雷様と愉快な仲間達
平穏無事にひっそり……そう思った日もありました。次の日の朝、校門に金・赤・群青を見付けるまでは。
もう用はない。私には。
だがしかし、ちょっと考えれば何も状況は変わってない。寧ろ悪くなっている事に、気づいた。
相手は野生の猪並みの狂暴さだ。言葉なんて通じなかったのかもしれない。
そうすると、私は昨日、彼らを馬鹿呼ばわりし要求を撥ね付け逃げ帰って来ただけだ。
命日1日延びただけだった。
チョコスプレーの頭の周りにたくさん人が集まっている。これならはと、私は校門を迂回して裏門から入る事にした。
「どうしたら良いのか分からないどうしようマジで本当どうしよう今日こそ殺られるのか?」
ブツブツ言いながら裏門を通ると、不吉な言葉が聞こえる。
「――――タマ?」
「はい?」
条件反射で振り返ると、そこには熊並みの体格と上背。頭は黒の短髪の精悍な顔立ち、見た目柔道部な人が立っていた。きっと何かの勝負事に真剣になってる姿はかっこいいんじゃないかな? と、考える。
二人見つめ合うが、私にこんな知り合いはいない。だが、あの3人にしか明かしていない名前を知っている。ということは?
「タマ?」
「…………は、ぃ?」
「……おいで」
少し悩んだ後、熊みたいな人はこちらに手を広げる。ん? 猫じゃあるまいし、行くわけないよね。
ズリズリ後退しながら離れていくと、その人はしゃがんでチッチッチッとこちらに出した指を曲げて呼ぶ。
あれ? 本当に猫がいるのかな?
足元や周りを見てもそれらしき動物は見当たらない。しかも熊は私と目線が合う。
まさかと思いつつ自分を指差して聞いてみる。
「え?」
コクリと頷く熊。
そしてトラウマを抉る言葉が続く。
「ターマタマタマタマ……」
近所の悪たれにも、前の学校でも散々からかわれてきたのを思い出し、頭に血が上る。
「……っ! 自分だって! 熊の癖に! こないだっからなんね? そんなに人ん名前、馬鹿にすんのが楽しいんけ? 高校生にもなっでよ、そんな事してる方が人として恥ずかしいと思わんのけっ! こん、でれすけが!」
熊がキョトンとした顔をしてる。
また、やってしまった……。
もういい加減うんざりだ。この熊もあいつらの仲間だ、そうだ、そうに違いない。
「あらら~、剛毅やっちゃったね」
「剛毅、コイツ名前に過剰反応するから。謝っとけよ」
「知らなかったとは言え、がっつりトラウマ抉ったんじゃね?」
予想通り、私の後ろからかかる3人の声。
「たまちゃんごめんね? 剛毅に名前と特徴しか教えてなくて。あまりに可愛いから呼んじゃったんだと思うよ?」
「そうですか。おはようございます。では、失礼します」
どうでもよろし。関わり合いになりたくない。
捕まる前に、逃げよう。
後ろからの声に顔だけ向けてお辞儀をしてから、熊の横をダッシュで通過――する時に、熊に捕まった。
「タマ?」
「気安く呼ばないで下さい。橘です」
「た、ちばな? ごめん。馬鹿にする気無かった」
「……」
「信じなくても……いい。ごめん。可愛い名前、呼んでみたかった……だけ」
いえいえいえ? 明らかに猫呼んでる仕草でしたよね? ま、もういいや、疲れたし。
私も謝らなければ。
痛くはないがしっかり握られた手をそのままに、私も謝罪する。
「こちらこそ、熊と言って申し訳ありませんでした。馬鹿呼ばわりも。逆上して、酷いことを言ってすみませんでした」
手を繋がれたまま、頭を下げる。
「ん、仲直り?」
直るほどの仲があったっけ?
「私の名前を馬鹿にしたんじゃない事を信じます」
「ん」
ふにゃと笑った先輩はとても嬉しそうで、大きな動物ほど心優しいんだなと、かなり単純かつ失礼な事を考えながら、こちらも釣られてにっこり笑う。
ああ、やっぱりいいね。笑顔は。最近、友達の電話でしか笑ってないけど、こうして見えるのは尚いいね。ほっこりする。
ほのぼのと笑顔を堪能していると、チャイムが鳴る。
「ひっ! 授業! それでは先輩方失礼します!」
適当に頭を下げて猛ダッシュ。
せっかく無遅刻無欠席で来たのに、こんな事で遅刻なんて悲しい!
