第III章指輪とナイト 8話・奇跡
フラフラした足取りで壁に手を起ながらもと来た道を戻って行っていた。
止血をして血は出てないが一歩一歩、歩く毎に横腹が痛む。
「まだ着かないか。
そんな長い距離、走ったつもりはなかったんだけどなぁ。」
一人言を呟きながらゆっくりとだが確実に進んで行った。
暫く歩くと先から、何か音がしてきたのでサーは少し早歩きなる。
着いてみるとそこには氷の鎖に胸を貫かれたテスと寄って来るルプスがいた。
『遅い!サー。』
ルプスは見た感じたいした怪我も汚れもなく澄ました様子だった。
「なんかあのじいさんの足が異常に速くて。」
言い訳気味に言うサーの言葉にルプスは何かが引っ掛かった。
『それで倒したのか?』
「えっ、うん倒したよ。」
『幻影でもなかったのか?』
「?
何が言いたいんだ、ルプス?
俺はちゃんと仕留めた、ほらこれが証拠だ!」
サーはそう言いながら血で染まった氷ノ血ノ剣を見せ付けた。
「俺はこの剣で奴の心臓を貫いた!」
『別にお前を信じてない訳ではない。
ただ………。』
黙り込んでしまったルプスを少し苛立った眼差しでサーが見る。
「ただ?」
『ただ……奴はその腹の傷一つだけで帰って来れる程弱い相手でない。
それにここで匂った奴のニオイとお前の剣からのニオイが違うんだ…。』
「何だって?どういうことだ?」
『たぶんだが、お前は倒したことは倒したのであろう。
だがそいつは盗賊のなかから選んだただの影武者だ。』
「つまり、奴はまだ生きているのか?」
『おそらくは………。』
「クソッ!また行って倒してやる!」
『いや、やめておけ!
任務はテスの保護だけで敵の殲滅するようにはなってない。』
「…ルプスがそう言うなら。」
『ここは一先ず退き、体制を立て直すべきだ。この状態のテスを守りながら戦うのは敵が複数になれば全滅の恐れもあるからな。』
ルプスとサーの意見は一応、一致し、テスを鍾乳洞から運び出すことにした。
「ルプス、テスさんを放してやって。」
『別にいいが、再び暴れ出さないとは限らないぞ。
暴走の魔法をかけた本人は生きてる訳だから。』
「じゃあこのまま運べるかい?」
『胸の鎖でテス自身の存在を止めているから別に大丈夫だ。
早く背中に乗せろ。』
サーはそっと抱き抱えてルプスの背の上に乗せてあげた。
「ルプス、先に行っててくれないか。
まだ約束があったのを思い出してね。」
『…わかった。
ここは敵地だと忘れるなよ。』
ルプスはそれだけ言い残すとテスを背負いながら走って行った。
「まだいるかな?」
ルプスとは違う道をサーは歩いていた。
「確か、この辺だったと思ったんだけどなぁ。」
辺りを見渡す限りでは誰の気配もしなかった。
「あの怪我でそんな遠くへも行るはずないし……。」
どこかに隠れているのではと考え、岩の隙間や水の中を覗いて見た。
だが、あの女の姿は見られなかった。
「おかしいなぁ。」
必死に捜すも見つからず、仕方なしにその場を去ろうとしたその時。
ズルッと何かを引きずる音に振り返る。
「逃げろ………早…く……。」
言葉ノ鎖によって操られていたあの女が足の怪我を庇いながら這っていた。
顔にまいて眼を隠していた包帯が切れ瞳が見えた。
その瞳は―――
□ □ □
『明かりが見えてきたぞ。
出口はすぐそこだ!』
背中に女性を乗せながらも速く走るルプスは風の流れや新鮮な空気のニオイをあてに進み、やっと出口を見つけた。
出るとそこは聖都の町並みが見渡すことの出来る山の上のほうに出ていた。
サーの入った入口とは違う場所から出て、人間だけなら引き返すだろう場所だった。
『チッ、テス落ちるなよ!』
そう無責任に寝ているテスに告げると軽い足取りで岩場や木に降りて、下って行った。
テスも無事に背に乗せたまま。
そしてかっこよく地面に降り立つとテスを壁側に寝かしてあげた。
『あとは待つだけか。』
周りの木がガサガサと騒ぐのをルプスは見逃さなかった。
『……戦うが増えたか。』
ルプスは戦うために氷の角を創り出し敵のだいたいのいる場所に冷気弾を撃ち込み、戦いが始まる。
『この程度の奴らか興冷めだ。
一瞬で全てを終わらせてやる!』
凍り付いた毛皮が逆立つくらいにまでの魔力を篭め、複数の敵に向かって行った。
□ □ □
その瞳は―――
鏡のような輝きを放っていた。
「その瞳………。」
サーの脳裏に夢で見たあの一度光を失った少女、アリス。が過ぎった。
少女の瞳と女の瞳は同じ輝きを放っていた。
「…いいか…ら…早…く逃げろ……。」
サーは氷ノ血ノ剣をしまい、女を抱き抱えて走り出す。
「ナッ、何をする?
