兆候
7時間前。
坂を登り下り、まるで人生のような道を僕は歩く。その一本道の周りの広葉樹林が風に枝をなびかせて、暑さと気だるさと夏の訪れを感じさせてくれる。
僕の学校は山の上にある。そのため、天空の城という某有名映画の名前が付けられている。学生諸君は、体力向上という名目の下ほぼ毎日強制ハイキングをさせられるのだ。ご苦労。ご愁傷様。
そんな一人の苦学生を横目に見ながら禿げ散らかした英語教師(僕の苦手な教科だ。そして、教師の方はもっと嫌いだ。)を乗せたグレーの軽自動車がスルスルと坂を登っていく。若い人間はもっと心身を鍛えろと言っているわりには、自分達はすっとぼけて文明の利器を使っている先生方に殺意を抱いたのは僕だけじゃないはずだ。
憂鬱な身体をひきずりながらどうして学校に行くかというと、隣に婚約者(彼女の妄想)兼一心同体(これも彼女の妄想)の美少女がいるからだ。
彼女の名前は吉田美来。ロングのほつれのない綺麗な黒髪。まつげの長いおおきな瞳。スラリとした肢体。おまけに成績優秀。なるほど、確かに正統派。これじゃあミスラピュ○に選ばれるわけだ。(学校で誰が一番か決める投票ってあるでしょ。つまりそれ)生まれた時から隣の家に彼女がいたわけで、親同士が仲が良かったため僕たちは必然的に仲良くならざるを得なかった。つまり、幼馴染なのだ。毎朝、起こしにくるという献身的で独善的な萌えポイントが高い行いによりどうしても強制ハイキングをしなければならない。
僕が熱い視線を送っていたのに気がついたのかこちらを見て首をかしげる。
「どーしたの?」
「えっ、いや可愛いなと思って」
正直に思っていたことを話す。すると、ミクの顔が火照っていくのがわかった。僕は少し意地悪をしたくなる。確信犯です。
「あれ、顔が赤いよ。熱でもあるの?」
ミクの額に僕の額を近づける。
「....ぃ」
「えっ、なんていった?」
「ちかいってばーー」
大声とともに僕はアゴに衝撃を感じながら空を飛ぶ。等速円運動をしながら、遠心力により外に引っ張られ、取り付けられたガードレールを超え杉の木にぶつかる。物理法則を忘れさせてくれる彼女の怪力に人類の神秘と恐怖を感じる...
「ごっごごめん、だっ大丈夫」
頭をぶつけた瞬間、僕の視界はグニャグニャと歪んだ。彼女こちらに走ってくるのはなんとか理解する。最後の力を振り絞り、蚊のような声を出す。
「今までありがとう。I will be back(親指を立てながら)」
「きゃー。死んじゃダメー」
ミクの細い腕からは想像できない力で僕が気を失わせないために平手打ちをする。ばちん、ばちんと音が鳴り脳が右に左に揺れ動く。
「まじで死ぬ..から...」
意識がなくなった。