また、背中に呼び声がかかるが無視。
いい加減、名前で呼ぶのやめてくんないかな。
許可してないんだけど。
朝のHR に先生はまだ来ておらず、脱力して席に着く。周囲は朝の校門にいた3色髪の話題で持ちきりだ。
「ねえ、あの3人が出張るほどのやつってどんなやつかな? 剛毅様はいなかったけど」
「相当目を付けられてるよね~。死んじゃうんじゃない?」
「でも、喧嘩してるとこ観たい~! 超絶かっこいいもん!」
「どんな奴なんだろ? ウチ等でも探してみない?」
「いいね! 見付けたらあの4人に報告しがてら会えるかも! 誉められるかも! 彼女にしてもらえるかも!」
「ナイナイ。でも、ライ様に1回でも良いから相手してもらいたーい!」
「分かる~」
分からなーい。
「私は龍生様~! 超上手いらしいよ!」
「私、剛毅様の彼女になりたい! 守ってもらえそうじゃん! オクテっぽくてリードしてあげたい!」
「風雅様も、彼女には優しいみたいよ! 普段は冷たくて二人っきりのベッドでは超甘いなんて良いなぁ」
どゆ事?! 不純異性交遊禁止どこいった?!
都会で違う学校に入ったら彼氏とか出来たら良いななんて夢見て、校則に禁止って書いてあるの見て即諦めた私は何?! 倫理どこいった?
しかも、探してる見つけるとか、私……。
願わくば、今朝ので縁が切れますように!
1時限目は自習になった。プリントを渡され問題を解いていく。
一応授業中にも関わらず、クラスメイトは自由に動き回って、いない人もいる。
突然ガラッと開かれた扉。
群青髪が立っていた。ひ。
クラスメイトはざわめき、次々とその人に声をかけていく。うっとおしそうに顔をしかめ口を開いた。
「クワバラってやつにさ伝言しといて。放課後、昨日の場所に来いって。逃げたらぁ……コロス」
「やだぁ! 先輩、ここにはいませんよぅ。風雅先輩も探してたじゃないですか? どんな奴なんですかぁ?」
「そ。そんだけ」
「ええっ? 待ってくださいよぅ、私も行きた~い!」
私も、私も! と、女の子が色めき立つ。
大半の女子が、龍生先輩とやらについていく。
私は一人、チビりそうな恐怖で震えていた。
あっという間に放課後になり、行くべきか行かざるべきかかなり悩んでいる。
多分アレは私の事。でも行っても殺される?!
行かなくても殺される?!
どうする? どうしたら……。
ちょっと涙目になって、教室を一人ウロウロしている。というか、もう涙溢して右往左往している。
今日、クワバラと対決あるんだと思った他の生徒は、場所探しに皆直ぐいなくなってしまった。
「……どうしよう。祖母ちゃん、どうしよう。珠は今、死ぬ瀬戸際だよ。死んだら迎えに来てくれる? 祖父ちゃんも一緒に迎えに来てくれる?」
夕日にはまだ早い青い空を拝みながら、ブツブツ呟いてると、ガラッと扉が開く音がする。
ビクッとなって固まってると、思いの外優しい声がかかる。
「タ……ちばな?」
そこには剛毅と呼ばれた先輩。
あ、ちょっと安心する。
こちらに腕を広げて、一言。
「……おいで?」
「ぅ、先ぱ……」
ちょっと待ったぁ! この人も仲間だよ!
危ない!
先輩に走り寄りそうになった脚を止めて、固まる。
「タ、ちばな?」
「む、迎えに来たんですか?」
コクと頷く。
詰んだ。私の人生詰んだ。
「私、どうなりますか? 殺されますか?」
「?」
「ど、どうされるんですか?」
「どうも……ならない。謝りたいって」
「あやま? りたい?」
「朝ので少し騒ぎになったから、いなかった俺、迎えに来た。タ、ちばな俺の謝罪受けてくれた。……ライ達、謝りたいって」
本当デスカ? 行ったら最後、ボッコボコにされませんか?