わたしは何度もお前を殺そうとした女だぞ。」
サーはまっすぐに前を見ながら話す。
「覚えてるかは知らないが、俺はその足の怪我をさせた時にここを出る時に連れて行くって約束したから。」
「バカは早死にするぞ。」
「まだ死んでないから、これからも大丈夫だよ。」
「本物のバカが。」
その言葉を最後に会話は途絶えた。
「貴様達、逃げれると思うなよ!」
サーは目の前に立つ男を見て足がすくむ。
実力の差が一目見ただけでわかる。
「チッ、一人ででも逃げて近くにいる俺のパートナーを呼んで来てくれないか?」
サーは女をおろし、氷ノ血ノ剣を構える。
「バカ、一人で勝てる相手でもないだろが。」
女は壁によりかかりながらも立ち上がる。
「愚かな、いい駒も牙をむくなら殺すまで!」
「―snap―」
男はエンシェントスペルを唱えながら指を鳴らす。
すると、パチンッと音がなるとサーのすぐ隣の地面に亀裂が賁る。
「その服……テス・プライのか。」
男は独り言を呟くと指を鳴らそうと構える。
「 ―この瞳に
映る
万物を
解放
封印
祟呪せよ
“万鏡ノ瞳”(ヨロズカガミノヒトミ)―」
女がスペルを唱えると男は指を鳴らそうとしても鳴らせなくなっていた。
女は瞬き一つせずに男を睨んでいる。
「これなら!
―clap―」
男が手を叩くと小さな爆発が起こし、女を吹き飛ばす。
「キャッ!」
女は壁にたたき付けられ痛そうにする。
男も爆発で手を火傷し、痛そうに煙を出していたが、気にすることなく女とサーの様子を見ていた。
「やはりそうか。
お前の瞳は厄介だな。
―click―」
男はそう言うと舌打ちをする。
女は感じた、自分の最期を。
そっと瞳を閉じ、待った。
来ない。来るはず死への痛みは来ず、何か生温かい水が顔にかかる。
「ググッ、大丈夫?」
サーは女を庇い、自身が舌打ちの切っ先に貫かれていた。
「バカが!
何故庇った?」
「大丈夫……。
傷口を凍らせて止血したから。
それに刃が揃った。」
サーはそう言いながら手に魔力を篭める。
「―我が躯から
流れ出た血よ
我が刃となり
敵を貫け
“創氷の刃”―」
男に向かって血を凍らせた刃が飛んでいく。
「―“clap”―」
男は手を叩き、氷の刃を破壊する。
爆破の規模はさっきより大きく、砂煙が立ち込める。
「チッ、どこかに隠れたか。」
砂煙が立ち込めている間にサーが女を抱えて、ちょうどいい岩の隙間に身を隠した。
「たとえ、どこに隠れようとわかるぞ!」
一歩、一歩と二人の下へ近付いて来る。
足音が二人のすぐ近くで止まる。
「死ね!
―step―」
足を踏み鳴らすと二人には見えないが強い魔力で創られた弾が飛んでくるのを感じる。
サーは左手に氷ノ血ノ剣を右手に水火ノ壺を強く握り、覚悟して跳び出した。
「!」
サーはスペルを唱えようと跳び出したが目の前には奇跡が起こっていた。
それはまるで神の助けのように。
「ほら、姉さん。
来てみて正解だろ!」
エンシェントスペルの意味です。
snapは指パッチン
clapは拍手
clickは舌打ち
stepは足音