がした盗賊の残党を山積みにしていた。
「んッ、ここは?
アッ、ルプスじゃない。
ってことはサーは?」
胸の鎖を付けながらだと魔力消費が激しいので先程の戦いでルプスが外したのでテスは目が覚めルプスに問いかける。
『そんなことはどうでもいい!』
「何苛立ってるの?
あぁ、この揺れのせいね。」
『この揺れはいったい何なんだ?』
「私知ってるわよ。」
『何!いったいなんなんだこの揺れは?』
「この揺れはね、この洞窟自身が崩壊しようとしているからよ。」
『洞窟が崩壊?
中にはまだサーがいるんだぞ!』
「フフッ、見てなさい。」
□ □ □
「クソッ!この揺れのせいで立ち上がることもできない!」
絶望の中、サー達はどうにか抗っていた。
イザラは少ない魔力を洞窟に流し、再び保とうとするが変化はなかった。
「こちらも無理!どうすれば!」
イザラは瞳に涙をためながらも、どうにか出来ないかと辺りを見回したがそんな望みはなかった。
だがそんな状況でもマガは空中を見て、地震など気にせずに笑っていた。
壁に亀裂が賁り、崩壊は目前だった。
ピシピシッという音を聞いたイザラは頭上を見上げると天井が崩れようとしていた。
「キャァアアアアア!」
サーは必死に跳び出す。
(あと、もう少しで届くのに……。)
何も起こらない。
いや、起こるのが止まった。
崩れかけた天井は砂が降るぐらいで、イザラもキョトンとした瞳で無事を確認する。
「………止まった?」
「フゥー、助かった。」
「そうなんだ、でも姉さんやっぱりそれは黒だよ。黒。」
一人を除いて、その状況を喜んだ。
「何故だーーー!!!
何故止まった!
クソクソクソッー!」
ここにもこの状況を快く思わない者がいた。
「二人ともまたいつ崩れ始めるかわからないからすぐに洞窟から出ましょう。」
イザラの言う通りだとサーは賛成した。
「ほら、マガさんも行きますよ!」
イザラは誰かと話すマガを無理矢理立たせて歩かせる。
サーはチラッと男の方を見る。
両手からは血が出ているが未だ生き続けている。
「何だ、貴様?息の根を止めに来たか?」
そう言いながら目を閉じた。
だが男には予想外の衝撃を感じられた。
「離せ、クソッ!
貴様など殺してやる!」
悪態をつかれながらもサーは男を抱え、二人の後を追った。
「ほら、マガさん速く!」
「ハァ、イザラちゃん、ハァ、速いよ……もうダメ……」
力尽きそうなマガの手を引っ張りながらイザラは出口の目前まで来ていた。
「やっと追いついた。」
サーは男を抱えながらやっとのこと二人に追いつく。
「もう出口ですよ。」
ひさしぶりに日の光を見て目が痛くなった三人は顔をしかめる。
三人は洞窟の入口から離れた場所に座り込む。
「で、これからはどうしますか?」
行き先のないイザラは二人に問う。
「今から僕の家にみんなを招待するよ!」
マガはいきなり立ち上がり二人の手をとると、返事も聞かずに聖都の方向へ歩き出す。
「マガさん、待って下さい!
テスさんと合流しないといけないし、この男もどうにかしないと。」
「あっ、忘れてたよテスちゃんのこと!
その男は病院にでも入れて、シードちゃんに連絡して拘束してもらいなよ。」
テスのことを話す声は温かいものだったが、男のことを話す声はどこか冷たく、まるで違う人のようだった。
「はい、わかりました。」
「なら、私がその男を病院まで連れていきます。」
「じゃあ、俺はテスさん達を捜してきます。」
二人すぐに行動に移り、どこかへ行ってしまった。
「姉さん、みんないそがしそうだね。」
その場に残されたマガはまた、空中をじっと見つめて話し出していた。
□ □ □
「ルプスの奴、どこに行ったんだ?」
結界のなくなった山は大きく、捜すのは大変だった。
「ルプスー!テースさーん!
どこですかー!」
何度も呼びかけるが返事はなかった。
次第にサーは焦りはじめる。
洞窟を出た所で何者かに襲われたのでは?テスが再び暴れ出し相打ちになってしまったのでは?というような不安が過ぎる。
しばらく、捜し続けていると微かな魔力を感じたのでそちらの方向へ走り出す。
「ルプス!テスさん!」
そこに二人はいた。
テスは壁に大きな魔法陣を描き、それに魔力を注ぎ込んでいた。
「サー、無事だったか!」
先に気付いたのはルプスだった。
「えっ、あっ!
