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遠雷

 あの出来事から1週間、何事もなく過ごしていた。あの金髪に意識してみれば、直ぐに見つかった。


 (ひいらぎ)雷雅(らいが)3年生。

 『凶雷の柊』と言われて……るらしい。

 学校一の不良……らしい。

 聞いた時、ちょっと笑ってしまった。あんなに雷様に怯えるのであっては、夏大変だろう。更には、恥ずかしげもなく二つ名を付けてしまう辺り……都会は洒落てるの? かっこつけなの? 

 大体、狂った雷なんて単語無いよ。雷様に失礼じゃないか。

 西に見付ける入道雲。今日は早い時間に来そうだけども、大丈夫かな?


 お昼御飯の時間になって席を立つ。雷様は鳴り始め、外で食べるのは無理かなと思いつつ、購買まで飲み物を買いに行く。

 お茶を持って教室に戻ると、赤髪の人がドアの近くに立っている。


「おい! ここに『クワバラ』ってやついるか?」


 このクラスにそんな名字はいない。俗に言う〆に来たってやつかな?

 威圧的な態度で怖い。後ろのドアから入ろう。

 それにしても赤髪とは、校則こんなに破ってる人がいたなんて知らなかったな。

 金髪と赤髪。先生は何も言わないのかな?

 全校集会の時、上から見たらアイスのトッピングに使うカラフルチョコスプレーみたいで美味しそう。ちょっと見てみたい。

 それを想像してニヤけてしまう。

 今日はアイスを買って帰ろう。

 席に着くと机に翳りが差す。顔を上げるととても怖い顔付きの赤髪。


「……え?」

「てめぇ何笑ってんだ」

「え?」

「お前今笑ってただろうが」

「……あ、アイスのトッピング、チョコスプレーにしたら美味しそうだな、と」

「ああ?」


 いつの間に来たのか、私の前で鋭い眼光を飛ばしてくる不良。何故考えてた内容がバレたのかと一瞬ヒヤッとしたけど、上手く誤魔化せた筈だ。……筈だ。


「お前、名前は?」

「た、橘でふ」

「違うのか。おい! 本当にいないんだな?!」


 何と違うのか? クラスの人に向かって怒鳴り、そのまま去っていく。噛んだのには触れないでくれる、案外いい人なのかもしれない。

 な、何だったのか……。クワバラ君とやら、何をしたんだい? 殺されそうな勢いでしたよ? 頑張って逃げろ。

 キャーキャー騒ぐ女子達を余所に、私は見も知らぬ人へ、心でそっと祈っておいた。 


 そして、最近周りが煩い。周りと言っても遠く離れた方々で、女子力高い女の子達が噂している。

 どうやら、有名な誰かがクワバラを探していると。

 しかもクワバラは、男ではなく女らしい。

 あの赤髪に今にも殺されそうな勢いで探されているのは、女の子だったのか?! 何をしたんだい? クワバラさん。頑張って逃げろ!


 遠くに鳴る遠雷の鑑賞の如く、ざわめく女子や恐れる男子を見ていた。

 全く関係のない完全なる他人事として。


 今日も今日とて一人、図書室で勉強中。

 今日は父が出張なので、私の夕飯は用意されていない。分かりやすく義母達の地味な嫌がらせに合っているが屁でもない。私には夢があるから。

 

 こんなとここっちから願い下げだ! と、出ていきたいところだが、せめて高校は出ないと帰ってからの就職口が無いだろう。そう、私は高校終わったら祖父母の家に帰る。

 あの古くて無駄に広く家の周り木に覆われて、風呂場の窓開けると、ミミズクが鳴くあの家に帰る。一言で言えば、不気味な家だけどね? 私の家なんだ。田舎で就職して、暮らしたい。

 誰も手入れしていない畑は戻すのに苦労するだろうけど、無駄に広いから寂しいだろうけど、あの家で生きていきたい。今の私の夢。


 図書室でカーテンがはためく。

 図書当番である生徒がカウンターにいる筈だが、一回も見かけた事はない。先生方は注意しないんだろうか? 前の学校は、ゴリラゴリラゴリラみたいな先生が見回って、図書室で委員をこき使っていたけど、都会の学校は自由性が高いものだ。いつ来ても開いてるし。

 ふと、思う。

 あれ? クーラー効いてる図書室でカーテンがはためくって?! あれ? 

