第III章指輪とナイト 7話・意識
目は開いているが何も映らない。
光のない目にはただ虚ろに女の影が過ぎる。
サーは何かが身体に顔にかかるのは感じた。
次第にその感覚がはっきりしてくる。
また再び何かがかかるのを感じる。
それがサーの目から虚ろを取り払う。
「ッん………、ここは?」
目の前には、捜していた人が立っていた。
テスは俯いてボロボロの服を着ていて、何か陰を帯びた顔で静かに涙を流していた。
「テスさん!大丈夫ですか?」
泣いているテスの下に駆け寄ろうとするが両手両足とも鎖で繋げられて、動けなかった。
「そう騒ぐな。
すぐに近くに寄らせてやるから。」
暗闇からニヤニヤ笑った歳のいった男が現れた。
「クッ、お前が盗賊を操り、テスをさらった犯人か?」
「そう吠えるな。」
男はそう言うとテスの手に短剣を握らせる。
その短剣から魔力は一切感じ取れず、サーはそれをただのなまくらだと油断した。
「ホラ、自由にしてやる。」
男が手を叩くとサーの手足を縛っていた鎖が消えた。
だが、それと同時にテスがサーに短剣を突き立てて襲い掛かる。
「テスさん!何故?」
テスは何も答えずに狂ったように切り掛かる。
サーは問い掛けながら必死にテスの剣を躱す。
「これもお前の“言葉ノ鎖”ってやつか?」
「……言葉ノ鎖ではない。
これはただの“言葉”。そう、本来のままの姿にさせただけだよ。
まあすこしだけ暴れるようには細工したがな。」
また、あの嫌なうすら笑いでサーを見る。
「お前を倒したら、テスさんは元に戻るのか?」
「無理だがな。」
「フンッ、笑っていられるのは今だけだ。
―ルプス― 」
現れた氷狼は目の前の状況を一瞬見ただけである程度の喚ばれた理由は理解した。
『俺はどっちだ?』
サーはルプスにテスのほうを指差して見せる。
「あっ、でもなるべく怪我はさせないように頼むよ。」
それだけ言うとサーは男のほうへと走って行った。
『困難を押し付けやがる!』
ルプスはそういうと氷の角を出す。
テスは短剣を振りかぶりサーに襲い掛かろうとするがルプスの冷気によって足を取られ転んでしまう。
『お前の相手は俺がしてやる!』
ルプスはそう言うと有無を言わさずにテスの手首から尻尾で短剣を払い落とした。
テスは慌てて拾おうとしたが急に二歩下がり素手で構える。
『なかなか……。
流石は四ノ鍵番。』
短剣は凍の魔力を纏い、触れるだけで拘束出来る程の罠になっていた。
ルプスは自身の身体から大量の冷気を放つ。
周りの地面は凍り付き、じめじめした空気が少し渇き始めた。
『覚悟しろ!
止めるぞ、お前の全て!』
ルプスの放つ冷気はより激しく、より冷たくなっていく。
冷気は色濃く、二人は互いの姿も見えないくらいに深く“止まる”。
□ □ □
ルプスにテスを抑えるように言うとサーは氷ノ血ノ剣を左手に握る。
サーは無防備な年老いた男に切り掛かった。
「よく目を見開いて来い、青二才が!」
そう言いながら男はサーを奥に誘う。
サーは気付かずに素直に切り掛かりながら奥へと入って行った。
走って走って追いかけるが男は手の届かない先を行く。
「ハァハァ、おかしい。
あの年で俺が追い付けない訳がない。
……これも幻影の類か?」
サーは立ち止まり、周りの壁に手を当ててみる。
そして魔力を注いで、様子を見る。
もし今いる空間が魔法による幻影なら、サーの魔力によって乱れるはずだからだ。
しかし、何も起こらない。
「ここは現実にある空間だ。
無駄な魔力を消費して楽しみを減らすな。」
サーは背中に小さな爆弾を受ける。
「おおっと、痛かったかな?」
「クッ………。
これはどうだ?」
サーはポケットに手を入れて、何かを投げ付ける。
すると、辺りに目が潰れる程の光が放たれる。
「どうだい?
最新の閃光弾の威力は。」
男は眼前で放たれた閃光弾によって完璧に視力を失っていた。
「コッ、小癪な!」
男がさっきより大きな爆弾を投げようとした時。
サーを大きな魂の鼓動が襲う。
それは意識を一瞬であるが奪うほど激しく。
【…片腕を貰うぞ!】
気が付いた時にサーは男の手首を切り落としていた。
「うぁぁあああーーー!」
男の叫び声が響き渡る。
そして手首と共に落ちた爆弾が叫び声と同じくらい大きな音をたてて爆発した。
洞窟は頑丈に出来ており爆発を受けても今の所何もなく、砂煙が立ち込めていたくらいであった。
砂煙は濃く中の影一つ全く確認出来なかった。
だが、何か小さくブツブツと呟く声は聞こえてきた。
「……は鋼の如き
刃となれ
“金剛槍雨”―」
砂煙は三箇所に集まり、槍の形になってサーに向かって降り注ぐ。
サーは慌てて水火ノ壺の詮に指をかける。
だが槍のほうが速く一本がサーの脇腹を剥ぐ。
怯まずサーは詮を外すと、いつかのゴーレムから吸収した砂が溢れ出て来た。
その砂が身を守るのに充分の小さな壁となり砂の槍を防いだ。
砂の槍が止み砂煙も晴れ男の姿がはっきりと確認できた。
男は這いつくばりながら残った左腕でサーを指差し、切り落とされた右腕からは夥しい量の血が出ていて、両足は付いてはいるものの爆弾によってズタズタになっていた。
「グッ、次こ…そ奴に……ふ…讐を…」
焦点のあってない目で必死に何かを見つめ、残った力で立ち上がろうと藻掻く姿は若い頃にクーデターを起こした者とは誰の目から見ても見えないだろう。
「悪いですが、テスさんを助けるために命を貰います。」
サーは氷ノ血ノ剣を強く握り、これ以上苦しまないよう一思いに心臓を貫いた。
血は出ないように凍の魔力で傷口を凍らせながら貫く。
なるべくそのままの姿で逝かせるために。
サーは急に疲れが出てきてその場に座り込んでしまう。
座った瞬間に脇腹に激しい痛みを覚えるので見てみると、服は一切傷付いてないが自分の血で汚れていた。
サーは自分も凍の魔力で止血して、少し休むとテスが正気に戻っていることを祈りながら二人のもとに戻って行った。
フラフラの足取りで。