プロローグ
高層ビルから黒煙が立ち込め、青い空に灰色の煙が登っていくのがわかる。校門にはすでに生きていないものーーわかりやすく言えばゾンビーーがぞろぞろと生の匂いを嗅ぎつけたのか高い敷居を這い上がろうともがいている。
自殺防止用の金網が四方八方に貼られた学校の屋上に僕たちはいた。僕の右手には、金属バット。目の前の彼女の右手には、血がついた木刀。そして、隣には今さっきまで呼吸をしていた男子学生が頭をぱっくりと、脳みそがぶちまけられ、紅い花を咲かしている。
狂っている。
僕には何が起こったのか知るよしもないが、一つだけ分かっていることは、僕のちっぽけな世界は終焉を告げた。
「なんで殺したんだよ。」
黒いロングヘアーを風になびかせた端正な顔の彼女に食い気味で聞く。
「もう助けることは無理だった。すでに半分は、奴らになってた。」
「わかってるけど...それでも、なんかできたんじゃないのか。」
血を滴らせ横たわっている男子学生は同じクラスだった。仲が良かったわけではなかったが、それでも隣の机の時には教科書を見せてもらったり、文化祭の準備では協力してモニュメントを作り上げた。いい奴だったと思う。
どこからか人の悲痛な叫びが聞こえる。僕にはどうすることもできない。ちっぽけだ。
非日常を望んでいなかったわけではない。アニメや漫画のような世界に憧れていた。でも、現実はそんなデフォルメにされたものと違い甘くない。もっと汚くて痛くて残酷だ。僕はそんなものを望んでいた自分を呪った。
そんなうんざりいた気分の中、頭をかち割られた級友はひどく強い力で僕の足を引っ張った。彼の眼は赤く充血し、黒いーーまるで重油のようなーー唾液を垂らしていた。
「うわぁぁぁ」
僕は悲鳴をあげながら、彼にバットを振り下ろす。そのとき、悟った。彼がもう人間ではないことに。何度も何度も叩きつける。その度にグシャグシャとグロテスクな音が鳴る。僕の身体は、恐怖に取り憑かれていた。
彼の頭がほぼ完全に粉砕された時、僕の体力も限界に近づいていた。その場に倒れこむ。彼女が近づいてきて僕を抱きしめる。
「大丈夫?ごめんね。私がしっかり壊してなかったから...ごめんね。」
暖かい肉体を感じる。彼女のセーラ服からいつもの甘いシャンプーの匂いがする。その匂いは僕を安心させた。それと同時に燃えさかる炎の中、僕にまだ少女だった彼女が馬乗りになり「私とあなたは一心同体」と契約を結ばされた過去が脳内にフラッシュバックする。
「もう...だいじょうぶ」
彼女から離れる。彼女ほどすごくはないが僕は適応能力が高いほうだ。意外とこの現状を受け止めている。そして、生きたいと願っている。
かこん、かこんと一歩ずつ階段を上る音が屋上の出口から聞こえる。蓋然率からすると、ゾンビである可能性は高い。いきなり現れるのと心の準備をしてから戦うのでは全然違う。
僕は立ち上がり、灰色の空を見る。太陽の光が見えた。どうすればいいのかわからないが僕は僕であるために全力を尽くす、この終わった世界から。