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八、心情は行動の十分条件か、必要条件か


 ミツイは編み物をしていた。

 六畳間に籠もり、かつてあれこれ調べた備忘録が並ぶ書棚から目当てのものを探し出し、それを見ながらああでもない、こうでもないと唸りながら編んでいるのだ。


「時間の無駄である」


「無駄万歳。無駄を積んでこその人生やろうが」


 文机の向かいでは天狗面を着けた天狗仮面がジャージ姿でどっかと座り、ミツイの奇行を見守っている。ミツイは無駄を愛する男である。しかし、かき集めて部屋の隅にまとめて積み上げてあるそれらの無駄は時に崩れ落ち、ミツイを突発的に動かす原動力となる。


「自らで編まずとも、出来上がりを買ってくればよいであろう」


「自分の道は自力で作る。それが男じゃい」


「しかし材料は買ってきたではないか」


「材料は別。やれることをやるのが社会人よ」


「清々しいまでの二枚舌であるな」


 天狗仮面はやれやれと息を吐いた。

 ミツイが作っているものは、草鞋(わらじ)である。ホームセンターで縄を買ってきてそれを自分で編んでいるのである。


 数刻の後、縄くずが散らかる六畳間に、ミツイ手製の草鞋(わらじ)が鎮座していた。しかしどうにもそれは妙な形をしており、底にあたる部分が二重に重なるように編まれていて足の指を通す藁緒(わらお)がつま先側とかかと側にそれぞれ作られていた。


「言いたい事は分かったが形式上聞いておくのである。

 ……それは一体なんであろうか」


「ミツイ特製・二足の草鞋」


 ミツイは早速それを履こうと試みたが、前後に藁緒があるためにうまく履くことができないでいた。しばらくあれこれ草鞋もどきと格闘した後に「履けるかぁ!」と草鞋もどきを下に叩き付けた。

 藁くずがふわりと六畳間を舞った。




   ○   ○   ○




 ミツイは社会人である。仕事をして金銭を得る。そして食べ物を買って生きている。


 しかし同時にミツイは文士である。文を読み、また文を書く。


 この二つを両立させることはさほど難しくはない。文士は言うなれば主義や思想に近いものであるので、文士だからといって金銭が得られるわけではないからである。

 難しいのは、文士を仕事として成り立たせようとする事である。仕事とは、価値ある行動に対して対価を得る行為である。


 文を書くことを、また書いた文を価値あるものだと他人が認めなければならない。資本主義と照らし合わせて考えるならば、商品を作らなければならない。


「その覚悟を固めるために、これを作った訳よ」


 ミツイは床に転がったものを親指で指さして言った。


「結果は御覧のとおりや。人間、二足の草鞋は履けん。

 足の指は前にしかついとらんからな」


「つまり、文士を仕事にはせぬという事であるか」


「いや、そうでもない。

 同時に存在させることが難しいだけで」


 そう言ってミツイは立ち上がり、懐から二足の草鞋を取り出して、そのうちの一つをするすると履いて見せた。


「スニーカー感覚で、履き変えればコトは済むのよ」


「出来上がりも買っていたのであるか。

 相変わらず無駄多き阿呆である」


「そうとも、我は阿呆なり。

 で、ここで困ったコトが起こる」


 履いていないもう一つの草鞋をぶら下げ、それをずいと天狗仮面に突きつけてミツイは話し出した。



 ――草鞋は本来、長距離歩行のために作られた履き物な訳よ。下駄とか草履とは用途が違う。二足の下駄とか二足の草履とは言わんわな?

 つまり、草鞋である事に意味がある。長距離移動に特化した装備。これは一度履いたらそうそう脱がんもんや。ならば、これを履き変えるっちゅうのはどうにも筋が通らん。

 二足の草鞋は、局限定的な状態であるべきや。どっちの草鞋を履いて力尽きるまで歩くか。それを決めるための選定期間のみ、二足の草鞋は許されるべきや。



「よって、俺は二足の下駄をはくことにするッ!」


「つまり、どういうことであるか」


「働いてる時は社会人。

 残りの時間は文士。

 気軽に履き変えていくスタイル」


 心情が定まれば、行動がついてくるとはよく言われることである。しかしミツイは阿呆であるので先に行動を起こした上でその結果に帰結するように心情の方を無理やり捻じ曲げていくことがある。


「まあ、しばらくはこの部屋に缶詰になるのである。

 しっかりと構えて事を成すがよかろう」


「うむ」


「しかしそれだけの事を確認するためにわざわざ草鞋を編むとは……」


「目に見える形で納得したら動きやすい。

 百聞は一見に如かず」


 そういってミツイは床に落ちていた草鞋もどきを拾い上げ、部屋の隅へと投げた。


 これまで自らの評価でのみ文を書いていたミツイであるが、少しばかり心根が変わったらしく第三者に認められる文章、ひいては資本主義の中にあって商品となるべき文とはどういうものかを考えるようになってきた。

 考えるようになっただけで、自らがそういった文を書くかどうかは別の話であるし、また書けるかどうかも分からない。

 分からないならばまずはやってみようと、持ち前の阿呆振りで以って賞に出すための文を書くミツイであった。


 書きあがる頃には夏も盛りを終え、セミの亡骸同様にミツイも転がっているに違いない。

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