 パッとカーテンを見ると、下には2本の脚が生えていた。


 ガタッ!

 びっ……くりした。人いた。当番の人かな?


 少しびっくりして、椅子から立ち上がった音に反応したのかカーテンから人が出てくる。あまり見てはいけない。この学校の人達は、野生の猪の様に目が合い逃げると攻撃してくる。

 即座に下を向いて、もう一度ノートに視線を移すと小さな声がした。


「あ」

「?」

「クワバラ……」


 クワバラとは、今私の中で全力で応援している見知らぬ女の子の名前だ。え? いるの?

 顔を上げても、私以外図書室の席に座っている人はいない。そう思っていたら、私の横に誰かが立つ。

 見れば金髪の、あの人。


「黒髪、珍しいと思ったら、クワバラさん。……見つけた」


 金髪の人が何を言っているのか分からない。分かりたくもない。この前の胸のざわめきという乙女な感情よりも、恐怖で震える。


 私がクワバラ?→おまじないか→雷様に恐がる不良の姿を見た→口封じで探してた→殺される。


 そんな図式が頭に浮かんで、金髪を見ながらそっと机に広げたものをしまい、逃げる準備を身体はしていた。


「見つけた」

「ひ」


 しまった、目が合った。

 ニパッと笑ったあの綺麗な笑顔に、今は恐れ戦いて、席を立とうとしたが後ろから机に手を着かれ、立てば顎に頭突きという素晴らしい事になってしまう。


「今日は、来ない……ね」


 何が? え? 何が?

 頭頂部に息を感じる。近くない?!

 こちとら田舎から出てきた者ですよ。男友達なんて坊主か短髪黒髪男子だけだよ! 頑張ってもせいぜい茶髪の男子だよ! そして手を繋ぐ距離が精一杯なんですけど?! 都会の高校生、距離の詰め方怖い!


「ねえ」

「はいぃ」

「名前は?」

「た、橘」

「下」

「た、た……ちばな?」

「橘ちばな?」


 誰デスカ? 下の名前はあまり人に教えたくない。小さい頃散々からかわれて、その度男子と喧嘩してた。


「違うよね?」

「橘……も、立派な名前の一つなので、それで充分かと思われっ」


 手を上から握られ背中に体重がかかる。


「教えて?」

「た、たま! 珠です!」


 ああ~、トキメクどころか恐怖でツルリと白状してしまった! なんて事だ! 今まで隠してきたのに!


「……た、ま」


 変な所で切らないで欲しい。


「たま、たま……たま」


 更には連呼しないで欲しい。


「ッフ、ククク、たま」


 わ・ら・った・な?

 お祖母ちゃんにいつも謝られた。

『珠子は名前からかわれると、おっかねぇな。バアちゃんわりぃ事したっけなぁ。珠の様に可愛かったんだけどよぅ。わりぃ事したなぁ……』

 その度に、ごめんなさい、本当は好きなんだ、とお祖母ちゃんに謝ってた。

 その時を思い出し頭に血が上る。勢いよく立ち上がり、椅子を押した膝裏と頭が痛い。


「わらったな? 人の名前笑うのは失礼でねぇけ? 今は亡き愛しき祖母ちゃんが、珠のような子っちゅうありがた~い意を込めて付けてくれたんだ! ぎゃーに馬鹿にすんな! 笑う権利などお前にない! 大体なんだべ! 凶雷とか恥ずかしげもなく二つ名なんか付けちゃってよ! したっけそっちのが笑えるべな! 雷様に失礼だわ! 謝れ!」


 名を笑った綺麗な顔した人の、尻もちついてポカンとした間抜け顔を見て少し溜飲が下がり、同時に現実を認識して血の気も下がった。

 コ・ロ・サ・レ・ル!


