1.事態は動く
優しい風が部屋へと吹き込んでいる。
「はあ」
一つ深い溜息を零す。机の上には入部届けと書かれている紙が空白のまま雑に放置されている。
高校1年生の1学期それも中途半端な時期に編入してきた俺は、約一ヶ月経った今でもクラスに馴染めないでいた。俺が編入した頃には其々が仲の良いグループをつくっていて何と無くの流れで一人になっていた。
友情よりお金が好きな俺だけど、人並みの感情は持ち合わせているもので流石に寂しいとは思ってしまう。
何かしらの部活に入ればその繋がりで友人ができる可能性は高いだろう。だが、部活を行っている間にバイトしていればその分お金がもらえる。悶々と一人で考え込んでいた、暫くしても答えが出ず一旦休憩を入れることにし一つ伸びをする。その時不意に一つのボロボロのノートが視界に入った。
「…馬鹿じゃねえの、俺」
小さく呟いた声は俺一人しかいない家の中に響くこともなく空気にとけるようにして消えた。
先ほどまで悩んでいたはずなのにそんな気持ちは消えていた。クラスで作れば良いし友達なんて、もし出来なくても仕方ないことだしな、将来の為にもお金のが大事だし。なんて言い訳をして自分の断ち切れずにいるものから逃げた。それはすっかり自分の中に染み付いていた。
机に近寄り雑に置かれていた入部届けをくしゃりと潰して丸めて部屋に置いてあるゴミ箱へと投げ捨てる。
あのノートが視界に入ったそれだけの事のはずなのに胸のあたりにどろどろと嫌なものが纏わりつくような感覚は俺の眉間に皺を寄せるのには充分だった。ベッドに倒れるようにして乗っかり全てから逃げる様にして眠りについた。
ぼやけた視界が映し出すのはいつもと代わり映えのない天井。二度寝をしてしまわない様にと瞬きを何回かしてみるが再び重たくなる瞼。
なんとか意識を保ったまま身体を動かし始める。お腹から聞こえるぐう〜〜という気の抜けるような音と一緒に無意識に口から溢れる「お腹減った」の一言。
朝食のパンをトースターに入れてから、洗面台に向かい顔を洗い目を覚ました後で歯を磨く。
チンッ、という音が聞こえ、再びお腹がなり自分で自分にまたか、と呆れて苦笑いする。
焼けたパンは多少焦げ付いていたが許容の範囲内だ。コーヒーを淹れて普段となんら変わりのない朝食をとる。朝食を終えたら着替え等を済ませ登校する。
教室に普段通り一番乗りで入る。誰もいない教室、小さい頃から何と無く好きだった空間。
部活に勤しむ生徒の声が遠くに聞こえる。ホームルームまでまだ大分時間があった、少し寝ようと机に伏せた。その瞬間ガラッという扉の開く音がした。驚いて扉の方を見ると一人の気怠そうにしている生徒がこちらを見ていた。
「お前、刻道だよな。これ」
彼は俺に近付くと手紙を押し付けるようにして渡してきた。
誰から?等の湧き上がる疑問をと聞く事は叶わなかった、彼は用が済んだと言わんばかりにさっさと行ってしまう。一瞬、彼は目を見張っていた様に見えた気がする。てか、あの人どっかで見た事ある様な気がする。校内ですれ違ったとかか?
そんな事を考えつつ手紙を開けてみると書かれていた内容は簡潔に記されていた。
______________________________
刻道 夢月殿
本日をもって平和守犠部
会計に任命する
追伸
放課後、旧校舎前に来て下さい
______________________________
機械で打たれた文字の下に明らかに手書きの追伸部分があり思わず吹出す。
いや、笑ってる場合じゃねえ。
平和守犠部とか、俺に務まるわけない何とかして断ろう。
とは、思ったものの特に策は思いつかずあっという間に昼休みだ。
そもそも平和守犠部はこの学園に在籍する生徒の頂点である。学園内ではそれなり、というかかなりの力を有している。詳しい事は知らないが教師の説明を聞く限りでは部活動名のままこの学園の平和を守る為の犠牲者達の部という事らしい。犠牲者って聞こえが悪すぎだろうと説明を聞いた当初思っていた。そしてそんな部に誰が入るのかと思っていたが、どうやら部員募集等は行わずある日突然手紙を渡され強制入部という…あれ?
…今考えると無駄な抵抗じゃね、これ?
今まで脳をフル回転させて考えていたのは全て無駄だったのかよおおお。
思わず机に突っ伏し項垂れる。
「あの、こ、ここ刻道君。」
名前を呼ばれ視線を持ち上げればそこには見事なアホ毛を生やしたいかにも気弱そうな見た目のクラスメイトがいた。名前は一切分からない。だって覚える必要もきっかけも無かったし、取り敢えず気弱君と呼ぼう。ボッチだからね、俺。
「何かな?」
もしかして友人獲得のチャンス?と人の良さそうな笑みを浮かべて愛想良く言葉を返してみる。
「あ、あの…その……」
するとみるみる気弱君は畏縮していく、何故だ。
しまいには小さな声で「ごめんなさい」と謝られてしまった。何故だ。
「…ッチ、優樹はひっこんどけ」
そう言って出てきたのは金髪にピアスをしていて目つきが悪く背の高い如何にも不良な感じのクラスメイトだ、こいつは不良君だな。因みにかなり金髪もピアスも似合っている、そして唯のイケメンだ。そういえばさっきの気弱君中性的ではあるがかなり顔が整っていた、この2人顔面偏差値高すぎて泣きたい。
「…おい、聞いてたのか?」
睨まれて聞かれた。どうやらイケメンが2人もいる状況に絶望していたら不良君は気弱君の代弁を終われせていた様だ。
「いや、全く…One more please」
愛想良く笑って返事をすると不良君が驚いているではないか、英語か?英語がいけなかったのか?
だけど、俺の読んだ本【脱ボッチ〜ウジムシのような僕とのお別れ〜】
にはフランクな感じがGOOD!って書いてあったはずなんだけどなー。
こうして俺は友人候補を着々と減らしていくのか…ナンテコッタイ。
「……平和守犠部のヤツらが来てんぞ。」
oh…ナンテコッタイ…