「本当」
心を読んだかのように、言葉が返される。
「だから……おいで? 怖かったら、俺の後ろにいれば……大丈夫。守る、から」
信じますよ!? 本当に信じますよ?!
「……信じて?」
「ぅ……ハイ」
斯くして私はどでかい背中の後ろをついていく。
手にはいつでも押せるように110番をセットした携帯と、鞄に入れておいた治療グッズを持って、2度と来ないと誓った図書室の準備室の前に立つ。
先に剛毅先輩が入り、後ろにぴったり貼り付くように立ち、覚悟を決めて中に入る。
「連れて……来た」
背中で何も見えないが声がかかった途端、ガタッと音がする。ビクッとなって思わず目の前の服を掴む。
「ごめんなさい!」
「すまなかった」
……?
「ほら。タ、ちばな?」
律儀にも、タマ呼ばわりしそうになるのを踏み留まっている剛毅先輩に促されて、背中から前を覗く。そこには正座をして頭を下げる群青の方と金の方
。本当だったのか。
「名前とかあの提案を笑った訳じゃなくて、あ、いや名前は可愛いなと思って。提案は、嬉しくて笑っちゃったんだ。不愉快な思いをさせてごめん」
金髪がしょんぼりした雰囲気で謝ってくる。
「嘘偽りなく猫のタマを連想させ、おかしくて笑った。が、笑う事が失礼に値するのは配慮が欠けてた。すまなかった」
大分素直に言うのな? おい。
しかし、ここまでされては私もいつまでも意固地になってはいけない。
どでかい背中を抜けて、二人の前に正座をする。
柊雷雅に先ず向かう。
「こちらこそ、先輩の凶雷と言う二つ名、カッコつけで恥ずかしげもなくよく付けてるなとか、失礼な事を言って……思ってすみませんでした。逆上して、馬鹿呼ばわりして申し訳ありませんでした。謝って頂いてありがとうございます」
「……え? 評価酷くなってない?」
今度は龍生先輩に向かう。
「昨日は食料強奪され、名前を笑われた事で短慮にも酷いことを言って、申し訳ありませんでした。例え、理不尽極まりない扱いをされても、高校生にもなったのだから、己を律する大切さを学びました。ありがとうございます」
「……ああ。……ん?」
二人とも微妙な顔をしているのを見ていると、奥から赤髪が笑いながら出てきた。
「お前、大物だわ」
「先輩も、昨日はパン御馳走様でした」
「おお。てか、俺が食っちゃったからな。ちゃんと食ったか?」
「はい。ありがとうございます」
おっと、忘れてはいけない。
どでかい背中の主に向かい、頭を下げる。
「ありがとうございました。先輩に連れて来て頂いて、とても心強かったです。迎え、本当にありがとうございます」
「ん。……タマって、呼んでも?」
「あ~え~、あまり広まらない様にお願いします」
「ん」
ふにゃと笑う笑顔が、やはり安心する。
「俺も呼びたい! 俺も! 剛毅だけズルい!」
「あほか」
「俺もたまって呼びてぇな、駄目か?」
「ぅ」
ここに来て名前を呼ばれる事が無かった。
家では義母や異母妹は私の名前を呼ばず、ちょっととか、ねえとかだった。父だけが呼ぶが、親という認識も低いため、何も感じない。
この人達なら、笑って呼んでくれるかもしれない。笑われてたけど。
「あまり、広まらなければどうぞ。あ、すっかり遅くなりました。私、2Aの橘珠と言います。5月に転校してきたばかりで、この2ヶ月でやっと環境に慣れて参りました。先輩方、どうぞ宜しくお願いいたします」
「ん。俺、関屋剛毅、3C。宜しく」
「同じく3C、石崎風雅な!」
「はあ。3A、樋浦龍生」
「最後は、3Aの柊雷雅だよ。宜しくね。あと、凶雷って俺がつけたんじゃないからね? 知らない間につけられてたんだからね? 俺じゃないからね?」
この後、昨日の残りのおやつやパンを貪り……ご馳走になり、柊先輩の雷様サポートの提案が浮上。
カミナリキライを緩和するための手助けをするということに、いつのまにか丸め込まれていた。
おやつの力、侮れない。