 ババッと荷物を持って、また走り去る。

 前回と同様、後ろから声が聞こえるけど無視。

 止まったら殺られる。

 猛スピードて家に帰って部屋に閉じ籠る。

 そして、コトの大きさに震えて空笑って絶望した。


「どうしよう、本当にどうしよう」


 絶対、殺られる。

 

 結局眠れないまま色んな回避方法を考えたけど、何も思い付かなかった。携帯に110番入力して、絆創膏と消毒液と包帯と痛み止め三角巾等々、怪我した時用の治療用具を詰め込んだ。

 先生は頼りにならない。前の学校のゴリラゴリラゴリラの先生が恋しくなる時点で自分がどれだけ追い詰められているのか分かる。

 サボろうにも、義母が許さない。

 前妻の子を預かったマリア様みたいな近所の評判を落としたくないから。

 行くフリしてサボっても、学校から連絡あれば、父に報告され追い出されるか、グレードアップした嫌がらせが待っている。

 詰んだ。私の人生詰んだ。

 せめて生きて帰ろう。学生だ、流石に殺人まではしない……と思いたい。


「教室に入りたくない……」


 朝早くに教室に来て、鞄を置いてトイレに籠る。ギリギリまでここでやり過ごそう。

 ちらほら登校してきたのか女子トイレに生徒が入ってくる。


「ね、今日校門のとこさ」

「あ! 見た見た! ライ様いたよね! かっこよかった~。朝からいるって珍しくない?」

「誰か探してるって本当なんだ? 本格的に探し始めたんだよ! 出来れば直ぐ見つかって喧嘩してるライ様も見たかった~!」

「私も~! 凶雷なんて言われてるんだもん、すっごく強いらしいよ!」


 らいさま? 雷様? 何様? 凶雷?

 らいさま、凶雷? 校門? 探してる?

 ……私、今日死ぬかも……。


 恐ろしい話を女生徒が話し、きゃあきゃあ言いながらトイレから出ていく。

 チャイムが鳴り始めて、ダッシュで教室に入って椅子に座って頭を抱えた。

 違うかもしれない。私じゃないかも。心当たりがありすぎるけど、私じゃないかもしれない。

 現実逃避していると、いつの間にか昼御飯。

 気付いてみれば、昨日の夜は案の定ご飯が無くて、夜買いに行かせてもらえず、何も食べていない! とにかく何か口に入れよう。ろくな考えにならない。腹が減っては戦は出来ぬ。負け戦決定だけど。

 重い足取りで購買で今日の夕飯込みでパン5つと1L のお茶を買う。


「――ちゃん?」


 どこで食べようか考えていたところで聞こえてきた声に、運動会のピストルばりの合図の様に、私はダッシュで逃げた。

 聞き間違いでなければ、あのおかしなあだ名の狂った雷様の声だった。

 怖い怖い怖い!

 どこをどう走ったのか、図書室の前に来て勢いよく中に入る。鍵を掛けたかったのに壊れてる?!

 とりあえず押さえは無いか? 棒は?

 

「お前、なんだ?」


 扉を引っ掛けるものを探していると後ろから声がかかる。恐る恐る振り返ると、あの赤髪が立っていた。

 ――さようなら。今会いに逝くよ、お祖母ちゃん、お祖父ちゃん。

 ガラリ。

 

「見つけた~」


 後ろで開いた扉の向こうには、狂ったカミナリとおぼしき人が満面の笑みで立っていた。

 ――教えてお祖母ちゃん。雷様召喚するくわばらくわばらの反対って何?!





 【遠雷】

 遠くの雷。

 過ぎ去った嵐の様な出来事の名残や、近づく騒々しい程の厄介事等の比喩に使われることもある。





 

 

 

 

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