サー、久しぶりじゃない!」
テスも気付き、魔法陣から手を離す。
「あなた遅いじゃない!
こっちはもうヘトヘトよ。」
テスは魔法陣から手を放し一歩、歩くと急に地響きが再び鳴りはじめる。
「ほら、早くこっち来ないと潰されるわよ。」
サーはテスよりも離れた場所に移動すると、ルプスに一言礼を言い還した。
「テスさん、久しぶりです。本当に無事でよかった。
それよりさっき何してたんですか?」
「魔法陣のこと?」
「はい。」
当たり前のような顔で頷く。
「あれに気付けないなんて、ハァー…。
サー、あなたナイトでしょ?あれぐらい感付けなくてどうするの!」
「えっ?あんな魔法陣見たことすらありませんよ。」
「当たり前でしょ。
ホントに分かってないわね!
あの魔法陣で洞窟の崩壊を止めてたのよ!」
「えー!あれそんなすごい魔法陣だったんですか?」
「これにはすごい魔力が必要だから、そのために一人で逃げられるのに生き埋めにされないようにあなた達を呼んだのに。」
「一人で………。」
一人では入ることすら出来なかったサーにとっては重い一言だった。
「それでこれには、まず形を変えさせないために一番外側の円で“星”の魔力を使い、次に中の人を少しでも助けるために一番内側の円で簡易な治療系の魔法陣にして、あとは………………………………(延々と続きます。)…………………………………で最後の調整に正五角形を書いて完成よ!
魔法陣は普通の魔法より強力で魔力消費も少ないから便利よ、わかった?」
サーはしんどそうに頷く。
「それじゃ、みんな待たせてるから行きましょかテスさん。」
「あら、そうなの、なら急がないと。」
内心話しが終わって良かったと思いながらサーはテスと一緒に歩いた。
□ □ □
「サー君にテスちゃん遅い!」
マガは少しふくれながら言う。
「ほら、早く行くよ!」
マガはスタスタと歩いて行ってしまった。
テスはイザラに気付き、話し掛ける。
「あなた!無事だったんだ、良かった。
私はテス・プライ、よろしくね。」
「あの時はあんまりはっきりした記憶はありませんが助けようとしてくれたのは覚えています。
私はイザラ・アーシェです。」
話の区切りを見て、サーが割って入る。
「イザラ、マガさんはいったいどうしたんだ?」
「私にもよくわからないんだけど、どうやら氷帝に連絡した時に何かを言われたらしいよ。」
「きっと、シードにシスコンって言われたわね。」
テスはニヤリと笑いながらそう言うがサー達二人はすごい驚いた顔でテスを見る。
「マガさんの言う“姉さん”って何ですか?」
サーは我慢できずに聞いてみる。
「何って、マガのお姉さんはお姉さんよ。」
「でも空中を見て話してますよ?」
テスはやっと二人の言っている意味を理解したのか説明し始める。
「マガには私が言った事は全部秘密よ。
まず、マガのお姉さん、フィネラル・ムーンレスは死んでいるわ。
でも、マガが禁断の魔法で自分のパートナーとして生き返らせたの。
パートナーが死んだ人間だと、魂と力しかないからナイトとしては大変だったみたいだけど。」
「じゃあ、マガさんにはお姉さんが見えてるんですか?」
「ええ、彼はいろいろなモノをお姉さんのために捨てているわ。
例えば、一番大切なのはお姉さんが死んだって記憶かしら。」
「どういう意味ですか?」
「だから、彼には姉が死んだって記憶がないのよ。
たしか彼が姉と契約する時の代償よ。」
「記憶が代償だなんて………。」
イザラは息を飲む。
「まあ、彼にシスコンなんて言ってはダメよ。
彼達はそんなものを越えたさらに上の関係なのだから。」
「三人とも!遅いよ、早く!
クッキー全部姉さんと二人で食べちゃうよ!」
マガは遅い三人のために引き返して呼びに来てくれていた。
三人は笑いあいながらマガのもとへと駆けて行くのだった。
いや、愛し合う姉弟、マガとフィネラルのもとへ。