黎明の手記
11月25日
イメージが世界を侵食した。虚構を愛するが故、現実と幻想の区別は意味をなさなくなり、全ては新たに包み込まれてしまっていた。
ボクの眼前に広がる世界…虚構の表出が嘘つきだとされるとすれば、ボクの書いているこの日記は…
ここは、世界が産まれる前の姿だという。生命どころか存在だってダイナミックに溶け合った燃え滾るスープに過ぎなくて、それは存在というより、飲む事の出来ない飲み物で。
存在がいない世界、そんな非現実世界にボクがいるのは何故だろう、空までもまだ産まれていないのだ、ボクはそして空を見るのだ。
精神は照らされていた、灼熱に映える常闇、ボクは影のように、死の領域にだけ活き活きと、ひっそりと咲いていた。空はまだ夜である。
月がまるで北極星のように鎮座していた。
取り囲うような燦々と赤い銀河の散乱。
それは紅葉と呼ばれて静かな淡白な月の無表情を飾り立てている。美しいコントラスト、氷の女王と薔薇の百花繚乱。たったそれだけで、一杯呑めよう…
ほろ酔いの幻想は堰を切る。
高く聳えた山脈がにょきにょき伸びていた、山は世界を支配した、存在のまだいない、熱膨張に連なって、真っ赤に膨らむ世界は臨月。
山の頂上には猫がいるのだ。
存在の手前に迷い猫。猫はすなわち神であったから…
険しい山道を飛び跳ねながら、漆黒のミスリルに護られて、長い尻尾を振りながら、マグマ溜りをバシャリと踏み遊んだ。
神なる猫が動くたび、月光はスポットライトのようで、自由気ままな運動を、ピタリと追って芯を光らせた。
眠りに就いた猫…月は美しい光輝を芳香させた、すやすやと寝息、流れ出る安穏な音楽。月は照らす。
スルスルスル…鋭い蛇行が過ぎっていく…
耳を立て、カマトトな、気づかない素振りなど、直ぐに周知の可愛い正直者。
それは白金、鈍く妖光した突然の物の怪で。
白蛇。それは猫に対する白蛇であって、当然存在より先行した超越者である。
鋭い牙や毒液の涎…自信たっぷりの態度で、歪な山肌を軽々と潜り抜けるのだ。
爪を顕す!
沸騰する真紅の岩山をそれは噛み、美事な突発で跳躍をキメた!!
駆け抜ける流麗な肢、飄々と逃げ去る白蛇を追い、マグマの浅瀬を勘の良いリズムで…
猫は駆ける…風を産み流れをばら撒いて…
漆黒の疾風、白磁の嘆息…
接近…接触…!
牙と牙!
神と悪魔、白刃の衝突に爆風は吹き荒れて、ふたつの小さな体躯と体躯が粉々に消されてしまった…
直後…
光が射していた…
それは日輪が産まれる以前、日光のひとつ手前の史上唯一の光だったとここに記されている。